──不知火
ドッキリをしよう。
秘書艦が帰った後の深夜の執務室で、突然僕はそう思った。
別段、エイプリルフールとか誰かの誕生日とかではない。理由などない、ただ僕は単純にドッキリがしたいと思ったである。
ニュートンがリンゴが落ちるところを見て万有引力の法則を思いついたように、ノーベルがニトログリセリンが地面に染み込むのを見てダイナマイトを思いついたように、僕は執務室をぼんやりと見てドッキリをしようと思いついたのだ。
思えば僕はここ何年も、艦娘達に辛酸を舐めさせられ続けてきた。
素行の悪すぎる艦娘達の所業に胃を痛め、ケンカの余波で死にかけ、何故か一切日本語が喋れなかったビスマルクやプリンツ・オイゲンの為に一生懸命ドイツ語を習得した。ぐーてんたーくである。
言っておくが、別に恨みはない。
艦娘達の面倒を見るのは仕事だから。少なくないお給料も貰ってるし、比叡もいるし。
恨みはない……そう、これはちょっとした茶目っ気だ。
艦娘達と仲を深めるだけだからセーフ。
そうと決まれば、手始めに何をしよう?
──よし、決めた。この鎮守府を辞めた事にしよう。
辞表を机の上に置いておいて、明日の朝意気揚々ときた秘書艦がそれを見て腰を抜かすと言うわけだ。
よし、それなら早速辞表を書いて……
……辞表って何書けばいいんだ?
やべえ、辞める理由が思い浮かばない。大体僕が、この鎮守府を辞めるわけがないしな。比叡に会えなくなるし。お国のためになるし。比叡に会えるし。いや、プライベートで比叡に会えばいいのか? なら辞めてもいいな。
『軍に居たんじゃ比叡とケッコンカッコガチ出来ないんで辞めます』
流石の僕でもこれはダメだと分かる。
だって比叡の了承を取ってないもの。
うーん、それなら……
『未来に希望が溢れているので、鎮守府を辞めます』
不知火か、僕は。
これはアレだな、今日の秘書艦が不知火だったせいだな。彼女が死と生の循環の美しさを滔々と語るものだから、こんな気分になってしまったんだ。あいつめ。
……描き直そう。
『お国の為に戦う気が失せました。なので軍を辞めます。お世話になりました』
これだな。
無難かつありそうな感じ。いい出来だ、感動的といってもいい。
良し、それじゃあこれを執務室の無駄にデカイ純金製の机の上に置いてっと。
僕は明日まで、明石が造ったもしもの時の地下シェルターに避難しておこう。それじゃあおやすみー。
◇◇◇◇◇
爽やかな朝だ。
朝というよりもう昼だけど。
こんなにゆっくり目を覚ましたのはいつぶりだろうか。少なくとも、提督としての資格があると発覚したあの日よりは前だ。
さて、どうしようかこれ。
──世界が滅亡してるんだけど。
見渡す限り地平線と水平線。遠くに見えるが富士山がぺしゃんこ、というか逆にヘコんで谷になってる。
ケータイにクッソ電話が来てた。メールも。
メールはどれも、大本営から。君の鎮守府の艦娘達が我々を襲撃してる。今すぐ来て収集をつけてくれ、という内容だ。
ヤベーヨコレ。洒落になってない。というかあれだな、僕って馬鹿だな。
本当はね、もうちょっと朝早く起きて『ドッキリ大成功☆』と書かれたプラカードを持って待機しているはずだったんだ。
まさか寝過ごしてしまうなんて……やれやれだね。
「あかし、明石ーー!」
力の限り叫んだ。すると地面がモゾモゾと動き、明石が出てきた。
明石は自身のクローンを大量に造り、世界中にばら撒いている。その内の一体だ。
「提督、生きてらっしゃったんですか!?」
「うん、まあ」
「何処に行っていたんですか! 本当に、大変だったんですよ?」
「ちょっとね」
口調が他の鎮守府の明石と同じだ。この明石は15年くらい前の明石のクローンか。
明石のクローン達は記憶は共有しているけど、それぞれ別の人格を有している。
「それより、状況を説明してくれるかな」
「はい。えーっと、提督が辞表を出しましたよね?」
「うん」
「お国の為に戦う事に気が失せた、つまり国を見捨てた、提督閣下が見捨てたモノがいつまでもあるのは不敬、そんな感じで世界は滅びました。ちなみに私の本体も、バンバン兵器を作ってはぶっ放してます」
「なるほど。それは大変だね」
「はい。大変です」
やばい。
あ、汗が止まらない。
「どうにか出来ないの?」
「出来ますよ。はい、タイムマシーンです」
「えっ」
明石が僕に渡したのは、手のひらにすっぽり収まるサイズのボタン。
「行きたい時代を思いながら押せば、どの時代にもいけますよ。多少記憶の混同があるかもしれませんが……」
「ふーん。もしかして、それってかなり凄い?」
「さあ、どうでしょう。鳳翔さんは死後の世界に入門できますし、不知火さんは因果律に干渉、扶桑さんは輪廻転生を操れて、プリンツ・オイゲンさんは並行宇宙を行き来できますし、この鎮守府じゃ時間操作くらい普通じゃないですか?」
「そう言われると、そうかもね」
多分違う。
でもそういう事にしておいた。
「飛べよおおおお!!!」
僕はボタンを押した。
眩い光が、僕を包んだ! さよならー。
◇◇◇◇◇
科学の力ってすげー。
本当に今朝に戻ってるよ。ちゃんと富士山が谷じゃなくて山の形になってる。
海は干上がってないし、空も赤じゃない。うん、戻って来たんだ。
とりあえず僕は、プラカードを持ってタンスの中に隠れた。
今日はドッキリをする。そう決めた。
決めたからには、やらねばらない。それが日本男児というものだ。
多分違うが、どうでもいい。
僕はドッキリをする。例えこの世界が滅びようとも。
やがてノックもせず──ビスマルクが部屋に入って来た。彼女は色々と遠慮がない。そのため良く他の艦娘と喧嘩になるが……ビスマルク率いる通称『ドイツ派』が彼女のバックについているため、大ゲンカになった事はちょっとしかない。具体的に言うと、三回に二回くらいしか大ゲンカにならない。非常に健全だ。
ビスマルクは手紙を凝視した後、手紙をケータイで写真に撮り何処かに送った。日本語が読めなかったのだろう。相手は翻訳サイトか何かだろうか。
送った直ぐ後に、ピロンと電子音が鳴った。返信が返ってきのだろう。
彼女はケータイを睨んで──
「Ich wurde weggeworfen! Ich will sterben! Es ist Verzweiflung, es ist das Weltgericht!!!」
と叫んだ。
いい加減日本語覚えてほしい。切実に。
ドイツ語を勉強している言っても、僕は元々そこまで要領が良くない。ゆっくり一単語づつ区切って喋ってくれるか、紙に書いてくれないと。それでも怪しい時があるくらいだ。
と、とりあえずもう飛び出るか。
なんか、目が血走ってて怖いし。
他の艦娘達にはもう慣れてきたけど、どうにも海外勢だけは慣れない。話すときやたら顔が近くて、声が大きいせいだろうか。それとも直ぐ「
「いえーい、ドッキリ大成功」
「Ich trenne es mit einem Admiral zweimal nicht!Wenn es sicher ist, dass es so ist, wollen wir Geschlecht haben!!」
な、なに?
興奮した様子で何か叫んでいるけど、何を言ってるのかサッパリ分からない。
ちょ、なんで服を脱ぐの?
何で僕の机を扉の前に置くの? それじゃあ扉が開けないじゃないか。
これはもしかして、貞操の危機なんじゃないだろうか。ふと、そんな予感が頭に浮かんだ。
だが、それに何の問題がある?
ビスマルクは綺麗だ。こんな美人な人──人ではないけど──提督になる前の僕だったら、絶対に知り合えない。その人とセ◯クス出来るんだぞ。
いいじゃないか、ゴールしても。
──頭を過るのは、比叡の笑顔だった。
そうだ、僕には心に決めた人がいた。
いや、勝手に決めただけだけど。それでも、僕はやらねばらない! 1パーセントでも可能性があるのなら、僕はそれに賭けたいんだ!
「飛べよおおおお!!!」
僕は再びタイムマシンのボタンを押した。
眩い光が僕を包んだ!
◇◇◇◇◇
科学の力ってすげー。
本当に今朝に戻ってるよ。ちゃんと富士山が谷じゃなくて山の形になってる。
海は干上がってないし、空も赤じゃない。うん、戻って来たんだ。
とりあえず僕は、プラカードを持ってタンスの中に隠れた。
今日はドッキリをする。そう決めた。
決めたからには、やらねばらない。それが日本男児というものだ。
多分違うが、どうでもいい。
僕はドッキリをする。例えこの世界が滅びようとも。
やがてノックもせずに──ビスマルクが部屋に入って来た。
何かドイツ語を叫んでいたが、僕は無視した。触れちゃいけない、何故かそう思った。
次に入って来たのは──扶桑だった。今日は子供の姿のようだ。
扶桑は不幸だ。不幸過ぎて、物凄く悲惨な死に方をした。どのくらい悲惨だったかというと、この鎮守府の艦娘達──大和は除く──が「流石にちょっと可哀想かも……」と言ったくらいだ。
そんな扶桑はあの世で閻魔様にも同情されて、何と転生させてもらえた。でもまた悲惨な死に方をした。そしてたらまた転生させてくれた。
そんな事を繰り返しているうちに、自分で転生出来るようになったらしい。今では生命の調整も出来て、子供になったり大人になったりも自由自在だ。自分だけでなく他人も。
子供姿の扶桑はトテトテ歩いて、僕の机の上にチョコンと座った。
そして僕が書いた辞表を見て──
「いやあああああああ!!!」
発狂した。
周りに花や草が咲き乱れ、一瞬で枯れていく。何だ、これは。
「嫌だ! 提督、貴方に捨てられたら私は誰にすがれば良いのですか! イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ! 貴方様が居ない世界なんて──か、かゆい、手首が物凄くかゆい! あゝ、憎い! 空がこんなにも青のが、憎い! 憎くてたまらないぃぃい!」
うおー、空が赤くなった。
その上扶桑が髪を掻きむしりながら、リストカットを始めた。
それじゃあ手が最低でも3本あることになるって?
いや、だって現実にあるんだもん。背中から二本、腹部から二本。合計六本の腕が今の扶桑からは生えている。
ついでに大人になったり子供になったり、赤子になったり老婆になったりしている。何というか、生命の神秘を感じた。
「蛆よ! 私の血の中に蛆がいる!」
ひょえ。
自分の手首を掻きむしりながら、扶桑が叫んだ。どう見ても蛆なんかいない。普通の血だ。
ここら辺が限界かな。僕の精神的にも。
そろそろネタバラシしておこう。
「いえーい、ドッキリ大成功」
「へ? な、何だ。ドッキリだったんですか。もう、提督ったら……」
「ごめん、ごめん。ちょっとした悪戯心ってやつさ」
あははと笑い合う僕ら。
──?
扶桑が段々大きくなっていってる気がする。
いや、違う。
僕が小さくなっているんだ。
「悪い子はお仕置きしましょうねぇ。お布団の上で」
怖い。
いつからこんなホラー展開になったんだ。
どうしてこんなことになったのか、僕には分かりません。
赤子サイズになった僕を抱き上げで、扶桑が顔を寄せた。髪が顔にかかる。くすぐったい。
というか今更だけど、こうして間近で見ると本当に美人だな。作り物みたいだ。いや、ある意味作り物何だけど。
髪とか信じられないほどサラサラで手触りがいいし、肌とかシミひとつ無い。眼は神秘的な赤色、唇もぷっくりとしていて形がいい。
うーむ、僕の艦娘ちょっと美人すぎる。
──あれ、というかこれってもしかして不味い?
扶桑はこのまま部屋まで僕(赤子)を連れて行く気だ。すると間違いなく、山城に殺される。
この鎮守府の所謂ケッコンお断り勢──比叡は除く──はヤバい。
ケッコンどころか命をお断りされる。
他の艦娘が僕へ向けてくれている忠誠心と同じくらいの忠誠心を、姉もしくは妹に向けている。姉もしくは妹を誑かす奴──つまりは僕──を容赦なく殺そうとしてくる。
扶桑。君に恨みはないが、君と赤ちゃんプレイをする訳にはいかない。それに僕には比叡がいるし。すまない……
「飛べよおおおお!!!」
僕は再びタイムマシンのボタンを押した。
眩い光が僕を包んだ!
◇◇◇◇◇
科学の力ってすげー。
本当に今朝に戻ってるよ。ちゃんと富士山が谷じゃなくて山の形になってる。
海は干上がってないし、空も赤じゃない。うん、戻って来たんだ。
とりあえず僕は、プラカードを持ってタンスの中に隠れた。
今日はドッキリをする。そう決めた。
決めたからには、やらねばらない。それが日本男児というものだ。
多分違うが、どうでもいい。
僕はドッキリをする。例えこの世界が滅びようとも。
やがてノックもせずに──ビスマルクが部屋に入って来た。
何かドイツ語を叫んでいたが、僕は無視した。触れちゃいけない、何故かそう思った。
次に入って来たのは──扶桑だった。今日は子供の姿のようだ。僕が書いた偽の辞表を読んで発狂していたが、関わってならない。僕の本能がそう告げた。
その後も不知火や時雨、夕立、阿賀野、能代、熊野、瑞鳳、那智、陸奥、翔鶴、などが来たが──全て見なかった事にした。どうしてか、命の危険を感じたからだ。
次にやって来たのは──グラーフ・ツェッペリンだった。
グラーフ・ツェッペリン。
僕の艦娘ではあるが、しかし僕は彼女について語る事が出来ない。
彼女がまだここへ来て日が浅いというのもあるが、彼女はほとんど喋らないのだ。僕は自分から他人に話しかけるのが──比叡を除いて──苦手だ。だから僕は、彼女と会話をした事が二、三回しかない。
グラーフ・ツェッペリンは部屋に入ると、僕の机を凝視した後で、部屋の中を見回した。
「……なんだ。Admiralはいないのか。せっかく、この私がコーヒーを淹れてやろうと思ったのにな。全く、仕方のない人だ」
話したことはないが──グラーフ・ツェッペリンは時たまこうして、執務室に来てはコーヒーを淹れてくれた。そして無言で渡して、帰っていく。
グラーフ・ツェッペリンは顎に手を当てて何かを考えた後、ドアの鍵を閉めてから──僕が普段座っている椅子に座った。
「ほお……ふむ、なるほどな……。フフッ、悪くない」
とっても上機嫌だ。
「良い気分だ。一つ、歌でも歌うか。何が良いか……そうだ、赤城に教えてもらったあの歌にしよう」
普段あんなに無口なのに、一人だと随分喋るなあ。
「か~っぱかっぱかっぱのマークのか~っぱ寿司ッ!」
ぼふぇ。
あ、危ないところだった。
後少しで吹き出してしまっていた。
赤城は何て歌を教えているんだ……
というか、グラーフ・ツェッペリン無駄に歌上手いな。
「ん? 机の上に何か置いてあるな」
お、漸く本命に気がついてくれたみたいだ。
まだドッキリしてないのに、既にドッキリの最中みたいになっていたから、どうしようかと思ったよ。
「どれどれ……どひゃあ!」
どひゃあて。
「な、何故だAdmiral! ようやく、ようやく最近貴方と距離が縮まって来たというのに──!」
普通に泣き出してしまった。
冷静になって考えると、かなり酷いことをしている気がする。
「くぅぅうう!! 私の、私の力不足なのかッ! 答えてくれ、Admiral!」
そんな事は無い。
自信を持っていい。多分君は、この世のグラーフ・ツェッペリンの中で最も強いグラーフ・ツェッペリンだ。
ここまで、だな……
「いえーい、ドッキリ大成功」
「Admiral!?」
プラカードを掲げると、辞表とプラカードを交互に見つめて、目を白黒させた。
これだ、これだよ。
僕はこのリアクションを求めていたんだ。いや、ドッキリなんかするのは今日が初めてで、他の船のリアクションなんか見た事無いけど。
ただ何となく、他の船にドッキリをした場合ロクなことにならない気がした。
「良かった。本当に良かった……もう離さないぞ」
グラーフ・ツェッペリンが僕を抱きしめた。なるほど、柔らかい。役得だ。やったぜ。
「グラーフ・ツェッペリン、君って結構面白い奴なんだね」
「うん、そうか? そう思われるのは心外だな。提督の前では、常に規律正しくあったと思うのだが……」
なるほど、そういう事だったわけか。
グラーフ・ツェッペリンは空母だ。つまりは、赤城の指導を受けているということ。そりゃあ、お固く振る舞うわけだ。
僕はグラーフ・ツェッペリンと仲良くなった。
赤城や他の空母の前では厳格に、しかし僕と一対一の時なら普段通りに振舞って良いと言った。すると彼女はあっという間に無口な空母から、ユーモア溢れる空母に改装したのだ。
二人でかっぱ寿司の歌を歌い、踊りあった。
ドッキリをして良かった、心の底からそう思った。
しかし平穏は長くは続かなかった。
「Admiral! アレを!」
グラーフ・ツェッペリンが指差す窓の外。そこには地球があった。
もう一つの地球が、月のように空に浮かんでいた。
間違いなく、プリンツ・オイゲンの仕業だろう。ビスマルクのメールの相手はプリンツ・オイゲンだったのだ。
プリンツ・オイゲン自身の戦闘能力はこの鎮守府だと下の中くらいしか無いが、彼女はこことはよく似た、別の世界を行き来できる。恐らくその力を使い、他の宇宙から地球を呼び出したのだろう。
何を言ってるのかよく分からないだろうが、深く考えたら負けだ。考えるな、感じろ。
近くに巨大な惑星が現れた事で、自転か公転が狂ったのか、地面が揺れ、ついには割れ出した。その影響で富士山が割れた。
「Admiral、世界の終わりだ。だが、それも悪く無いと思っている私がいる。貴方と二人なら、な」
「グラーフ・ツェッペリン……」
戻さなくては、ならないだろう……
グラーフ・ツェッペリンと仲良くなる前の、あの時まで。
悲観する事は無い。
過去にもグラーフ・ツェッペリンはいる。
またドッキリを仕掛けて、仲良くなればいいんだ。
「飛べよおおおお!!!」
戻ったらドッキリをしよう。
そう心に強く刻みながら、僕は再びタイムマシンのボタンを押した。
眩い光が僕を包む!
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