ごめんなさい。別に怪我とか病気ではないので、ご安心を――
けど、最近温度差が激しいので、室内と外を行き来する人は気を付けてくださいね。
「これで貴方を世界の人気者にしてあげる」
折紙が一目で『高い』と分かるビデオカメラを持って、ペドーと対峙する。
小さく操作するたびに、カメラのレンズがズームを繰り返す。
「お、お断りします……」
ペドーが身じろぎする度に、ギシギシと縄が軋む。
「冗談。貴方の姿を他人になんか見せはしない」
「ですよねー!!!」
やけくそ気味に、ペドーが答える。
目の前にある姿見には、自身の顔が映っている。
だが、もっとも気になるのは今のペドーの状態その物だった。
今のペドーの状態。それは椅子に縛り付けられていた!!
鋲か何かで床に完全固定された椅子!!その椅子の足に縛り付けられ、更にガムテープでぐるぐる巻きにされたペドーの足!!両腕は椅子の後ろに回され手錠でがっちりと固定されている。
文字通り手も足も出ない状況だった。
「喉が渇いたはず、飲んで」
「え、うっぷ!?」
折紙がペドーの口にペットボトルを突っ込む。
最初はゆっくり、次第に急こう配にペットボトルを傾けていく――
その結果。
バシャ!
「つめた!?」
「失敗した」
折紙が無表情で、ペドーを見下ろす。
ペドーの服には水がかかってすっかり濡れてしまった。
「問題ない。すぐに着替えを持ってくる――いや、もう少しこのままでいたい」
折紙が、再度ペドーを見下ろす。
身動き一つまともに出来ない、愛しいあの人。
今のペドーは逃げられない。学校にも、家族にも、時間にも、常識にすら縛られない
ご飯を上げるのも、お風呂に入れるのも、自分ではできないペドー。
そう、今のペドーの命を握っているのは自分であり、ペドーは自分無しではもう生きていけない。折紙に文字通りすべてを依存するしかない。
無理やりキスしようが、服を脱いで彼に跨ろうが抵抗は出来ない。
その様は、ああ、その様は――
「ごふっ、興奮する……」
「おおぅ……」
興奮のあまり、鼻血を噴き出した折紙。
突然の流血沙汰に、ペドーが何かを察した。
「いけない。目的を間違う所だった」
「目的?」
そう、折紙がペドーを攫った理由は、このまま拉致監禁同棲生活をするためではない。
いや、事が終わったらスムーズに彼の了承のもと拉致監禁ラブラブ同棲生活に入る気だが先に済ませる事が有るのだ。
「私はDEM社に入った。精霊を殺す力を手にする為に」
「ッ!?折紙、転校はそのためか?けど分かってんのかDEM社がどんな会社か!!」
「分かっている。けど、リスクは承知の上」
「社長は赤ちゃんプレイ野郎だぞ!?」
「……………………………………………………………………………………………私はどうしても精霊に対して復讐しなくてはいけない」
「あ!悩んだ!!今のかなり長い間は、悩んだろ!?」
鬼の首を取ったようにペドーが指摘する。
「私の日常はゆっくりと変わっていった……」
折紙がゆっくりと語り始めた。
「あ、誤魔化そうとしてるぞ!?ペドーさんは誤魔化せないぞ!!」
ペドーの言葉を再度無視して折紙は語りだした。
「人間に擬態し、日常生活を送る『夜刀神 十香』をはじめ『八舞姉妹』、竜胆寺の『誘宵 美九』。
私はいつの間にか絆され、彼女たちを普通人間の様に思い始めたいた。
それが間違いだった!!私は、精霊を絶対に許さない。すべてを殺しつくすまで私は止まりはしない。私は彼女たちを
だから、ここに攫った」
いつも通り一切の冗談や感情を殺した声。
ペドーは折紙が真剣に、考えていることが分かった。
「折紙……そこまでして、十香たちを殺したいのか?
殺さなきゃダメなのか!?」
「…………」
折紙は無言でうなづいた。
そして、振り返ることもなく部屋を後にした。
止めたかった、引き留め無理やりにでもやめさせたかった。
けれど、ペドーはそれすらできず、縛られたままだった。
「はぁ~い!ウェすちゃま、ごはんですよ~」
「ううん、マンマァ……」
DEM社の分社の一室で、ウェスコットがエレンに哺乳瓶でミクルを貰っていた。
ちゅぱちゅぱと不快な音を立てて、ミルクを飲んでいく。
「エレンママぁ、あの子の様子はどうでちゅか?」
「装備を渡し、調整を済ませた様です。一人で先に行動を始めた様ですね」
『あの子』とは無論折紙の事を指す。
ウェスコットを膝に抱いたまま、エレンがパッドを滑らし情報を読む。
「いいね、彼女の精霊に対する復讐心は使えると思っていた。
最近、戦力の補充もしたかったし丁度いい。
それにまずは彼女の能力も知りたいしね」
「私としては、彼女に与えた装備の性能も気になります」
折紙には、エレンの持つ装備と同じタイプが与えられている。
嘗てホワイトリコリスを使用した彼女ならば、と与えられていた。
独断行動の事実上の黙認、最高クラスの装備の配給、更には代表自らの引き抜きと折紙の待遇は文句なしの最高クラスだった。
「さて――ではエレンママにはもう一方の方をお願いしまちゅ!」
「もう一方?」
「そうでちゅ!折紙が動き出せば絶対にラタトスクが邪魔するでちゅ!」
「なるほど、理解しました。では、例の物を私も使用してみるとしましょう」
エレンは一瞬で、仕事の顔になりその部屋を後にした。
一人残されたウェスコットはゆっくりと立ち上がり、窓の方へと歩んでいく。
そして外の景色に目を向ける。
折紙という新たなカードを切り、エレンをフラクシナスに向かわせた。
二人には考えうる最高の装備を与えている。
うぅぅぅぅぅぅ――――!!!うぅううううううう!!!!
空間震を知らせるサイレンが鳴り始めた。
これは精霊を感知した為なっているのではない事をウェスコットは知っている。
これは他でもない折紙からの要望だった。
「さて、少年達よ。審判の鐘が鳴った。君は精霊たちを守り切れるか?」
ウェスコットがおむつだけの恰好で、笑って見せた。
「折……紙?」
空間震警報の鳴る中で、帰宅途中の十香は今日転校したと知らされた人物を目にしていた。
「まぁ!ダーリンのお友達さんですね?」
「マスター折紙?」
「どうした?何かあったのか?」
美九、耶倶矢 夕弦の3人と共に、件の人物を見る。
住人たちがみな逃げる中で、4人は時間が止まったように立ちすくんでいた。
そして、誰も居なくなった町で折紙がゆっくりと口を開いた。
「私は貴方たちを――
一瞬で、折紙の体にアーマーが形成され一切の容赦なく十香に切りかかった。
誰も居ない町で、折紙の復讐が始まる!!
空中艦、フラクシナス。その艦長である琴里は目の前のモニターを見て声を上げた。
地上は現在空間震警報の真っ最中。
新たな精霊か、と皆身構えたが、精霊の反応は無い。
その代わり、フラクシナスに備え付けられた外部を観察するモニターに信じられない人物が浮かび上がったのだ。
「ッ――!?あなたは!?」
『初めまして、五河 琴里さん。そしてフラクシナスの皆さん』
目の前に現れるのは、世界最強のウィザード、エレン・M・メイザース。
そんな彼女が、まるで隣の友人の家に遊びに来るような気やすさで、フラクシナスの扉をノックしたのだ。
「この空間震――まさか貴女が?」
外部に向けての通信を琴里が試みる。
『おおむね正解ですね。今、地上でも面白い事が起きていますよ?』
エレンの言葉とほぼ同時に、艦のメンバーの一人が叫ぶ様に報告する。
「!? 艦長!!地上で、十香ちゃんたちが折紙と交戦中です!!
相手の折紙の能力が異常です!!これじゃ……まるで……
異常な強さで十香ちゃんを襲っています!!」
「なるほどね……精霊たちを救出できない様に手を回したって訳ね?」
琴里が歯ぎしりをして、現状を整理する。
『さてと……アイクの命令により私は今からその戦艦を落とさなければいけません。
命が惜しい者、家族、友人、恋人が待っている者は皆、その艦を降りてください』
「へぇ、お優しい事ね……けど――」
「司令!!私たちは、司令にずっとついていきますからね!!」
「最強のウィザード?今ここで倒せば、俺たちが最強だな!!」
「ここで降りるなんて、女が廃るわ!」
メンバーが次々と、語気を荒げる。
その様子は、人類最強と対峙しても一向に恐れる様子はなかった。
「だそうよ?覚悟は良いかしら?人類最強さん?」
琴里は通信を使ってそう、エレンに言い放った。
『――馬鹿なことを……いいでしょう。
その愚かな夢を抱え、愚かな行為の結果、愚かに滅びなさい。
この〈ゲーティア〉が黄泉路へと案内してあげましょう!!』
エレンがスラスターを噴射して、飛び上がると空中が歪んだ。
皆が息を飲む。この能力は知っている。フラクシナスにも搭載されているステルス機能だ。
そして、ステルスが解除され悠然と姿を見せたもう一隻の空中戦艦。
まるで、式典に使われるような高貴な見た目。金の装飾と流麗なデザインは貴族の馬車を思わせるような美しさがあった。
だが、決して油断してはいけない。
どんな見てくれをしていようとも、エレン折紙の同時作戦の大一番にエレンが選んだ戦艦だ。
そのすさまじい力は、想像に難くないだろう。
「神無月――」
「は!〈ミストルティン〉いつでも発射可能です!!」
琴里の言葉に、神無月が静かに答える。
通常〈ミストルティン〉はチャージに時間が掛かるが、どうやらエレンの姿を見た時から、こうなることを予測して準備をしていたらしい。
「先手必勝よ!!一発かましてやりなさい!!」
「ハイ!!」
フラクシナスの発したエネルギーの束が、相手の戦艦へと向かっていく。
だが〈ゲーティア〉はそれを、何事もなかったかのように、真横にスライドして回避する。
「な!?」
琴里が驚愕の声を上げる。
相手は戦艦だ。当然だが、物理法則が存在する為、映画やアニメの様な動きは当然リアライザを以てしても簡単には無視できない。
だが、エレンはその『無理』をあっけなくこなしてしまった。
それだけで、相手がどれだけの力を持つか分かるだろう。
まだ、戦いは始まってすらいないが、それでも〈ゲーティア〉はその能力の一部を悠然と見せつけて来た。
「へぇ――流石は最新式の戦艦に、世界最強のウィザードね……
面白くなってきたじゃない!!」
強大な力の片りんを前にして、小さな司令官は尚も不敵に微笑んだ。
夕弦が血を流しながら、ふらつき、その一瞬の隙を折紙の蹴りが捉えた。
その一撃で夕弦の体は吹き飛び、民家のブロック塀を壊し派手な音共に倒れた。
「ぐふっ!?――マスタ、折、紙……」
「夕弦!!」
倒れる夕弦を見て、耶倶矢が怒りをあらわにする。
「みんな、下がって!!私が援護しますから、距離を――」
美九が光の鍵盤を生み出し、指で奏でる。
『声』を使い皆を援護しようとする。
だが――
「がはっ?!」
「貴女の能力は厄介。だが、貴女本人を叩くのは容易い」
折紙は瞬時に二人の間をすり抜け、美九の首に手をかけていた。
そして、レーザーブレードを掲げて――
「やめろぉおおおおお!!!」
十香の声が、町の中に響き渡った。
空中で行われる2隻の艦隊の戦い――
地上で行われるウィザードと精霊の戦い――
そしてもう一人、たった一人で戦っている男がいた。
「はぐぅぅぅぅぅぅ!!!は、はやくうぅうううう!!」
ガタガタと、椅子を揺らすが折紙の施したロックは一向に外れない!!
歯を食いしばり、全身に力を入れるが尚も椅子の縄は外れはしない!!
「ああ、あああ、あああ!!漏れる!!漏れるぅううううう!!!」
折紙の完璧と思える計画にも実は穴があった!!
それは、ペドーの当然の欲求の解消方法を想定していなかった。
つまりは!!トイレの準備を一切していなかったのだ!!
「はひぃ、らめぇ!!漏れる!!漏っちゃう!!ペドーさん、高校生なのにお漏らししちゃう!!誰か、誰かヘルプ!!」
その時、天の助けか、ペドーの監禁された部屋のドアが開いた。
そして、そこから姿を見せるのは見慣れたあの子たち――
「オマエ、何してるんだ?」
「うわぁ……ものの見事に……」
シェリ、七罪と続き、四糸乃、くるみと皆が姿をみせる。
「う、嬉ションして良い?」
「良い訳ないだろ!?」
シェリの言葉が響いた。
バトルシーンは苦手ですね……
緊迫感を表現したのですが、難しいです。