「マスター、厄介な事になった。あのキャスターは私の知り合いだ」
切嗣はランサーとキャスターの戦いを良く見える場所に陣取り、高性能のワルサー製のスナイパーライフルを構えている。既に対岸にあるクレーンには、アサシンがいる事は確認済みである。
「なに? それは君の生前という事か? どんな英霊だ?」
「奴はかの『戦士王』のクーフーリンの師、スカサハだ。キャスターと名乗っていたが、一番力を発揮できるランサーとして戦っている。奴ならば自分の霊基をいじくってクラスを変える事ぐらい造作もないだろう」
切嗣は本来、自分が召喚するべきだった『戦士王』が主役として登場するアルスター伝説の内容を調べていたので、師であるスカサハの伝承もある程度把握していた。
「クラスの変更だと? めちゃくちゃだな。能力も現状だと正規のランサーよりも強い……厄介な相手だ」
しかもセイバーの感知で把握している限り、強力なサーヴァントであるアーチャーは、マスターである遠坂時臣が上手く手綱を握れていない。何しろ昼間から実体化をして冬木の町をぶらぶらと歩いており、夜になっても戦う気がないのだから。
あの手の気性のサーヴァントはまだ付け入れる隙がある。しかしキャスターは正面からの戦闘も正規の三騎士クラスのであるランサーよりも強く、魔術師として搦め手も上手く使えるだろう。セイバーも魔術に関してはキャスターに負けてはいないだろうが、ステータスだけを見ればさほど差はない。
「奴の宝具は恐らく、自らが作りあげた朱槍だ。私や『戦士王』と違い、作成者だけあって、無限に槍を召喚し弾丸のように無限に発射できる。キャスターのマスターも近くにいるな。恐らくマスターが調べさせた資料にあったフラガ家とかいう赤枝の末裔の魔術師だろう。ランサーのマスターもいる。後は……これはライダーのサーヴァントとマスターは橋の方にいるな? 高見の見物といったところか」
フラガ家はアインツベルンと同じように外部との接触がほとんどない為に、神代の宝具を今でも伝えている『伝承保菌者』であるという事とルーン魔術を得意としている事、それと当主のアリイル・フラガ・マクレミッツの簡単な経歴ぐらいの情報しか切嗣でも手に入らなかった。切嗣が切り札とする『起源弾』はルーン魔術と相性が悪い。起源弾は魔術回路を通して発動するタイプの魔術には鬼札となりうるが、ルーン魔術は使い切りの魔術であるからだ。
「なるほど、実質的な初戦というだけあって注目の的という事か。一応、確認しておくが、キャスターも君の容貌は把握しているな?」
「そうだな。奴とは面識があるどころか、一緒に背中を預けて戦った仲だ。奴が私の事をどう思っていたかは知らんが、少々因縁めいたものもある。
私が出ればすぐにバレる。それにランサーも何やらケルトに縁のある英霊だ。私の姿を見ただけで真名に思い至るだろう」
切嗣はここでセイバーを戦わせた場合と、そうでない場合のリスクを考える。セイバーが今介入して、ランサーかキャスターのどちらを倒す、出来れば厄介なキャスターを、ランサーと共闘して叩く形が理想だ。しかしそれは三つ巴の状況になればどの陣営も考える行為だ。下手をすればセイバーがその標的になれば状況が厳しくなる。それにセイバーの真名が露呈するリスクもある。
セイバーが介入しなかった場合はこのままキャスターがランサーを押し切り、追い詰められたランサーが宝具を切る、またはそのまま脱落か。その場合はキャスターの手札を最低限一枚切らせたいところだ。セイバーを隠した以上、敵の情報を可能限り仕入れてアドバンテージを得たい。
「セイバー、まだ様子見だ。ランサーが追い詰められて宝具を使用した時か、ランサーが脱落しそうになれば介入しろ。厄介なキャスターを叩け。知り合いだからと手加減はするなよ」
「フン。甘く見るな。私とて奴がスカサハだからといって手を抜くと思われる方が心外だ」
ランサーは胸中で焦りを覚えていた。伝承に伝わる「影の国の女王」の実力。それを直に体験して、戦慄していた。
「どうした、ランサー。さっさと宝具なりなんなりでお主の全力を見せてみよ。さすればその槍、この身に届くやもしれんぞ」
スカサハは妖艶に笑いながらも、攻撃の手を緩めない。今すぐにも殺されるつもりなど全くないが、防戦一方なこの現状に焦りを覚えていた。
「『影の国の女王』よ。あまたの戦士達を育て上げたその実力、敬服するしかない。ならばこちらもその期待に応えよう! こちらも手を抜いては失礼というものだ。我が主よ。宝具の開帳を許して頂きたい!」
ランサーは自らが用いる切り札を切らねばこのキャスターは打ち取れまいと確信していた。そしての使用の許可を願い出た。しかし、
「――――――」
ランサーのマスターからの返答は沈黙。即ちランサーの要求を退けたのだ。宝具を使わずともキャスターに勝てという事だ。
「フン。臆病なのは結構だがな。ランサーのマスターよ。貴様のサーヴァントは宝具を封じたままでは真っ先に敗北するぞ。良いのか?」
ランサーは歯がゆかった。今のまま全力を出せないまま戦う事も否ではないが、それでやすやすと倒せるほどこのキャスターは甘くない。キャスターの安い挑発を買う事になるがなりふりかり構わず自身の持てる全力でこのキャスターを討ち倒したかったのだ。
「言うではないか。キャスターよ。ランサーよ、貴様の実力はその程度か?ここまでコケにされてみすみす奴の挑発に乗せられるなど器が知れよう。私に勝利と聖杯を捧げると言ったのは嘘か?」
「そのような事はありません! 我が主よ!」
「ならば証明せよ、貴様の実力を。宝具を使わずともサーヴァント一騎程度倒せるとな」
自身の居場所が悟られないように幻惑の魔術をかけられたその言葉はランサーを苦渋の表情にさせた。
「その判断は命取りになるぞ、ランサーのマスター。私にはまるで関係のない話だがな!」
「我が主への忠義の為ならば宝具がなくとも貴様を討つ、舐めるなよ、
キャスター!」
キャスターはランサー陣営の主従関係の不和などお構いなしに苛烈に攻め続ける。しかしランサーとてただ自らの首を与える訳などいかない。キャスターの一撃をいなし、躱しながら、自らの主からの期待に応えるべく、獣のごとき咆哮を上げながら、自らを槍として変化させながらあらゆる戦士が持つ闘争本能へ自らの意思を委ねる。そしてまたキャスターも目の前にいる一人の戦士の闘志に応えようと今まで抑えていた戦いへの渇望を解き放とうとしていた。そんな戦士としての本能にお互いが委ねすぎたが故か、二体に迫る凶刃に気づくのは不運であったとしか言いようがなかった。
先に気づいたのはキャスターであった。闇夜に紛れるアサシンの如く自らに迫る殺気がすぐ近く迫っていたのだから。キャスターはその一撃を槍で何とか受け止める。しかしその力は素のステータスが高いキャスターであっても受けとめきれず、足もとのアスファルトが陥没してしまっている。
そしてその相手を視認した時、キャスターは危機感よりも喜びの感情が溢れ出ていたのだ。
「ハハハハハハハ。私相手に不意打ちをかますなど、どこの命知らずかと思ったがまさかお主だとはな、我が愛しき人よ!」
喜悦の笑みを浮かべながらキャスターは背後から朱槍をその相手、セイバーに向って放った。しかしセイバーはそれを難なく剣で弾き飛ばし背後へ下がろうとしたキャスターに耐性を整えさせまいと手を緩める事なく苛烈な連撃を与え続ける。
いきなりの乱入者の登場にランサーはどちらに介入すればよいか打つ手を決めかねている。獲物は剣。既に姿が割れているアーチャー、アサシン、キャスターを覗けばセイバー、バーサーカー、ライダーの三体に絞られるが……
「我らの一騎打ちを邪魔してくれるとはな、セイバー。お前はそういった騎士の吟時を重んじてくれると思っていたが……」
「厄介な相手から倒すのは戦場の常だ。お前がそんな無様な醜態をさらしていなければ私が不意打ちなどという真似をして介入する必要はなかった」
「……言ってくれるな。お前ほどの実力があればそんな卑怯な真似をせずとも……待て。その妖精の如き美しい容貌、そしてその眼帯、『影の国の女王』との面識がある、まさか御身は……」
「いかにも、お前の想像通りの名前で間違いない、ランサーよ。お前は同郷の英霊で、お前の言いたい事は私にも分からんでもない。しかし今は聖杯戦争。互いに使える新しい主がいて、叶えたい願いがある。誇りや矜持に拘って全てを掬い取ろうとすると何かをこぼれ落とすぞ」
それは同郷の戦士としての忠告。それはランサーをしてハッとさせられてしまう。騎士としての矜持に拘るあまり、主に対して、自分の騎士としてのあり方を認めてもらう事ばかり求めていたが、それは押しつけではないか。騎士たるもの、まずは主からの信頼と信用を勝ち取る事こそ今の自分に出来る主への忠義ではないか。
「此度の聖杯戦争。貴方達のようなかつて憧れた戦士と戦う事が出来、存外、俺も幸運に恵まれているらしい。貴方からの忠告、感謝する。『邪眼の御子』よ」
「対した事ではない。どの道、お前達はここで斃れる。それならば少しぐらいは先人として言い残しておこうと思ってな」
それは勝利宣言。セイバーはキャスターとランサーを倒すと告げており、自分にはそれを成し遂げる力があると自負としていた。
「言ってくれる、セイバー!」
「大きな口を叩いたな、愛しき人よ! まさかお主が召喚されているとあな! 私もこの数奇な巡り合わせの機会があった事に、我がマスターに感謝しているくらいだ!」
ランサーもセイバーの挑発に乗ってそれまでキャスターを先に倒そうとしたが、そんな消極的な戦いではなく、この偉大な英雄達にどうにか一撃を与えようと三竦みになる事を覚悟の上でセイバーとキャスターにも向かっていく。
同じ神話の英雄が三体もそろって戦いあうという歴代の聖杯戦争でも類を見ない戦いが繰り広げられようとしていた。
キャスターは朱双槍をセイバ―に向かって振り回しながら、ランサーへは新たな槍を召喚する事で対応し、セイバーは得意とするルーン魔術と自然干渉の大魔術を高速で放ち牽制しながら立ちまわっている。ランサーも速さと地形を活かして、正面からではなく死角に回りこんだり、他の二体が攻撃しあっている瞬間を狙ったりと自らがこの状況で取れる最善の行動を取っていた。
夜明けまで続くかと思う程三体の英霊は拮抗して戦っている。しかしその戦いにまた新たな乱入者が現れたのだ。
「各々、武器を収めよ! 王の御前である!」
宝具とも思しき、すさまじい速度と轟音、稲妻を放ちながら神牛に率いられた一台の戦車が戦場に乱入した。
「我が名は征服王イスカンダル! 此度の聖杯戦争においてライダーのクラスにて現界した!」
かつて世界の半分以上をその手中に収めた偉大な王が混沌として戦場に現われた