デート・ア・ペドー   作:ホワイト・ラム

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12月の投稿遅れました。
なんとか、なんとか1月には間に合った……


薄本買戦

「すぅーはぁー、すぅーはぁー」

刺し貫く様な寒さの中、ペドーが口から白く曇る息を吐く。

時刻は7時を少し過ぎた頃。

 

背後にあるフラクシナスの用意したの小型バスには、幼女精霊たちが昨晩の疲れからまだ抜け出せないで眠っている。

 

「人の欲望ってのは凄いねぇ……」

しみじみとつぶやくここは、コミックフェスの会場のスタッフ用駐車場。

少し離れて見える会場ドームには、早くも長蛇の列が出来ている。

ある者は防寒具を着込み、ある者は徹夜したのか隈が顔に出来、その中には簡易テントまで用意している者までいる。

 

「アレ、全部マンガを買いに来たのか?

ボクのマンガはキライじゃないけど、こんな朝早くから並ぶ気は起きないな」

バスの中から姿を見せたシェリが列を指さす。

なるほど、元気っ娘のシェリは他の子より体力の回復が早かったらしい。

 

「おはようシェリちゃん。

そうだよ。

この年末のクソ忙しいタイミングで、全国からオタクどもが自分の性欲を満たすために集まった狂気の欲望の3日間がこのコミフェスさ!

さぁ、欲望の坩堝に飛び込む覚悟は良いかい?」

 

「…………ボク帰ってイイ?」

 

「よぉーし、スタッフ入場の時間だよ~!

ちょっと早めに行って搬入スタッフさんと合流して、サークルの準備するぞーい!」

 

「あ、ちょ、離せ――どこ触ってるんだ!?」

ペドーがシェリを抱きかかえると有無を言わせず会場へと走り出した。

 

 

 

「ハェー……スゴイ人だな」

早朝だというのに、かなり多くの人が会場の至る所でブルーシートを引いたり簡易机の上に本を並べたり、自作キャラクターのポスターを掲げている。

 

「これでも、まだまだだよ。

こっからお客さんがやって来て、何十倍にも人口密度がハネ上がるんだよ」

ペドーの言葉にシェリが目を丸くした。

 

「ペドー、待っていた」

その声に振り返ると折紙がこちらに駆け寄ってくる。

 

「折紙!先に来ていたのか!」

 

「現場の確認に来ていた。

荷物はもう来ている」

折紙の背後を見ると、フラクシナスのスタッフたちが準備を進めていてくれた。

 

「荷物の搬入終わりました」

 

「はい、確認します」

テキパキとフラクシナスのメンバーが作業をしている。

 

「あの、この膨大な数の箱って……」

ペドーが目の前にうずたかく積まれている箱を恐る恐る指さす。

 

「今回の作品なんですけど……」

スタッフが居心地、悪そうに言葉を濁す。

そしてペドーが震えながら箱の数を指さしで数える。

 

「500冊入りサイズの箱が……10個!?

うわぁああああああああああああああ!!!」

ペドーが雄たけびを上げ頭を抱える。

 

「ど、どうしたんだよ!?」

突然のアクションにシェリが慄く。

 

「シェリちゃん聞いてくれよ……

俺達は頑張って本を作った。

けど、それはあくまで初心者クオリティ、そして事前の告知も、初めてだかからリピーターも当然無し、そんでもって複数買ってくれる人がいても所詮は3冊が良いトコ……

ぶっちゃけ、売れる訳ねぇんだよ!!

超大手サークルでも無けりゃこんな数売れる訳ねーって!!」

ペドーのシャウトと他のスタッフの気の毒そうな顔がこの数の無謀さを物語っている。

 

「う、売れ残ったら、次また売れば良くないか?」

 

「倉庫代って結構行くって知ってた?

しかも、2度目で全部売れる訳じゃないし……」

ペドーが合計5000冊の本を見て、乾いた笑みを零す。

 

 

 

 

 

「やっほ、少年!やっぱり来たね」

 

「本条先生……!」

ペドーがいつの間にか目の前に立っていた二亜に気が付く。

 

「いやー、パンフに載って無いサークルが有るから、ちょっと興味湧いてね。

『もしかしたら』って思ったけど、やっぱり君たちだったのね。

ふぅーん……君たちの〈組織〉の力使えば無理やりサークルの一角を用意出来るんだ。

毎回選別に落ちて涙するサークル(トコ)もあること考えると、なんかズルくない?」

ワザとらしく腕を組んで不満を表現する。

 

「コレが『権力』です」

 

「うわぁ……」

サラッと流すペドーの言葉に二亜が今度はワザとではない、引き顔を見せる。

 

「そして、この惨状が『権力』を物を知らない奴に与えた結果です……」

ペドーが本の山を指さす。

 

「うわぁ……妹ちゃんまたやらかしたの……?

5000ってウチの総数と一緒じゃない……」

今度は引き顔ですらなく、純粋に哀れむ様な顔を見せた。

 

「多分数をそっちに合わせてんでしょうね……」

ペドーが力なくつぶやく。

 

「あ、そうだ!ペドーくんチョット待ってて!」

何かを思いついた二亜が小走りで走り出す。

かと思えば、すぐに、ペドーの隣のサークルで立ち止まり、段ボールの中から一冊の本を取り出す。

 

「あ、お隣だったんですね」

 

「そうだよ。多分そっちも妹ちゃんが手配したんでしょ。

〈本条堂〉の本条 二亜です。はい、新刊一冊上げる。

隣同士に成ったサークルはこうやって一部ずつ交換するってのが、挨拶みたいなもんだから」

 

「んじゃ、コッチからも……〈フラクシナス〉の五河 士道です」

ペド―がダンボールから新刊を一冊取り出す。

ぷぅんと鼻を付くインクのにおいが、今更になってペドーに新刊を書き上げたという実感を与える。

 

「さて、んじゃ次は本条先生とは反対側のサークルにも――あ」

 

「あ……」

ペドーが反対側のサークルの人間を見つけて小さく声を上げる。

 

「中津川さん!?最近見ないと思ってたら!!」

彼はフラクシナスのメンバーの一人中津川だった。

 

「な、なんの事でしょう?私はサークル〈妹々(マイマイ)かぶり〉の代表MUNECHIKAです」

 

「あ、ああ!?5年前、年下妹からの敬称問題で空中分解した伝説のサークルの!?

うっそ!!中津川さんが伝説のMUNECHIKAさん!?マジで!?

本めっちゃ集めてます!!」

突如敬語になり、ペドーがビシッと姿勢を正す。

 

「あ、どうも……その、これは実は……

前々から3週間くらいから休暇の申請はしてまして……

言い訳をすると、まさかこの日と攻略が重なるとは思っていなくて……」

申し訳なさそうに中津川がどもる。

 

「休みの申請通ってるなら、何も言いませんよ。

ってか、同人書くなら一緒に協力して……あー、けど、新刊読めないと困るし……」

ペドーが欲望と欲求の狭間で悩む。

 

「とりあえず、挨拶の一冊です」

 

「うっひょう!!5年ぶりの新刊だぁ!!」

ペドーがテンションを上げる。

 

「まさか、攻略がこの日に重なるとは、思いもしませんでしたな。

永い眠りから目覚めた〈本条堂〉に我がサークル〈妹々かぶり〉。

ばぶみの殿堂〈ばぶみ館〉。鬼畜系ロリコンサークル〈SM(ロリ)〉さらには、

新進気鋭のサークル〈ぺどふぃり屋〉も、新刊が間に合ったとついさっきSNSで告知しておりましたし。

今回のコミフェスは荒れますぞ?」

中津川がくいっと眼鏡を指先で直す。

ペドーはその言葉を黙って聞いていた。

 

 

 

「フェスの売り上げは前評判で決まるのよ。

出来ればSNSでもっと早く手を打ちたかったんだけど、まぁ、仕方ないわね」

琴里がペドーの後ろに立っていた。

一瞬だけ中津川を見て何かを言いそうになったが、結局やめた。

 

「さて、遂にこの日が来たわ。

今回は注目のサークルの横に、突如姿を見せた幻のサークルっていう付加価値も付けた。

そして、切札をここでもう一枚斬るわ。

みんな、準備は良い?」

琴里の連れて来た非幼女精霊たちが皆姿を見せる。

その恰好は皆、バニーガール衣装に身を包んでいた。

 

「容姿は整ってる子が多いからね。

使えるモノは使わせてもらうわよ」

 

「ペドー、この恰好はかわいいか?

琴里がきなこをたくさんくれるというのだ」

純粋無垢な目をした十香が語る。

 

「ああ、かわいいよ……」

可愛そうな物を見るような目で、ペドーが十香を褒める。

琴里に視線をやるが、無言で琴里はスルーした。

 

「だぁりぃん……見てください……美九は、美九はだぁりんの為なら、どんな格好でもどんなセリフでも出来るんですよぉ……」

何時もの様に、死んだ眼の美九がペドーに寄りかかる。

他のメンバーよりも露出が多いのは彼女がアイドルだからなのか?

 

「ああ、まぁ、頑張れ」

 

「は、はぁいぃい!!応援してくれるなんて、感動、感動ですぅ!!」

感極まった様子で美九が涙を流す。

 

「くくく、まさかこの様な宴に我が参加する事になろうとはな」

 

「訂正。『我』ではなく『私達』です」

 

「え、誰?」

見たことが有る気のする双子にペドーが首を傾げた。

 

「ふふふ、理想的な設置場所に客受けの良さそうな売り子、そして話題性!

これだけあれば、5000部なんて余裕よ!」

 

「無い胸張ってるトコ悪いけど、そんな簡単じゃないぞ?

無論コレが最良の布陣ってのは分かるけど、少なくとも『余裕』ってのは無い」

重い口調でペドーが言う。

そうだ、相手は本物の作家だし、数年ぶりの復活。

実績という物が圧倒的にペドー達には足りていない。

 

「ま、無いもんねだっても仕方ないよな?

やれるだけやろうぜ。

悩むのは、それからだ。

約束の水着エプロン忘れるなよ?

ほら、着替えて来い」

ペドーが水着とエプロンを取り出す。

 

「この……着るわよ!!着ればいいんでしょ!!」

数分後バニーの集団に、水着エプロンの琴里が売り子として加わった。

どうでも良いバニーの中に琴里が加わりペドーは満足した。

 

「さて、マイシスターも加わった所で……

地獄の釜が開く時間だな」

ペドーが携帯で時間を確認しながら、つぶやく。

 

その瞬間――『只今より、コミックフェスが開場いたします』――

 

ド ド ド ド ド ド ド ド ド

 

「うぬ!?地震か?」

アナウンスをかき消さんばかりの、突如響いた地響きに十香驚きの声を上げる。

 

「違うぞ十香!これはオタクの群れが本を買いに走ってくる音だ!

一瞬でも気を抜くと流れに飲み込まれるぞ!!

恥をかくなよ……」

ペドーのセリフが終わりもしない内に、二亜のサークルの前には続々と列が出来ていく。

 

「行くぞみんな!!」

ペドーの掛け声に年増バニー+水着エプロンがうなづいた。

 

 

 

「新刊三冊ください!!」

 

「はい、1500円です、おつりの500円です」

慣れた手つきで二亜のサークルのメンバーが本を売っていく。

他人を信用しない彼女のだ、おそらくだがバイトを雇ったのだろう。

 

「どうだ、そこの者?一冊500円だぞ」

 

「え、ぼ、ぼぼぼく?」

十香が本の表紙を見ていた、如何にのチーズ牛丼の温玉乗せを頼みそうな陰キャに声をかける。

 

「あ、あの、じゃ一冊……ください……」

 

(よしっ!)

ペドーは内心ガッツポーズをした。

陰キャは女子への耐性が極端に低い。

アニメ、マンガ以外のリアルバニーなど初めて見たハズ。

そんな男に、面と向かって断る度胸などありはしないのだ。

 

「はい、おつり500円です」

ペドーが本を渡す。

見てみると、僅かだがサークル〈フラクシナス〉にも列ができ始めてた。

売り子による効果は、思った以上に効力を上げているらしかった。

だが――

 

「あっちのが圧倒的だよな……」

当然といえば当然だが、二亜のサークルにはペドー達の数倍の長さの列が出来ていた。

 

「〈本条堂〉と〈妹々かぶり〉の人気サークルの間に居あるだけあって、流れてこっちに来てくれるが万全とは言えないか……」

ペドーが渋面を作るが、琴里が笑みを浮かべる。

 

「けど、そろそろ来るハズなのよね」

 

「来る?」

大手2大サークルの列をかき分け、ちらほらとペドー達のサークルへと人が集まり始めた。

明らかに不自然な集まり方である。

その中に、何処かで見た事のあるメンバーがいる事にペドーが気づく。

 

「琴里、オマエまさか――」

 

「『友達』をちょーっと呼んだだけよ。

フツー、フツー」

言ってしまえば、これは所謂『サクラ』という奴だ。

悲しい事に人は話題になっている店を見ると、つい寄ってしまうモノ。

両隣の本を買った人間が、コッチに流れてくるようになりつつあった。

話題性、売り子、サクラ様々な要素がペドーの売り上げを二亜の本への売り気へ肉薄される!!

ペドーが裁き切れるハズ無いと嘆いた、段ボールも既に半分を切っている!!

 

「行ける、イケるわ!!私達だって決して負けない!!」

琴里が強く宣言した。

 

 

 

約30分後――

 

「〈本条堂〉新刊販売終了しましたー、ありがとうございました」

 

「〈妹々かぶり〉これにて完売御礼です」

 

「う、売り上げの速さじゃないわ……金額で勝つのが勝負の条件よ!!」

売り切れた二つのサークルを見ながら琴里が力なくうなだれる。

 

「まだ、3箱手付かずだぞ?」

シェリが困ったような目で、ペドーを見る。

 

「まぁ、当然っちゃ当然か……」

 

「まだ、まだ終わってないわ!!コミックフェスの時間はまだある物!!

見てなさい二亜!!見事に売り切って――」

 

「あ、ごめーん、私他のサークル見てくるから。

バイトの子たちに、新刊買うの任せたけど、自分でも見たいから。

いやー、労働関係って素晴らしいねー

今更だけど、そっちのMUNECHIKAさんの本を数に加えるのは無しだからね?

条件は『ペドー君たちが作った本の売り上げで戦う』なんだから」

半場帰り支度をしながら、二亜がその場を後にした。

 

「ぐぬぬぬぬぬ……!!」

琴里が悔しそうに歯噛みするが、それでも一向に〈フラクシナス〉の前に列は出来なかった。

 

そして――

 

『今回のコミックフェスはこれにて終了に成ります』

非常なアナウンスが会場に響いた。

 

 

 

会場の裏手の公園に、二亜とペドー達が集まっていた。

十香、双子、美九は着替えを終え、眼を覚ました幼女精霊たちも並んでいた。

 

「結局売れ残りはほぼ3箱分か……」

ペドーが残念そうにつぶやく。

 

「正直言ってスゴイ頑張ったのは分かるよ。

〈囁告篇帙〉を使わなくても、十分伝わってくる。

ペドー君の事、嫌いじゃないから読んであげてもいいくらいだけど――勝負は勝負だからね」

二亜が言葉を紡ぐ。

不思議な事に、二亜自身が何処か()()()()()()()事を残念だと思っているニュアンスが混ざっていた。

その場から去ろうと、二亜が背を向けた。

 

「本条先生……」

 

「何、ペドー君?」

二亜が足を止める。

 

「この勝負、俺の勝ちです」

 

「は?悪いけど、〈妹々かぶり〉の売り上げは条件に入れない約束でしょ?

ペドー君が作った訳じゃないんだから。

幾らウソついたって〈囁告篇帙〉で知れべれば直ぐに分かるんだからね?」

 

「ええ、ですから。俺達が作った『もう一冊』は含めていいハズですよね?」

 

「もう一冊!?」

琴里がペドーの言葉に驚愕する。

その時、いつの間にか姿を見せなくなっていた折紙が現れる。

 

「ペドー、片付けが終わった。

500冊ダンボール10箱、全て完売した」

 

「い、一体何時作ったのよ!!ペドーはコレを書く時ですら、手を怪我して、今も少し腫れてるくらいでしょ?

第一、時間が圧倒的に足りないわ!

どうやっても無理よ!!」

琴里が信じられないという様に否定する。

 

「一体、どういうトリックなのかな?」

漫画を作る大変さを誰よりも知っている二亜も尋ねる。

 

「いや、気づけば簡単ですよ。そーれ!〈ハニエル〉!!へんしーん!!」

ペドーが飛び上がると同時に一枚の原稿に姿を変える。

それを折紙が空中で受け取る。

 

「これで、漫画原稿一枚分。

後はこのページをコピー機でコピーする」

 

「んで、次のページに変身して、またコピー。

それを繰り返せば……感動超巨編の出来上がりです!!」

ペドーが折紙の持って来た、商業誌レベルの分厚さの本を見せる。

 

「そ、そんな方法で……?」

二亜が愕然とする。

 

「キチンと俺達が作りましたよ?

条件ちゃんと満たしてますよね?」

 

「ちょっと待って……この本、この本のサークル名って――!!!」

二亜がサークル名を指さし、慄いた。

 

「どうも初めまして、全方位幼女プレイオンリーサークル〈ぺどふぃり屋〉の代表〈ドロリゴン〉事、五河 ペドーです」

ペドーが自身のサークルの本を二亜に渡した。




そろそろ、コッチも終わりですかね。
一応下手なりに、前々から伏線は入れておいた積り……

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