咲-Saki- 鳥屋野編 episode of side-T 作:秋のさんま
「……ちょっと待ってくれ。気分転換がしたい」
鈴井は闘牌を一旦止める事を要求した。勝負運がとにかく悪いので整えようと試みているのだろう。藤城と吉中にはとくにそれに対して声をかける事はなかった。影向を見ると彼女は肯きを見せた後、ただ牌を手にとって見つめている。集中しているのか、こちらを向く事はなく、会話に参加する様子も見せない。
「あー……こうして見ると、藤城が足引っ張ってんな」
「いきなり何を言い出すのこの人。鈴井君が足引っ張ってるんだよ? ねえミカさん」
「え?」
「いや、それでもダブリー上がれないってのはないなー。君何待ちだったの?」
「……北」
二人はそれを聞いた瞬間軽く笑い声を立てる。笑うしかない。永遠に待ち牌がこないのだもの。
「いや、点も高くなるしそれが良いと思ったのさ! ほら! 最初に裏カン捲って私の手牌を見てごらんなさいよ!」
裏ドラ{北}
藤城の手牌
{①①①①②③④⑤⑥⑦⑧⑨北}
「あーこりゃ来ないよ。庵さんが暗刻にしてるもの……」
二人は今にもお腹が張り裂けそうな程に笑い転げる。吉中もその反応でひくひくと笑う。
「待ちが悪いのに何で変えない?」
「ハア? お前っ、これで数え役満だぞっ! こんなお前っ、ダブリーしない方が可笑しいでしょ」
「北が来ない位最初から分かれよオカルト麻雀してるんだから」
「お前オカルトをなんだと思ってんのよ」
「人一人にある運勢の特異性だろう? 僕自身には全くそんなの感じないけど」
「なら教えて上げるけどさ。君にオカルトがあるとすればね。それは飯が不味い事だ」
「今それどっから出てきたんだよ!! 大体それならね。君、メキシコで昼タコスイケメン風を豚のようにムシャムシャ食ってたじゃないか」
「黄金の朝の悲劇を忘れてんじゃねぇぞタコシェフ。あんなヒモムシ見たいな料理をっ、ふふっ、出してくれちゃって……」
「黄金の、くくっ……朝の、悲劇って……ヒモムシの料理とか、字だけで見るととんでもないことが起きたみたいじゃないか」
「実際起きたじゃないの! この、ヒモムシ料理人!」
二人がやいのやいのと責め立てあいをしている中。吉中は2局目の庵の捨て牌を眺めていた。何か違和感を感じたからではない。何気なく見ただけだった。しかしよく見てみるとどうも違和が見える。まるで服の解れ糸を見つけたみたいであった。オカルトなら影向も少なからず持っているだろうし、暗刻にもなっていたから北は捨てないのだろうと思っていた。河を見ると、どうやら{九}の対子を鈴井が{九}を切った後連続で落としているが、トイトイ狙いならそれを鳴く事は出来なかったのだろうか。{九}切りが裏目になっただけか、速さではなく火力重視だったか、安牌を吐いただけかもしれない。だとすると言えるのは、一回庵の打ち筋を見ないと分からないという事だ。
「内野部長」
「なんです?」
「代わりに打って貰えないでしょうか。私、庵さんのオカルトを研究したくなりました」
「……あれやるのね。ごめんねクラリスさん。続きは後でね」
「うん」
(……吉中さん、何するんだろう)
庵は吉中が何かする事に気づき目をやる。彼女は席を立つと、壁にぽつんと並べてある三つのロッカーの右を開く。その中の研究衣をバッと取り出し腕を入れ、黒縁眼鏡を着用した。クラリスや庵は吉中が急に変装し始めたので、驚きに打ちのめされる他なかった。
「驚いてるみたいだね」
「えっ? え、ええ」
「吉中さんのお父さんが研究者でね。彼女はそれに影響されてるんだ」
「スゴイ! ミカ、研究者!」
クラリスは心の底から感嘆しているように見えたが、庵にとっては突然の事で理解に苦しんでいたが、内野のフォローで納得はいかないが理解した。
「さあ。観測開始です」
吉中は眼鏡の片はじをクイッと上げてそう言った。
――――――
――――
吉中は手始めに何処からか番組制作に使いそうな立派なビデオカメラを引っ張り出してきた。部活紹介の映像を制作する時に藤城がカメラ部から貰った代物だ。それを見て鈴井は藤城と何を撮影するかについて喧嘩した事を思い出した。
(あの時闘牌の映像を撮るまではよかったんだがなー)
今でも12時間耐久麻雀はする必要があったのか疑問である。最終的にその映像は、夏の日が照る部屋で12時間麻雀をした内野、藤城、吉中、鈴井の四人が精神的にも身体的にも壊れていったものを映した苛烈なドラマになった。もちろんボツになって当日は部長の紹介のみになった。
「しかし吉中君。庵さんの打ち筋が見たいなら後ろで見ればいいじゃないですか」
吉中は三脚も取り出して庵の手牌が映るように固定した。録画した映像をパソコンで見るつもりなのだろう。そのまま後ろで見ればいいのにと藤城と内野の口から出かけたが、それが出る前に鈴井が訊ねた。
「庵さんには本気の自然体で打ってもらわないと困るんです」
「えっ? 何で私が本気じゃないの分かったんですか?」
「おっ何だ。麻雀に加減って概念があるの初めて聞いたぞ」
その言葉に全員が鈴井と庵除いた全員がクスクス笑い始める。庵はその鈴井の言葉で如何に自分が鈴井の矜持を壊したかにハッと気づく。
「そのしまったって言いたそうな顔をしてると殴りたくなって来るぞ僕は。弁解がないなら今から助走しようか?」
「はっ、ま、待って、待って! 待って鈴井君!! もう離れ始めてるじゃないですか! いくら弁解しようとしても時間がなければ余地なしですよ!?」
既に両手をボクサーのようにして後退りを始めている鈴井に庵は冷や汗をかいた。待てと言われて鈴井は手を下ろしたが、ボヤキの口を止める事はなかった。
「どうせね、僕は麻雀弱いですよ。でもね、僕にも少なからず意地と言うものがあるんだよ」
「はあ」
「二回も同じ人に放銃したら、やり返さなきゃケジメがつかないの。やり返したと思ったら手抜きでしたーと言われたら不完全燃焼になるの。だから本気で来なきゃダメ」
「いや、でも……」
「何でそんなに乗り気じゃないのかは聞かないよ。でも、人には本気にならないといけない時があるの。例えば、自分の意志を貫く時や、勝手に部活動に入れられそうな時とかにだ」
(……それ、今の私の事ですよね)
「分かった?」
「はい…分かりました」
「よろしい。じゃあ、最初から始めましょうか。点棒とるね」
鈴井は庵の点棒置き場から点棒を取り、四人は仮親を決め賽を振る。藤城が東を引き、上家に庵、対面に内野、下家に鈴井となる。
(……一回だけって言ってたのに、何時の間にか最初からになってる……)
庵は目を瞑りながら鈴井の勝手な行動を思う。しかしこれまでで鳥屋野高校麻雀部の自由な活動を見てきた。これぐらい仕方ないかと共に、この部活で暮らせたら楽しそうだなと、妙な憧れが募り始め、僅かに口角が上がる。
(だけど、私の麻雀はそれを壊す……いや、もう壊す壊さないは気にしない。私の本気で壊れるなら、その程度の薄い奴等だったというだけ。私は、私が認めるために、貴方達を、壊す!!)
獲物を目視する魔物のように、ゆっくりと瞼を上げ、暗黒の焔を眸子と右手に宿らせる。影の魔物の重圧が三人に襲い掛かり、えも言えなくなる。
「最初に言っておきます。私は貴方達の麻雀人生を殺してしまうかもしれません」
(冗談……と言うには覇気が尋常ではないね。流石私が興味を持った女……!)
(吉中君や荻川君はまだしも、僕や鈴井君には荷が重過ぎないかい……?)
(トイレ行ってくればよかった……)
三人は各自思いを抱き魔物に挑む。四人の闘牌の先にあるのは、闇か、光か。それはその時になるまで分からない。
――――――
――――
庵が麻雀を始めたのは小学四年生の部活動選択の時であった。特にここにするという意志もなく、友達に誘われた訳でもなく、運試しでサイコロを振って決めた位の適当なものだ。それが運命のいたずらか、はたまた麻雀という生き物に選ばれてしまったのかは、知る由もない。
彼女を待っていたのは同級生の三人の少女。まだ純粋だった四人はすぐに友達になり、親しくなっていき、二年の歳月を経て彼女等は親友とも呼べる仲となる。
しかし二年後。一人の少女、レイが正体不明の病を発症し、対局中に倒れた。医者や親は大丈夫と伝えるが、三人には何の根拠もない薄い紙のような言葉だと知っていた。大丈夫な訳がないし、大丈夫じゃない根拠も悟っている。全ては三人が悪いのだ。彼女等が無垢な心で麻雀を楽しんでたからいけなかったのだ。彼女等は人であったが、麻雀に関しては人ではなかった。
人は忘却の生き物であると誰かは言った。また同時に、人はそれぞれ個性があると言った。人ではない彼女等も例外ではなかった。一人は忘れ、一人は引き摺り、一人は燃える。レイが目覚めるその日まで。例えレイが目覚めたとしても、三人が手を携える事はなく。レイが眠る時間が経てば経つほど、三人は道を違えて行く。
そして四年後。レイはまだ目を覚まさない――。