ALDNOAH.ZERO -Earth At Our Backs- 作:神倉棐
9/3「硝子の傷」
【青ヶ島沖 デューカリオン艦内
〈Off the coast of Aogashima Inside Meeting room of AAA/BBY-001 Deucalion 2314hrs. Nov 23, 2014〉
11月23日夜半、青ヶ島沖にて海の魔物「
「
会議室中央に据え付けられた卓状の大型液晶端末を見下ろしつつ、その画面一面に展開された最新の世界地図に落着が確認された火星側の揚陸城を不見咲副長は表示させる。
「そこで現在揚陸城が降下している地点から降下地点傾向を推察、各エリア都市部および大規模軍事基地には敵の侵攻の手が伸びている可能性は高く最悪の場合撤退中の味方との交戦に巻き込まれる可能性もあります」
火星側陣営が降下したのはワシントンD.C.やロンドン・パリ・ベルリン・モスクワ・北京・東京等のエリア首都を筆頭にニューオリンズやモザンビーク・パナマ・スエズ・ハワイなどの大規模軍事拠点・情報通信や交通の要所となる合計26地点。あらかじめ彼女たちも把握していた19ヶ所に加え、情報提供者や友軍からもたらされた情報を精査した結果、新たに降下が確定した7ヶ所を含めた26もの揚陸城が既に地球上の各地に点在している状況に副長は注目する。
「よって本艦の航行経路として人口密度の低い地域を航路として選定。敵の索敵レーダーや衛星軌道上からの監視を避けるため低空飛行かつ、天候の安定しない航路をあえて取ることで敵からの捕捉および遭遇する可能性を抑えます」
火星側陣営の揚陸城が降下した地点はほぼ全て地球上の要所となる地点が大半であり、それ以外に落ちた場所もエリア首都に迫る人口を誇った大規模都市か資源地帯のほぼ二択。
「具体的には本艦はこのまま北太平洋を北上、ベーリング海峡を突破し北極海からシベリアの永久凍土地帯を西進し
とはいえ、そういった火星側の傾向があるのならばそれを逆手に取らない手はない。デューカリオンは戦術的には連戦連勝を続けているものの地球連合軍そのものは戦略的には負け続けており、ただでさえ無い無い尽くしの
「不見咲君、君がモテない理由を教えましょうか?」
「?、は……」
不見咲副長がたった数時間の猶予の中であれ、時間の許す限り厳選に厳選を重ねた予定飛行航路を見たマグバレッジ艦長は、何故か何時ぞやの時と同じように副長がモテない原因に言及していた。
「可能性……可能性……可能性……、そうやって常に教本通りで安全策ばかりを立てているようではいい相手とは巡り会えませんよ」
──つまるところ、この作戦は「
「……まずは地道に縁を繋げることが重要かと?」
「……いいでしょう。既に情報負けしている戦です、質には目を瞑っても着実にゴールしたいという君の作戦でいきましょう」
地味にグサッと心に刺さっている不見咲副長が何とか言い返すも、それを聞いた艦長はしばしそんな彼女を見つめ思考する。僅かな間の後に結局、艦長は副長の作戦の実行を承認した。
「ご不満ですか?」
「……いいえ、実に……そう実に手堅い及第点は与えられる作戦だと思いますよ」
作戦資料を手に会議室を去ろうとした艦長に向けて、副長は艦長の言葉に込められた複雑な感情を感じ取り敢えてそう問う。副長の問いに、僅かに振り返った艦長は「NO」と答え今度こそ会議室を去った。
「……やはり、ご不満ですか……」
マグバレッジ艦長の去った会議室で、しかしただ1人そこに残された不見咲副長には明らかに彼女の案が不服であるようにしか見えなかった。
「……まったく、あの艦長がお前の妹だったとはな……ヒュームレイ。通りで気が強いはずだよ……なあ、親友」
そしてそれはもう1人、マグバレッジ艦長が去った廊下の反対側、廊下の曲がり角の陰にてその様子を盗み見る形となった鞠戸大尉もまた同様だった。
「大尉、ここにいましたか」
「ん?なんだ。先生か」
彼女を通し今は亡き親友を思い、唯一遺った戦友の
「なんの用だ?ちゃんと禁酒……とはいかないが飲む量自体は言われた通り減らしてるぞ?」
「それは重畳、ですが今回は別件です。明日の正午、医務室に来て頂けますか?」
てっきりまた「飲酒量を減らせ」とでも言われるのかと思っていた鞠戸大尉だったが、どうやら別件だったらしい耶賀頼先生は大尉に医務室に来るよう言う。
「まあ……良いが、何するんだ?」
「治療です……大尉のPTSDの」
困惑する大尉に対し、耶賀頼先生は神妙な顔でそう言ったのだった。
【北太平洋洋上 デューカリオン艦内食堂 11月24日 11時14分】
〈North Pacific Ocean Dining hall in AAA/BBY-001 Deucalion 2314hrs. Nov 23, 2014〉
「ご一緒してもよろしいですか?」
午前中に行った第一・第二格納庫の視察を終え、そのまま艦長や整備長との情報交換に艦長室へと向かった一帆を除くアセイラム一行は今、艦内食堂にて民間人に混ざって昼食を取ろうとしていた。
「……好きにすれば」
本来ならば彼女の様な立場──
「地球の食事はとても美味しいですね、ヴァースにはない珍しいものばかり」
プレート上に並んた戦闘糧食*3を前に、嬉々としてナイフとフォークを手にするアセイラム。
「……そうね、……それも光学迷彩?」
そんなアセイラムを黙って見ていたライエは、彼女が食堂に入って来て以降疑問に思っていたこと──芦原高校の制服姿について──を目の前のお姫様に問う。
「こちらは一帆さんや伊奈帆さんのご友人のニーナさんと妹さんのソラさんからお借りしました」
ライエの問いに対し、アセイラムはよくぞ聞いてくれましたとばかりについ先ほどあった出来事、たまたま艦内を歩いていたら
「おひめさま」
やや呆れ顔のライエとひたすらにニコニコとしているアセイラムの2人、そんな2人がいる席にやって来たのは姉妹だろう2人の幼い少女たちだった。
「あげる!せんばにはとどかないけど、せんそうがおわってくれますようにって!」
「まあ……!素敵です、確かツルという地球の鳥を模した紙細工ですね」
少女たちはその小さな手に包んだ幾羽かの小さな折り紙の鶴をアセイラムに手渡す。赤青緑、ありきたりな色合いだが軍艦内では貴重であろうそれらを使い、少女たち自身の手で折ったらしい少しばかり不恰好な所のある鶴にアセイラムは喜んで手を伸ばし受け取っていた。
「ありがとう、大切にします。ありがとう」
その幼い子供たちからの
「どうして?」
「?」
立ち去っていった少女たちを見送っていたアセイラムにライエは問う。
「どうして正体を明かしたの?火星人は……それもそのお姫様は地球人にとって敵だと思われてるのに……」
その問いは疑念だけでなく、何処か咎めるような性質で──
「どうして平気でいられるの?
──そしてそれ以上に、羨むようで悲しむな目の前の
「変よ、貴女。仲間だと……思ってたのに」
「ライエさん!」
アセイラムの制止を振り切り、食堂から逃げ出したライエは何処とも知れぬ廊下の途中で立ち止まる。
「変……変よ……こんなのおかしいわよ……どうして……正体を明かしたの……どうして平気でいられるの?」
「どうして」「どうして」と呟く少女は、答えも寄る辺も得られないまま力なく廊下の床へと座り込んでいた。
「どうして……あの人は……っ、どうして私はっ⁉︎ 」
ライエの呟きは、誰もいない廊下の空気に溶けていった。
【北太平洋洋上 デューカリオン艦内医務室 11月24日 11時14分】
〈North Pacific Ocean Medical room in AAA/BBY-001 Deucalion 1114hrs. Nov 24, 2014〉
所変わってデューカリオン艦内医務室、先日この医務室の主である耶賀頼先生直々のお呼び出しを受けた鞠戸大尉は開戦前まででは珍しく大人しく医務室へと出頭していた。
「さて、気分はどうですか?」
「別に平気だ」
そしてその珍しく大人しく医務室にやって来た鞠戸大尉の方はというと、その頭にVRゴーグルらしきヘッドセットを付けさせられ簡易ベッドに寝転がされていた。
「鞠戸大尉の話と大尉の書いた種子島レポートに基づいて再現してあります。一帆君にも手伝って貰ったので質も悪くはないはずですし、大体は合っているはずですが違う所があれば言って下さい。次回までには修正しておきます」
「またあいつか……まったく、ホントに効果があるのか?」
「PTSD ──心的外傷後ストレス障害の治療方法のひとつに原因となった事件を再現して何度も追体験するというのがあるんです」
これから2人がしようとしているのはVRを用いた追体験
「なんだ、随分と荒療治なんだな。何度も怖い思いをすればその内慣れるってか?」
「そこまでは……どうでしょうね」
耶賀頼先生は大尉の荒療治との言葉には否定せずも、その効能自体はあるはずだと答える。そもそも彼は医者ではあるものの、ただの内科医であり精神科はほぼ完全に専門外である。しかしそれでも患者のために色々と調べ、完治のための治療や努力を惜しまず尽力し続けている点については鞠戸大尉とて理解も感謝もしている。
「では始めますよ」
「へいへい」
故に大した抵抗をすることもなく*4、大尉は先生の指示に従った。
「それでは、開始します」
「ほー、想像していたより案外マシだな。もっと……なんというかポリゴンだらけだと思ってた」
耶賀頼先生のキーを叩く音と共に、鞠戸大尉の被ったゴーグルにも映像が流れ始める。ゲームもやらず、PCなど電子カルテくらいしか使ったことのないであろう先生が短時間で作ったにしてはやたらと出来がイイ仮想現実に鞠戸大尉は少しばかり感嘆の息を漏らす。
「一帆君が色々とシミュレータデータから使えるモノを流用してくれたおかげです。とはいえあくまで追体験が目的、治療を受ける側が連想さえできれば後は勝手に脳が記憶で補完してくれるので多少の粗はありますが我慢して下さい」
「へいへい……」
ただその裏にまたもや一帆の暗躍があったことに、色々と
「おい、ちょっと気になったんだが下にいるのは何だ?」
「戦友のヒュームレイさんです」
「うへぇ……カクカクじゃねぇか、多少の粗があるとはいえ勘弁しろよー」
とはいえそれはそれ、これはこれ。流石に実在の人物の造形までシュミレータからは流用できなかったのか、まさに
だが、だからこそか。
“鞠戸!何だアレは⁉︎あんなのが……あんな
“クソっ!
正確に再現された風景に、余りに実物に似ないポリゴンの塊。それ故に補完された映像は、無慈悲にも鞠戸大尉の忘れたくも忘れらない過去をその脳裏へと引き摺り出した。
“がっ!クソッタレめ……履帯がやられた。90式はもうダメだ……脱出するぞ!ヒュームレイ‼︎”
“チクショウ……手も足も出ないとは……っ駄目だ!足が……機材に挟まって、抜けない‼︎”
“火が⁉︎”
“うわぁぁあッ⁈”
“ヒュームレイ!”
“鞠戸!出してくれ!火がっ、クソ!熱い!鞠戸っ⁈”
“ヒュームレイっ!待ってろ!クソ、クソ、クソぉ!”
“あついあついッ⁈鞠戸!撃て撃ってくれ!頼む鞠戸!”
“チクショウ、チクショウ!”
“早く!早く楽にしてくれ!頼む!お前にしか、お前しか頼めないんだ!撃て‼︎撃ってくれ鞠戸ッ‼︎”
“あぁッ、ああアァあっ‼︎ヒュームレイ!”
「うわぁぁぁぁあああっッ‼︎」
「大尉!鞠戸大尉!大丈夫ですか大尉!」
逃れられない過去に恐慌状態に陥った鞠戸大尉を耶賀頼先生は落ち着かせるべくVRゴーグルを剥ぎ取りベッドに押さえ付ける。暴れる大尉が落ち着くにはそこからさらに5分以上の時間を要した。
「はぁ……はぁ……チクショウ……」
「今のは全て過去の話です、今は2014年でここは種子島ではありません」
「……過去なもんか、また戦争は起こっている。今度は子供だって戦って……何処かの戦場で誰かがまた死んでる、俺たちみたいな境遇の奴もな」
恐慌状態からは落ち着くも、まだ震えの止まらない大尉に対し先生は「昔の話」というが鞠戸大尉は「今もそうだ」と断言する。
15年前の戦いは確かに終わった。
だがその戦いの続きは、今再びこの星で再燃している。今度は子供さえも巻き込んで、
「だがザマァないな……ちょっとはマシになったとは思っちゃいたが、こんな粗だらけのカクカク野郎が怖いとは……な」
鞠戸大尉はVRゴーグル片手に自嘲気味に笑う。
「……違いますよ、大尉。貴方が怖いのは火星カタフラクトではありません」
「何……?」
しかしその自嘲に待ったをかけたのは主治医として大尉の治療を続けてきていた耶賀頼先生だった。
「貴方の心の傷は友人を自分が介錯した……その事実です、火星カタフラクトはその原因を作った要因でしかありません」
「……」
「今日は終わりにしましょう、改善の兆候はあります。明日はもっとゆっくり試しましょう」
黙り込んでしまった鞠戸大尉に対し耶賀頼先生は友人として、医者として励ましと今後の治療方針の展望もかねてその言葉を言う。
「PTSDは放置しておくと大変なことになりかねませんから」
デューカリオン艦内には、「確かな火種」がまだ燻っていた。
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