咲-Saki- 鳥屋野編 episode of side-T 作:秋のさんま
東1局 親:藤城 ドラ{⑧}
大々的に、比喩的に殺すとまで言った庵だが、配牌は普遍で、完成系を直球で作ってみると殺しに来ていると言うには火力が物足りない。この時点で、藤城のように周りに速攻、高打点を恵むようなオカルトや、
「……ミカ。私も見せて、ください」
「ええ、いいですよ」
控え気味に聞いてきたクラリスの願いを聞くと、パァと向日葵のように華奢な笑顔が開き、映像を見ていた吉中の視界の隅にクラリスが小動物のようにひょこっと現れる。見せるのはいいが、解説無しで理解できるのだろうか。吉中は心持ち心配しクラリスの様子を見る。
「………………?」
(やっぱり、解説が必要みたいですね)
おほんと咳払いをして、何処からか指示棒を取り出し、初心者に必要な説明を思索し、口を開いた。
「クラリスさんはシャンテン数は知っていますか?」
「シャ、シャンテン? お酒?」
「それはシャンパン。まず、庵さんが何シャンテンか分かりますか?」
「ん、モエ・エ・シャンドン!」
「それもシャンパンですねぇ……」
クラリスは自信満々に冗談を放った後、くすくすと笑う。それは何処か安らかであり、藤城や鈴井が見せる笑みとは何かが違っていた。その何かが吉中にとっては気になるが、かと言ってその理由に足を踏み入れる程ずけずけしさは持っておらず、会ってそれほど時間も経っていない。吉中は奥ゆかしくシャンテンの解説に移ろうとした。
「ごめんなさいっ、ワタシ、こういう冗談を言い合うトモダチ、欲しかったから」
クラリスの言葉で、吉中はあの安らかな笑みは安心感から来ているのが分かった。彼女はこうした馬鹿をやれる友に恵まれなかったのだ。憧れていたものが今自分の手にある。それが当たり前のモノだと信じ、当たり前のモノが今ある事を噛み締め、隙間が空いた心が満たされているのを実感したからあの安堵に近い笑みを見せたのだ。
「そうですね。私達は、トモダチです」
「うん! 麻雀部、トモダチ!」
クラリスの純真無垢な目が楽しそうに細まる。見ているだけで心が洗われる朗らかな笑顔に、吉中は釣られて笑顔になった。
「なんか、解説する気分じゃなくなっちゃいましたね。やめましょうか」
「えっ」
――――――
――――
(しかしまあ、あんな殺気を見せられるとはねー。鈴井のファインプレーでトビ終了はなくなって最初からになったけど、これから本気を見せられるとなるときついなー)
藤城は雀卓に頬杖をついて頭をフル回転させ、どうやったら庵より上位になれるかを大雑把な方法から糸のように細い道筋まで、考え得る可能性を洗い出そうとしていた。お世辞や謙虚で言うのではないが、藤城は頭の出来は悪い方だ。だけど彼女は楽しい事や自分の事なら幾分頭も回った。
(……これからインターハイに行くってのなら、彼女を絶対に連れて行かなきゃ夢のまた夢。必ず勝つんだ。その為に、一つの策を講じる! 鈴井! アレをやるわよ!)
(何こっち見てんだコノヤロー。速く牌を切れやこの貧乳。こっちはお前の所為で大変な事になってんだぞ)
鈴井の手牌
{九16669①⑧⑧⑧⑧中中}
藤城の念は鈴井に通らなかった。幾ら共に過ごした年月が長いとは言え、心が通う程仲はよくならない事の典型例であった。
(あの睨み顔、絶対通じてねー……口にしてみる? いやいや流石に今からイカサマするって言っても庵君から許可は貰えないよ。イカサマは倫理的にも状況的にも駄目だな。うーん……)
次の作戦を必死に絞り出す最中にも打牌は続いていく。幸い色々な事は閃くが、どれもこれも実現できそうにない事ばかり。そのまま何も出来ず、静かなまま牌を揃えていった。
「……んー。やっぱ黙りながら麻雀続けんのは苦手やなぼくぅー……」
そんな中、鈴井はふとこんな事を漏らした。
(((いきなり何を言ってるんだ鈴井!?)))
それを聞いた対局中の三人の心は一つになった。そしてそこから性格の違いや彼との付き合い、今思ってる事などから分岐して行く。
(元々麻雀って黙りながらやるのがマナーじゃないの!? やっぱり芸人を目指しているから喋りながら麻雀するの!?)
庵は驚きのあまり、普段では考えもしない重大な勘違いを犯した。鈴井は芸人など目指してはいない。
(自分の手牌も喋っちゃう癖から口を閉じてきたじゃないか! どうして矯正をやめるんだそこで!)
内野は重大な勘違いをした。今、鈴井にとって自分の手牌がどうだのは重要な事ではないのだ。鈴井はこの対局は付き合わされてる形になっている。彼は内野程望んでいない戦いに真面目になれる程心の広い人間ではない。楽しければ何でもいいのだ。本気になって戦ったり、バカみたいにふざけるのが楽しい事の一例だ。それを鈴井は気分でやっているに過ぎない。
(ナイスだ鈴井っ! 庵を精神的に錯乱させる作戦に出たか! バカの癖にやるじゃん! 私もアイツに合わせて混乱させる!)
勿論鈴井にそんな意図はミジンコほどにもない。
「やっぱこんな事が起きるとな、愚痴りたくなるものやね。藤城の所為で普通の麻雀できへんのや」
「何で私の所為になってるのよ。私ゃ何もしとらんよ」
「お前とやると配牌やツモ牌が恐ろしくなるんや。こっちはもうドラが4つもあるわ。普通なら5巡目じゃドラ2がいいとこやで」
(ああ言った!! ドラ4確定しちゃった!!)
内野の心に汗がシャワーのようにドバドバ滲み出てくる。公式戦でトラッシュトークや自らの不利益な情報を晒さないように正せと指導してきたのだが、これから部の未来に関わる、公式戦よりも重大になる戦いでそれをやるとなると、内野は杞憂だと知っても、どうしても負ける気がしてならない。
「すっ、鈴井君。それ言って大丈夫なのかい?」
「大丈夫やマイコー。僕は振り込みがなくなってもツモ和了りして見せるから」
「あっ、そ、そう……あと関西弁出てるよ」
「おっと失礼。大阪の人格が」
理由もない自信を鈴井が持ってるのが分かり、そのまま東1局の中盤。
「通れば立直じゃ! 行けっ、{⑧}! 藤城にダイレクトアタック!」
「間違っても投げつけるなよ」
鈴井が動き、{横⑧}立直を仕掛けて来た。藤城はそれと自身の手牌を鑑みる。
(ドラ切り立直……鈴井の性格的に役無しの可能性が高い、が、ツモ狙いで高めの役もあるなー)
藤城の手牌
{一二三四赤五六七八九赤5赤⑤赤⑤⑥} ツモ{2}
(こっちはドラが全露出。てことは必然的に鈴井は{⑧}の槓子だった事が分かる。こっちは立直なしでも親跳が狙えるから基本的にダマで行くべき……鈴井の河は字牌と中張牌が少ないな。内野と庵は基本にヤオチュウハイと字牌。ふむ……)
ここは打点を意識するなら赤保持雀頭で{⑥}または{2}切り。{2}は場に二枚出ているからまだしも、一切見えない{⑥}は切りにくいから、自然と{2}切り。しかし藤城。ここで賭ける。
(鈴井に当たっても別にいいや。満貫くらいすぐにまくれる。片筋を信じて赤切り。これが最善の一手だ!)
藤城。{赤⑤}切り。放銃の恐怖はなく、信頼性が足りない片筋を信じた無謀の打牌だった。これだから鈴井に振り込みすぎ等に近い発言を貰うのだ。
河に置いたその瞬間。ロンの声は上がらなかった。しかし、藤城の顔は深海のように青ざめる。春にしては場違いな程冷たく痛い冷気が、背筋を鋭く突き刺し、藤城を大きな不安に落とした。
(何、だこれ。狙われていそうな、飲み込まれていそうな感覚。これが庵のオカルト? にしては何も起こってはいない……)
庵の様子を見ても変化はない。そうする間にもその感覚はどんどん強くなる。次のツモの{5}で、それは明確になり、現象として実現化した。藤城の目の前は急に墨をぶちまけたみたいに黒く染まって何も見えずにいた。
(周りが黒い……!? 闇に飲み込まれている!? まさかこれが――)
「ロン」
{二三四2334499②③④} ロン{2}
「ピンフ三色イーペーコーで7700」
「ぁ……」
「……その様子、闇を感じましたね。これが私の影の力。私が聴牌した時、他家に和了牌を掴ませ、振り込まさせる。貴方はもう、{赤⑤}切りの時から狙われていたんです」
(そうか。あの時から私は闇に捕らわれていたのか…)
寒さや感情と呼べる物は引いていき、残ったのは振り込んだと言う結果のみ。そこから藤城の中に生まれてきたのは――――。
「……こんな人と麻雀しても、楽しくない、ですよね。だから――」
「――面白いっ!」
だから、もうあなたとは麻雀は出来ない。その庵の声は届かない。藤城の声がそれを遮り、彼女の楽しそうな笑顔が口を塞ぐ。彼女の声は興奮で上ずって、太陽みたいな笑顔を振り撒く。
「いいねいいねぇ。闇に立ち向かう勇者の気分だわ。さながら君は今大魔王のように私を打ちのめしてるがぁ、最後に勝つのはこの勇者サマなんだよ」
藤城はグッと自分を親指で差して見せた。
「……ゲーム感覚で麻雀するんですか」
「麻雀はゲームさ。そしてゲームが私の人生。スポーツもテレビゲームもただの遊びに近いものだって、私にとっては本気になれるゲームなの。それ以外の何者でもない。さあ、今に見てなさい。勇者様が魔王を倒すハッピーエンドをねっ」
(ああ、この人は楽しんでるんだ。このゲームを、この逆境を。私と麻雀してこんな笑顔見せる人、始めて見た。今まで私が麻雀をしても、私しか楽しめなかった。きっとレイも私と麻雀してて、つまらなかったんだろうな。でも、藤城さんとやれば、もう独り善がりの麻雀にはならない。なら――)
藤城の記憶の中では庵は初めて口端を上げる。
(なら、私は魔王になってやる。そして、麻雀を心の底から楽しんでやる!)
――久しぶりに、本気になれる気がした。
――――――
――――
「……それロンです」
「あっ、ああー! 三倍満放銃だぁー!!」
(ってぇ! これじゃ本当に大魔王みたいじゃないですかぁー!!)
東2局。藤城は飛んだ。勇者と魔王の戦いにしては、死闘と呼べるものがないまま、ただ魔王がばったばったと人を薙ぎ倒していくだけであった。これでは庵の内心は堪ったものではない。
(だ、大丈夫かな……あの人達のように、麻雀辞めたりしない、よね……)
圧倒してしまった事から、庵は気まずそうにして三人の反応を待つ。
「勇者墜つ。こうして、世界は闇に覆われたのだった。おしまい」
「むかつくから低い声でナレーションすんな鈴井っ」
「あはは。結局、藤城さんの一人舞台だったね」
「ほんとほんと。宛ら地雷原でタップダンスしているみたいだったね。ていうかアイツと麻雀すると全員地雷原歩かされてるんだよ。まるでウォーキングウォーズだね」
「何それ。変な喩え」
「…確かに変な喩えだけどそこ指摘する前に君は反省しろ」
それでも三人は談笑する。完敗してしまった事もネタにして面白がり、麻雀がつまらない等と言及する事はなかったので、庵は安堵と共に、対局が終わってしまった事にいつもより物悲しさを覚える。麻雀は楽しかった。でも、今日だけは何か違った。鈴井が駄弁り、藤城がそれに乗れば、内野が笑う。藤城が話せば、鈴井が突っ込む。それを眺めているだけでも妙な幸福感があった。テレビの漫才を見たのと同じみたいにお腹から笑ったが、それとは違う異なったものがあった。あの感覚は初めてだった。またこんな麻雀をやりたいと思ってしまった。
「あ、あの、藤城さん……」
「……分かってるって。付き合わせてごめんね」
「いえっ、違うんです!」
「……」
「……また、麻雀が。皆が笑顔になれるような麻雀がしたいです」
言うのに躊躇いがなかったわけではない。現に口は緊張で重くなるばかりでなく震えが止まらず苦労した。しかし、心の底から沸き上がるものを、どうして疎かに出来るのだろう。庵は麻雀が楽しかった。しかし周りは庵についてこれなかった。彼女に圧倒されて麻雀を辞めた人は数えきれない。庵は麻雀を嫌いになる人が増えるのが堪らなく嫌で麻雀から離れていたのだ。麻雀が好きな故に、麻雀が嫌いになる人が増えるのが嫌だったのだ。
「麻雀って、勝つのは一人だけだぜ? 皆が笑顔になれるわけないよ」
「それでも、藤城さんは違う。ううん、ここの皆は違う。だから、私も安心して、体の芯から楽しめる気がしたんです」
そう確信したから、庵は歩み寄る事にした。
「……藤城先輩。私を――私をこの麻雀部にいれてください」
「……歓迎するよ。後輩」
――――――
――――
「さて、この度我々は無事に庵くんを拉致して麻雀部に加入させることに成功した!」
「これで団体戦に出場できるけども、庵君を拉致してる時点で無事とは言えないわな」
「うんうん」
荻川と旭を除く全麻雀部員の6人を床に座らせ、ホワイトボードの前で話す藤城に鈴井は口を挟み、それにクラリスが賛同した。
「何事も無いから無事って言うんだぞ?」
「ちょっと話するから黙ってろフナムシ」
鈴井の言葉に藤城はキレッキレのナイフのような暴言を返し黙らせた。鈴井は何もなかったかのように口を閉じ、チラとクラリスの方を見た。自分に追従したから何か言えとでも言いたいのだろうが、クラリスはそれを視認しても笑顔を見せるだけだった。
「これから団体戦のオーダー考えるよ! インターハイは変更不可なんだから、一番重要な所だよここは」
「だったら、旭先輩と富代さんを待った方が……」
「ちっちっ。狼先輩は見る専で補欠だし、トミーは後で伝えて反応を楽しむからこれでいいの」
吉中の正論を彼女はあっさりかわす。鈴井は内野が何か言いたそうにしていたのを目撃するが、口を開くことは無く、何も反論は出てこない。藤城は目もくれずそのまま続けた。
「まず先鋒は切り込み隊長のこの私だぁ!」
「神風特攻隊長の間違いだろ。地雷踏んで爆死もといハコになるのが仕事だ」
「さっきのウォーキングウォーズまだ引き摺ってるのか鈴井」
どっちにしたって藤城が死ぬのに変わりはないじゃないかと、吉中は一筋汗を流した。
「んで、私は先鋒でエロティカなタップダンスを披露するとして、大将は庵君で異議は無い?」
「「「「いぎなーし」」」」
「うぇっ!? そ、そんなぁ。って言うか、私まだ大会に出るって一言も言ってないじゃないですかぁ!」
「諦メロン。どうせ藤城が勝手にエントリー表に書く」
「やだねぇ鈴井くぅーん。流石の私も本人の確認なしではしないよ」
「何だ。流石にそこまではしないか」
「ただ県大会当日に会場に連れて行くってだけだからさ」
「まともだと思った俺がアホだったな」
唐突に鈴井と藤城のコントが始まり、一旦区切りがつくとオーダーの話に戻った。
「ここからが難しいところだぁ……先鋒は私が稼ぐから、一番失点しそうなクラリスが次鋒でいいか?」
「言い方ぁ!! でも、クラリスさんが中堅副将となると、確かに心許ないなぁ」
「私、何でもいいよっ。皆と楽しめれば、それで」
クラリスの笑顔は屈託がなく、嫌な顔もせず藤城と鈴井の言葉を受け入れた。本当に良い子すぎて吉中と内野の二人は藤城に変な事をされないか心配になる。
「……中堅はトミーでいいか?」
「……どっちが中堅が相応しいかと言われると、どっちも対して変わりなさそうだからなぁ。荻川さんでいいと思う」
「よし、鈴井君の意見で決定!」
部の話し合いというか、藤城と鈴井が駄弁ってその他の人たちが口を挟むような形だったが、インターハイのポジションは決まった。
「んじゃあ、今日はもう解散でいいね。僕はまだここに残るけど、誰か麻雀したい人はいる?」
内野が手を鳴らして周りの反応を伺う。
「私、まだやりたい」
「私は、恋子についていくわ」
「あっ、そういえば鈴井さん。鈴井さんって小説に詳しい方ですか?」
「ん、まあ人並みには。最近だとー、ロバート・アレンの女旅って奴を読んだね」
「へぇー……翻訳小説ですか」
「いや、こいつ日本人やねん」
「何で作者の生まれ知ってるんだ……」
クラリス、吉中、庵、鈴井、庵、鈴井、藤城の順に声を発するが、まともに答えたのは吉中とクラリスしかいなかった。内野はなんだかやるせなくなった。
「……クラリスさん」
「うん」
「ネット麻雀しようか」
「うん!」
キラキラ星の輝きのような笑顔を見せ、パソコンの前に座るクラリス。その笑顔は孤独とは無縁のものだった。後日、荻川はメンバーが揃った事を連絡で聞き、自分が何時の間にか中堅になっていた事に抗議と話し合いの場を設ける事を要求したが、通らなかった模様。