平和な世界での守護者の投影   作:ケリー

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守護者の記憶と自分の記憶

目覚めは最悪と言ってもよかった。

 

目覚めたばかりだというのに意識ははっきりしており、眠気もなく、心臓も運動後のようにバクバクと忙しなく鼓動している。少しでも身じろぐと汗で湿った寝巻きが身体に張り付いて気持ち悪い。よく見ると布団のシーツや枕にも水でも吹っかけられたかと思うほどに湿っていた。これが全て自分の汗だとすると脱水症状がおきてもおかしくない。

 

その証拠というように、身体は水分を求めている。しかし欲しているのも分かっているのに自分はすぐに起きて水を取りに入ったりはしない。今はそのことよりも別のことに頭がいっているらしい。それというのもつい先ほどまで見ていたであろう夢の仕業(せい)であった。

 

まず、夢だというのにやけにはっきりと覚えている、まるで映画でも見終わった後のように鮮明に夢の内容が浮かび上がる。これほどまでに夢を記憶しているというのもおかしいがそれよりも信じられないようなことがあった。

 

夢であるはずなのにその時に感じた痛み、熱、苦しみ、臭いや感触まで残っている。残っているよりも夢を見ている間にそのような感覚があるほうがおかしい。あれは夢のはずだ、現に自分は布団の上に寝巻きのまま起き上がっている。自身の寝巻き姿も部屋の置物や部屋自体も昨晩自分が眠る前の記憶と合致している。なので先ほどまでの出来事が全て夢であったのは確実である。

 

しかしそれだとやはり夢の内容と感じた感覚に疑問をもたずにはいられない。夢の中であるはずなのに痛みなどを感じたことに数秒思考を張り巡らせていると_ふと思う。

 

夢の内容に見覚えがありすぎる。

 

はっきりと覚えている夢の内容をもう一度振り返る。

その刹那にまた痛みや苦しみを思い出したりして顔をしかめたりもしたが構わずに夢の内容を一つ一つたどっていく。

映像を巻き戻すようにはじめから思い出してみるとやはりと言うか、その内容に覚えがある自分がいる。地獄のような光景に経験_無我夢中になって思考を空にしならがら歩き続けた自分_助けを呼ぶ声も悲痛の叫びも振り切りただただ歩き続ける自分_そして仕舞いには救われたような顔をした自分の義父。

 

 

そこで ハッと思考の海から這い上がる。

 

 

目覚める前に見た最後の光景をもう一度ゆっくりと確実に思い出す。雨が降る中、炎によって破壊しつくしされた建物を必死に掻き分け、手を伸ばす少年へと駆け寄るその身を黒に染めた男性。自分の手が汚れるのも気にせずに少年の煤だらけの手を握り、顔をグシャグシャに歪めながら少年に感謝する自分の義父。

 

「っいや、違う!あの時は確かアイリさんも__」

 

__あの時、確か隣には義母のアイリスフィールもっ

 

「あの時?」

 

その瞬間、金槌にでも殴られたかのような衝撃が自分の頭を襲う。実際に何かが衝突したわけではないが自分の中で何かがはじけとんだような感覚が残る。突然襲い掛かる頭痛に両手で頭を押さえるが、頭痛は治まるどころかさらに加速するように襲い掛かる。

 

『よか_た!生きて__』

『ほん_うに!』

『あ_!ア_リ、ちゃんと息が_』

『でも、このままじゃ_』

『仕方が__い、さ__う__』

 

「グァっ!!」

 

より一層に凄まじい頭痛と共に脳裏に様々な映像が流れこんでくる。しかしその映像にはなんの疑問などわいてこなかった、まるで元に戻るようにスッとなんの違和感もなく自分の記憶へと刻み込まれるその映像。しかし流れてくるのはそれだけではなかった。

 

並び立つ二人の影。一人は黒一色のコートにそれと同色の目と髪、もう一人は鮮やかな銀色の長髪に値が張りそうなドレス。お互いに必死に炎の災害地を走り回り、誰かいないかを探している。その先には自分がいて__いやそれと同時に違う映像が流れ込む。夢と同じように一人で炎の道を痛む身体に鞭打って歩き続ける自分、助けを呼ぶ声を無視する自分、足りない酸素に咳き込む自分、人だったものを跨ぐ自分。

 

その内容は先ほど見た夢と瓜二つに見えるが所々違う箇所がいくつか存在する。

 

一気になだれ込むように入ってくる情報と平行して続く頭痛。体中からあふれ出る汗など気にもせずにもがきだすが本人にも自分が何をしているかは分かっていないのだろう。痛みと苦しみによってもれ出る苦痛の声が部屋へと鳴り響く。それと同時に聞こえるドアを開ける小さな音。実際には苦痛により本人には聞こえてなどいなかった。

 

「シロウ?__シロウ!!!」

 

長い銀色の髪を一つにまとめ、エプロン姿で現れたのはこの家の家政婦である女性。なかなか起きて来ない長男を不思議に思い、部屋まで起しに来てみればドアの向こうから聞こえるかみ殺したような声にさらに首をかしげいざ入ってみると長男の様子に驚愕する。

 

両手で頭を押さえながら苦しむ長男を見てみると、尋常ではないほどの汗を流しているのが額と肌に張り付いている寝巻きを見れば分かる。よく見てみると布団までもぐっしょりと長男を中心に円を描くように湿っていた。その状態を見てどれほどの量の汗を流してきたのかが分かり、顔を青くする。

 

本気で苦しみだす長男を目にした後、何が原因かは分からないが家政婦である女性、セラはすぐに少年を持ち上げる。持ち上げる際にまるでずぶぬれのタオルを抱いているような感覚に再度彼の状況に驚愕し、急いで彼を下の階まで運ぶ。その際に乾いたタオルや着替えなどを手にすることを忘れずに迅速に行動する。進む間に本人に原因を探るセラだが。

 

「大丈夫ですかシロウ!いったい何があったのですか!」

 

しかしその問いには予想はしていたが帰ってくるのは悲痛による声のみ。運ばれている間も彼は頭を抑え痛みを振り払うように頭を振り続ける。

すぐに下の階へと降り立つと先ほどのセラの叫びに何かを察したのか彼女の双子の片割れであるこの家のもう一人の家政婦であるリーゼリットがセラの下へと近寄る。

 

「セラ、いったい何が・・・」

 

セラの腕の中で苦しむシロウを見つめながら問うがセラは分かりませんと返す。

 

「原因は分かりませんがこのままでは危険です。まずかなりの水分を失っているはずなので、すぐにでも水分補給を、さらにぬれたままでは風邪をひいてしまうので身体を拭いてすぐに着替えさせなければ」

 

腕の中のシロウをリーゼリットに渡し、セラは家の中の電話機へと急ぐ。

 

(あの苦しみ様は尋常ではない、何が原因かは分かりませんがこのままではよくないことは確かです。まずは奥様達にこのことを一刻も早く連絡し、その間まではこちらでできるだけのことをやるしかありません。)

 

苦い顔をしながら電話機へと急ぐセラであったがその前に小さな少女が現れる。

 

セラのように綺麗できめ細かい銀髪に緋色の瞳、小さいながらも整った顔立ちに十人が十人全員が美少女と答えるであろう容姿の彼女、年は5、6歳ほどの長女のイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは心配そうな顔でセラの前に立つ。

 

「セラ、何かあったの?」

 

舌足らずながらもその声は透き通るように聞こえる。まだ幼い彼女ではあるがセラの切羽詰った表情から何かを察したのかその声は若干震えていた。

そんな少女は彼女の義理の兄であるシロウによく懐いている。それこそ仲がよすぎると思われるほどに。そんな兄が大好きな彼女にこの状況を言うべきか一瞬迷うセラであったがここで誤魔化してもいずれバレた時にかえって問題を起しかねない。瞬時にその答えを思い浮かべたセラはイリヤを余計に心配させないようにできるだけ落ち着いた声色で目線を合わせるようにしゃがみこんで言う。

 

「原因は分かりませんがシロウが大変なのです。私は奥様達にこのことを連絡しなければいけないのでイリヤ様は彼のお側にいてあげてください。今はリズが面倒を見ているはずです。」

 

そうセラが言うとイリヤは青ざめた顔ですぐさまシロウの元へと走り出す。本来ならその行為を注意しなければいけないが今はそんなことを一々注意している場合ではないと頭を振り、すぐさま受話器へと手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シロウの義父である衛宮切嗣と義母のアイリスフィール・フォン・アインツベルンに連絡を終えた後、セラはすぐさまシロウの元へと戻った。

 

居間へとつながる扉を開けるとセラがまず目にしたのはソファに横になりいまだに苦しみによって顔をしかめているシロウとその兄の手を瞳に涙を浮かべながら握る妹のイリヤの姿だった。

 

シロウの姿を見てみるとどうやらリズはセラと別れる前に口にしたことを一通りやってくれたらしく彼は寝巻きから着替えさせられていた。リズはと言うと今は台所からコップに水を入れているところであった。

 

セラもすぐさまシロウの元へと足を進めて再度シロウの状態を確かめる。体は熱いが病気などの熱であるわけではなく、風邪があるわけでもない。かといって外傷なども見当たらずやはり原因は分からないの一言。

 

どうするかと考え込んでいると背後からリズが水の入ったコップを手渡してきた。

 

「ありがとうございますリズ。一応聞きますがこのことに何か心当たりなどはありますか?」

 

そのセラの言葉にリズはフルフルと首を振って答える。予想はしていたが何か分かるかもと少しばかり期待していたその思いもあっさり砕け散る。

 

このまま思考を重ねていてもすぐに答えが出るわけでもないのでまずは手に持った水をシロウに飲ませようとする。

 

「シロウ、つらいかも知れませんが水を飲まないとさらに良からぬことが起こる可能性があるので飲んでください。」

 

そう言ってシロウの後頭部を手で支えながら彼の喉の奥へと水を流し込む。どうやらちゃんとこちらの言葉は聞こえていたようで少しずつだが飲んでくれた。

しかし簡単には飲めないらしくいくらかは吐き出して咳き込んでしまった。

 

だが、水分補給はできたのでとりあえずコップを横へと置き、改めてシロウにたずねる。

 

「シロウ、この状態に何か心当たりがあったりしますか?」

 

尋ねては見たがシロウは苦痛の声を漏らしながら痛みに耐えるので必死で何も答えは返ってこなかった。

 

答えられないほどの状態だということしか分からずセラ達は困った表情と共にあせる。シロウの手を握るイリヤはその兄の苦しむ姿にさらに瞳に涙をためて兄を呼ぶが反応はない。

 

このままでは駄目なので彼を病院へ連れて行くことにし、セラはリズに準備をするように指示し自分も用意しようとしたその時。

 

 

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁぁぁぁ!!」

 

 

っとより一層大きな苦痛の咆哮と共にシロウの動きは止まった。

 

「シロウ!」

「シロウ!!」

「お兄ちゃん!!!!」

 

その叫びと急に動きを止めた彼にセラ達はバッと振り返り顔を青ざめながらシロウの元へと再び近寄る。まるで糸が切れた人形のように先ほどまで苦しんでいた姿は消え、ピクリとも動かなくなった。しかし息をしていることからまだ生きていることに安堵するがだからと言って焦らないわけでもなくセラ達はより一層準備を急ぎ、シロウを病院へと連れて行くのであった。

 




区切りのいいところで終わらせようとすると短くなってしまいますね。
次のはもうちょっと長くできるようにしてみます。

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