ロアナプラ鎮守府   作:ドラ夫

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 “例えば明日世界が滅ぶとして、それなら私は明日の分の忠義を今日尽くそう”


              ──不知火


05 大井

 力こそ正義、混沌こそ秩序の重巡洋艦。

 それぞれが凌ぎを削る戦乱の世の戦艦。

 赤城を絶対のトップとして厳しい規律が敷かれている空母。

 鳳翔さんと僕を神と崇める宗教団体の様な何かの軽空母。

 無邪気に虐殺を繰り返す駆逐艦。

 彼女達はみんなバラバラのルール──生態系と言っても良いかもしれない──を持っている。そんな中で共通している事と言えば、“個”を尊重していることくらいだ。ああ──後、僕を慕ってくれていることもあるか……

 まあそれは置いておいて、とにかく彼女達は群れない。その強さ故群れる必要もないし、そもそも個性が強すぎるから、集団行動が苦手なのだろう。

 ただ何事にも例外と言うのはあるモノで。

 この鎮守府において軽巡洋艦と潜水艦だけが、艦隊を組み、“個”ではなく“群”で行動する。

 僕から見た彼女達──潜水艦達は目に見えないけど──のイメージは、“仕事人”だ。

 集団でいることで、より多くの仕事を確実にこなせる様にしている。数で劣る駆逐艦や、単純に“個”としての強さに劣る重巡洋艦や戦艦達相手に軽巡洋艦達が戦えるのは、そういった理由だろう。

 

 

 集団を形成していると当然、そこには派閥が生まれる。

 例えば川内型を中心に構成されている“鬼の二水戦”。

 龍田の頭脳と天龍の武力の二本柱“双黒龍”。

 殺伐とした殺し屋集団“長良組”。

 新進気鋭の新派閥“阿賀野艦隊”

 仕入れ屋という立場から例外とされてる大淀を除いて、全ての軽巡洋艦達は何らかの派閥に属している。

 そして彼女達は情報戦や白兵戦、諜報、時に裏切りを駆使し、日夜“二番手争い”を繰り広げている。

 何故二番手争いか……?

 理由は単純だ。

 一番手の派閥が強すぎるからだ。

 たった五人で軽巡洋艦のトップに君臨する彼女達こそ、軽巡洋艦をこの鎮守府最強の艦種にまで引き上げた張本人達に他ならない。

 派閥の名は“球磨型”。

 シンプル・イズ・ベストと言ったところか。

 ともかく、彼女達は最強だ。その彼女達を、僕は今日呼び出していた。

 コンコンコンコン、と執務室のドアがノックされた。今日の秘書艦──大井が“球磨型”を引き連れて来たのだろう。

 どうやって僕が執務室に入った時間を知っているのかはわからないけど、秘書艦達は通常、僕が執務室に入ってきっかり五分後に執務室に来る。

 

「入って良いよ」

『失礼いたします』

 

 五人同時に返事をしたが、それがあまりに揃いすぎてるため、一人が返事をした様に聞こえる。それだけでもう、彼女達のコンビネーションの良さが分かると言うものだ。

 

『おはようございます、ボス』

「おはよう、みんな。今日はよく来てくれたね」

「我々“球磨型”一同、ボスのお呼びとあれば何時でも馳せ参じますクマ」

 

 球磨の声に呼応する様に、“球磨型”全員がバッと一斉に膝をついて頭を下げた。

 ちなみに“球磨型”達は黒いピチッとしたレディース・スーツに黒いシャツ、ワイン色のネクタイに薔薇の形をした銀のネクタイピン、黒いサングラスをかけている。

 何というか正直、大分かっこいい。

 特に多摩とか、他の鎮守府だと愛され系キャラなのに、白紫の髪と赤い眼がスーツに合っていて物凄くカッコいい。

 後、他ではユルい系キャラで通ってる北上も、そのユルさが強者故の洗礼されたユルさに見える。脱力の境地、とでも言えばいいのか……

 元々カッコいい系で売ってる末妹の木曾も、当然と言うべきか、よりカッコよくなっている。その金の装飾が施されてる黒い外套、僕の提督に支給されるまっ白外套と取り換えてくれよ。

 球磨はなんかもう、普通にカッコいい。格好をちゃんとして、あまりはしゃがない球磨がこんなにカッコいいとは、他の鎮守府の提督は思いもしないだろう。

 そして何より、大井だ。他の鎮守府では北上さん狂いとして有名な大井だが、既に北上と付き合っているお陰で性欲が満たされているのか、加賀さんばりのクールビューティだ。うん、とてもカッコいい。

 どの艦娘達も僕の自慢の艦娘だけど、ちょっとだけ他の人には見せたくない。そこに来て“球磨型”は、何処に出しても恥ずかしくない艦娘達だ。実際大本営とかに行かなきゃ行けない時は、彼女達を護衛につけるしね。

 

「既に聴いてると思うけど、今日の任務の難易度は非常に高い。あの子がいない今、恐らく地球上で君達以外には出来ない──いや、君達であっても難しいだろう。しかし──それでも──君達を頼るしかない。出来ないと答えられると、実はとても困るんだけど、敢えて聞くよ。出来るかい……?」

「ボス。未熟ながら、我々はボスの手足としてお仕えしておりますクマ。ボスがヤレと命じられたのなら、我々には二つしかないクマ。ヤレたか、ヤレなかったか。ヤラなかった、は存在しないクマ」

 

 球磨が膝をついた状態で、頭だけを上げて言った。他のみんなも顔は上げていないものの、その伏した姿からヒシヒシとやる気が伝わってくる。

 

「ああ、ありがとう。君達の忠誠心を、心から嬉しく思うよ。それじゃあ、お願いしようか。──牢獄から逃げ出した“死神”雪風の捕獲を」

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 死神。死の神。死を司る神。

 何事にも例外があるが、この鎮守府きっての例外は雪風だ。彼女にはこの鎮守府で唯一、抜錨も外出も、訓練すら許可していない。

 何故ならこの鎮守府の雪風は、“死”そのものだからだ。

 史実では雪風は、彼女だけが生還して他の船が沈んだ事で、彼女に乗っていたクルーからすれば幸運の船、他の船に乗っていたものからすれば死神、とされている。

 しかし、先ほども言った通り、この鎮守府の雪風は“死”そのものだ。

 何故ならこの鎮守府は混沌こそ秩序の鎮守府、仲間などいないからだ。故に彼女は幸運の船としての力を使うことなく、ただ周りにいる者に死を振りまく“死神”としての力だけを使っている。あるいは司っている。

 また雪風の“幸運”は、他の者にとっても“幸運”であるとは限らない。

 彼女にとっての“幸運”は、僕と雪風以外のありとあらゆる生命が死滅すること。そして彼女の“幸運”は、それを叶える。

 

 

 過去に一度、雪風を抜錨させた事がある。

 鎮守府正面海域に潜り込んできた潜水艦を倒す、簡単で安全な任務だった。

 結果は──近隣の国が二つ滅んだ。

 彼女が海を駆ける際に発生した小さな小々波は大波になり、大波には津波になり、津波は嵐になり、嵐は天災になり、天災は破滅になった。

 直ぐに鳳翔さんが抜錨し、彼女の能力で天災を鎮魂させたとは言え、人類は甚大な被害をこうむった。

 つまりは雪風とは、そういう存在だ。

 何気ない行動の全てが“死”を呼ぶ。それを彼女自身も望んでるのだから、止めようがない。

 悩んだ末僕は、雪風を幽閉する事にした。

 仕方の無い、ことだった……

 僕の鎮守府の中で問題を起こすのはいい。天災くらいでは死なないような子達ばかりだからだ。いやまあ、僕は死ぬけど。

 しかしタダでさえ深海棲艦からの攻撃で絶滅寸前の人類に、これ以上被害を与えるわけに行かなかった。

 当時の僕は……僕は、本当におかしくなりそうだった。国が二つ滅んだ。それは経済的な破綻によるものではなく、国民が、住んでいた人が全員居なくなったことによるものだ。例え戦争で負けたって、そこまでにはならない。

 自責の念、というレベルでは済まない。

 この鎮守府で働き始めてからというもの痩せ続けてきた僕だけど、とうとう骨と皮だけの様な存在になってしまった。

 間違いなく、あのままだったら僕は死んでいた。

 それは構わない。提督になった時から、この身を国に捧げる覚悟は出来ていた。しかし僕が死ねば、あの子達はどうなる……? きっと良い結果にはならない。

 だから僕は、この鎮守府に雪風を幽閉した……

 僕が普段居る執務室の一つ下の部屋に、明石と大淀に協力してもらって、世界で一番頑丈な部屋を作ってもらった。僕がいる執務タワーが最も頑丈に出来ていたのは、実は雪風を閉じ込めておくという側面もあったのだ。

 勿論、僕は一日最低でも四時間は雪風と一緒に居るようにしてるし、夕立や時雨と言ったトップランカー達には、一日三十分程度雪風の元に行くよう義務付けている。ルールのないこの鎮守府において、唯一と言っていいルールだ。

 

 

 空のダンボール箱に、重い荷物を上に乗せすぎて潰れてしまった様に、雪風が幽閉されていた部屋がグシャリとひしゃげていた。

 一体どんな力の加え方をすればこうなるのか、検討もつかない。

 ただ確実に言えることは、雪風がこれをやったという事と、雪風が逃げたという事だ。

 今頃は鎮守府を出て、この脆弱な世界に彼女にとっての“幸運”を振りまいていることだろう。

 残念ながら非力な一般人である僕には、“球磨型”のみんなが雪風を無事捕獲出来ることを祈る事しか出来ない。

 ──どうか、無事に帰ってきてくれ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 五台の黒いバイクが隊列を組み、海沿いを走っていた。

 普通のバイクであれば走った方がずっと速いが、これは明石が作った特別製。時速800km程度出る優れものである。

 それでも尚走った方が速いが、これからの事を考えれば、体力は温存しておいた方が良い。

 

「球磨姉さん。今回のミッションの成功率は、実際の所どの位だと考えているの……?」

 

 大井がヘルメットに付いている無線を通して、球磨に質問した。

 絶対なる主人、仕えるべき最高の御方であるボスからの直々の命令だ。そこに無限にも等しい喜びこそ存在すれ、断るという選択肢は塵程も無い。

 ボスの言葉に間違いは無い。もしも──あり得ないことだが──間違いを発したとしても、私達がそれを真にする。故に今回の任務、失敗する訳にはいかない。

 しかし相手は“死”そのもの……

 

「正直なところ、難しいクマね」

 

 難しい。

 もう何年も聞いていなかった言葉だ。

 大井が属している“球磨型”は負けなしの部隊だ。

 今まで受けてきた任務は星の数ほど。しかし達成が困難だった依頼の数は、片手で数えるほどだ。そしてその大半が、まだまだ駆け出しの頃のこと。

 

「恐らく練度の方は、そう変わらないクマ。となると重要なのは、相性クマ。ボスがクマ達をお選びになった以上、相性は悪く無いと思うクマが……」

 

 ボスはこの世の誰よりも、姉妹や自分自身よりも私達の事を理解しておられる御方だ。

 あの御方がお選びになったということは、間違いなく私達が鎮守府内に於いて、最も“死神”に勝てる可能性があるのだろう。そう大井は考える。

 しかし──

 

『あの子がいない今、恐らく地球上で君達以外には出来ない──いや、君達であっても難しいだろう』

 

 そうしかし、同時に難しいとも仰られているのだ。

 その上この中で一番の強者である姉が、難しいと評している。

 

 

 ──ゾワリと、大井の背筋を甘い官能が撫でた。

 

 

 この世で最も偉大な存在であるボスと、最も頼れる存在である姉が難しいと評した依頼を、ボスが自分にお任せになられた。

 これ程の喜びがあるだろうか……?

 北上さんの処女膜を貫いた時も、これ程の喜びはなかった。

 クヒヒ、と下品な笑いが漏れる。元々癖のある髪先が更に逆立ち、口元はトロけたチーズのように裂けた。しかし眼だけは、異様なまでにギラついている。

 横を見れば──今の大井は絶対に周りを気にかけるような事はしないだろうが──他の姉妹も似た様な有様だ。球磨と多摩だけが普段通りを装っている。しかしその胸中までは誤魔化しきれない。

 

「……にゃあ」

 

 この中で最も五感が優れる多摩が、雪風の気配を察知したと伝えた。流石は“球磨型”と言った所か、即座に意識を切り替える。

 

「距離は分かるかクマ?」

「にゃあ」

「……ふむ。総員、バイクを降りるクマ。ここからは歩いていくクマ」

 

 異論はない。

 五隻は道路の真ん中にバイクを停めた。

 

「北上、ここはどこクマ?」

「ちょっと待ってねー。ええっと……神奈川の横浜だね。人間種はもうここいらにはいないっぽいよー」

 

 北上がタブレット端末で位置情報と、周辺マップ、その他諸々を調べる。

 横浜市──もっと言えば神奈川県は既に滅亡しており、人は住んではいない。幸か不幸か、今回に限って言えば、むしろ人がいない事はありがたい。ここは汚染が進んでいるため、野生化した動物もいない。

 尤もボスからの命令があった以上、仮に人が居たとしても彼女達は“ヤる”のだが。

 建物から建物へ。

 廃墟と化した摩天楼の上を走る。

 

「球磨姉、作戦は?」

「大井と北上、木曾が雷撃で叩いて、球磨と多摩が白兵。後は流れでクマ」

「つまり、いつも通りってことか」

 

 重要な作戦なのに、そんな適当で良いのだろうか。

 今の会話を聞いた者は、そう思うだろう。

 しかしそれは間違いだ。

 彼女達ほどの練度になると、明確な作戦を立てる事はかえって枷になりかねない。狙いがある事で動きが単調になりやすいからだ。それは確かに僅かな違いだが、僅かな違いが決定的な差を生み出す。

 戦場は常に変化するもの。であれば自身も流動的でなければならない。故に球磨は「流れで」と言ったのだ。

 

「──にゃあ」

 

 多摩が呟いた。

 “死神”の位置を特定したのだろう。

 詳しい位置は分からないが、実は先ほどから大井も、背後に何かが立っているような、あるいは全方位から武器を向けられているような、何とも言えない悪寒を感じていた。

 球磨が片手を上げ、指をチョイと動かした。次の瞬間、球磨と多摩以外の者達の姿が見えなくなる。

 散開し、何処かに身を潜めたのだ。何処に身を潜めているのかは、球磨も知らない。標的が妙高の様に心理系の能力を持っていた場合、仕草や目線から位置を特定される恐れがあるからだ。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 レンガ床の何処かの広場の真ん中に、“死神”雪風はいた。

 ボーッとした様子で、空を見上げている。

 幸いにして、まだ“死”を振りまいてはいない様だ。

 サングラスを胸ポケットに入れながら、球磨がゆっくりと“死の神”に近づいていった。その距離──僅か10m前後。普通の人間であれば、狂気に呑み込まれ、発狂してしまう距離だ。

 

「お前が雪風で間違いないかクマ?」

『──是』

「……一応聞いておくが、大人しく投降する気はあるかクマ?」

『──否』

 

 その声はまるで、脳の中に直接語りかけられているかの様に、頭の内側に鼓膜を通さず響いた。

 大井がいる位置は、球磨と雪風がいる所から300mほど離れたところにある廃ビルの五階だ。そこにあった廃棄されたソファーに脚を組んで座っている。

 “パチンッ!”と大井が指を鳴らした。

 ──グニャリと、大井の背後の空間が歪んでいく。何もない空間から、無数の魚雷が頭を出した。

 熟練の指揮者がタクトを振るうかのように、実に滑らかな動作で大井が右手を雪風に向かって振った。

 それを合図に、空間に装填された魚雷が発射される。目の前のガラス戸をぶち壊し、雪風へと向かっていく。

 その数は──少なくとも3桁以上だ。

 そしてそれは、今も尚増え続けている。放たれていく端から、新たに空間に装填され、射出されていくのだ。

 大井がいるほぼ対面のビルから、同じく無数の魚雷が放たれた。恐らく、北上の雷撃だろう。

 

 

 ──ガンッ! と革靴がコンクリートを蹴った音が響いた。無数の魚雷の隙間を縫って、二つの影が中心へと向かっていく。球磨と多摩の二隻だ。

 魚雷の群れが雪風に着弾する前に、球磨が雪風に襲いかかった。

 球磨の本気は、時速800km──を遥かに超える。球磨はその速度のまま、雪風の真正面から拳を振るい──姿を消した。

 超高速でのターン・アンド・ステップ。

 雪風の目にはあたかも、球磨が瞬間移動したかの様に移っただろう。

 背後に回った球磨が今度こそ、拳を雪風に向かって叩きつける。

 流石と言うべきか、雪風はすんでの所で振り返り、ギリギリのタイミングでカウンターを合わせてくる。

 しかし──

 

(身体能力に任せた出鱈目なカウンター……警戒には値しないクマ)

 

 この鎮守府にありがちな、身体能力でのゴリ押し。技を磨いているのは、軽巡洋艦以外では、赤城と陸奥くらいのものだ。

 ──入る。

 これまでの戦いの歴史から、球磨はそう確信する。そしてこの一撃が入れば、雪風は一瞬意識を失い、そこに大井と北上の雷撃が叩き込まれる。そうなれば詰みだ。

 

 

 そして攻撃の刹那──100京分の1秒という極限の中、球磨の本能が静かに“死”を告げた。

 

 

 ギュルン! とその場で体を捻る。勢いのついた拳は止まらない。それなら、敢えて外すまでだ。

 球磨の拳が地面を叩いた。レンガ作りの床は蜘蛛の巣状にひび割れ、その後クレーターの様になった。その一瞬後に、雪風のカウンターが球磨の頭上を走る。

 ──向こうも空振りした。ボディーと足が隙だらけだ。

 しかし球磨は何もせず、迅速にその場を離れる。一瞬後に球磨が動いた余波──ソニックブームが巻き起こり、ほぼ同時に魚雷が飛来する。

 

「多摩ァ!」

「にゃあ!」

 

 球磨が叫んだ瞬間、タイミングをズラして攻撃しようとしていた多摩が急遽地面を蹴った。

 そして上空から魚雷と共に落下攻撃を仕掛けていた木曾をキャッチし、同時に戦線を離脱する。

 ──爆発。

 球磨と多摩、木曽がその場を離れた瞬間、無数の魚雷が着弾した。

 轟音が響く中、大井の元に球磨からの無線が入った。

 

『何処にいるクマ?』

「そうね、大体標的から500mってとこかしら」

『……もっと離れるクマ。少なくとも1000は取るクマ』

「了解」

 

 何故? などとは聞かない。戦場において、姉の判断が間違っていたことなどないのだから。

 大井が音もなく、痕跡を消しながら、しかし素早く距離を取る間も、球磨からの無線は続く。

 

『一つだけ、分かった事があるクマ。雪風に近づけば、確実に轟沈クマ』

 

 表には出さないが、少なくない驚きが大井の中を駆け巡った。

 不死身と称されるほどタフなこの鎮守府の艦娘達。球磨はその中でも最強に近い実力を持つ、その球磨が大破どころか轟沈するなど、想像もつかない。

 

『さっき雪風に放とうとした右、掠っただけで皮膚が壊死したクマ。加えて骨は炭化、血液も一瞬でヘドロみたいになったクマ』

「それは……」

『これほどのダメージは、昔旗艦のあいつと戦った時以来クマ。一分、回復する時間が欲しいクマ』

 

 一分。

 それは短い様で、とても長い。

 先の攻防。あれは時間にすれば、一秒未満だ。大体0.8秒といったところか。

 一分。球磨が治療に一分も要する怪我など、聞いたことがない。

 いや、幸い“死の神”はまだ破滅を願っていない。一分間何もしてこなければ、あるいは……

 

「姉さん……?」

『……』

 

 不意に、球磨が黙った。

 何事か?

 物音は聞こえなかった。襲撃を受けたのではないはずだ。

 

『……総員、上を見るクマ』

 

 大井は一つ、勘違いしていた事がある。

 雪風は──“死神”はもうとっくに、破滅を願っていた。

 広場にいた雪風は、何故上を見つめていたのか。不知火の様に、空の美しさに見惚れていなのではない。

 死神。死の神。死を司る神。

 

「嘘……でしょ……?」

 

 “死”が──“星”が空から降ってきた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「しれぇ! 雪風、只今帰投いたしました!」

『我々“球磨型”一同、御身の前に』

 

 二週間に渡る激闘の末、“球磨型”達は見事任務を遂行、雪風を連れて戻ってきた。流石に衣服はボロボロだし、大分怪我を負ってるけど、命に別条はないみたいだ。

 

「球磨、多摩、北上、大井、木曾。先ずはお礼を言わせてくれ、本当にありがとう。報酬を出そう。何か欲しいものがあれば、なんでも言ってくれ。僕が出せるものであれば、何でも出すよ」

「恐れながら、我々はボスの手足。脳の命令で働き、その対価として報酬を貰う手足が何処に有るでしょうか」

「いや、でもほら……手足が疲れたらマッサージとかするでしょ? それと一緒だよ。うーん、今の例えはあまり上手くないな。とにかく言いたいのは、僕は君達に働きに感謝してるってことだ」

「ボス……我々を貴方様の手足として認めて下さるのですね! この大井、これより一層精進いたします!」

 

 えっ、そこ?

 正直僕としては、感謝してるんだよってとこを強調したかったんだけど……

 まあ、いいか。僕の艦娘達に話が通じないのは、今に始まったことじゃあない。それより今は、

 

「さて、雪風。反対に君には、罰を与えなきゃならない。どうして抜け出したりしたんだい? 何が不満だっのかな」

「う、うぅ〜。雪風、指令の事を考えいたら、世界を滅ぼさなきゃいけないって思いましたっ! それでいてもたってもいられなくなって……」

 

 ハハハ、こやつめ。洒落になってないぞ。

 

「いいかい雪風、僕は世界の破滅を願ってないからね?」

「えっ、そうだったんですか!?」

 

 正に驚天動地! といった顔を雪風が作った。

 一体どうしてそんなに驚く事があるのでしょうか。霧島といい雪風といい、そんなに僕は終末思想を持っている様に見えるのか?

 というか雪風、僕は前に世界を滅ぼしたくないって言ったよね?

 

「それでは雪風、これから世界の平和を祈ります!」

「ああ、うん。そうしてくれ」

 

 ……何だか今回は、とても疲れた。こんなに疲れたのは、ちょっと久しぶりだ。

 ちなみに“球磨型”達は報酬として、僕とのツーリングを希望した。何だあのバイク、速すぎだろ。怖い。








今回の話はちょっと毛色が違いましたね。
次話からはまた第一話の様な日常系に戻ります。
それと、活動報告で番外編で誰を書くかのアンケートとかこっそりしてます。もしよろしければ見てってください。


【ボツ話】
軽巡洋艦は川内型をメインにしようかとも思っていたのですが、何となく球磨型をメインにしました。
元々の話では、第一話の様な日常系の話でした。軽巡洋艦最強が球磨型である事は変わってないです。

・ここでの川内
完全なる忍者。
忍術を使う。質量のある分身を出せる。


・ここでの神通。
常に目が赤く光っている。
食事中と秘書艦時以外は常に鍛錬をしている。
私服は真っ白な着物。
武器は日本刀。


・ここでの那珂ちゃん
ビジュアル系アイドルとして活動している
音楽性の違いから直ぐにバンド──アイドルグループを解散し、ついでに事務所も直ぐ移籍する。メタル業界では良くあること。
デビューアルバムが放送禁止用語に引っかかり過ぎて、直ぐにリメイク版が出されたものの、ほぼピー音のみとなった。
提督の前では冷静沈着。

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