「うわ、結構ぎりぎりだな」
時計を見ると午後6時3分で、電車の出る時刻まであと2分。なんとか学園を出るところまではきたので、最寄駅は目と鼻の先。走れば間に合うだろう。
「よっと」
下り階段を一段とばしで進み、改札を通って電車の中に駆け込む。その直後、扉が閉まって車両がゆっくり加速を始めた。
「セーフ」
座れる場所を見つけて腰を下ろし、ほっと一息。この電車に乗り遅れると待ち合わせの時間に間に合わなかっただろう。
「鈴を捲くのに時間をかけすぎたな」
部屋に遊びに来ていた鈴とゲームやらおしゃべりやらしているうちに出かける頃合いになったのだが、素直に出かけると言えばどこに行くのかと聞かれるのはほぼ確実。そうなると鈴の性格上、俺がだんまりを決め込んでも無理やり口を開かせようとすると考えられる。
今回の外出先は、セカンド幼馴染に対しては秘密にしておきたい。バレたら一緒に行くと言い出しかねないからだ。
そういうわけで、なんとか口八丁手八丁、あの手この手を使って鈴に帰ってもらい、すぐさま支度を終えて寮を飛び出し今に至る。急にゲームを中断した俺に鈴は怪訝そうな視線を向けていたものの、なんとかごまかしきれたと信じたい。
……とまあ、過ぎたことの話はこれくらいにして。
「何ヶ月ぶりだっけな」
電車が速度を緩め、とある駅に停車する。そこで降りた俺は、改札を出て待ち合わせ場所の噴水広場まで急いだ。
「おーい一夏、おせーぞー」
「いつもは最初に来てるのに、こんなぎりぎりまで何しとったん?」
「すまん、ちょっとごたごたしてて」
頭を下げた先には、中学時代のクラスメイトであった2人――五反田弾と御手洗数馬の姿があった。俺が遅刻寸前で焦ってやって来る光景が珍しいからか、両名ともに意地の悪い笑みを浮かべている。
「よーし。3人揃ったところで、さっそく会合場所へ移動しますか」
「おう」
「だな」
弾を先頭にして、俺達は目的地へと歩き出す。
これから行うのは、野郎だけでの秘密の会合なのである。
*
「いらっしゃい! と、なんだてめえらか。随分久しぶりだな」
「多分半年ぶりだぜ。最後に来たのが受験直前の1月だったから」
野外に設置されている屋台ののれんをくぐると、食欲をそそる懐かしい匂いが漂ってきた。続いて屋台の主である『オヤジ』の声が耳に入り、弾がそれに答える。
「お、客誰もいない」
「相変わらずだな」
「てめえらの失礼な態度も相変わらずで何よりだ」
オヤジの額に青筋が浮かんでいたが、気にせず3人並んで席に着く。屋台は全6席なので、これで半分埋まったことになる。
「ちゃんと学校通ってるんだろうな?」
「当然。ハイスクールライフを満喫中だ。もう少しバラ色を希望ではあるが。俺ネギ味噌大盛り」
「ま、一夏以外は予定通り志望校に行けたしなあ。醤油大盛り」
俺達と親しげに話すこの初老の男性は、ラーメン屋台を営むラーメン職人・
「そういや坊主。てめえこの前テレビに映ってたじゃねえか。確か……ISを動かせる男だとか言ってたか」
「ええ、まあ……自分でもわからないうちに起動させちゃって、今はIS学園に通ってます」
「そうなんだよ! こいつ女の園に男ひとりなんて羨ましい環境にいやがって」
「つっても、一夏じゃなきゃ息が詰まりそうだけどな。俺も3日くらいなら体験してみたいけど」
弾がいつものように俺の置かれている状況を妬むのに対し、数馬はある程度冷静だ。こういうところに2人の違いがある。のだが、数馬もタガが外れると暴走するので注意である。
「ほお、IS学園ねえ。ま、坊主は女とのつきあいがうまそうだから大丈夫だろ」
「オヤジは女の前でしゃべれなくなるタイプだろ」
「黙っとけ。てめえも一緒だろうが茶髪坊主」
「俺は違うね。女の子の前だとちょーっと言動が控えめになるだけだ」
からかう弾と、それに言い返すオヤジ。半年ぶりだが、見慣れた光景でもある。
「一夏、注文しないん?」
「おっとそうだった。オヤジ、俺は味噌チャーシュー大盛りで」
「はいよ」
全員の注文を聞き終えたところで、オヤジは調理に取りかかる。職人気質らしく作業中は無言を好む人物なので、ここからは3人で話すことにしよう。
「そういや一夏。鈴にはバレずに来れたのか?」
「多分な。今も学園の中にいるみたいだし」
「そんなことわかるん?」
数馬の質問に、俺は白式の待機状態であるブレスレットを見せながら頷いた。
「ISはコア・ネットワークとかいう独自の情報網でつながってるらしくてさ、特に何もしなくてもお互いの位置が大体わかるんだよ」
「へえ、それはすごい……って、だとしたら鈴の方からも一夏の居場所がわかるんじゃ」
「ステルスモードに切り替えれば位置情報を隠せるから大丈夫だ」
もっとも、ステルスにするということは自分の居場所を知られたくないと自白しているようなものなので、
寮に帰ってからなんらかの追及がある可能性は否定できないところである。
「あいつは中学の時から一緒に来たがってたからなあ。だが、残念ながら男だけの空間に女を招き入れるわけにはいかん。たとえ男みたいな性格の女でもな」
「あとで鈴に伝えておこう」
「冗談抜きで殺されるからやめろ」
「鈴は弾に容赦ないからなあ」
迫真顔で青ざめる弾を見て、俺も数馬も口から笑いが漏れた。
ただ、この場に女子を混ぜたくないと思っているのは俺も同じだ。中2のころから定期的に行われている『ラーメン会合』は男3人で集まることに意味がある。具体的にどうというわけではないが、なんとなく女抜きで形成されるこの時間を大事にしたいのだ。IS学園に入って以降、その気持ちはさらに強まっていた。
「そうだ一夏、なかなか興奮するエロ本を入手したんだが読むか?」
「お、ひょっとしてローアングル探偵団の新作? 俺も見たけどあれはおすすめ。脚フェチにはたまらんね」
「へえ、そんなにいいのか。なら貸してもらおうかな」
とまあ、会話の内容的にも異性を入れるわけにはいかなかったりする。
「前から気になってたんだけどさ、一夏は女の園の中でいつ抜いたりしてるん?」
男だけだから、今の数馬のようにど真ん中ストレートな疑問をぶつけることもできるわけだ。
「今は一人部屋だからどうにでもなるけど、箒と相部屋だった4月と5月は大変だったな」
「女子と同じ部屋はきついな」
「結局2ヶ月抜くのを我慢した。煩悩が刺激されてやばかった」
おおー、と2人に拍手される。『さすが!』とか言われてもどう反応すればいいのか。
まあ、実際自分でもよく耐え抜いたとは思う。ただでさえ可愛い部類に入る女子が多いうえに、俺がいることお構いなしにラフな格好をしてくるのだ。せめて寮でも下着はつけてくれと何度思ったことか。
「お前らはどうなんだ? 高校生活楽しんでるのか?」
「そりゃ毎日遊びほうけてるに決まってるだろ。ようやく受験勉強から解放されたわけだし」
「俺は少しは勉強してるよ? 藍越学園に入れたとはいえ、最低限授業にはついていけないとな」
今度はこっちから話を振ってみたところ、おおむね予想通りの返答がかえってきた。
「数馬は昔から真面目だよなー」
「お前が考えてなさすぎなの。去年だって、俺や一夏が勉強に本腰入れ始めてからもしばらく遊んでたろ」
「いいだろ別に、最終的に受かったんだから」
「そりゃそうなんだが……いや、今言うことでもないかね」
中学の時からそうだが、数馬は俺や弾よりも大人な考えを持っていると思う。普段の会話のレベルは全員大差ないのだが、真面目な話になるとわりと顕著にそれが表れるのだ。
「一夏はどうなん? もうすぐ1学期終わるけど、進路とか頭にあるのか?」
「え、俺?」
「藍越行ってさっさと就職するって人生計画が破綻したわけだろ。さすがに明確な目標までは決まってないと思うけど、IS学園の生徒の主な就職先とかはもう調べた?」
「えーと、周りの人からちょこっと小耳に挟んだくらい……だな」
「なんか頼りないセリフだな……。2年になったらある程度方針決めなきゃならないんだろ? 一夏は機械いじりとか苦手そうだから、整備科に進むことはないと思うけど」
「詳しいな、お前」
驚きとともに漏れた俺の言葉に、弾も隣で同調する。
「男友達がIS学園に入学するなんて聞かされたら、気になって多少は調べるもんよ。とはいえ、俺が知ってるのはせいぜいネットで拾った知識だけだが」
確かに、いつにどんなイベントがあるかくらいはネットで調べればすぐだろうけど……友人の進路まで気にしてるあたり、やっぱり数馬は大人な気がした。
こいつに将来の進路の話を聞かれたのは初めてではない。受験を間近に控えた1月にも、同様の出来事があったのだ。
*
「ふぃ~」
問題集を区切りのいいところまで終わらせ、シャーペンを机に放りだす。
「ンジャメナがチャドの首都って、妙に頭にこべりつく気がする」
しりとりにおいて『ん』で始まる言葉がないから『ん』で終わる言葉を言ったら負け、というルールを小さいころに教えられた。その後、本当に『ん』で始まる言葉はないのかと探した結果、ンジャメナという地名を知ったことが影響しているのだろうか。
他にもエロマンガ島とか、必要度に対してはっきり記憶しすぎな単語というのがいくつか存在する。
……閑話休題。
「過去問も解けるようになってきたし、この調子ならイケそうだな」
志望校の受験日まで、今日でちょうど1ヶ月。過信は禁物だが、きちんと勉強していけば合格に十分手が届くはず。自分を鼓舞するためにも、できるだけポジティブに物事を考えていこう。
窓の外を眺めると、ちょうど夕陽が沈んでいく光景が目に入った。1月にもなると、冬の日没の早さにも当然慣れてしまっている。
「あ」
立ち上がって勉強で凝り固まった体をほぐしていると、机の上の携帯電話が着メロを鳴らし始めた。表示された名前は、五反田弾。
「もしもし」
『おう一夏、今夜暇か』
開口一番、俺の友達はそんなのんき質問を投げかけてきた。
「受験生に暇な夜なんてないと思うぞ」
『そう言うなって。たまにも息抜きも必要だろ? 久しぶりに行こうぜ、ラーメン食いに』
「……ラーメンか」
ということは、弾は『ラーメン会合』の開催を思いついて電話してきたのか。これがゲーセン行こうぜとかなら即通話を終了してもよかったのだが、俺自身もオヤジの店のラーメンが恋しいのは事実だ。もう2ヶ月くらい食べてないからな。
「数馬には聞いてみたのか?」
「2つ返事でOKもらえた。一夏が頷いたらすぐにでも家出るってよ」
あいつは行くって決めたのか。……まあ、たまの息抜きくらいは別に大丈夫かな。
「わかった。いつもの駅前に集合でいいか?」
「さっすが一夏、話がわかるやつだ」
喜ぶ弾の声を聞きながら、俺は財布やコートなどの用意に取り掛かった。
*
その後、受験前最後となるであろうラーメン会合が開始して。
「で、お前ら受験勉強の手ごたえはどうなんだ?」
3人全員にラーメンが行き渡ったところで、弾が興味深々といったふうに話を切り出した。
「それなりにって感じかね。今からサボったりしなけりゃ藍越行けると思うけど」
「俺も数馬と同じだ。そういう弾は?」
「英語の追い込み次第ってとこだ。今のままだと絶対的に語彙力が足りん」
受験勉強の開始が遅れたぶん、その影響をもろに受けているということか。自分で話題を提供しておいてため息をつく弾を横目に、俺は自分のネギチャーシューをすする。……うん、やっぱりこの店のラーメンはうまい。なんでこんなに客が少ないのか不思議になるくらいだ。
「ま、目の前の受験で精一杯の弾は置いとくとして。一夏、お前将来の進路は何か考えたりしてるん?」
「進路? 文系とか理系とかって話か?」
「いや、もっと先の話」
ズルズルとラーメンを頬張った後、数馬はちょっと真面目な顔つきになる。
「前に言ってただろ。女手ひとつで育ててくれてるお姉さんのためにも、就職率の高い藍越に行きたいって」
「ああ、そうだな」
「でもさ、具体的にどういう仕事したいのかとか聞いてなかったから」
「なるほど、進路ってそういうことか。うーん……正直まだなんとも言えないな」
頭をかきながらそう答えると、数馬は目を丸くして驚愕の感情を示してきた。
「なんだ。就職就職言っといて、どこに就職したいのかも決まってないのか」
「いや、絞りはしてるんだぜ? 工学系か、経済か……」
「それ絞ってるって言わない。文系理系すら統一されてないじゃん」
う……痛いところを突かれた。とにかく千冬姉の負担を軽減したいという思いはあるのだが、いざどんな分野に進むかと考えると、特にこれといって心惹かれるものが見つからないのだ。
「早く働きたいって志は立派だけど、中身が伴わなきゃガキの宣言と同じだぞ。ちゃんと自分に合った職業につかないと人生損する」
もっとも、それが難しいわけなんだが、と数馬は付け加える。だけどこいつの言うとおり、ある程度興味を持てる分野の仕事に就いた方がいいのは明白だ。
「なんか夢とかないん? たとえばマッドサイエンティストになりたいとか」
「マッドサイエンティストはない」
夢、か。確かに、それは将来の進路の方向性を決めるうえで重要な要素になりえるかもしれない。
だけど、俺の抱いている夢といえば……心の片隅で小さくくすぶっている、幼稚なアレくらいしかない。
「残念ながら、進路に関わってくるような夢は持ち合わせてないな」
「そうか」
いちいち数馬に語る必要もないだろう。
『誰かを守ってみたい』だなんてガキっぽい夢、将来役立つとも思えないし。
*
1月のあの時点では、俺は確かに自分の夢を取るに足らないものだと考えていた。いつまでも子供のままではいられない。自立して、養ってもらうだけの立場から脱却したいと、そう思っていた。
それがどうだろう。半年経った今になっては、むしろそのガキみたいな夢を原動力にしている始末だ。ISの訓練の力を入れているのも、みんなを守りたい、そのために強くなりたいという思いがあるからこそ。
きっと、入学直後のセシリアとの模擬戦で変なスイッチが入ってしまったのだろう。なまじISなんてとんでもない代物を与えられたおかげで、心の片隅でしぼんでいたはずのそれがどんどんでかくなっちまった。
「なあ、数馬」
「ん? どうした一夏」
「俺、今はガキのままでいいのかもしれない」
当然、いろいろと考えなければならないことはある。学ばなければならない課題も山積みだ。
ただそれでも、俺は俺の夢を追いかけたいと思うようになったんだ。
だって仕方ないだろう?
男ってのは誰でも、一度は『誰かを守るヒーロー』に憧れちまうものなんだから。
「………」
俺の、他人から見れば脈絡のない発言を聞いて、数馬はしばし動きを止め、
「なんか悟ってるのはいいんだが……さっさと食わないと、麺伸びるぞ」
おもむろに、俺の真ん前に置いてある味噌チャーシューを指差した。
「え? あれ? い、いつの間に来てたんだ!?」
「結構前にオヤジが全員分出し終わったのに、お前がぼーっとしてたんだよ」
な、なんでもっと早く指摘してくれなかったんだ!
伸びたラーメンとかまずいに決まってる、美味が失われる前に食べきらなければ――
「一夏、なんなら俺が食うの手伝ってやるぜ」
「ああっ!」
左から箸が伸びてきたかと思うと、次の瞬間には器からチャーシューが姿を消していた。
「弾! なんてことを……味噌チャーシューからチャーシューとったらただの味噌ラーメンになるだろうが!」
「別にいいだろ? 味噌が残るんだったら」
涼しい顔で口笛を吹く弾。くそ、一瞬白式を展開してぶん殴りたいと思ってしまった。
「なら俺は弾の青ネギもらおうか」
「ああっ! てめえネギ味噌からネギ抜いたらただの味噌ラーメンになるだろうが!」
「別にいいだろ? 味噌が残るんだから」
「ぐぬぬ……!」
「おい!! お前らもっと静かに食えねえのか!!」
具の取り合いで騒いでいた俺達に対して堪忍袋の緒が切れたらしい。オヤジが鬼の形相でこっちを睨み付けていた。
「ったく、昔からちっとも変わりゃしねえな。てめえらはいつになってもガキのまんまだ。だから女にモテないんだよ」
「なんだとぉ! オヤジだって何年経ってもちっとも客増えてねーくせに! つーかいまだに独身だろ!」
「ああん!? 茶髪坊主、もういっぺん言ってみろ!」
なぜか今度は弾とオヤジの間で言い争いが始まってしまった。止める気にもならないので、俺と数馬は黙々と自分のラーメンを口に運んでいく。
「なあ一夏」
「なんだ?」
「いろいろあるだろうけど、お互い頑張ろうな」
「……だな」
男同士の友情というものは、やっぱり大事にすべきだ。
「俺の方がオヤジよりモテるに決まってんだろ!」
「てめえみたいなチャラチャラした奴よりは、俺の方に女が寄ってくるに決まってらあ!」
こうして、野郎だけの夜は騒がしく過ぎていくのである。
野郎だけのISに需要はあるのか?
そんなことを考えつつ、男にしかセリフのない短編を書いてしまいました。でも僕個人が男同士のやり取りが好きなタイプだから仕方ないですね。
設定上仕方ないのですが、ISは一夏と男キャラの絡みが少ないです。そこはちょっと惜しいなあと思っています。
数馬の性格については原作からほとんど読み取れないので勝手に捏造してしまいました。もし特典小説などと食い違っている部分があった場合は申し訳ありません。
7巻で一夏は「完全無欠のヒーローなんていない。だけど俺は逃げずに戦える人間だ」というような発言をしているのですが、それでもやっぱり彼はヒーローに憧れていると思うのです。「完全無欠」の4文字さえ取れれば問題ないですし。
次回サブタイトルは「今こそ絆を深めるとき!(後編)」です。あの人が主役です。
感想等あれば書いていただけるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。