ロアナプラ鎮守府   作:ドラ夫

1 / 9
 “私達は生きる為に産まれ、殺す為に生きる”



              ──不知火


01 夕立

 僕の艦娘達は何処かおかしい。

 練度が155──を超えて、もうなんだかよくわからない位強い。ケッコンカッコカリをしていないのに、だ。

 他の鎮守府が深海棲艦にヒーコラ言ってる中、僕の艦娘達は遊び感覚で皆殺しにしてくる。

 皮肉を込めてイベントと呼ばれる、シーズン毎の深海棲艦達の大侵攻も、ものの一時間程度で殲滅させる。

 そんだけ強いから、悪い意味でも良い意味でも大本営に目をつけられたりもしたけど、余裕の全ツッパ。勧告を無視、捕らえに来た憲兵を逆に殺害、そのまま大本営に攻め込んで一番偉い人達──四人の元帥を捕らえて「もう一度同じ事をすれば次は殺す」と宣言した。

 その後、力では敵わないと見たのか暗殺しようとしたり、情報戦で謀殺しようとしたりして来たけど──僕の艦娘達は頭も良い。

 暗殺に来た奴らを逆に暗殺、ついでにクライアントと関係者を皆殺し。情報戦を仕掛けてきた奴らは向こうが偽の情報を掴まされ、組織内でクーデターが起きた。

 その後、資材の輸入を制限したり、陸軍が攻め込んできたり、世論を誘導して民衆が攻め込んできたりしたけど、全部撃退。

 全部に過剰すぎるほどの報復をした。

 結果四人いた元帥は三人首が変わり、憲兵と陸軍は人材不足に悩まされ、この鎮守府付近にあった住宅街は更地になった。

 

 

 そんなおっかない僕の鎮守府。

 非力な一般ぴーぷるである僕がどうしているのかというと──不思議なことに物凄く慕われてるんだ。というか、慕われすぎて怖い。

 僕の艦娘達は何というか、頭のネジが緩んでる、というかイかれてる。姉妹同士でレズ◯ックスとかしょっちゅうしてるし、酒もガバガバ飲む。上の口からも下の口からも。

 それにさっきの話からも分かると思うけど、僕の艦娘達は素行が悪い──なんてもんじゃない。深海棲艦どころか、躊躇なく人を殺すし、ちょっとでも攻撃されれば相手を皆殺しにする。

 そんな彼女達なのに、僕の前では何故か第二次世界大戦中のナチス軍くらい、いやもしかするとそれ以上に規律正しくしている。

 

 

 ──コンコンコンコン、と扉が四度ノックされた。どうやら、今日の秘書艦が来たようだ。

 僕の鎮守府では、秘書艦を誰か一人に固定していない。みんなが一日毎に入れ替わりでやってくれている。

 普通なら日替わりなんて事は出来ない。昨日から続いてる仕事の引き継ぎとか、長期的な計画の機微とか、長い目で見なくちゃいけない仕事があるからだ。だから普通は、特定の誰か──多くとも二、三人──を秘書艦に固定する。

 ただどういうわけか、僕の艦娘達は記憶を共有でもしてるのかというレベルで動きに統率が取れているから、日替わり秘書艦で問題なく回っている。

 

「やあ提督、来たよ」

「あれ、時雨? 今日の秘書艦は夕立じゃなかったっけ」

「夕立は急用が出来たよ。だから代わりに僕が来たんだ。僕じゃ不満かな?」

「いや、そんな事はないけど──」

 

 僕が続きを話す前に、執務室の扉が吹き飛ばされた。

 扉の前に立っていたのは──血みどろになった夕立だ。

 

「時雨えぇぇええ!!!」

「ふーん、もうあの罠を抜け出してきたんだ。速いね」

「黙れ! 提督をダシに嘘を吐くなんて、信じられない! それは不敬よ!」

「僕からすれば、あの程度の嘘に騙されてノコノコ罠の方に行く夕立の方が不敬だよ。僕だったらそうはならない。分かるんだ、提督が本当に危機に陥ってるかどうか。直感……いや、本能でね。その域に達してない夕立が悪い」

「はぁ? 夕立をあんまり舐めないでくれる? 私もそのくらい分かるよ。けど、1%でも危険があるなら助けに行くのが本物の忠義でしょ? 時雨はまだまだ忠義が足りてないね」

「だからそれが未熟だと言ってるんだよ。僕だったら100%、完璧な精度で提督の状態が分かる」

「その根拠は? 自分の本能──かってな憶測で提督に危機が及んだらとか、考えないの?」

「考えないね。だって僕と提督は絆で結ばれるから」

「時雨のは一方的な押し付け。それを絆とは呼ばない」

「──は?」

「──あ?」

 

 今はこんなんだけど、この二人普段は仲良いんだ。本当だよ。

 というかアレだ、僕の知ってる夕立はぽいぽい言ってるちょっとアホな子だけど、僕の鎮守府にいる夕立は一度も「〜ぽい」と言ったことがない。

 頼むからぽいぽい言ってほしい、相手を挑発する言葉じゃなくて。

 

「あー二人とも。二人がここで喧嘩したら、執務室は壊れちゃうし、余波で僕が死んじゃう。だからここは穏便に済ませてくれないかな?」

「わかった!」

「うん、承知したよ」

 

 人を視線で射殺さんばかりに睨み合ってた二人だけど、僕が声をかけると、直ぐに笑顔になって可愛らしく敬礼した。

 

「大丈夫、夕立?」

 

 時雨が夕立の安否を訪ねた。

 ほらね、仲良いでしょ?

 

「うーん、左脚と右腕が折れてるのと、あばらが粉砕骨折してる程度かな」

「良かった、そのくらいなら一分もすれば治るね。というか夕立、あの罠をその程度の傷で切り抜けたのかい?」

「うん。流石の私も、少し手こずったけどね」

 

 どういうわけか、僕の艦娘達は高速修理剤どころか、入渠すら必要ない。勝手に傷が、それも物凄く速度で治っていく。

 今こうやって話している間にも、ズタズタに引き裂かれた夕立の皮膚が治っていってる。出血もほとんど止まったようだ。手足もさっきよりはデタラメな方向に曲がってない。

 

「二人の仲が良くて何よりだよ。それじゃあ夕立、今日の秘書艦よろしくね。それから時雨も、夕立のいない間の代理秘書艦ありがとう」

「礼なんて要らないよ。いつも言ってるけど、頭の天辺からつま先まで、僕は提督のモノだ。提督の所有物が提督の為に働くのは当然のことさ。提督はただ命じてくれれば良いんだよ。戦闘でも性処理でも、何でも。僕はその通りにするよ。それでも礼を言ってくれるというなら、勿論僕は喜んで受け入れるけどね」

「あー! 時雨ったら素直じゃないんだ。本当は褒められて嬉しいくせに」

「う、うるさいな!」

「でも、提督さん。夕立だって、命じられれば何だってするよ? あーんなことやこーんなこと、さいっっこうにハイになれることも、ね?」

 

 妖艶に舌なめずりをしながら、怪しく赤い眼を光らせる夕立。

 それを見た時雨の眼からハイライトが消えた。

 

「あー、ありがとね夕立。それじゃあ早速、一緒に書類の整理してくれるかな?」

「畏まりました」

 

 夕立は深々と礼をした後、机に座って書類を読み始めた。

 やっぱりなんか、僕の知ってる夕立とは少し違う。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 僕の仕事は非常に少ない。

 他の鎮守府であれば、海域ごとに合った編成を考えなくてはならないのだろうけど、僕の艦娘達はソロで殺してくるから……

 それに弾薬もほとんど使わない──酷い人だと空砲やパンチで殺してくる──し、被弾もしないから鋼材も減らない。唯一燃料は使うけど、ソロだからそれほどの消費はない。入渠はしないから当然高速修理剤も使わない。つまりは、資材の収支もほとんど計算しなくて良い訳だ。

 昔は大本営から指示が書かれた書類が来たり、近所に住む民間の方々から嘆願書が来てたりしてたけど、それもなくなった。

 タダでさえ少ない僕の仕事。

 秘書艦が有能だから、直ぐに終わってしまう。

 しかも一時期は、こんな雑用の様な仕事を提督にやっていただくのは不敬では、という声が上がって、いよいよ本格的に座ってるだけになるところだった事がある。

 昔は仕事をせず暇をしていることに罪悪感を感じたりしてたけど──それももうなくなった。

 だってこの鎮守府、デイリーとかウィークリー任務、五分くらいで消費しちゃうんだもん。結果として他の鎮守府より成果を上げてるんだし、まあいいか、と。

 

「夕立、お昼ご飯を食べに行こうよ」

「畏まりました! ここでお取りになりますか? それとも食堂で?」

「今日は食堂で食べようかな。みんなの顔も見たいし、伝えることもあるし」

「畏まりました!」

 

 夕立が席を立ち、執務室の扉を開けてくれる。

 僕が歩き出せば、その三歩後ろを黙って付いてきてくれる。

 やがて食堂に着くと、扉の向こうからガヤガヤと声が聞こえてきた。この鎮守府は結構大所帯だ、必然お昼時の食堂は物凄い賑わいを見せる。

 扉の隙間から、みんなの話し声が聞こえてくる。こういう何気ない会話が、実はとても大切だったりする。

 僕に言わないだけで、みんな何か不満を抱えてるかもしれない。ほとんど仕事らしい仕事をしていないんだ、何か不満があるなら解決してあげたい。そのヒントが日常の会話から得られれば。

 僕は扉の前で立ち止まって、聞き耳を立てた。

 

「昨日は鳳翔さんにお弁当を作ってもらって、中部海域に遊びに行ったのです」

「へえ。それは楽しそうだね」

 

 この声は──電と響だろうか。

 

「その時離島棲姫が襲い掛かって来たので、逆にコテンパンにのしてやったのです。そしたらあいつ、無様にも命乞いをしてきたのです。鳳翔さんのお弁当が美味しくて気分が良かったから『情』をかけてあげました」

「ほう。その『情』というのは……?」

「もちろん、『非情』のほうなのです!」

「「HAHAHAHAHA!」」

 

 な、なんて酷い会話だ。

 

「そういえば私もこの前、中部海域を散歩してたら駆逐棲姫に襲われたよ」

「それで、どうしたんですか?」

「なに、一緒にウォッカを飲んで仲良くしてやったさ」

「ちなみに、どっちの口から飲ませたんです……?」

「それは勿論、下の口からさ。それも前の穴と後ろの穴、同時にね。あいつ処女だったよ」

「「HAHAHAHAHA!」」

 

 更に酷い。

 でもこの鎮守府においてこの会話は普通、いやむしろマシな部類だ。戦艦や空母、軽空母達の会話はもっと酷い。

 

「……提督さん、少しお待ちになってて」

 

 敬語と常用語が入り混じった言葉で夕立が止める。夕立は普段敬語を使うけど、怒った時や喜んだ時なんかはつい常用語が出てしまうみたいだ。

 

「各員傾聴!」

 

 夕立が叫んだ。

 ──誰も耳を傾けてない。

 

「これより我々の主人にして至高の御身、提督閣下がご入室する!」

 

 ピタッと、音が止んだ。

 食器を鳴らす音、雑談の音、全てが止んだ。

 

「各員、相応しい態度を取るよう! 以上、秘書艦からの伝令を終える!」

 

 夕立が食堂から戻ってくる。

 

「お待たせいたしました」

「えっ? ああ……うん。ありがとね」

 

 食堂に入ると、全員が直立不動の姿勢で敬礼をしながら迎えてくれた。

 ハッキリ言って、尋常じゃないプレッシャーだ。一人一人の眼光が戦艦クラス──いやそれ以上の鋭さだ。

 

「「「おはようございます!」」」

 

 一糸乱れぬ動き、声で挨拶をしてくれる。何処かで練習してるのだろうか。

 

「おはよう、みんな。楽にしていいよ」

 

 ありがとうございます! と敬礼を止めた。だけど直立不動のままだ。僕としては座ってもらっても構わないんだけどな。

 

「今いない艦はいるかな? 居たら姉妹艦か仲の良い人が教えてくれると嬉しいな」

 

 即座に神通が手を挙げた。

 

「申し訳ありません。我が愚姉、川内がおりません。今頃は部屋で就寝しているかと。この失態を私の命で償えるのなら、直ぐにでも」

「提督、私からもお願いします」

 

 周りの艦娘達が不快感を露わにした。

 提督に来ていただいたのに、不在とは何事か。提督が起きて働いておられるのに、自分は寝ているとは、呆れてものも言えない。二隻の艦娘の命程度で償えることではないぞ、と。

 

「いや、いやいや。そんな事をする必要はないよ。ただ今日はちょっとお知らせがあってね。だから後でいいから、神通と那珂の口から伝えてもらえるかな?」

「「御意」」

 

 二人が口を揃えて答える。

 神通はともかく、那珂ってもっとこう、キャピっとした艦じゃないの? 僕の鎮守府の那珂ちゃん、完全に仕事人なんだよなあ。

 

「他のみんなも、この件は不問にするように。……川内が居ないのは、何か理由があるんじゃないのかな?」

「はい。昨日の夜二〇〇〇から今朝方〇八〇〇までの間、カレー洋を巡回しておりました」

「うん。それならしょうがないさ。十二時間もの間この鎮守府の為に戦ってくれてたんだ、むしろ褒められるべきだよ」

 

 なんて慈悲深い方だ、と聞いていた艦娘達が感動している。中には泣いてしまうものまでいた。

 本当に、どうしてそんなに僕の事を尊敬しているんだろう。

 

「そのお言葉を川内に聞かせれば、光栄の極みに思うでしょう。ですが私共は提督の所有物、働くのは当然かと」

 

 神通の言葉にみんなが同意する。

 何というかまあ、いつも通りだ。慣れって怖い。

 

「……とりあえず、今回は川内に労いの言葉をかけておいてね」

「御意。愚案、申し訳ございませんでした」

「ああ、うん。大丈夫だから。それで本題に移るけど、深海棲艦達の大群が発生したらしいんだ」

 

 ──バンッ! と机を叩く音がした。

 音のした方を見れば、武蔵が立ち上がっていた。ちなみに武蔵の前にあった机はぶっ壊れ、ついでに床にも底が見えないレベルの穴が空いている。

 

「海──いや、この世の全ては提督閣下の物! それを無断で荒らすとは、皆殺しだ!」

 

 その通りだ! 一欠片も残さず殲滅しろ! タダでは殺すな、提督の偉大さをその身に刻みつけてから殺せ! ──血気盛んな怒鳴り声が方々で上がった。怖い。

 

「貴様等! 今は提督の御前! 汚らしい言葉を使うな、不敬だぞ! 以後発言したい者は、挙手をしてから発言しろ!」

 

 夕立がまた怒鳴り声を上げた。再び食堂が静まり返る。頼むからぽいぽい言ってほしい。

 

「加賀、発言を許可する」

 

 何人かが手を挙げた中で、夕立が加賀を指名した。

 

「提督にご質問があります」

「うん、いいよ。何でも聞いて」

「クソ共──失礼いたしました。深海棲艦達の規模はどのくらいでしょうか?」

「ボス級は重巡夏姫と呼ばれる個体が五体。他は春の大規模行進よりは少ないくらいだよ」

「お答えいただき、ありがとうございます。その程度の規模なら、一時間ほどいただければ、私一人で殲滅可能かと愚考します」

「一時間? Why? どうして提督の海を一時間も奴らの好きにさせとくのですカ?」

 

 加賀の言葉に金剛が突っかかった。

 この二人はケンカばかりしている。

 どちらも物怖じせずハッキリ言うし、このイカれた鎮守府の中でも戦闘力──自分で言うのもなんだけど──僕への忠義心、共にトップレベルで高い。だからよく衝突している。

 

「別に一時間の間好きにさせておくと言ったわけではないわ。ただ一時間あれば殲滅出来ます、と進言させていただいただけよ」

「ならとっととその進言を下げるネー。提督の素晴らしいお耳が穢れてシマイマース。どうせこのままの流れで提督に今回のmissionを任せていただいて、あわよくば褒めてもらおうとしてるんでショウ?」

「お耳が穢れるというなら、貴女が先ず黙るべきじゃないかしら? 言いづらいのだけれど……その、貴女の発音はとても不快だわ」

 

 まったく言いづらいくなさそうに、むしろありったけの嘲笑を込めた顔で加賀が金剛を挑発した。

 それに対して金剛は──

 

「Fu◯k you son of a bitch!」

 

 ブチ切れた。

 ぶっちゃけ金剛は沸点が低い。すぐキレる。

 金剛は艤装を展開──せず、加賀の所までひとっ飛びして、殴りつけた。せめて艦娘らしい喧嘩をしてほしい。

 金剛の馬力は136000。そんなものをくらえばひとたまりもない。というかこの鎮守府の金剛は、そんじょそこらの金剛の百倍くらい強いから、多分もっと馬力がある。

 

「甘いわ、瑞鶴バリアー!」

 

 加賀が近くにいた瑞鶴のツインテールを掴み、無理矢理引っ張って盾にした。

 金剛は御構い無しにフルスイング。

 

「オゲェ!」

 

 瑞鶴の歯が飛び、目玉が崩れた。おまけにそれでも加賀が瑞鶴のツインテールを離さないものだから、頭皮ごとツインテールが引っぺがされた。

 剥がれたはしから回復していくとはいえ、見ていてあまり気持ちの良いものではない。

 ちなみに加賀と瑞鶴は付き合ってる。さっきも僕が入る前までは、食堂でレズセ◯クスしていた。

 

「ちょっと、提督さんの前で! この売女どもがァ!」

 

 ブチ切れた夕立がそれに加わる。

 加賀が弓を構え、金剛も艤装を展開した。

 ちなみに僕は、比叡の陰に隠れている。一般人であるところの僕は、彼女達のパンチ一発の余波で死んでしまう。

 夕立と加賀と金剛の殺し合いは食堂をぶっ壊しても止まらない。多分夜まで続くだろう。

 まあ、いつも通りだ。慣れって怖い。

 

 

 ちなみに食堂は明石が五秒で直した。

 資材は大淀がどっからか調達してきた。

 夏イベはこの鎮守府きっての戦闘マシーン赤城が三十分でクリアしてきた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。