1 彼の初日
「──へぇ、こんな事ってあるもんだな。」
そう呟くは俺事、
と、無駄に脱線してしまったが最初に呟いた言葉の意味は、俺の目の前を見れば分かると思う。
晴れやかな空、ガヤガヤと賑やかな大通り、暑過ぎず、かといって寒過ぎないぐらいの気候、そこまでは良い、良いのだが目の前の光景がどうにも現実味を帯びていない。
それもその筈、何故ならガヤガヤと賑やかな群衆は、金髪や白髪、緑に青etc、等と言うように不良宜しく、頑張って髪を染めました所では済まない程、鮮やかに彩られている。
それに加え歩いてる人々は、人では無い。
正確には、人では無い生物が人の様に動いている、と言うべきであろうか。
勿論、人の方が多く一部が亜人?であると思う。
「これはまさか……なるほど、なるほど……。」
腕を組みつつ、その場で突っ立ったまま今ある状況について考える。
歩く人々達から少々奇異な視線を向けられているが、この服装のせいであろう、だからと言って何がどうしたと思うが。
俺のいた所ではおかしい訳ではないが、こちらではおかしいと認識されてしまうのだろう。
フードの付いた黒いパーカーに動きやすいズボン、俺認識であるが可もなく不可もなくと言った所だ。
さて、初めに言うが俺はこんな所に元からいた訳では無い、かと言って何かがあったと言える事も無かった、息を吐く様に普通に道を歩いていたらこの景色が見えた、ただそれだけだ。
「……つまり異世界召喚だな。──いよっしゃぁぁぁぁ!!!」
ビクリ、と周りが驚きの表情をこちらに向けているが知った事ではない、遂にこの瞬間が来てしまった、待ち望んだ異世界召喚という非日常が。
元々オタク気質である俺に取って、これ程のテンションが上がる事があっただろうか、否、ある訳がない。
「……っとと、反語使ってる場合じゃないな。」
突然の奇声に周りからの奇異な視線が集まっている。
……だからと言って俺が知った事ではないが、悪目立ちしても仕方がない。
変人扱いまでなら良いが、狂人扱いされて兵士的なものを呼ばれてもこっちは対処のしようが無いからである。
「あれ、待てよ。俺に何か特典的なものは無いのか?」
良くある話では、ご都合主義万歳で主人公に何かしらの能力が備わっている筈。
転生ものにしても神様なりが出てきて、間違って殺しちゃった☆、的なノリから特典付きで転生するものであると、俺のオタク知識は認識している。
そのイベントが無い事からまだ起きていないのだろうか?
……まぁ、考えた所で発生しないイベントなんて今はどうでも良いか。
「さぁ、さぁ、始まるぞ……俺の異世界ライフ!!」
☆ ☆ ☆
「とは言ったものの……俺、詰んでね?」
先程までのハイテンションぶりから一変、俺は人がごった返していた場所から離れ、軒先から商店が覗く商店街らしき場所へと移動しながら今の状況を口にしていた。
この商店街でも人々達が賑わってはいるが、先程の大通りよりは人が少ない、というよりトカゲらしきものが引いていた馬車みたいなトカゲ車?が通らず、考え事をしながら歩いていても安全だろうと移動してきた。
……実はついさっきウキウキとしながら歩いていた所を、馬よりも一回り程大きなトカゲに轢かれそうになったのは秘密である。
「とりあえず今の持ち物は……うん、何もないな。」
そう何もない、日課にしていた朝の散歩……はい、そこ年寄りとか言わない。
兎に角、散歩していたに過ぎない為、財布はおろか携帯すら持ち合わせていない。
あると言えばハンカチ程度であるがこれでどうしろと言うのか。(なお確かめても特に変化はなかった)
という事はこの身一つで異世界に来たという事となるのだが、召喚した奴はただの馬鹿なのだろうか?
「何も無い状態で何をしろって言うんだよ!せめて迎えに来いし!というか!俺の!異能力は!?」
「あん?うるせぇぞ兄ちゃん!」
「うお!?」
未だ発生しないイベントにやきもきし、ガシガシと頭を抱えてつい口に出した矢先、左手にある商店から声が飛んできた。
その声に驚きつつ顔を向けると、緑髪の強面顔が八百屋?の店先からこちらを睨んでいる。
「店の前で騒ぐな、客に迷惑だろ。」
「あ、あぁ…はい。すいません……って、あれ、言葉が通じる……?」
「はぁ?何を言ってやがるんだ兄ちゃん。客じゃねぇなら、ほら行った行った。」
その顔に圧倒され、普段の弱腰姿勢が出てしまう。
むしろ今迄のテンションがおかしかったぐらいであるから、これが平常な俺である。
それよりも重要なのはこの店主が俺と話している、という事だ。
何も俺が話せないという訳ではなく、異世界である、という所がミソである。
大通りではガタガタ煩かったので歩いていた人達の声など聞き取れなかった(というよりも皆が話しながら通っていなかった)。
「ち、ちょっと待ってくれ。俺の言葉が分かるのか?」
「はぁ?だから何言ってやがるんだ?……ははぁ、さては兄ちゃん、流れ者だな?」
流れ者とは何だ、というか自己完結したみたいに納得しないで欲しい。
ただこの世界では言葉が通じる、これは収穫であり、大きな一歩であろう。
今まで気づかなかったのだが辺りを見回して聞いていると、確かに聞き覚えのある言語を発しているのが聞き取れる。
「流れ者?」
「まぁ今のルグニカに来るなんて物好きだな。」
「ルグニカ?ここルグニカって言うのか?」
「おいおい……自分の来た国すら分からねぇのか?『親竜王国ルグニカ』と言えば有名だろ?」
そう言われても知らない、まず強面フェイスの貴方が初村人みたいな感覚なので情報など持ち合わせていない。
むしろ今重要ワードが出てきた気がする、『親竜王国ルグニカ』どうやらそれが今いる国の名称らしい。
「……はぁ、まぁ良いか。それで、何か買うのか?」
怪訝そうな顔をしていた俺の様子を見たからか溜息を吐き出し、商売へと移る店主。
きっとこれ以上聞くには何か買え、という事なのだろう。
落ち着きを取り戻しつつあった俺は、出来る限りの敬語を使い問い返す。
「えーと、オススメはなんですか?」
「そうだな……このリンガなんてどうだ?美味いぞ?」
そう言いながら店主が手に取ったのは『リンゴ』であった。
赤く丸いあの見慣れた果物、皮を剥けば純白の果肉が現れるあれだ。
「リンゴ?見た所普通のリンゴですけど……」
「リンゴ?兄ちゃん、これはリンガだ。どうだ、買うのか?」
もしかしてこの世界ではリンガ、という名称なのだろうか?
もしくは名前が似ているだけで、中身は全くの別物という可能性もあるが、それよりもこの世界の通貨がどうなのかが問題である。
……まぁ、まず一文無しである事に違いないが。
「あー……すいません。俺、今は金ないんです。」
「あぁ?冷やかしか?……ったく、それなら行った行った。」
しっしっ、と手を邪魔と言わんばかりに振られる。
ここに召喚した奴、絶対恨む……までは行かないが何かしら言ってやる事を心に決め、仕方がなくその店を後にする。
「はぁ……前途多難だ。」
マジあり得ねえ召喚者、と内心毒吐きつつ商店街の通りをトボトボと歩いてくのだった。
☆ ☆ ☆
先程の午前中(であろう)時間から変わり(おそらく)昼頃に差し掛かる時間帯、俺は相変わらず途方に暮れ商店街の通りを歩いていた。
「何が異世界召喚だ。あぁ、帰りたい。帰ってゲームがしたいでごさる。」
不満をタラタラと漏らしていると更に腹が立ってくる。
誰が一体、何の目的で俺を喚び出したのだろうか、第一に頭も良くなければ運動もそこそこな俺を召喚する意味が分からない、もしかしたらこの異世界では運動量がパワーアップされていて超人的な動きが出来る、と言うのなら別であるがどうもそうではなさそうだ。
むしろ道具も何も無い為、現代知識も使えずマイナスからスタートしている。
「あー!もう!どうしろって言うんだ!」
「そこの奇声をあげている変人、これ落としたわよ。」
再び頭を抱え悶えるように迷走していた所へ、声が掛けられる。
ふと目を向けるとそこには俺の唯一の所有物であるハンカチを差し出すメイドがいた。
メイドがいた、と言っても過言ではないであろう、桃色のショートヘアーに垂らした前髪で左目を隠し、メイド服を纏っているのだからメイドで間違い無いだろう、そういう趣味でない限りでだが。
そして極め付けに俺が言葉を失う程、美が付く少女であった。
詰まる所の美少女である。
「────」
「……?」
言葉を失う俺に怪訝そうな顔を向ける美少女メイド、しかしそれを他所に俺は思考停止レベルでその子に見惚れていた。
そう、目と目が合ったらぐらいの……いや、それは一目惚れであろう。
……何か若干違う気がするが、そのぐらいのレベルという事を理解して欲しい。
「貴方、聞いてるの?」
「天使がおる……」
「……」
ポツリと口から漏らした言葉に、目の前の美少女メイドは途端に冷めた目を送ってくる。
待って欲しいそんな趣味などない、確かに一部の業界ではご褒美だが俺はそんな趣味など持ち合わせていない。
「はいこれ、じゃあ私は行くから。」
と、美少女メイドは律儀に俺にハンカチを渡すと行こうとしてしまう。
半分程思考停止していた俺はそこでハッと意識を取り戻し、慌ててその美少女メイドへと声を掛ける。
「ち、ちょっと待った。」
「……何かしら?」
明らかに警戒の目を俺へと向ける、しかしこちらへと身体を向けてくれたという事は話を聞いてくれるという事だろう。
「私は変態と話す暇はないのだけれど。」
「いきなり変態呼ばわり!?というかさっきの変人からグレードアップしてないか!?」
「ぐれーどあっぷ、が分からないわ変態。」
「何で息を吐くように変態って呼んでるんだよ!俺には──」
そこではたと思い付く、ここから再び始める異世界ライフには新しい名前の方が良いのでは、と。
瞬時に張り巡らせた思考の結果、俺はこんな事を口していた
「──俺には『クロス』って名前があるんだよ。」
自らの名前である『圭』、それが十字架を刺したように見えると何処かの誰かから言われたのを思い出し、ぽっと出た厨二ネームである。
「そう、良かったわね。変態。」
「名前変わってないじゃん!中々に痛烈だなこのメイド!?」
「変態に人権なんて必要ないでしょう?」
「あるよ!全国の変態達に謝れ!というか俺は変態じゃないから!!」
「……はぁ、全く煩い。」
何で俺が悪いみたいになっているのだろうか、いや俺が悪いのかもしれないがそこまで言う事ないだろうに。
見た目は良いがこのメイド中身が(というか口調が)酷い。
そう思い改めメイドを見やる、どうやら買い物途中であるのか大きな紙袋を二つ地面へと置いている。
……普通なら見過ごしても良いものを、拾う時に荷物を落とさないようにわざわざ地面へと置いたようである。
口調からは取れないがおそらく悪い子ではないのだろう、と少しばかり自身のフィルターに見直しを掛ける。
「ふぅ……よし、落ち着いた。大丈夫、もう俺は負けない。」
「何と戦っているのか知らないけど、私は買い物で忙しいの。」
未だに向けられている若干の冷たい目を受けつつ、決意を固めていると目の前のメイドが紙袋を拾い上げているのが目に入る。
「あぁ、見て分かる。だからそうだ、ここはひとつ俺が手伝──」
「いらないわ。」
「即答!?あ、ちょっと既にターンしてらっしゃる!?」
スタスタと俺に背を向け歩き出しているメイド、ナンパだとでも思われているのだろうか。
普通は思われるだろうが、生憎とそんな度胸は持ち合わせていない。
今回に関しては相手の優しさに気持ち程度でも、と恩返しの手助けをしたいと純粋に思ったからである。
「俺は手伝いたいだけだって……」
「それ以上着いて来るなら衛兵を呼ぶわ、変態。」
「で、でも俺は……ごめん。」
相変わらず変態と呼ばれていたが、今回の言葉には確実な拒絶の意が含まれていた。
こうなってしまっては引き下がるしか方法がない。
伸ばしかけていた手を引くと、メイドはチラリと一瞬だけ俺の顔を見てから行ってしまった。
残された俺はポツリと呟く。
「……マジ、前途多難異世界ライフ。」