アルスター伝説におけるクニァスタの活躍は基本的にはその親友とされたクーフーリンとのものがほとんどだが中には単独での逸話も残っている。もっとも有名なものが「クニァスタの婚約」だろう。
クーフーリンは影の国を出てから戻る事はなかったが、親友のクニァスタは戻ったという記録がある。
影の国の女王であるスカサハは今まで戦いに負けた事のない自分を初めて圧倒しながらも、何もしなかったクニァスタに屈辱を覚えていた。そこで自分の娘であるウアタハを使いに出してもう一度戦うように伝えた。しかしウアタハはクニァスタの女々しい外見で強大で畏怖している自分の母親が負ける筈がないと決闘を挑んだ。邪眼を隠し邪剣も呪符で覆っているクニァスタは確かにその女性のような容姿からよく他のケルトの戦士に喧嘩を売られ、親友のクーフーリンがその全てを叩き潰したという。
クニァスタはその決闘に勝利する。その際に初めてウアタハはクニァスタが男だと気づき自分の求婚者を追い払うように懇願する。クニァスタはそれに応じてその求婚者と戦う。しかし求婚者の戦士はその自由自在に形状が変わるというアイフェより与えられた呪槍を警戒して素手で戦うようにクニァスタに求めた。それを了承して2人は戦うが求婚者はクニァスタの身体を傷つける事すら出来なかった。そしてフェモール族の絶大な身体能力で捻り潰されたという。
ウアタハはクニァスタに求婚した。クニァスタは拒否しようとするがしなければ自殺すると脅し2人は夫婦となった。
これを見て面白くないのはスカサハだ。娘が欲しくば影の国に来るように弟子であるコンラを通じてクニァスタに伝えた。律儀で義理堅いクニァスタは2人を連れて影の国に赴いた。
「久しいな。アイフェの一番弟子よ。その女々しい面構えで、よくもまぁ我が娘を誑かしてくれたものよな」
自分の娘に目を向けるが、サッと目を逸らされるスカサハ。
「私は誑かした覚えなどないが……そっちこそ弟子が私の師匠を抱いて挙句に子供まで作っただろうに」
クニァスタは横にいたコンラへと目線を向けた。スカサハはそれを指摘され顔を顰めた。
「フン。癪だがあの馬鹿弟子はアイフェを打ち負かしたからな。敗者は勝者の要求を呑むのは当然であろう。もっとも貴様は私に屈辱しか与えなかったが……」
「私はただセタンタとの関係を認めてもらいたかっただけで、別に貴方に恨みがある訳でも、抱きたかった訳でもない」
「そんな事を言うと変な勘違いされるぞ……友情だというものは分かってはいるが、嫉妬してしまうな、うちの馬鹿弟子とお前との関係には。だろう、わが娘よ」
今まで表情を変えなかったスカサハが何故か笑みを浮かべていた。クニァスタの背後に控えていたウアタハは急に振られ、ビクっと震えた。その瞬間、ウアタハとコンラの背筋に、寒気よりもひどい何かが通った。
彼らは知っている。この表情をする彼らの師匠はどうしようもない程、怒っているという事を。
「ウアタハよ。一言断っておくが私とセタンタの間にはただ朋友としての関係があるだけだ。そこに邪な感情はない」
「ふ。ならば問うぞ。我が娘よ。貴様は奴に抱かれた事があるか?」
その時。ウアタハに電流が走る! 既にコンラはゲイ・ボルクを投げる際の構えになり逃亡態勢が整っていた。
「い、いえ私はまだ我が愛しの君には……」
「ふ。つまりそやつは真にお前の事など思っていないのだ。そやつの頭にあるのは我が馬鹿弟子の事のみ。なんせいつも引っ付いているぐらいだ。寝室にもな」
流石の暴露にコンラやウアタハも絶句してしまった。これでは本当に愛人の関係だったからだ。
「やはりクニァスタ様……クランの猛犬と……」
よからぬ妄想を始めたウアタハは真っ赤になっている。確かにこの時代、同性愛も受け入れられていたがそこまでおおぴっらな訳でもなかったからだ。その関係を公言出来るのはアルスターの豪傑で絶倫と言われているフェルグスぐらいなものだろう。
「む。何を言っている。ただあいつと一緒に寝ただけで特に何もしてない。何だその眼は!」
「く。やはりフェルグスの馬鹿に育てられた影響がここに……!」
「クニァスタ様。やはり男がよろしいのですか! だから私を抱かずに……」
「ち、違う。とにかくあいつとは何でもない。ただ唯一無二の朋友というだけでそれ以上でもそれ以下でもない!」
必死で否定するクニァスタにやがてスカサハもた溜め息をついてとりあえずその言葉を受け入れた。信じているかは別のようだが。
「話を戻そう。私は別にお前達の結婚を邪魔したいわけではない」
「母上……! でしたら!」
この時クニァスタの胸中には既にウアタハとの婚約が外堀を埋められて決まってしまっている事に戦慄を覚えていた。
「しかし、いくらそやつと言えどもそう簡単にはい、そうですかと私も引き下がる訳にもいかぬ。借りもあるのでな。そこでだ。私ともう一度戦い、見事勝利すればウアタハをやろう」
「敗北すれば?」
「なぁに。簡単な話だ。クニァスタよ。お前が私のモノになれ」
「な! 母上!」
「元はと言えば、あの時の因縁が始まり。これはその清算といったところか」
「あの邪剣には驚かされたが次はもうないぞ」
「ああ、受けてたとう。今度こそ決着だ」
そうして2人の戦士の戦いが再び始まった。
「また負けたか……これでも修行に入れる熱を一層増やしたのだが」
倒れ伏しているスカサハ。見つめる先にはこの決闘の勝利者であるクニァスタが立っていた。その手にはアイフェより贈られた呪槍と滅多に使う事がなかった邪剣が禍々しい魔力を放出させながら握られていた。
「この邪剣を使わせた時点で貴方の勝利だ。影の国の女王よ。もしこれがなければ私は負けていた」
「また前と同じ事を言っているぞ。謙遜も過ぎると不快に感じるというものだ。どうせ私を殺さないのだろう、クニァスタ」
初めてその名を呼ぶスカサハはどこか満足気だった。もう自分では手の届かない領域に自分を二度も打ち負かしたこの戦士が辿り着いてるからだろうか。そしてその身体に違和感を感じた。今まで半ば亡霊と化していた身体が人の身に戻ったような……
「ふふふ……どうやら私という存在は影の国から放たれようだ。この若造に負けたからか私という存在を神々が受け入れたのか。いやそれとも……」
「何がおかしい?」
「いやこれからの事を思うとな。どうやら私を縛る鎖がなくなったと思うと笑いが止まらなくなってな。許せ」
「まぁ良い。これでウアタハとの……その、なんだ。婚約を認めてもらうぞ」
「あぁ、約束だからな。後それともう1つ頼みがある」
「何だ?」
「この身をお前に捧げよう。『邪眼の御子』よ」
――この私を影の国から解いたのだ。責任は取ってもらうぞ――
「いやぁ、まさかお前があの2人を娶るとはなぁ。お前もケルトの戦士って事かねぇ」
影の国から戻るとセタンタはクニァスタに付き従う自分の師匠とその娘を見て驚いていた。ケルトではそう珍しい事でもないが、堅物そのものといえる親友にまさか自分の師匠とその娘を受け入れる度胸があるとは思わなかったのだ。
「娶ってなどいない。ウアタハならまだしも、スカサハに至っては勝手に着いてきただけだ……責任など言われてもどうしようもないだろう」
「いやいや、てめぇは女っ気がなさすぎんだよ。見た目がそんなんだからかもしんねぇがな。せっかく俺とタメ張れる強さを持ってんだ。もっと口説かなきゃ損ってもんだ」
「そもそも私の身体に性別などない。自由自在に変化できるからな。私に2人の女を抱く器量はない。ウアタハだけで十分だ」
「ひゅう。お熱いねぇ。でも師匠だって良い女じゃねぇか。というか、てめぇウアタハですらまだ抱いてもいねぇだろうがよ」
「……」
「そんな堅く考える事かねぇ。あいつらはてめぇに負けたんだ。その時点でてめぇのもんなんだよ。だったら抱くのは当然の権利だろうが」
クニァスタは人間ではなく今はもうほとんど滅びた人外の怪物フォモール族である。しかもその王であるバロールの身体から生まれているので、純正の血が流れている。彼らは本来、人を食い厄病をばら撒く不吉の象徴とされていた。その生まれも単に男と女が混じりあうものでなく神秘性の強いこの時代の魔力から自然発生しているものがほとんどだ。中にはダーナ神族や人と混じりあった者もいるがそれは例外である。
クニァスタもそんなフォモール族の本能が残っているのかウアタハやスカサハを抱こうと思わなかったのだ。
「まぁ何だ。特にうちの師匠は自分を殺せる戦士って事でお前にえらくご執心だ」
「お前では駄目なのか。それぐらいの強さをお前は持っているだろう」
するとクーフーリンは痛い所を突かれたといった表情で頭を掻いた。
「あー、俺じゃあダメなのよ。スカサハ曰く俺は若死にするらしくな」
「おい!」
自分の死を人事のように軽く言う親友に、滅多に感情を出さないクニァスタも声を荒げた。ケルトの死生観では死とは終わりではなく、生まれ変わりへの始まりともされておりそう恐怖を抱く事ではない。しかし死という概念がその眼によって理解出来てしまうクニァスタにとって恐ろしいものでしかなかった。
「何カリカリしてんだ。死ぬなんて精一杯足掻いて生きた結果なら特別、後悔なんてないだろうが。俺もそうだしな。他の連中だってそうだ。そんな特別な事じゃあるめぇよ」
「セタンタ……それでも私はお前に死んで欲しくない」
親友のその男らしくない弱弱しい呟きに腕を掴まれて、クーフーリンはカカと快活な声を上げた。
クニァスタはスカサハとは結ばれる事はなかった。しかし愛するのは既に婚約していたウアタハのみとした。その為『妻以外の女を抱かない』という誓約を立てた。そしてクニァスタはウアタハだけを抱いた。自由自在に身体を変形できるフェモール族の身体を生かして男の身体となってウアタハと結ばれたのだ。
クニァスタは何よりクーフーリンとともにある事を望んだ。唯一無二の親友を死なせたくないという理由でいつも隣にいる事に選んだ。そんな自分がウアタハのみならずスカサハを抱くとなると、彼女らをないがしろにして悲しませるだけだと思ったのだ。それを告げるとウアタハもスカサハも悲しそうに笑った。
しかし、それ以後もスカサハは何回もクニァスタに迫っている。
クニァスタ単独の逸話で有名なものはもう1つある。それは「コンラとの決闘」と言われているものだ。コンラはクーフーリンが影の国にいた頃に、師匠であるスカサハの宿敵アイフェとの間に生まれた子である。父親と同じようにスカサハを師事しており、並みのケルトの戦士を遥かに上回るその実力は、クーフーリンの血を確かに受け継いでいた。
コンラは船に乗ってアイルランドまでやって来て、巨大な海鳥を次々と投石で落としていった。これに恐れを抱いたアルスター王はアルスターの戦士を次々と送りこむが、コンラはそれら全てを名を名乗らずに討ち倒した。
王はアルスター最強の戦士であるクーフーリンに倒すように命令するが、親友であるクニァスタが自ら志願した。話を聞いてコンラと面識のあるクニァスタはすぐにその正体に思い至ったからだ。師であるスカサハが一緒に行こうとするが、師を奪ったのは自分だとクニァスタは同行を拒否した。
コンラはその身に光の御子の血を引く優秀な戦士だ。しかしその大英雄と同等とされるクニァスタが相手では、まだまだ幼いコンラでは勝てなかった。
クニァスタは親友の息子を殺す事は忍びないと見逃して自分の弟子にした。コンラは唯一の弟子とされており、後にクニァスタが持つ朱槍を譲り受けている。
「で、どうよ。コンラの奴は? 元気にしてるかい?」
クーフーリンは自分の息子を弟子にしたクニァスタの事を話で聞いて大笑いしていた。何がそんなに可笑しいのかクニァスタは分からなかったがウアタハもスカサハも声には出さなかったが笑っていた。
「あれは良い戦士だ。たまにスカサハとも戦っているが、成長したらお前や私以上の戦士になるぞ」
「それは楽しみだ……ま、なんせ俺の息子なんだ。それぐらいやってもらわねぇとな」
「父親なんだからたまにはお前も会いに行ったらどうだ。師匠は距離があるからまだしもお前はすぐに会えるだろう」
クーフーリンは未だに息子と会っていない。どちらも嫌っている訳ではないが積極的に会いに行こうとしていないのだ。
「戦士となったからには子も親も関係あるめぇよ。いつかあいつが俺達に匹敵するぐらい強くなったらそん時は相手になってやる」
ケルトの戦士らしい言葉にやれやれと首を振るクニァスタだが、クーフーリンは何がおかしいのか分からず首をかしげるばかりだった。
アンケートを活動報告でやっているので、もし良ければ覗いてやって下さい。
内容は今作完結後にする話についてです。
9/27 追記 感想欄にて主人公の行動が不義理だとの指摘を受けたので少し内容を変えました。結んだ誓約は『女を抱かない』から『妻以外の女を抱かない』というものです。それに伴って台詞を少し変更しています。
大筋には影響ありません。