咲-Saki- 鳥屋野編 episode of side-T   作:秋のさんま

2 / 7
第二章:当たり前でないもの

 大きな欠伸をして、のろりのろりと廊下を歩く鈴井は、少し散歩をしていた。理由は麻雀に疲れた精神をリラックスさせるためにだ。藤城とやるとどうも神経を物凄く消耗してしまう。あれは生きるか死ぬかの殺し合いだ。三人同時ダブリーってなんだ。周りの手が速くなり、更に火力も上がる中、地和と数え役満をやらかした藤城に対して、鈴井は畏怖を抱くしかなかった。

 

「はあ……麻雀ってこんなダルくなるものだったっけ」

 

 窓の外の野球部員の活動は熱と汗を努力を間近に感じさせられた。鈴井はそれからは遠い人間ではあるが、素直に感心させられた。自分もこんなふうに努力をせねばと考えていると、すぐに部室に着いた。気休めにはなったが体が物足りないと叫んでいる。部室の床で寝ようとして、鈴井は部室に足を踏み入れた。

 

「んぉっ?」

 

 鈴井は素っ頓狂な声を漏らす。彼が目にしたのは異様に整頓された部屋だった。椅子は中央に置かれている向かいあう二つのみ。雀卓は部屋の隅っこに動かされ、漫画本やテレビは何処かに隠され、見慣れた部屋ではなくなっていた。

 

「なんだぁこれ。しかも椅子に置いてある紙になんか書いてあんな」

 

 鈴井が手にとって見ると、差出人は藤城。それだけで変な笑いが出てきて、自分はまた巻き込まれるのだと察した。

 

『女子をスカウトして来るので、今から君に試験官になってもらいます。服装は何故かロッカーに置いてあるのでそれを着替えて。質問内容は君が考えておいてください。こいつだと思った人をピックアップしといてね 藤城より』

 

 鈴井は笑うしかなかった。ロッカーを開けると、サングラスと帽子と茶色のスーツとネクタイ等々と、変装道具一式が揃っていた。

 

 

 

――――――

――――

 

 

 

 藤城が跋扈する所事件あり。鳥屋野高校ではそう言われている。その藤城が団体戦のメンバーを探しているのはすぐ噂になった。

 

 面白がる人が藤城に声をかけるが、藤城は真剣にメンバーを探していた。経験者ではなく、全国に興味のない者には少し話しただけでそのままさよならになり、少し出来る人や全国に意欲のある人は面接送りになった。

 

「ねえミカ。私大事な事に気づいちゃった」

 

 美夏は薄々何に気づいたのか分かっていた。現在2年3組の教室。廊下、教室、屋上と見てきたが、なにせ人が少なすぎる。祝日ではなく平日に勧誘すればよかったのだ。たった今鳥屋野高校にいるのは部活動に勤しんでる人と物好きな人達しかいない。

 

「勧誘するなら平日の方がよかったよね?」

「…そうですね」

 

 藤城は立ち止まって少し考え込み、うんうん唸る。美夏はその様子を見ると冷や冷やしてきた。突発的な行動が彼女の持ち味ではあるが、それに付き合う人は堪ったものではない。

 

 しかし美夏は恋子の滅茶苦茶さに慣れてしまい、彼女に無茶を押し付けられる鈴井が恋子を罵り、馬鹿やらかした鈴井を恋子が理不尽に罵るという馬鹿さ加減が面白くなっていた。今も何をするのか全く分からず胸の冷える思いをしているが、それは楽しくなるものだと気持ちを暖かくさせていた。

 

「んっ、何だ」

 

 藤城は連絡がきた携帯を取り出しさっと読み、ニタッと不気味に笑った。また何かやらかすのだと美夏は察した。

 

「恋子? どうしたの?」

「いい人が見つかったってさ。ふっふっふっ……いいぞぉー。面白くなってきた」

 

 藤城は足早に廊下を歩く。図書室に面白い奴がいると聞かされそこを目指す。心底楽しんでる藤城はともかくとして、吉中はその人と藤城が仲良くできるかという若干の不安を持て余していた。

 

 図書室で二人を待っていたのは、小説を嗜む女の子であった。その彼女が期待の新人や頼りがある経験者なのかと問われればそうではない。そう考えても無理もなかった。二人は彼女が麻雀をする姿を知らないのだから。

 

 そこにいるのは圧倒的な魔物。鋭い牙を隠し、敵を貪ろうと待つ魔物だった――。

 

 

 

――――――

――――

 

 

 

「はいっ、ありがとうございましたぁ」

「ありがとうございました」

 

 ウルフカットの髪をなびかせ、長身の女性は椅子を立ち深く一礼をする。顔を上げると、一礼をした相手の機嫌を窺うように顔を覗き見た。

 

 男は黒のハットにサングラスをかけ、立派なスーツを着こなしていた。目はサングラスでくっきりとは見えないが、笑ってはいない事は分かる。傍から見れば不審者っぽいが、彼女はこの男が鈴井晃であることを分かっていた。故に、元々の学生服の姿と照らし合わす事が出来た。彼女は服装がちょっと似合っている事実が滑稽に思え噴いてしまう。鈴井が苦虫を噛み潰したように顔を歪めたのは言うまでもない。

 

「そっ、それで鈴井くん。面接の結果はどう?」

「人の姿見て笑う奴はクビだッ」

「アハハハっ! まあまあ。不審者面が中々似合ってるじゃないの」

「不審者に見える俺も問題だけどね、不審者のようなこの服装も問題だよ」

「ふふっ…そっ、そうなの?」

「そうなんだよ。僕の経験上服は人間の見た目の六割を占めるんだな。それに学校でこの服は目立つよぉこれ。着る奴がイケメンでもここじゃあ不審者になるよ」

「そうだ。確かにそうだ」

「……ちなみにこれ、誰が用意したの?」

 

 藤城の所為じゃないのかと女は思った。こんな事は大抵彼女がやるだろうに。思考の中、もしこれが藤城の仕業ではなかったらどうなるんだろうと思い浮かんだ。

 

「それが分かったらどうすんの?」

「訴えるに決まってるでしょう? そいつを名誉毀損で死刑にしてやるよ」

 

 鈴井は当たり前のように訴えて死刑にしてやると言って自身の憎しみを表現した。しかしそれは馬鹿馬鹿しい。女は笑いをこぼした。

 

 その声に合わすように内野部長が部室に入ってきた。不審者をすぐに鈴井晃だと認識すると、また藤城の仕業かと笑った。

 

「なぁに君達は。人の姿見て笑うのは本来いけない事なんだよ? ハゲ然り、デブ然り、藤城然り」

 

 突然藤城の名が出てきたのは不意打ちだった。二人はあっさり笑いに落とされてしまった。

 

「ご、ごめんね鈴井。興味本位で面接受けてみたけど、本当は内野会長に用事があったんだ」

「だろうね。ふざけてるのが丸分かりだったもん」

 

 内野義春は部長と会長を掛け持ちしているのは周知の事実だ。部室にテレビが置いてあるのは藤城の無茶振りというのもあるが、内野が尽力してくれたのでテレビを置けた。しかしテレビは藤城の良い玩具と化しているので鈴井は枕を濡らしている。

 

「あー…(あさひ)君。それは後にしてくれないか? 今麻雀部に勧誘して来たんだ」

 

 そう言うと、また一人入る。今度の女性はあからさまに外国人の女性であった。黄色がかった茶色のおさげ髪に、餅のように柔らかそうな白い肌に、儚さも感じる青の瞳。風が吹けば飛ばされそうな弱々しさは、まるでこの部屋に入るのに緊張し、不安を覚えているように感じる。実際。彼女は緊張をして顔が青ざめていたし、ここから未来の自分はどうなるのかと神経を張り詰めていた。

 

「誰その子? 拉致してきたの?」

「…鈴井君。君じゃないんだから。妹が誘ってきた子で、元々日本に住んでたんだよ。まあ、日本語はあまり話せないらしいけど」

 

 白人の女性、クラリス・フリーマンは純粋に友達が欲しかった。肌の色と青い瞳が物珍しがられ、まともな友達は出来なかった。

 

 初めて出来た友達が、内野の妹だった。その友達が言う、『友達同士がバカして笑う場所』。友達と一緒に笑う事、そもそも笑う事があまりなかった彼女は、そのフレーズが心に刺さって離れなかった。

 

 だけど、もし拒絶でもされたら――――。

 

 それが怖くて止まっている所に、内野妹に背中を押され、ここまで来た。クラリスの胸の内には、もうどうにでもなれという自棄の気持ちに染められない恐怖が存在していた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。