「ときに嫁よ。相談があるのだが」
私という人間を大きく変える出来事となったタッグトーナメントの翌日。夕食をとった後で、私は昨日から抱えている悩みについて、嫁である織斑一夏に意見をもらうことを思いついた。
「……ちょっと待て。さも当然のように話を切り出しているが、お前いつから俺の部屋にいた?」
「5分ほど前にドアを開けたのだが、お前が何やら教科書に夢中だったようだから気配を殺して待っていた。まったく、他者の侵入にここまで鈍いとは。戦場なら死んでいるぞ」
「ここは戦場じゃなくて学生寮なんだから、いちいち気配消さなくてもいいだろ……」
心臓に悪いだのなんだのと文句を垂れる一夏。これは今後徹底的に鍛えてやる必要がありそうだ。
「で、相談ってなんだよ?」
「うむ、そうだった」
我が嫁の強化計画を構築し始めていた頭を切り替え、改めて相談を持ちかける。
「実はだな、他人とのコミュニケーションというものを実践してみたいと考えているのだ」
「へえ、いいことじゃねえか」
「だが、困ったことにやり方がわからん」
「……は? やり方?」
ぽかんを口を開ける一夏に対して、私はとりあえず事情を説明し続けた。
「自慢ではないが、私は今まで他者との交流に積極的に取り組んだためしがない。むしろ必要ない会話は嫌っていたくらいだ」
「マジで自慢にならないな、それ」
「ああ、もちろん教官は別だぞ? あの人は本当に素晴らしいお方で、私もその魅力に心奪われ――」
「千冬姉への尊敬は十分知ってるから、話を進めてくれ」
「む……まあいい。とにかく、私にはその手の能力や知識が欠如している。だから、お前にどうすればいいのか尋ねに来たのだ」
「……なるほど」
私の話を聞いて、小さくうなずく一夏。納得してもらえたのだろうか。
「要するに、友達が欲しいってことでいいんだよな? だったら手伝ってやれないこともないんだけど……今すぐにってのはちょっと難しいかもしれないな」
「どういうことだ?」
「だってお前、クラスのみんなに敬遠されてるだろ」
そこが問題だとばかりに、一夏ははっきりとそう口にする。事実なので、私も肯定するしかない。
「確かにその通りだな。今日、私なりになんとかしてみようと周りを観察していたのだが、目があった瞬間そらす者ばかりだった」
「だろうな」
肩をすくめて、大きなため息をつく一夏。どうやら、彼にとってもこれはなかなかの難題らしい。
「転入してきて1ヶ月弱。その間、あんな風に『私に近寄るな』オーラを出し続けてた挙句、でかい騒ぎまで起こしちゃなあ。失礼な言い方になっちまうけど、おびえてる人もいると思うぞ」
「そうか……薄々感じてはいたのだが、やはりか」
一夏の存在やIS学園のどこか生ぬるい雰囲気を憎むあまり、過剰な態度をとってしまっていたのは事実だ。
これまでの間に、周りに人間に植え付けられたラウラ・ボーデヴィッヒという人物の印象を覆すにはそれなりの労力が伴う。彼が言いたいのは、そういうことなのだろう。
「ところで、なんで俺に相談したんだ?」
「お前が私の嫁だからだ」
「ああ、そう……腑に落ちないけど、もういいや。それじゃあ、なんで急に友達作ろうだなんて思ったんだ?」
「それは……」
一夏の質問に、少し言葉を詰まらせる。どう答えればいいものかと、思案する時間があったためだ。
『隊長。これはあくまで私個人の意見なのですが』
昨夜、プライベート・チャネルでクラリッサに言われたことを思い出す。
『隊長はそれはもう美しい容姿をお持ちでいますが、それだけでは男性の心をつかむのには不十分かと思われます。大事なのは相手を飽きさせないコミュニケーション能力です』
『コミュニケーション能力?』
『そうです。見た目と等しく中身も大事……一緒に話していて楽しい女性に男は憧れるはず』
『そういうものなのか。だがクラリッサ、私は』
『わかっています。隊長が人付き合いが得意でないことは、それはもう副隊長である私が身に染みて……こほん。とにかく、少しずつでもいいので、他者と交わることを行っていくのがよろしいかと』
以上のようなやり取りがあって、今晩にいたる。なので、直接のきっかけはクラリッサのアドバイスということになるのだが……
「見たいと、思ったからだ」
もうひとつ、私自身の心から生まれた理由も存在していた。
強さを持つ男――織斑一夏。彼は、誰かを守りたいから強くなるんだと、そんなことを言っていた。
自分以外の誰かを守る。それは、他者との交わりなくしてはありえないものだ。私と一夏との、決定的な違いのひとつでもある。
「お前が見ているものを、私も見てみたいと思った。それだけでは、理由としては不十分か?」
一夏は、どんな世界を見ているのだろう。世界を、どんな風に感じているのだろう。少しでもそれを知りたいという気持ちが、私の中で大きくなっていた。
「よくわからねえけど……悪い理由じゃないことは理解できた。よし、なんとかやってみようぜ」
「さすが嫁だ。感謝する」
なぜそのような考えに至ったのかと問われれば、理由はいくつかあるのかもしれない。
私にないものを持っている人間と、肩を並べてみたいと思ったから。無数に存在する強さの答えのひとつに、わずかでも触れてみたいと思ったから。
だが、それらはきっとおまけにすぎない。もっとシンプルで巨大な感情が、私の中で渦巻いている。
――惚れてしまったから。それ以外に、答えは必要ないだろう。
*
「さて、具体的にどうするかという話に移るが」
自動販売機にジュースを買いに行くと言い出した一夏とともに、学生寮の廊下を歩く。道中私達を遠巻きに見つめる視線が多々あったが、声をかけられることはなかった。
「ぶっちゃけ、地道にやるしかないと思う」
「地道に?」
「ひとりひとり声かけて、友達になってくれないかとお願いするんだ。友達ができれば、おのずとコミュニケーションをとる機会も増えるからな」
「ふむ、一理あるな」
相槌を打ってはいるものの、私としては一夏に任せるほかないというのが実情だ。
「で、誰に声かけるかって話なんだが……うーん、正直俺も友達多い方じゃないしなあ」
「そうなのか? いつもクラスの人間と分け隔てなく話しているではないか」
「ただ話せるだけのクラスメイトと友達ってのは違うんだよ。俺がみんなに話しかけられるのは、唯一の男だって部分も大きいしな。学園内で本当に仲のいい人間って考えたら、結構少ないんだ」
そういうものなのだろうか。私には、よくわからない。クラスメイトと会話すらしていなかったのだから、当然のことではあるが。
「その中で、コミュニケーション能力の高そうなやつっていうと……」
「あれ、一夏? アンタ何してんの?」
自販機までたどり着いたところで、曲がり角からひとりの女生徒がひょいっと姿を現した。
「おう鈴、ちょうどいいところに」
「え? それどういう……って、隣にいるのラウラ・ボーデヴィッヒじゃない」
私がいることに気づいたらしい中国の代表候補生は、嫌悪感を隠そうともせずに厳しい視線を送ってくる。確か、名前は凰鈴音といったか。
「鈴。突然だが、ラウラの友達になってくれないか」
「はあ?」
素っ頓狂な声をあげる凰に、一夏が手短に事情を説明する。
「――というわけなんだ。だから、よければこいつの友達に……」
「却下」
一夏の言葉が終わらないうちに、きっぱりとした拒絶の返事がかえってきた。
「アンタねえ、あたしがこいつに何されたか忘れたの?」
「そ、それは……」
「確かに売られた喧嘩を買ったあたしにも非はあるけど……それでも、試合に参加できなかったダメージはかなり大きいんだから。なのにいきなり友達になれなんて」
眉間にしわを寄せている凰は、誰が見ても怒っているのが明白だった。彼女が言っているのは、数週間前に私が彼女とイギリスの代表候補生の機体を必要以上に傷つけたことで間違いないだろう。
「確かにあれはラウラが悪かった。でも本人も反省してるみたいだし」
「ああうるさいうるさい! 言っとくけど、あたし今かなり機嫌が悪いの。だからこれ以上付き合ってらんない」
「あ、おい鈴……」
迫力ある足音を立てながら、凰は一夏の言葉に耳を傾けず立ち去って行った。
「やっちまった。無神経すぎだろ、俺……」
がっくりと肩を落とし、一夏は自販機の近くに設置されている椅子に座りこむ。どうみても落ち込んでいた。
「あのことについては……私が悪かった。代表候補生が試合に出られないことの意味は、わかっているつもりだ」
国に対するアピールの機会を失うわけだから、彼女ら2人の立場の悪化につながるのは当然。恨まれるのも必然だ。自身の苛立ちを他人にぶつけてしまったことを、今さらながら後悔する。
「……とりあえず、明日は他の生徒を当たってみよう。ある程度時間を置いたら、鈴とセシリアに謝りに行かないとな」
「そうだな」
*
「ごめんなさい。いきなり頼まれても、少し考える時間がほしいというか」
「ああ……そうだよな。ごめん」
翌日の放課後。10人目の誘いが失敗したところで、一夏は力なく机に顔を伏せた。いつの間にか、教室には誰もいなくなっている。
「うまくいかないな……やっぱりやり方が悪いのか? だとしたら……」
諦めたのかと思ったが、どうやら違うらしい。ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、体を起こして再び考えを練り始める一夏。その姿を見て、私の頭にはある疑問が浮かんでいた。
「一夏」
「どうした。というか今、ちゃんと名前で呼んでくれたのか」
「一夏改め嫁よ」
「勝手に改めるな」
「どうしてお前は、私に協力しているんだ?」
呼び方について文句があるらしい一夏の訴えは無視して、気になることを率直に尋ねてみる。
「自分から相談しておいておかしな話ではある。だが、私はお前に嫌われても仕方のないことをした。小さな子供のような嫉妬と羨望に駆られ、暴走を続けてきた。そんな私に、なぜここまで力を貸してくれる?」
今日1日、一夏は休み時間の間もずっと私のことに頭を悩ませていた。今もこうして、放課後の時間を犠牲にして友達探しを続けてくれている。
「……なんでって言われてもな」
たいした理由はないんだぜ? と断りを入れて、一夏は窓の外を眺めながら口を開いた。
「なんとなく、なんとなくだけど、ラウラはそんなに悪いやつじゃないんじゃないのかって思えてさ。千冬姉が大好きなところも、俺と同じだし。それに」
私の顔に視線を移して、彼は照れくさそうに笑う。
「守るって、はっきり言っちまったからな」
「あ……」
2日前。夢かうつつかわからない空間で、一夏は私に告げた。『お前も守ってやるよ』と。
なんてことはない。彼はただ、自分の言葉に従って行動しているだけだったのだ。
「お前は、本当に――」
その時、私の言葉を遮るように教室の扉が開かれた。
「箒に『一夏は訓練に来ないぞ』って言われて来てみれば……」
むすっとした顔つきで教室に入って来たのは、昨日怒らせてしまった凰鈴音。髪を揺らしながら私達の座っている窓際の席までやって来ると、私と一夏の顔を交互に眺める。
「一夏。アンタもしかして、ずっとこの子の友達探してたの?」
「ああ、そうだけど」
「あきれた。ホントにお人好しね」
大きなため息をついて、凰は近くの席に腰を下ろした。
「世話が焼けるというかなんというか……これじゃあたしが悪者みたいじゃない」
「……鈴、もしかしてお前」
「一夏は口を挟むの禁止。あたしはね、ボーデヴィッヒの言葉を聞きに来たのよ」
私の言葉?
戸惑っているうちに、凰は椅子ごと動いて私の真正面にまで移動してきた。
「さ、どうする? 何も言うことがないんなら、あたしは帰るけど」
「う……うむ」
彼女は一夏ではなく、私の言葉を求めている。私自身が、私の思いを形にするのを待っているのだ。
「この前は……すまなかった。私もいろいろと気が立っていて、お前達を傷つけることを楽しんでしまっていた。謝らせてくれ」
頭を下げる。
こんな時、どんな言い方をすれば気持ちがよく伝わるのか、それはわからない。だが相手が求めている以上、今は私が選んだ言葉をひとつひとつ紡いでいくべきだ。
「師や部下こそいれど、私には今まで友人と呼べる人間はいなかった。だから……もしよければ、私と友達になってほしい。いや……なってくれ、ませんか?」
言い切った。あとは、凰の返事を待つだけだ。
果たして、彼女は首を縦に振ってくれるのか。正直自信はないのだが――
「いいわよ。あたしとラウラは、今日から友達ね」
「は?」
即決だった。昨日あれだけ怒っていたのだから、頷くにしても時間がかかるものと予想していたのだが。
「昨日も言ったけど、勝負に乗ったあたしにも責任の一端はあるわけだしね。あの件はお互い水に流すということで」
「鈴。いったいどういう風の吹き回しなんだ? あれだけ嫌がってたのに……」
一夏も私と同じことを考えていたようだ。困惑した様子で、凰の顔を見つめている。
「昨日の夜のやり取り、もう一回思い出してみなさいよ」
「昨日の夜? ええと、確か鈴と偶然会って、ラウラの友達になってくれるようお願いした。それで拒否されたから、そこをなんとかと食い下がって……」
「一夏ばっかりしゃべってて、肝心のラウラがなんにも言わないんだから。友達っていうのは、第三者が無理に作ろうとして作れるもんじゃないのよ」
「た、確かに……考えてみれば、勝手にラウラの言葉を代弁しようとしちまってた」
思い返せば、凰の言うとおりだった気がする。口を開くタイミングを逸したというのもあるが、あの場で私は一言も話さず、全部一夏に頼り切ってしまっていた。
「ま、昨日はホントに機嫌が悪かったってのもあるんだけどね」
「そういえばそんなこと言ってたな。なんかあったのか?」
一夏が尋ねると、彼女はわざとらしく肩をすくめて、視線を窓の方へそらした。
「……誰かさんがキスなんてされたせいで、無性に腹が立ってたのよ」
「え?」
「さ、行くわよラウラ! あたしが味方になったからには、友達なんてすぐに増えちゃうんだから」
凰に引っ張られ、教室の外へ向かって足が動き出す。
「ま、待て凰。そう急かすな」
「鈴って呼んでいいわよ。というか堅苦しいから名字呼びはやめなさい」
何気なくつながれた手から、妙な感触が流れ込んでくる。くすぐったいような、心地よいような……
「おい、俺を置いていくなよ!」
あわてて一夏が追いかけてくる。それを見て笑う凰、もとい鈴の横顔を眺めつつ、私はなんとなく彼女の右手を強く握り返してみるのだった。
*
「それで鈴、なんかいい案があるのか?」
「もちろん。ラウラの友達を増やすには、この子の近寄りがたいというイメージを取り払うのが一番効果的なはずよ」
「だが、どうすればいいのだ」
「まずはもう少し人数を集める必要があるわね。幸いこっちには一夏って餌があるし、ラウラが真面目に頼めばなんとかなるでしょ」
意味ありげな笑みを浮かべる鈴を見て、私も一夏も本当に大丈夫なのかと少し不安を抱いていた。
……だが、作戦会議終了から30分後。
「というわけで、私の友達になってくれませんか」
「……し、仕方ないな。一夏に免じて、これまでのことは忘れよう」
「いつまでも、過ぎたことを気にしていても仕方ないですわね。あなたのことは、今後の行動で評価することにしますわ」
「僕達、ルームメイトだもんね。いがみ合うよりは、仲良くしたほうがいいに決まってるか」
一気に3人仲間が増えたことで、私達は鈴の判断を信じざるを得なくなっていた。自信満々な口ぶりだっただけのことはある。
「それで、これからいったいどうしますの? 鈴さん」
「あたし達6人でこれみよがしに楽しそうなことやってればいいのよ。仲良く遊んでれば、そのうち周りのラウラに対する警戒も解けると思うわ」
こうして、翌日から私達は教室でトランプやUNOといった遊びに興じるようになった。最初はルールを把握していないゲームもいくつかあったのだが、皆に教えられるうちにすぐに覚えることができた。
「7が4枚。これで革命が成立するのだろう?」
「うわっ!? ラウラ、なんて手を隠し持っていたんだ……!」
騒がしく遊んでいるうちに、クラスの者の私を見る目も変わっていった。
「ボーデヴィッヒさんも、UNOとかするんだ……」
「私も、ちょっと混ぜてもらおうかな」
おびえるように様子をうかがう視線は、3日と経たないうちに感じられなくなった。
*
「ふん!」
投げたボールが真っ直ぐひとりの女子に命中し、さらにコートの外をゆっくりと転がっていく。
「ナイスだよ、ボーデヴィッヒさん!」
それを外野にいた味方が拾い、相手コートに勢いよく投げ込む。
「とりゃっ!」
IS学園にも通常の学校と同じ科目の授業が少ないながらも用意されており、今はその中のひとつである体育の実習中。内容は、1組と2組のドッジボールによる試合だ。
現在の状況はややこちらが有利だが、流れが傾けばすぐに内野の人数は逆転するだろう。
「よっと」
1組の外野から飛んできたこちらへのパスを、鈴がジャンプしてインターセプトする。もちろん彼女は敵で、2組の内野でひときわ存在感を放っていた。
「ラウラ覚悟!」
私が少し前に出ていることに気づき、すぐさまボールを放ってきた。だがこの速度なら焦ることなく捕球できる。
そう思って構えた瞬間、ボールの軌道が若干ぶれた。意図的なものか偶然かはわからないが、鈴が投げるときに妙な回転がかかっていたのか。
「しまっ……」
ボールは私の手によって弾かれ、地面へ向かって落ちていく。まずい、このままだとアウトに――
「させるか!」
スライディング気味に飛び込んでボールを掴んだのは、同じく1組の内野にいた一夏だった。
「女の子にばっかり活躍されちゃ、男のプライドが廃るからな」
「織斑くんかっこいいー!」
「ボーデヴィッヒさんもファイトー!」
内外野から、声援が私達の耳に入ってくる。この前までは周囲の声など雑音としか捉えていなかったのだが、今は不思議と悪い気がしない。心に、少しだけ余裕ができたからだろうか。
「よし、このまま向こうの内野を全滅させてやろうぜ」
「張り切り過ぎてミスをするなよ、嫁」
*
「ふう~、よく動いたなー」
隣で伸びをしている一夏は、実に晴れ晴れとした顔つきだ。
試合は1組の勝利で終わった。私と一夏はともに最後まで生き残り、外野のシャルロット達とうまく連携をとって相手を効率よく殲滅することができたのだ。
「負けた……あそこでラウラをアウトにできていれば……」
鈴もよく粘っていたのだが、ラスト3人のところで1組の猛攻に耐えきれずボールをこぼしてしまった。悔しそうにしている様子を見ていると、少しだけ優越感が湧いてくる。
「ボーデヴィッヒさん」
「む?」
突然背後から声をかけられたので振り向くと。
「はい、たーっち!」
いきなりクラスメイトのひとりが平手を突きだしてきたので、こちらも反射で手を出してしまう。
パチン、と2つの手がぶつかり音を立て、その女生徒は満足げに笑顔を浮かべた。
「今日はヒーローだったよ! 次も頼むね!」
そう言い残して、彼女は離れたところにいた友人達のもとへ駆けていく。
「………」
叩かれた右手が、じんじんと熱を帯びている気がした。もちろん、痛いというわけではない。
「よかったな、ラウラ。みんなと馴染めたみたいで」
一部始終を見ていたらしい一夏が、うれしそうな声で語りかける。
「これが、他者と交わるということなのだろうか」
鈴に手を引っ張られた時もそうだ。どこかくすぐったく、それでいてどこか温かい。
「嫁よ。私は今どんな顔をしている」
「どんな顔って……多分、笑ってるんだと思うけど。口元緩んでるし」
そうか。私は笑っているのか。だとすれば……
「私は、うれしいのだろうな」
どうやら、少しはコミュニケーションが取れるようになってきたらしい。
「そういえば、お前にはまだ言っていなかったな」
「何がだ?」
「鈴やシャルロットにはしたのに、お前にはまだお願いをしていなかった」
「ああ……なるほど。確かに、考えてみればされてないな」
自分の気持ちを、自分の言葉で伝えること。それはきっと、とても大切なことなのだろう。
「織斑一夏。私はまだまだ、他人とのコミュニケーション能力が未熟なままだ。だから、もしよければ」
「ああ」
「私の嫁になってほしい……いや、なってくれませんか?」
「もちろん……っておい! 違うだろ、友達って言えよ!」
「私はお前との関係をただの友人で終わらせるつもりはない」
「だからって嫁は……ああもう、締まらねえなあ」
ぶつくさ文句を言いながらも、次第に一夏の表情は柔らかくなる。
「嫁は訂正させるとして、とにかくこれからよろしくな。ラウラ」
「しっかり鍛えてやるから、ちゃんとついて来い」
*
「というわけで、私にも何人か友人と呼べる人間ができた」
『おめでとうございます。隊長なら必ず成し遂げられると信じておりました』
その日の夜、私はクラリッサに現状の報告を行っていた。もともとは彼女の提案で始めたことなのだから、戦果を教えておくのが筋というものだろう。
「これで、私は一夏に少しでも近づけるだろうか」
『御自分の力を信用なさってください。隊長なら大丈夫です』
「そ、そうか」
あまり自信はないが、今は副隊長の言葉を信じることにする。
「なあクラリッサ」
『なんでしょう』
「他人と接するというのは……なかなか、いいものだな」
『そうですか』
「ああ。……それを知ることができて、よかったと思う」
『よかった、ですか。……そうですね。本当に、よかったです』
どうしてかはわからないが、回線越しのクラリッサの声は感慨深げに同じ言葉を繰り返していた。
「そろそろ、眠ることにする」
『はい。ゆっくりお休みになってください』
「そちらも休めるときに休んでおけ。体を壊しては元も子もない」
『お心遣い、感謝します』
回線を切り、おもむろにベッドに寝転がる。
「………」
なんだか、急に眠れなくなった。
眠れなくなったので、今夜は一夏に添い寝でもしてみようか。
鈴がラウラの最初の友達になっているのですが、これだと原作3巻の序盤の記述と食い違いが生じるので、原作改変という前書きをさせていただきました。そこまで大きな変更でもないので大丈夫だとは思うのですが……
次回サブタイトルは「ンジャメナ=チャドの首都」です。何が何だかわかりませんね。
感想等あれば書いていただけるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。