ここから皮切りに、どんどん学園VS学園外の人間VS霧の魔物という三つ巴? な展開になっていくかもしれません。後、近々主人公の戦闘面での力が開放されます。皆さん薄々感づいているかもしれませんが、主人公は一応戦うすべを持っています。ヒントは――。
『彼が攻撃魔法を使うことに負目を持っている・トラウマになっている』
ということです。
では、本編へどうぞ
第14話:非常事態宣言
まず、今俺が見ている光景に対して俺が思ったことはひとつ。
『夢ならば早く覚めてほしい』
そう思うくらいに、目の前で起こっているだろう状況は信じたくないものだった。タイコンテロガ級の魔物が大量に現れ、それだけでなく相当量の魔物も現れていた。そんな魔物たちの行進に対応しきれなかっただろう学園生も少ない数、周囲に転がっている。しかし、中でも絶望的な状況にしていたのは――。
虎千代「ムサシ級……だと!?」
そう、まるでひとつの大きな山と言うべき巨体を確かに動かす巨大な魔物。これがテレビなんかの画面越しであればただの特撮映画だと言ってしまえることも出来ただろう。だが、それを全てあざ笑うかのようにその巨体を揺らす。一歩踏み出す。ただそれだけで、何十、何百の命が蹴散らされ踏みにじられていく。
そんな中で俺は何をしているのかといえば。何も言えず、何も出来ず……ただ見知った仲間たちが無残に殺されているのを見ていることしか出来ないでいた。怒り、恐怖、絶望……そんな全ての負の感情をないまぜにしたような感情を爆発させようとしていた俺の前に、3つの人だったモノが落ちてくる。
紫陽花「あ……ああぁぁ……」
見たくない、認めたくない、信じたくない!
そんな俺の思いは無視されているのか、目の前に転がされているのは俺にとってはある意味一番近しい人たち。一人は左半身を失い、一人は腹部に風穴が空き、最後の一人もまた上半身だけが残った状態だった。そのウチの一人はまだ意識があるのか、今にも命が尽きそうな淡い光を目に灯し……。
自由「せ……ぱい……たす……て……」
弱々しく伸ばした腕は空を彷徨い、程なくして力なく地に落とされた。
紫陽花「ああああぁぁぁぁぁっ!!!!」
紫陽花「ああああああ……あ?」
叫びながら周囲を見回してみると、俺の周囲にあったのは馴染み始めた自室の様子だった。暫くの間、実を固くしたまま周囲を見回す。そして、ようやく自分がいる場所、状況を理解して一瞬で力が抜けた。
紫陽花「はぁっ……はぁっ……!」
さっきまで気にする余裕はなかったが、息をすることすら忘れていたらしい。必死に酸素を吸おうと体が無理矢理に呼吸運動を促す。寝汗も酷い……シャツは愚か、寝間着まで上下ともにビチャビチャで不愉快きわまりない。ようやく呼吸が落ち着いたところで、俺はベッドから這い出た。
紫陽花「うっぷ……」
紫陽花「うおぇぇぇ!!」
フラッシュバックのように知っている人間の死に顔、有り様を思い出して猛烈な吐き気に襲われる。胃の中に何も残っていなかったせいか、酸っぱい臭いをした胃液が出てくるだけだ。それでも喉を焼くような不快感も、むせ返るような吐き気も収まりそうにない。いくらか同じように胃液を吐いた後、ようやく落ち着いた。
紫陽花「……はぁ」
動く気力もない状態で、俺は壁に背をつけたまま天井を見上げる。
一体何だったんだろうか……夢にしてはえらくリアリティのある……それでいて悪趣味な夢だ。よりにもよって、魔物に押し負けて虐殺される夢? 俺に対するピンポイントに辛い夢だ。
紫陽花「……」
ただの夢だ。そう一蹴するのは楽だろう。だけど、どうにも胸騒ぎがして仕方がない。確証もなんにもないが、一応できるだけ調べておいたほうがいいかもしれないな。
そこまで思考を巡らせたところで、俺はようやく気怠い体を起こした。
制服に着替え、クラスにまで来たが気分がすぐれない。いや、むしろあの時見た夢をフラッシュバックさせる要素が盛りだくさんなので余計に悪くなってる。ふと気を緩めれば吐きそうになってしまうのを抑えるので必死だった。
自由「先輩、どうしたんすか?」
紫陽花「っ!?」
机に座って俯いていた俺の至近距離に小鳥遊の顔が現れた。
『せ……ぱい……たす……て……』
紫陽花「うっ……!!」
自由「せ、先輩っ!?」
刀子「何だ急に大声などだして……むっ、柊殿?」
姫「どうなさったんですのっ!?」
紫陽花「な……なんでもない、ちょっと朝から吐き気が酷くて……」
自由「全然大丈夫じゃないじゃないっすか……」
ゆかり「大丈夫? 保健室に行くならつきそうわよ」
紫陽花「悪い、体調が悪いっていうより精神的な方だから……ちょいと慣れるまで耐えるしかないんだ」
姫「精神的に、ですか?」
紫陽花「……ちょっと、な」
夏海「ちょっと、転校生もなの?」
紫陽花「……も?」
俺の怪訝の様子を受け取った岸田が困ったように視線を逸らす。その視線の先に居るのは、顔色の悪そうにしている南だった。俺が言うのも何だが、顔面蒼白で見ていて痛々しい。
紫陽花「……南も体調悪いのか?」
夏海「んー……なんか『嫌な夢』を見たらしいのよ」
紫陽花「夢っ!?」
夏海「きゃっ?」
嫌な夢、というキーワードに俺は思わず腰を上げていた。同時に椅子が倒れ激しい音を立て、驚いたのか岸田が尻餅をつくハメに会っている。何事かという視線がこちらに向いているが、そんなことはどうでもいい。構わずふらつく体で南の方へ近寄った。
紫陽花「……南」
智花「っ! ひ、柊さん……お、おはようございます」
紫陽花「ああ……それで、もしかして……南も『みた』のか?」
智花「っ!? 柊さんっ……まさか!?」
確証はないが、直感がそうだと告げている。俺は重々しく頷き、確認のために当たり障りない所から内容について尋ねることにした。
紫陽花「……見たのって、魔物が襲ってくる感じか?」
智花「は、はい……それもその……」
紫陽花「ムサシ級……それに大量のタイコンテロガ級も?」
智花「っ!?」
目を見開く南の表情ですべてを悟った。恐らく、俺が今朝見た夢と同じ内容を、彼女も見たんだ。そりゃあ顔色が悪くなろうもんだ。視点は違えど、彼女も彼女なりにエグイ場面を目にしただろうから。
『そうか』とだけつぶやいてそれ以上はとりあえず言わないことにする。これ以上は心の整理がついていないからきつい。俺も彼女もだ。
夏海「ねえねえ、一体どういうことよ」
智花「……夏海ちゃん」
夏海「よく分かんないけど、そんなに深刻な顔してるってことは何かあるんでしょ? 話してみてよ。何か力に慣れるかもしれないからさ」
刀子「うむ、岸田殿のいうことをなぞる形になるがその通りだ」
自由「先輩、さっき自分の顔みてから顔色が一気に変わりましたよね? その辺もその夢ってのに関わりがあるんすか?」
紫陽花「……支倉、小鳥遊」
姫「私達は出会ってから間もないですが仲間ですわ」
姫「出来たらその荷物、私達にも背負わせてもらえないでしょうか」
真剣な表情で力になりたいと言ってくれている。それが分かったからこそ迷うところでもあった。迷うようにそむけた視線が南とぶつかる。
智花「……話してみませんか? ただの思い過ごしというには、ちょっとおかしいと思いますし」
紫陽花「……そうだな」
これがまだ一人であれば、俺もまだ『リアリティのある夢』として放置もできただろう。だが、なぜかまったく同じような夢を、それも同時期に見ている人間が一人いるのなら話は別だ。これがただの偶然と片付けられるようには、どうしても思えなかった。
紫陽花「実は……」
俺は意を決して今朝見た夢の内容を話すことにした。あまりにもショッキングな内容部分は多少ぼかして、でもある程度察せられる程度には伝える。南との間に多少の光景の差異はあるものの、共通しているのは魔物に襲われて壊滅状態に陥った学園の夢、ということだ。
全てを聞き終えた野薔薇たちと岸田は難しい顔をしていた。
夏海「んー……確かに二人が似たような夢をまったく同じ日に見てるのは気になるけど……」
刀子「拙者も二人に対して不敬を持つわけではないが、気のし過ぎではなかろうか?」
智花「で、でも……」
自由「うーん、お嬢。昨日の旦那様からの報告……」
姫「無関係、とは思えないタイミングですわね……」
紫陽花「何か心あたりがあるのか?」
姫「え、ええ……とは言え、もしかしたらという程度ですわよ?」
戸惑うように前置きをした野薔薇の話はこうだ。
どうにも最近、街近郊に出る魔物が多くなっており、数日前に至ってはついに街中に魔物がでてきたそうなのだ。ただそれだけだと思ったが、魔物の大規模侵攻の兆候の一つは『街中への魔物の発生』だ。それを警戒した内容を電話で受けたということらしい。
紫陽花「……あの状況は大規模侵攻だって言ってもおかしくはなかった」
智花「はい……私も大規模侵攻への参加経験はありませんがそう思います」
夏海「なんだかきな臭い状況になってきたわね。確かに魔物自体の出現数もかなり増えてるけど」
紫陽花「ああ、どうにも……」
『緊急放送、緊急放送! 校内にいる生徒は話を止め聞いてもらいたい!!』
姫「……ま、まさか?」
まるで狙いすまし方のようなその校内放送に、俺は半ば確信にも近い予感を感じていた。静まり返った教室内に、スピーカーからは鋭く、だが短いヒトコトが言い放たれた。
虎千代「……皆も知っているとは思うが、非常事態宣言が発令された。今この時を持って、数日は授業を免除し、各自クエストへ当たるための準備や訓練に専念してほしい」
学園の校内放送で非常事態宣言が発令された直後、俺達学園生は体育館に集まっていた。内容は、『第7次侵攻』に対抗出来うるようにするための諸注意などだ。今までクエストで魔物たちと戦ってきただろう学園生たちも、ほとんどが大規模侵攻への参加経験はないだろう。というかいないかもしれない。それを証拠に、武田の言葉一つ一つにざわつきが大きくなっている。
薫子「静かにしてください!」
薫子「……あくまで、条件に当てはまっていたがために行っている措置です。きちんと対策さえされていれば、大規模侵攻も越えられるだけの力はありますわ」
虎千代「過去の侵攻時は我々の予期しないタイミングで起きたことが大きな敗因だ。しかし、何も得ず苦汁をなめていたわけではない。その一つである情報だが、大規模侵攻には必ず兆候があるということだ」
学園生「ちょ、兆候ってどういうのですか?」
聖奈「皆知っていると思うが、魔物は基本的に校外に現れる。もし街中に出現したとしても、それはかなり弱いということは知っているか?」
学園生「そ、そりゃあしっちゃいるけどよ……」
聖奈「その法則が乱れる時、そして魔物の出現量が平均時よりも30倍近くに増えた時等が条件に当たるのだ」
学園生「確かに、最近クエストが多かったような気がするな」
学園生「じゃあ、魔物の量が30倍に増えたってことですかっ?」
聖奈「……残念ながら、『それも』ある、という答えになるな」
額に手を当ててそう答えた結城に、学園生の多くがざわつく。
虎千代「先日、クエストには発令しなかったが……街中にタイコンテロガ級が出現した」
一同『!!??』
武田のその一言は、体育館に広がっていた騒ぎを一瞬で止めた。そんな話の、俺も含め大半の連中が知らなかっただろう。しん、と静まり返った中で彼女は更に続ける。
虎千代「さすがに街中かつ緊急性のある状況だったため、例外的に我々生徒会で対応させてもらった。その時の魔物の霧の濃さ、能力の高さからもタイコンテロガ級であったことは間違いない」
学園生「だ、大規模侵攻って……タイコンテロガ級も出るんですか!?」
虎千代「もちろんだ。だが、悲観的になることもない。個人で倒すのは骨が折れるだろうが、大規模侵攻が正式に確認された場合は確実に6人以上のパーティーを組むことを義務付けるからな」
学園生「で、でもそれでも倒せなかったらどうするんだよ!!」
虎千代「良いか? 戦うのは決して我々だけじゃない。国軍やIMFにも要請はかけている。皆の主な任務は逃げ遅れた市民がいた際の誘導と倒せそうな魔物の撃破だ」
それくらいなら、という声がちらほら聞こえる。どうやら自分たちが表立って戦う必要がないと安堵しているようだ。だが、それでも俺の中にある不安はまったく拭いきれていない。
紫陽花(……ならあの夢の中じゃ、どうして学園生が戦っていたんだ?)
もちろん、周りに逃げ遅れた市民がいたのかもしれない。増援が来るまでの間の時間稼ぎをしていたという可能性も。だが、それにしてはあの時感じた周りや自分からの感情は希望というものを持っていたようには思えない。この後にでも、武田たちには話をした方がいいかもしれないな。
未だ続く生徒会からの今後の動き方の説明を聞きながら、俺は今朝見た夢のことを詳細に語れるように整理することにしたのだった。
姫「まさか昨日の今日で非常事態宣言とは……」
刀子「どうにも偶然とは思えぬ状況になってしまったな」
紫陽花「ああ……」
夏海「大丈夫? 智花」
智花「……う、うん」
怜「無理はするな? 倒れでもしたら本末転倒だ」
自由「そっすよ? まったく気にしないってのは難しいかもしれないっすけど」
体育館から出た後、俺は生徒会室へ向かおうとした。そこへ、同じように考えたのだろう南が神凪と岸田を連れて後を追ってきたのだ。更に言えば、そこへ俺を追いかけてきた野薔薇たちもきたのだが。気のせいかもしれないからもしかしたらに変わったところでこの非常事態宣言だ。岸田たちじゃないが、南は無理をしないほうがいいんじゃないかと思ったがやんわりと断られた。
智花「……正夢になんてなってほしくないですから」
紫陽花「……そう、だな」
弱々しい表情とはちがって、瞳に宿る強い意志を感じてこちらも頷く。出来れば俺だって、あの光景は二度と見たくはない。いつの間にかたどり着いていた生徒会室の前にたち、俺は深呼吸をしてから扉を叩いた。
虎千代「……なるほど」
生徒会室に突然訪問してきた俺達に驚いていたようだったが、武田たちは快く中へ入れてくれた。そして、俺と南が今朝見た夢の件を詳細まで話す。最初こそ何言ってんだこいつみたいな目で見られたものの、二人がほぼ同じ内容の夢を同一日に見たっていう情報が良かったらしい。それでも、武田以外の二人は半信半疑といった表情ではあるが。
虎千代「世の中には予知を出来る占いが得意な魔法使いもいる。現状把握できているのは世界でも3人だけらしいが……」
紫陽花「そんなタイプの魔法使いも存在してたのか」
聖奈「ですが、あまりにも突拍子もない話だ。信じてやりたいとは思うが……」
紫陽花「一蹴されないだけマシだとは思う。だが……どうにも嫌な予感が拭えなくて……」
智花「その、実はなんですが……」
薫子「? いかがなさいましたか?」
智花「私は、この夢が初めてじゃないんです」
一同『はっ!?』
南の突然の告白に、俺達は口をそろえて驚きの声を上げる。視線が集まったことに少しいづらさを感じるのか、彼女は肩身が狭そうに実をすくめていた。
怜「初耳だぞ?」
夏海「それ、本当なの?」
智花「う、うん……でも」
虎千代「でも?」
智花「今日ほどしっかりしたものじゃなかったんです。ぼんやりと魔物に襲われているっていう恐怖感とかは感じていましたけど……」
聖奈「……ふむ、柊のほうはどうだったんだ?」
紫陽花「俺は今日が正真正銘初めてだな」
頼まれたって二度と見たくない。顔をしかめていると、『すまん』と謝られてしまった。
虎千代「だが、ただの気のせいと放置もしかねるな」
聖奈「……実際に予知を出来る魔法使いも居るわけだし一理ある、のか?」
薫子「二人同時にと言うのも気になりますわ。その夢を見た当日に非常事態宣言が発令されたのも……偶然にしては出来過ぎています」
虎千代「もし本当にその出来事が起きると仮定すると、ムサシ級が出現する可能性もあるということか」
紫陽花「……あいつが」
夢の中での視界ではほとんど詳細を見るに至らなかったが、あれは相当な大きさだった。動く山と言っても過言ではない程だったようにも思える。そんなものが進出してくると考えたら、どう対策をすればいいっていうんだ? 周囲に主ぐるしい沈黙が降りる。
……しかし、なんだろうか。何かを見逃しているような気がする。夢の内容を説明したり、思い出したりする度に感じていた事だ。周囲に散らばる生徒たちの姿……と戦う姿を見せる生徒たち。そして逃げ惑う市民たち。そこまで思い返して、俺は震える声で南に尋ねる。
紫陽花「……南、不躾な質問であることは承知で聞くぞ?」
智花「な、何でしょうか?」
紫陽花「夢の中で、俺たちは大半が倒れていたな……」
智花「え、ええ……ですけど、それが?」
紫陽花「その中に、俺たちグリモアの生徒以外に戦っていたり、倒れている生徒以外の姿を確認できたか……?」
智花「……? いえ、私の見た夢の視界ではグリモアの生徒や一般市民の姿だけでしたけど……」
一同『!!?』
俺の問いと南の返答に、生徒会室にいた人間の表情に緊張がはしった。特に、野薔薇たちの。
姫「……ムサシ級ほどの相手に、軍が動かないはずがありませんわ。なぜ?」
虎千代「それだけじゃない。今回はIMFの協力も仰いでいるはず……どちらも居ないということはありえん」
刀子「ふむ、どちらもたまたま視界に入っていなかったということではないのか?」
自由「刀子先輩、そう考えるにはちょっと違和感がありません? 特に自分たちはつい最近、軍からの偽の出動命令を出された上に柊先輩を狙われたんすよ?」
刀子「っ!? まさか……意図的に救援が来ないようにされている可能性がある、と?」
聖奈「小鳥遊の言うとおり、少々全てを楽観視するのは危険だな。野薔薇、あれからそちらの家からの報告は?」
姫「ひと通りの説明は済ませてありますわ」
刀子「姫殿を疑っておるのかっ!?」
自由「ちょっと刀子先輩、そういうんじゃないと思うっすから……少し落ち着いてください」
姫「そうですわ。状況が状況……私も甘んじて状況を受け入れます」
刀子「む、むう……」
紫陽花「……なあ、野薔薇。報告って……口頭でしたのか?」
刀子「柊殿まで!」
紫陽花「悪いが、とことん突き詰めないと状況が悪くなっていく一方だ。……俺は、あんな光景二度と見たくない」
刀子「っ!? ……そんなに、酷かったのか?」
紫陽花「……」
無言を貫く。時には無言というのはどんな言葉よりも雄弁に状況を語る。一体俺がどんな顔をしていたのかはわからないけど、周囲は察してくれたらしい。特に、似たようなものを共有している南は沈痛な面持ちをしていた。
一方、問いかけられた野薔薇の方はというと特に俺から不躾な質問を受けたとも気にしていない様子だ。ただ、真剣に沈黙し俯いていた。
姫「……やられましたわね」
紫陽花「っ!? どういうことだ?」
姫「私がお父さまへの報告に選んだのは『報告書』という形の文書ですわ。その方がより詳細に、かつ記録に残せるからと思っていたのですが……」
聖奈「文書か……目的の人物に至るまでの間に幾らでも手を加えることも出来るな。ちなみに、文書は手書きか?」
姫「ええ、私はその……機械には疎いので」
薫子「とあれば、隠されているか処分されてしまっている可能性が高いですわね。野薔薇さんは出来れば、早急に父君への連絡をおねがいしますわ」
姫「ええ、こうしてはおられません。自由、刀子! 行きますわよ!」
刀子「御意!」
自由「ま、こんな時くらい頑張りますかね。……あんな先輩、見てられないですし」
野薔薇一行は慌ただしげに去っていく。部屋を出て行く瞬間、小鳥遊が一瞬だけ俺の方を見たような気がしたが……なんだろうか?
智花「一体、何が起きているんでしょうか?」
夏海「そうね。さっきの報告云々ってのも気になるんだけど、今回の件に関係するの?」
紫陽花「……武田、話しても?」
虎千代「本来であれば最重要機密な上、下手に話しては混乱を招く必要がある。そのことを踏まえた上で……他言無用に出来るか?」
夏海「うっ……信用ないなあ……」
薫子「貴女だけを見ていっているのではありません。……報道部、特に遊佐鳴子が変に情報を拡散しないかを懸念しているのです」
夏海「遊佐先輩はそんなことっ!」
聖奈「それほどに軽々しく話すべき状況の話ではないと言いたいのだ。神経質かもしれないが、面白半分に記事にされては困るからな」
夏海「……分かってるわよ。今回の件だって、純粋に智花が気にしているみたいだからみたいなもんだし」
虎千代「神凪は特に心配していないが、形式上言っとくぞ? このことは他言無用で頼む」
怜「ああ、承知した」
紫陽花「……それじゃあ、話すぞ。とはいえ、俺たちもそんなにわかっていることは多くないんだけどな」
そんな前置きをしながら、俺は南たちにも分かるように京都での出来事を話していた。説明している間、余計に現実味を帯びてきた嫌な予感に寒気を覚えながら……。