ALDNOAH.ZERO -Earth At Our Backs- 作:神倉棐
10/3「生きるということ」
【東シベリア永久凍土上空 デューカリオン艦内士官用シャワールーム 11月24日 18時23分】
〈Over the permafrost of East Siberia Shower room in AAA/BBY-001 Deucalion 1823hrs. Nov 24, 2014〉
「────っっカハッ……!」
エデルリッゾやマグバレッジ艦長の協力、そしてそれ以上に一帆自身の献身によって死の淵にあったアセイラムは無事、息を吹き返すことができていた。
「っはあぁっ……ごほっ⁈ガハッ⁉︎ガッ……はぁ、はぁ……」
「姫様!」
「はぁ、はぁ……息を、はぁ……吹き返した、か……」
止まっていた呼吸を再度動かしたことで強く咳き込む彼女にエデルリッゾがその側へと走る。ついでにいい加減全裸のままにする訳にいかなかったのか、侍女の彼女は未だ持っていたタオルをアセイラムへと掛けていた。
「ああ、良かった……」
視界の端でエデルリッゾがアセイラムにそんなことをしているのを確認*1しつつ、一帆は多少の疲労感を滲ませつつも安堵したかのような声色で腰を下ろす。
「
そしていそいそとエデルリッゾによってタオルを巻かれ、辛うじて何かを身に纏うことができたアセイラムがその身体を起こしこの場で最も状況を把握していそうな一帆にそう訊ねる。
「ふぅ……窒息状態で、倒れていました。それに、アセイラムさんの首にはコレが」
尋ねられた一帆は救助に際し取り外したソレ、その手に握った銀の首飾りを見せる。
「私の……御守り……私、私は……」
「まさか、死ぬつもりだった……だなんてこと……」
カシャリ、と手のひらから滑った御守りがアセイラムの目の前で左右に揺れる。一帆が救命時に得た違和感、それは首が絞まったにしては抵抗の跡が
───前兆はなかった、ようには見えた。でも……
決して「弱い」少女ではないと、そして戦争の開戦事由となった事についてずっと思い悩んでいたのは知っている。だがこんな非常時にいつも通りが通じるハズがない、皇族だからと気丈に振る舞う彼女もたった15年しか生きていない子供。自責の念に思い付きが組み合わさってふと自殺を考える──そんな最悪の想定を考えた一帆が彼女に問うと、アセイラムの方は未だ状況に混乱しつつも
「違っ……⁉︎……私は、そう……私は
「彼女?」
慌てて否定するアセイラムが口走った「彼女」との言葉。その彼女が一体誰なのか、疑念の声を出したマグバレッジ艦長の背後でそっと誰かが動く気配がする。
「っ!誰です!」
「動かないで!」
自身の左脇腹、そこに付けられた
「……ライエ、さん」
背後からかけられた制止と突き付けられたベレッタM9A1、それらを発し構えて立っていたのはもうひとりの火星人──ライエ・アリアーシュであった。
「患者は⁉︎」
「姫様!」
そしてこれまた最悪のタイミングでシャワー室に耶賀頼先生や鞠戸大尉、ユキを引き連れてシャルロットが飛び込んで来る。
「来ないで!貴方たちは下がって部屋の外に出て!この距離なら私は見なくても撃ち抜ける!」
宣言通りぴたりとも銃口を揺らさずに警告するライエの本気度合いに、思わず本職が軍人の大尉やユキでさえ強行突入には躊躇ってしまう。
「そ、そんな……」
「……鞠戸大尉、ユキさん、彼女の言う通りして欲しい」
「八朔」「カズくん」
「話は、後。早く!」
入口で半ば民間人の耶賀頼先生やシャルロットを庇うようにして前に出ていた大尉とユキ、そんな2人に対し一帆は退出するよう促す。そんな一帆の態度と、その手にしている
「……随分、準備が良いのね」
「一帆くん、何処でそれを……」
ライエに向けられた銃口、それに対し一帆が向け返していたのはベレッタより小さくとも充分な制圧力を持った拳銃──
「「御守り」、だよ。……使いたくは、なかったさ」
6日前、「御守り」と称して新芦原の芦原高校から拝借し伊奈帆にも押し付けた
「どうして?」
「君が、
一帆がこぼした「使いたくなかった」との言葉にライエは「どうして?」と問う。そんな彼女に一帆はいつぞや彼女に伝え、そして彼女が答えたのと同じように「友だち」だからと告げる。
「私が、ヴァース……
しかし、そんな彼女は一帆の答えを笑うように……否、
「新芦原のパレードで火星のお姫様を暗殺した……しようとしたのは、私の父」
ライエが告げる、突然の
「父は、父たちは第二次内惑星間戦争後に地球へ降り立ち潜伏していた火星側のスパイ。貴女を殺せば火星での地位と報酬が約束されていた……ハズだった」
凍り付いた室内で、ライエが今まで胸の内に秘めていた
「でも、奴は!あの日父たちを殺した奴は任務を終えた父を無惨に消してしまった!遺体すら……碌な遺品さえ残ってない!」
憎悪に染まった瞳に、涙はない。
涙は、とっくの昔に枯れてしまった。
「もう火星人なんて信用できない!火星人はみんな、みんな敵!私はもう……火星人には戻れない。でも最初から裏切り者だった地球にだって居場所はない。なのに……貴女は火星人だって明かした!なのに火星人なのに地球人に受け入れられて!火星人のくせに居場所ができて!火星人なのに……生命を懸けてでも守ってくれる、そんな人を見つけてしまった。私と同じ火星人なのに、仲間だと思ったのに……」
父も、家族も、身内も、居場所も、日常も、未来さえ失った。
残ったのはみんなに置いて逝かれて、たったひとり生き残った自分と己を焦がす憎悪だけ。
「全部全部、貴女のせい。あなたが来たからお父様が死んで、貴女が来たからこんな戦争が始まって、こんなに死人が出た。貴女のせいで裏切られた。貴女が来たから……貴女なんかが来たから私は……」
「独りに、なった」
貴女が、私の全てを奪っていった
全ての不幸を赦せるほど慈悲深くもなければ、他者を傷付ける復讐鬼となるにも優し過ぎる。この広い宇宙でたったひとりの孤独な宇宙人となってしまった少女は、その全ての責任を自身と似た境遇ながら彼女が欲しかったモノ、その全てを持っている目の前で庇われる少女を呪わなければ生きていくことさえ出来なかった。
「……ごめんなさい」
赤い髪の少女の慟哭に、そんなごちゃ混ぜとなった感情をぶつけられたもう1人の少女は庇われていた少年の背から一歩前へと進む。
「姫様!」
「殿下!」
断頭台へと己の足で向かうかのように、余りに無防備に銃を持った復讐者の前へと出た少女の行動に、侍女と艦長の2人が制止しようとするが向けられた銃口に動けなくなる。
「私が、私こそが貴女の、全ての元凶だった……のですね。やはり、私が……愚かだったのです。平和を願って、地球と火星がともに歩めるよう友好を……そう願って理想を掲げた。それが最善で、正しいことだと、思っていた」
互いに向け合った銃口の、丁度中間地点に立ったその少女はまるで教会にて罪を懺悔する咎人の如く胸の前で手を組み懺悔する。
「でも……現実には私の我儘でしかなくて、寧ろ多くのヒトを……傷つけ失わせる戦争の引き金になった」
ある少年は言った。掲げた理想は、最後まで貫かねばならないと。
迷っても、後悔しても。
その理想は、決して間違ってなどいないと。
でも、少女は今。直視することとなった理想の被害者を前にした少女は皇族としてでなく、ただの15歳の少女に戻らざるを得なかった。
「ごめんなさい……私が、私のせいで、どんなに私の理想は正しいことだと願っても、結果は間違ってばかり。誰かを!守りたかった人々を傷つける!」
崩れ落ちるように、床に跪く少女。
「ごめんなさい……許されるとも、許して欲しいとも言いません」
流れる涙。それでも、少女は己の理想の罪から逃げることなく、目の前の少女を直視していた。
「貴女にも、ライエさん……ごめんなさい」
「バカじゃないの……?何で貴女が泣いて、謝ってるのよ。私の八つ当たりじゃない、もうやめてよ……私、何やってんだろ……私」
ライエの答えは、そもそも呪う相手を間違えていたという自嘲であった。ゆっくりと銃口が下がる、しかし一度一帆越しに庇われたアセイラムから外れた銃口はそのまま下へと向かわず徐々に己へと向かっていた。
「ダメ!」
それに真っ先に気付いたアセイラムが制止を叫ぶ。跪いていた彼女では間に合わない。
「ライエ・アリアーシュ!」
しかし、決してこの場に呑まれ動けなくなっていなかったものがいた。一帆の叫びとともにその手からグロック26がこぼれ落ちる。
「は……?」
余りに意味不明な光景、ライエの意識が呼び声と落下する拳銃に向いた。その瞬間に一帆は地面を蹴っていた。
咄嗟に向けられた銃口、しかし銃口が向けられた時点で既にライエは一帆の間合いの中にある。
「なっ……⁈」
右手で払うように掴まれた銃身、そして掴まれた次の瞬間にベレッタのスライド外され解体される。正に一瞬の早技、唯一の武器であった拳銃が撃てなくなった時点で暗殺者の娘でしかないライエに勝ち目などない。
「──ぇ?」
瞬く間に制圧され、打ち倒される。一帆に至近距離に近付かれた時点で、そう想像していたライエだったが、そんな彼女が次に感じた感覚は包み込まれるような感覚だった。
「何の、つもり……?」
辛うじて喉の奥から搾り出されたその言葉。
「本当に死ぬつもりだった、そうだろう?」
そんなライエの言葉に、一帆の問いがライエの耳元で告げられる。そう、拳銃を解体してライエを無力化した一帆は彼女を床へと取り押さえるのでなく抱き締めていた。
「……」
答えられない。本気で全てを投げ出すつもりだった彼女は、だというのに己を抱き締めるその少年にそう言われてはそれを肯定することが出来なかった。
「君の全てを知っている……とは口が裂けても言えない。けれど、俺は君が何処の星を故郷と思うか何てどうでも良い。君は俺の、俺たちのかけがえのない戦友だ」
一帆はライエを抱き締める。居場所が分からなくて、迷子になった彼女に彼女の居場所は此処にもあるのだと、そう伝える為に。
「生きる意味や理由がまだ分からないなら、本当の意味が分かるまでで構わない」
抱き締めていた腕を緩め、一帆はライエと顔を合わせる。そんな彼女は、とても泣きそうな顔をしていた。
「生きて欲しい。俺と一緒に」
一帆はライエの目を見て生きて欲しいと、そう願う。
───どうか、どうか生きて欲しい
嬉しいことには笑って、悲しいことには泣いて、辛い時には誰かと分かち合って前に進めるように。
「後悔、するわよ」
そんな一帆の願いに、ライエは顔を隠すように一帆に抱き付いた彼女は、確かめるような声でそう言う。
それに一帆は胸を張って答えた。
「しないさ、絶対に」
そんな小っ恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなく言い張った一帆に対し、手に持っていた拳銃の残骸を手放した彼女は一帆から離れ振り返ることなくユキに連れられて脱衣所を去る。
その途中、彼女は寄り添い歩くユキにも、誰にも聞こえない小さな声で呟いていた。
「馬鹿……
右頬を伝った、一粒の小さな水滴。そして口元にはほんの少し、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。
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