ロアナプラ鎮守府   作:ドラ夫

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 “かの文豪は将来に対する唯ぼんやりとした不安によって自殺したが、私は過去から迫り来る明確な絶望に殺されそうだ”



              ──不知火


04 榛名

『アメリカ、新ソ連及び中国の連合艦隊が敗走。各国首脳が再び処刑される。

 等々人口が十年前と比較して五分の一にまで下落。世界滅亡秒読み段階の声高まる。

 EUの食糧供給を支えていた世界最高の補給艦、豪華客船タイタニックが轟沈。第四次日英同盟破棄か……?』

 

 業務を終えて、今は執務室で新聞を読んでいる。

 僕はほとんど鎮守府の外には出ないから、テレビや新聞くらいでしか外の情報を得られない。

 そういえば、外で働いている艦娘は元気だろうか……?

 この鎮守府にいる艦娘の何隻かは、鎮守府の外で働いている。国の宝である艦娘は──海外からの誘拐などを警戒して──本当は鎮守府の外に出してはいけないけど、彼女達を誘拐できるやつなんていないし、鎮守府の本分である海の防衛は十分過ぎる程に出来てるから、特別に許可している。

 外に行く理由は様々だ。

 例えば大淀は仕入れの為にしょっちゅう鎮守府の外に出る必要があるし、翔鶴や扶桑はソープとかで働いてるから街に出なくちゃいけない。

 他にも香取や鹿島なんかは、練習用巡洋艦としての仕事がこの鎮守府ではもう出来ないから、他の鎮守府に“教育”をしに行ってるらしい。

 今だと旗艦のあの子もか……

 その中でも霧島は、特に外で働いてる時間が多い艦娘だ。今日の様に秘書艦を務める日が間近に迫った時以外は、ほとんど帰ってこない。

 

 

 僕の鎮守府は、基本的にはロの字の形をしている。

 今は更地になってる昔住宅街だったところも、一応僕の鎮守府の敷地内扱いになっている。そこでは明石がポコじゃかポコじゃかと何かしらの建物を建ててるけど、その全てを把握する事は最早不可能だ。だからここでは、その辺を省いた鎮守府内の建物についてのみ話す。

 ともかくメインの建物はロの字になっていて、その真ん中部分に僕の執務室──というか執務タワー?──が立っている。

 昔は普通の木造だった鎮守府内の建物も、今は明石が改造したせいでバカでかいしクソ頑丈だ。だけど僕がいる執務タワーはもっとデカイくて頑丈、核をも通さない。日本が滅亡しても、ここだけは残るらしい。

 ちなみに執務タワーがアホみたいに高い理由は、何でも、僕は高みから全てを見降ろすべきだからだそうだ。

 執務タワーの最上階、望遠鏡を使って執務室から北の方を見降ろせば、この鎮守府の入り口が見える。

 指紋認証、網膜認証、音声認証、合言葉、DNA認証、僕が知ってるのはこれくらいだけど、本当はもっと色んな検問をパスしないと、あの門は開かないらしい。

 

 

 その明らかに過剰な防御装置が取り付けられている門の前に、一台の黒塗りのリムジンが停まっている。

 スキンヘッドの黒服が恭しくドアを開けた。出てきたのは──霧島だ。

 金剛型の巫女服の上から、膝くらいまである豪華なファー付きのトラ柄ジャケットを袖を通さず羽織っている。怖い。

 秘書艦に備えて、毎回二日前には帰ってくる。一日休んで、次の日は精神統一をして、その後秘書艦に臨むんだって。

 霧島は日本最大の極道、金剛石会の副会長を務めてる。ちなみに会長は僕だ。いつの間にか就任してた。怖い。

 金剛石会の目的は、全国民が僕の名前を聞いた瞬間に恐怖に震え、敬い、畏れ、命乞いをする様にすること、らしい。怖い。

 そんなことして欲しくないし、頼んだ覚えもないけど、嬉しそうに途中経過を報告してくる霧島を見ると、何も言えなくなる。

 

 

 霧島はドアの前で何やらゴチャゴチャした後、怒った様子で門を殴ってぶっ壊した。明石曰く、ジャンボジェットが突っ込んできたとしても止められるらしいんだけどな……

 

「もう、霧島ったら。門を壊すなんて……後で叱っておきますね」

「いや、いや。その必要はないよ。門なんて五分もあれば明石が直してくれるだろうし、霧島も外での仕事でストレスが溜まってたんだろうしね」

「まあ、提督閣下は慈悲深いのですね。榛名、感激いたしました……!」

 

 胸の前で手をぎゅっとしながら、感動の涙を流してる……

 さながら敬虔な聖職者が、実際に神の奇跡でも目の当たりにしたみたいなリアクションだ。

 本当に、どうしてそんなに感動出来るんだろうか。

 

 

 真っ白に脱色された髪に、ルビーの様に妖しく紅く光る瞳、そして病的なまでに青白い肌。本来の物より更に露出度の高くなった真っ黒な巫女服に、これまた真っ黒でボロボロのロングコートを着ている。

 彼女こそ今日の秘書艦──榛名だ。今は呆れた顔で、妹の霧島の所業を見つめていた。

 榛名はこの鎮守府で、いや世界で唯一、一度轟沈した後戻ってきた船だ。まだこの鎮守府の艦娘達が普通だった頃、仲間を守り、轟沈した。

 その二日後、深海棲艦の姿になって帰ってきた。

 今でこそ慣れたけど、当時は本当に驚いた。その時はこの鎮守府で起きる非常識な事といえば、比叡が作る料理が不味すぎることくらいだったから……

 僕たちは良く話し合った結果、榛名をこの鎮守府で匿うことにした。

 この事を発表すれば深海棲艦と艦娘が何故似ているのか分かったかもしれないし、深海棲艦の魔の手から世界を救うキッカケになったかもしれなかったが、当時の僕たちは仲間想いだった。満場一致で榛名を隠すという結論に至ったんだ。

 今だったら匿うどころか、見た目が深海棲艦というだけで誰かがぶっ殺してるな。

 

「ですが提督閣下、差し出がましい様ですが、榛名はメリハリというのは大事だと思うんです。やはりここは何かしらの罰を与えないと、他のみんなに対しても収まりがつかないと思います!」

「そうかな?」

「そうです!」

 

 うーん、僕よりずっと頭が良い榛名が言うなら、そうなのかもしれない。

 ここの艦娘達は強すぎるから、罰の具合というのが中々難しい。ほっぺたを叩いても僕の手が折れるだけだし、食事を抜くのはちょっと可哀想だし、うーん……

 

「提督閣下、霧島に罰を与える事に、御心を痛めておいでなのですか?」

「うん? まあ、そう言ったらそうかもね」

「でしたら、榛名からご提案があります!」

「へえ、どんな?」

「榛名を罰して下さい!」

「……うん?」

「霧島を罰するならここから降りなければなりません! それは提督閣下の御御足(おみあし)を汚してしまいます!」

「うんうん」

「ですので、ここは姉である榛名が責任を取ったほうが良いかと愚考します!」

「なるほど。罰は何がいいかな? ちょっと思いつかなくてね」

 

 さっきも言ったけど、僕はあまり罰というものに詳しくない。ここは榛名自身に決めてもらった方が良いだろう。

 ここの艦娘の子達であれば、自分の罰だからと言って手を抜くような事はしないはずだ。

 

「はい! 提督閣下はお優しい方ですから、仕方がないと思います! ここは榛名にお任せ下さい! それではご提案させていただきますね。提督閣下が榛名をレ◯プするのはいかがでしょうか? 嫌がる榛名を無理矢理押し倒して、提督閣下が気持ちよくなるだけの為に、欲望の限りを尽くされるのが良いと思います! 女の子として大事にしてきたものや、人権を全て無視されて──ああ、榛名は──ふへへ……。

 あっ、鎖と首輪、どちらをつけますか? それとも提督閣下は、ご自分で首を絞めた方がお好みでしょうか? やっぱり榛名としては、首絞めは大事だと思います! 生与奪の権利を握られている感じがすると言いますか、征服されている感が出るといいますか……。うーん、少し言葉にするのは難しいですね。やはり三つとも全てお試しになられて、提督閣下ご自身で判断されるのが良いと思います!

 そうそう、それから服装はどういった趣向のものにしたしましょうか? 勿論提督閣下がこの場で直ぐにと仰るのであれば、榛名は構いませんが……。やはり、それに相応しい服装があると思います! 例えば、そうですね……ここは敢えて和服などはどうでしょう?! お淑やかにしている所を、暴力でめちゃくちゃにするというのが、榛名は良いと思います。ええ、思いますとも!

 それから榛名は、避妊具なしで大丈夫です!」

 

 めっちゃ早口でしゃべるなぁ……

 榛名は轟沈する前は、少し内気な所があったけど、気の利く良い子だった。ただ轟沈して深海棲艦化してからは、その、何というか……欲望に素直だ。

 基本的に忠誠心だけを捧げてくれる艦娘達だけど、榛名だけはストレートに愛情を表現してくれる。まあ単刀直入に言うと、セックスアピールだ。今も目にハートを浮かべて、キラキラしている。

 ちなみにこの後、僕が各員に前もって言っておかないと、榛名は金剛あたりにボコボコにされる。理由は、自分の利益で僕に進言したから。前に一度そうなったから、間違いない。

 

 

 うーむ、どう答えたものか……

 例えばここで僕がキッパリと断ったとする。すると次に榛名が取る行動は、僕に拒否された絶望感と、僕が魅力的だと思わない提案をしてしまった罪悪感からの、腕を丸ごと切り落とすレベルのリストカットだ。前に一度そうなったから、間違いない。

 例えばここで僕が受け入れたとする。すると次に榛名が取る行動は、僕に受け入れられた幸福感と、僕に魅力的な提案をすることが事から生じる達成感からの、自分が死ぬか周りにあるものを全て壊すまで止まらないレベルの暴走だ。前に一度そうなったから、間違いない。

 ここでの選択肢によっては、僕か榛名が死ぬ。

 僕がどう答えたものかと悩んでいると、コンコンコンコンと部屋がノックされた。

 

「霧島です。帰還のご挨拶に伺いました」

「ああ。入っていいよ」

「失礼いたします」

 

 ドアを開けて霧島が入ってきた。

 榛名はそれを見て、少しムッとしてる。

 

「霧島、夜分遅くに提督閣下を訪ねるなんて、少し失礼じゃないかしら?」

「はい。普段であれば翌日参りましたが……潜水艦の皆様からの連絡で、司令がお呼びとの事でしたので。榛名姉様は秘書艦なのに、司令からご指示を聞いていないんですね」

「……今思い出しました」

「へえ……」

「何か?」

「いいえ、何も」

 

 ──!?

 勿論、僕はそんな指示は出していない。

 流石は潜水艦のみんなだ。僕の心情を察して、それとなく霧島を呼んでくれたのだろう。

 潜水艦達は普段は見えないけど、最低四隻は必ず僕の半径2メートル以内にはいるらしい。何でも彼女達は“空気”とか“影”にも潜水出来るんだとか。怖い。

 

 

 今回の榛名の提案は、霧島への罰を代わりに受ける、という前提のものだ。霧島がここにいるのであれば、もう榛名が罰を受ける必要は無くなる。

 

「金剛型四番艦霧島、御身に前に参上いたしました!」

「霧島、夜遅くにも関わらず、来てくれてありがとうね」

「労いのお言葉、ありがとうございます!」

 

 四人姉妹の末っ子のせいか、霧島は他の艦娘と比べると、幾分か素直だ。

 他の艦娘──例えば鈴谷とかだったら「我々は提督閣下の所有物、であれば御身の為に参上するのは当然かと……」みたいなこと言って素直に感謝を受け取ってくれないけど、霧島はちゃんと受け取ってくれる。

 これで極道じゃなくて、ついでに訳のわからない野望を持っていなかったら、本当にいい子だ。惜しい。

 

「ところで霧島、君は鎮守府の正門を壊したね……?」

「うっ、それは……ハイ、私が壊しました。流石は司令、森羅万象三千世界全てをお見通しなのですね」

「えっ? いや、普通に見てただけだけど……ま、まあとにかく、残念ながら、僕は君に罰を与えなくっちゃあいけない」

「うぅ……はい。分かりました」

「それじゃあ、霧島には……、霧島には……」

 

 ……何をしてもらおう?

 ヤベエ、何も考えてなかった。

 

「……榛名、君から霧島に罰を与えてくれ」

「はい、畏まりました! 霧島、草むしりでもしておきなさい。貴女にはそれが精一杯でしょうから」

「……了解しました。司令、火炎放射器は使っても良いですか?」

「命令を下したのは榛名ですが」

「ええ、そうですね。──提督、火炎放射器使用の許可を頂けますか?」

「うん? ああ──別にいいよ。ただし、ナパームとかは禁止だ。守れるね?」

「はい! この霧島にお任せ下さい! 必ずや、司令の計算以上の成果をご覧にいれましょう!」

 

 草むしりの結果って、全部むしれたか、むしれなかったかの二つしかないと思うけど……

 ちなみにナパームは、自分の中の溢れ出る情熱を文字で他人に伝えられないことに絶望した不知火が絶望して輸入した物だ。

 

「ところで司令、今の戦艦筆頭は誰でしょうか? ご挨拶に伺おうと思うのですが」

「ええっと、誰だったか……」

 

 戦艦の筆頭は、割とコロコロ代わる。

 その理由は、簡単に言えば相性だ。

 例えば陸奥は陸奥流柔術という柔術を納めていて、物理的に触れるものなら何でも跳ね返せる。だから単純に力で押してくる長門や武蔵なんかと相性が良い。

 だけど艦載機と砲撃の遠距離攻撃を仕掛けてくる扶桑や伊勢なんかの航空戦艦、他にも圧倒的な火力による飽和攻撃をしてくる大和には弱い。

 逆に扶桑や伊勢、大和は一点突破を仕掛けてくる長門や武蔵に弱い。

 こんな感じで戦艦組は、良い感じに三つ巴になっている。

 

「今は……そう、大和だ」

「大和さんですか……」

 

 大和型一番艦、大和。

 通算で言ったら、多分一番戦艦筆頭に就任してる回数が多い。この鎮守府で最もお金持ちである彼女は、その圧倒的な財力と火力にモノを言わせて、全てを灰に帰す。

 

 

 性格は……そうだな、一言でいえば計算高い。

 普段はお淑やか然としてるけど、妹の武蔵といえど不利益とみれば切り捨てるし、肝心なところで致命的な嘘をつく。

 彼女の財産だって、正攻法の商売で増やした隼鷹と違い、金融と詐欺、それから“ラムネ”の販売で増やしたものだ。

 頭脳、戦力、残虐性、冷酷さ、財力、総合点ならこの鎮守府で一、二を争うかもしれない。争ってほしくないけど。

 いつもなら、もう遅いから挨拶に行くのは次の日にでいいよ、とか言うんだけど、大和が相手の場合はそうもいかない。

 僕が今回の件は不問にするよう言っても、その明晰な頭脳を持って僕の言葉の穴を探し、絶対に霧島に何かしらの罰を与える。

 大和はそうやって僕と彼女以外の全ての生物を排除しようとしている。そうする事でこの世がもっと素晴らしくなると、本気で思っている。怖い。

 

「まあ、それじゃあ、今日はもうお休み。明後日の秘書艦よろしくね。榛名も、もう今日は下がっていいよ」

「「畏まりました」」

 

 元々仕事がない僕。

 秘書艦の榛名が優秀なこともあって、とっくに今日の仕事は終わっていた。ただ下手なタイミングで業務終了すると、榛名が暴れるから……

 榛名が秘書艦の時は、毎回業務終了のタイミングに悩まされるけど、今回は上手くいった。榛名は霧島と二人仲良く部屋を出て行った。仲良くね。うん、まあ……仲良くね。

 これで今日の仕事は終わり。となれば……

 良し、良し!

 ふっふー!

 ふはははははは!!!

 今の僕のテンションは高い!

 何故なら明日の秘書艦は、比叡だからだ!

 ハッキリ言って僕は比叡が好きだ、大好きだ! 愛していると言ってもいい!!

 この鎮守府にはマトモな艦娘が二人いる。それは比叡と陸奥だ。

 尤も陸奥の場合、僕がそれを望んでるからそうしているフシがあるけど……

 まあとにかく、普通に会話できるし、直ぐ殺し合いもしないし、セ◯クスやクスリもしていない。もちろん、アブノーマルプレイもだ。そういう意味では、二人の存在はとても貴重だ!

 特に比叡の場合は、食材にさえ手を触れさせなければ、本当に他の鎮守府と何ら変わらない。比叡と二人で常識を確かめ合う時間がなかったら、僕は今ここに立ってはいないだろう。

 ──ただ、一度冗談で目玉焼きを作らせた時は、冗談抜きで鎮守府が崩壊しかけたけど……

 暴れだした目玉焼きに、たまたま居合わせた金剛と加賀、その日の秘書艦だった摩耶が負けた時は、本当にもうダメだと思った。

 急遽駆けつけた鳳翔さんと赤城の二隻が何とか討伐してくれたけど、あの二人が大破したところを見たのはあれが初めてだった。本当に、際どい戦いだった……







【どうでもよすぎる補足説明】
・鎮守府の大きさ
全部を合わせたら東京の二分の一程度。
メインの建物は東京ドーム三〇個分くらい。
逆に言うと東京の二分の一の面マイナス東京ドーム三〇個分の住宅街を更地にしたということ。怖い。


・前に榛名が暴走した時
前回は自分の腕が壊れるのも御構い無しに執務室の壁を殴り続け、奇声を発しながら提督に襲い掛かったが、潜水艦達により防がれた。
その後当時戦艦筆頭であった長門、及び陸奥が騒ぎを聞き付け、助けに入り、鎮圧。
罰として榛名はコンクリート(明石製)を抱いた状態で一週間海に沈められた。


・比叡の料理
目玉焼きの他にも、提督の知らない所でいなり寿司を作ってしまった事がある。
覚醒したいなり寿司は空間と時空を歪め、次元の扉を開き、あらゆる平行世界を結合させようとしたが、その時偶然居合わせた“死神”雪風によって阻止された。
榛名が深海棲艦になっても復活出来たのは、比叡のカレーが関係しているとかしていないとか。


・霧島のメガネ
視力が上がる。
ビームが出る。

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