幻想神曲物語   作:神曲

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小説を書くのはこれが初めてです。おかしい点があればご指摘ください。


第一話

列車の窓から見える景色は、それはそれは見事な蒼だった。

「起きたんですね」

 俺に話しかけているのか。聞き覚えの無い声だ。

「あぁ」

 風呂上がり、髪も乾かさず布団に潜り込んだ所までは記憶がある。となるとこれは明晰夢か。

「良い天気ですね」

「そうだね」

 適当に言葉を交わしながら、対面に座る女性を観察する。程なくして、『少女』の方が適切な表現だと認識を改めた。肩で切り揃えられた髪は、透き通る様な薄い金色(こんじき)。車窓の蒼とはまた異なる、涼しい青色の瞳。膝に手を乗せてこちらを窺うその貌は、まさしく人形のようとでも形容すべきか。記憶を辿るが、やはり見覚えのない少女だ。再び外の景色に目を移す。代わり映えのしない蒼色に、今度は辟易とした。

「外を見たって、楽しくありませんよ」

「全くだ」

 海の他に見えるのなんて、延々と続く線路くらいのもの。大海のど真ん中でも走っているのだろうか、この列車は。俺の知る限りではこんな素敵な路線、日本には存在しない。

「この列車はカシア貿易港行きです」

「カシア貿易港?」

 聞いたこともない。

「はい、『あの世』の入り口となる駅です」

 比喩か何かだろうか、まさか文字通り『あの世』の入り口なんてことはあるまい。

「文字通り、『あの世』の入り口です」

 随分と面白いことを()かしおってからに。向かう先が『あの世』となると、俺は死んだ設定か。それに加えて『あの世』の入り口が貿易港とは、実に奇妙な世界観である。

「俺は死んだのか」

「はい」

 笑止、無意識の内に自殺願望でも抱いていたのだろうか。

「死因は」

「当ててみてください」

 図々しい少女だ。いつの間にか取り出した紅茶を楽しみながら、こちらを挑発してくる。

「心臓麻痺」

「爆死です、跡形もなく吹き飛びました」

 鼻で笑った。いくらなんでも布団の中で爆死は斬新すぎるだろう。

「君は神か」

 ここまではお決まりの設定と言えよう。今の質問は、ある種の通過儀礼だ。

「いいえ」

 違うのか。

「天使か」

「死神です」

 即答。予想外の回答が返ってきた。仕草からも外見からも、とても死神とは思えない。

「つまり俺は地獄行きか」

「それは分かりません」

「成る程、これから『あの世』の裁判と」

「察しが良いですね」

 それからはお互い無言だった。列車の揺れる音だけが木霊する車内は、しかしながら決して俺にとって苦痛なものではなかったことを追記しておく。三十分程が過ぎた頃だろうか、少女が唐突に言った。

「着きましたよ」

 言うや否や、列車の外の景色が黒く塗りつぶされた。

 

「おい、人間」

 視線の先で、蛙がふんぞり返っている。人一人(ひとひとり)飲み込めるのではないかという程、巨大な蛙だ。値の張りそうな道服を身に纏っているが、やはり蛙だ。

「聞いているのか、人間」

 蛙は、法廷と思しき薄暗いこの部屋の上座にて堂々と座している。傍聴席の人間――こちらは少なくとも見た目は人間である――から異議の声が上がらないことを鑑みれば、目の前の偉そうな両生類が閻魔で間違いないのだろう。ちなみにこちらで言うところの弁護人、あるいは検事らしき人物は未だ姿を見せていない。

 あの後俺は目隠しをされ、件の少女にここまで連れてこられた。わざわざ目隠しをするのは道を記憶されないため、という設定か。いずれにせよ俺自身これといった抵抗は覚えなかったので、少女の言うことに大人しく従っておいた。

「返事をしないと舌を切るぞ、人間」

「はい、なんでしょう」

 語尾に『人間』を付けないと話せないのか、この蛙は。内心毒づきながら返答する。とはいえ相手は仮にも閻魔様だ。最低限の礼儀は守って敬語を用いるとしよう。

「名は天野(あまの)(れい)

「相違ありません」

 そう、それが俺の名前だ。アキラではない、レイである。

「年は……数えで十九か、にしては落ち着いているな、人間」

 無言で返す。普段から頻繁に言われることだ、俺にとっては褒め言葉でも何でもないが。

「ここに来る輩は大抵が取り乱している」

 心底興味のない話だ。だが今は他にやることもなし、乗ってやろう。

「きっと閻魔様のカリスマに()てられたのでしょう」

「戯け、煽てても何も出んぞ」

 やはり、か。今の反応からこの蛙の正体が閻魔であると確定した。加えてここの閻魔様には外来語も通用するらしい。

「ここには、どの程度の頻度で人が来るのでしょうか?」

 こいつが閻魔だとすると、雑談などして余裕をかましている暇はないはずだ。

「そう多くはない。多くて月に二、三人が限度だ」

 死者全員が送られてくる訳ではない、と。何かしらの条件を満たした人間だけが送られてくるのか、あるいは閻魔がこいつ一人だけではないのか。後者の可能性は限りなく低い。なんせ後者の場合、単純計算でも二百万人以上の閻魔が必要となる。すると俺は何かしらの条件を満たしているのか、そこまで考えて思考を放棄した。自分の見ている夢の設定を延々と考えたところで、不毛なことこのうえない。

「他に何か質問はあるか、人間」

 質問か。つい先ほど考察を諦めた手前、特に知りたいこともない。数瞬考えを巡らしてから、ふと天啓を得た。

「一つだけ、閻魔様にお尋ねしたいことがあります」

「言ってみろ」

「僭越ながら申し上げますと――」

 ここで間を取る。

「現状は(わたくし)の見ている白昼夢ではないかと存じます」

「面白い冗談だ」

 僅かにだが、閻魔の興味を惹くことに成功した。

「では閻魔様には、これが現実であると証明できますか?」

 不可能だ。何が起きても『夢なら当然』の一言で片づけられる。頬をつねって痛みがあっても、それもまた明晰夢なら当然。我ながら益ない問いかけではあったが、同時に閻魔の切り返しに期待もしていた。

「お前の生きた『現実』においても同じことが言えるのではないか、人間」

「それは詭弁というものですよ、閻魔様」

 さらに挑発する。最悪これで激昂かと踏んでいたが、閻魔は一度(ひとたび)低く唸った後考え込んでしまった。場には重たい静寂のみが流れる。しばしの黙考の後、閻魔は再度口を開いた。

「無理だな、(それがし)には証明する術がない。だが――」

 閻魔の手がブレたのを確認した次の瞬間、俺の頬からは血が流れていた。予想になるが、刃物をこちらに向かって投擲したのだろう。確かに、僅かな痛みを感じる。

「痛みもあれば腹も減る。それだけでは足りぬというのか?」

 流石は閻魔様、といったところか。完全に一本取られる形となってしまった。こうなっては大人しく引き下がる他にあるまい。

「返す言葉もございません」

 人間引き際が肝心だ。ここはあえて反論せずに白旗を上げる。すると潔く負けを認めた俺を見て機嫌を良くしたのか、蛙は「さて」と呟いてから切り出した。

「時間を使いすぎた。始めるぞ」

 無言で肯定の意を示す。何を、と聞くのは野暮だろう。列車の中での少女との会話、俺が死んでいるという現状――少なくとも彼等の中ではそうなっている――、法廷を模したこの空間。自ずと答えは導き出される。

 空気が変わったのを肌で感じる。感覚の問題ではない、物理的に空気が変わった。焼けるような熱気に全身を包まれる。心なしか心拍数も上がってきたようだ、胸の鼓動がやけに大きい。どうでも良いことではあるが、死んでいるはずなのに心臓は元気よく動いている。

「では、閻魔羅闍(えんまらじゃ)の名のもとに――」

 

「人間、天野(あまの)(れい)を次期泰山王(たいざんおう)に任命する」

 




ちなみにですが、作者は豆腐メンタルです。
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