この後の展開はおそらく、ある程度原作を知っている人たちならば分かるでしょう。壮絶なネタバレになるのでこれ以上は言いませんが。
第十五話:繰り返される時間
第七次侵攻の発令。それは霧の魔物の大量発生を告げる、人間と霧の魔物との間に繰り広げられる徹底的な戦争の始まりを告げるものだ。
そこから一週間の間、俺たちグリモアの生徒たちは全ての授業を取り下げて訓練にあたってきた。主にパーティーで動く際の連携を重視した、単独行動をしない方向で動くためのもの。タイコンテロガ級に育った霧の魔物を相手に単独での戦闘が出来るのは数える程度しか存在していない。それも、その一体に全力を注げば勝てるという程度にすぎず、到底推奨される行為ではなかった。だからこそ、皆……その日に備えてパーティーを組んでいることを前提とした訓練をこなしてきたのだ。……そして。
虎千代「急げ! 東南の方角からT級(タイコンテロガ級の略。以後T級表記)の軍勢が来ている! 動けるパーティーは市民の避難誘導を!!」
薫子「会長、一部救援に向かっていたパーティーからの救援要請が……」
虎千代「ちっ……ドコモかしこもT級が攻めてきているのか……」
舌打ちをした武田は、普段とは違いかなり追い詰められたような表情を浮かべて支持を出しにあちらこちらへと飛んでいた。水瀬も水瀬で、的確に伝えられてきた情報を重要度の高い順に伝えているようだ。結城はそのための情報整理だ。そして、なぜこんな中央部付近である司令塔に俺がいるかというと――。
学園生「くっ……」
学園生「すいません、治療をお願いします!」
紫陽花「ああ、任せろ!」
学園生「すまん……助かるよ」
紫陽花「気にするな。……本当は俺も前に出たいんだがな」
学園生「それこそお互い様だ。お前みたいな回復魔法使いがいるから、俺たちは無茶が出来るんだぜ?
学園生「そうだよ。それに柊くんは魔力も補充してくれるしね!」
紫陽花「ありがとう。少し気が楽だよ」
『ありがとな』、と言い残し治療と魔力供給を行っていたパーティーが走り去っていく。ついでにその背中に身体強化の魔法を飛ばす。一瞬戸惑っていたようだが、それでもすぐに順応したのかさっきよりも速い。
そう、俺の役割は全てのポイントの中央に位置するこの場所での治療と魔力供給をすることだ。この場に回復魔法を使えるのは俺だけだ。圧倒的な数の人間を治すことが出来、かつ魔力の譲渡までとなると俺にしか出来ない。そういう事情もあって、俺は前線で皆を守りたいという気持ちを押さえつけてこの場にいる。
虎千代「すまんな……疲れていないか?」
紫陽花「心配ないよ。このペースなら、正直そんなに疲れるほどの魔力は使わないから」
虎千代「まったく、改めて呆れるほどの総量だな。だが、お前も人間だ。疲れたら遠慮無く言えよ?」
紫陽花「ああ、それより……状況はどうなんだ?」
聖奈「挙げられた報告を纏め終わったところだが、どうやら今のところは均衡を保てているらしい。IMFやアメリカから来たヒーローたちも頑張ってくれているようだ」
薫子「心配していた軍についても、現状は特に目立った動きを見せていませんね。おそらくこの調子であれば徐々に鎮圧も出来ると思いますわ」
紫陽花「そうか……」
それでも不安が拭えない。その不安の一点は、間違いなく軍の不確定要素に関してだ。野薔薇たちが連絡を取ろうとしたところ、なんと軍の最高責任者である人間が遠出をしているというではないか。そのことは彼女たちも初めて知ったらしく、驚きを隠せなかったようだ。結局、今日に至るまでにコンタクトをとることが出来ず、次に立場の高い信用のおける人間に情報を提供するだけに終わった。そのことがどうにも、嫌な予感を感じさせてならないんだ。
紫陽花「……皆、無事で居てくれよ」
仮建設のテントの中、来るものを片っ端から治療しながら、俺はそんなことを願っていた。
一方、姫たちは中央からほどほどに離れた場所で市民の避難誘導に徹していた。もちろん、時折迫ってくる魔物への攻撃はするが、基本的にはIMFの人間がメインで防衛にあたっている。この状況を覆すことは出来ないだろう、そう思いながらも姫の内心は穏やかではなかった。
姫(……お父様がこの時期に居ない。何か裏があると思って間違いないですわね。特にあの副司令官……どうにも怪しいですわ)
そう、姫は自らの父の次に立場の偉い副司令官に対して不信感を抱いていた。何が、と明確には言い当てられては居ない。だが、もともと副司令官には暗い噂が多く立っていた。軍資金を裏で使い込んでいる、立場を利用して都合の悪い報告は握りつぶしている、定期的にどこかへ姿を消しては何食わぬ顔で帰ってくる……などがそうだ。それらのうち一つをとっても怪しむなというのが難しいレベルである。しかし、それでも彼がその立場にいられたのはひとえに、与えられた任務は必ずこなしていたからだ。そういうこともあり、素行に問題はあるが指揮系統などを含め軍の動かすことに関しては問題はないという理由であの立場に居続けている。
刀子「姫殿……姫殿!」
姫「! ごめんなさい、少し呆けていたようですわね」
刀子「お疲れであれば中央に行かれては?」
姫「大丈夫よ。各地で皆さんが頑張っているのに、野薔薇である私がこの程度でヘタっていてどうするというの?」
姫(そうよ……今は軍のことは置いておきましょう。そのこともひっくるめて、何があっても乗り越えられるようにして置かなければ!)
自由「お嬢! あっちから魔物が漏れてきてますよ!」
姫「おーっほっほっほ! この私が居る限り、善良な市民に傷ひとつ付けさせませんわ。かかってきなさい、魔物ども!」
不安に多い潰されそうになる自分にムチを打ち、野薔薇姫は声を張り上げ魔物へと魔法を放った。
そして、場所はまた変わり。
イヴ「数が多いですね……」
怜「ああ、無理せず引きながら行くぞ。以前のように一人で飛び出すのだけは許さないからな」
イヴ「分かっていますよ。あの日、痛いほど思い知りましたから」
風子「みなさんはこちらへー! 慌てず騒がず、適度に急いでくだせー!」
紗妃「服部さん、こちらはもうすぐ誘導が終わります。中央の報告と同時に天文部の方へ行ってあげてください!」
梓「んー、そっすね。ありがたくそうさせてもらうっす!」
風紀委員が率いる一団によって、よどみなく市民の避難が進められていた。紗妃の言葉に軽く一礼をしてから、梓はもう一つのよりどころである天文部のメンバーたちの救援へと向かって姿を消す。
迫り来る魔物を抑える役をイヴと怜が、避難誘導を風子と紗妃が行い順調にこなしていた。魔物の一体を氷の槍で突き刺し霧散させながら、イヴは軽く息をつく。
イヴ「……中央は無事でしょうか」
怜「ああ、それどころか今のところはグリモアの生徒からの救難信号は来ていないからな」
イヴ「なら大丈夫ですね。私たちはまず、目の前の敵をどうにかしましょう」
怜「ふっ、そうだな」
ぱっと見分からない程度に表情をゆるめたイヴに、怜は変わったものだなと心の中で感嘆していた。会ったばかりの彼女と言ったら、使う魔法と同じくらいに凍てついているのではないかというくらいに人との接触を拒んだ。大抵の任務を一人でこなし、傷だらけになろうと誰かを頼るようなことはしなかった。しかし、そんな彼女もある日を堺に徐々に変わり始めている。
怜(さて、それは一体なぜなのだろうな?)
この場に居ない少年の顔を思い浮かべながら、怜は突っ込んできた魔物をすれ違い様に両断。
風子「さて、それじゃーそろそろウチらやりますか」
紗妃「避難先を襲われては意味がありません。この場にいる魔物は一匹残らず退治しますよ!」
怜「ああ、望むところだ! 冬樹、行けるな?」
イヴ「ええ、援護します!」
梓こそ抜けたものの、風紀委員たちの戦闘力も決して低くはない。前衛の怜に遠距離もこなせるイヴ。そして、相手を拘束する阻害魔法を得意とする風子に、補助魔法全般を扱える紗妃だ。ここに回復魔法を使える人間がいたなら、それこそ典型的なテンプレメンバーである。
二人が加わったことにより、魔物を倒す速度に拍車がかかった。
怜(智花の心配が杞憂に終わればいいのだがな……)
そう、返す刀で魔物を切り捨てながら空を見上げる。その様は、まるで彼女の不安を表すかのように薄暗く曇っていた。
更に場は変わり、市街地では年少組と一部の年長組が組んで戦っていた。
秋穂「きゃっ!?」
春乃「秋穂に触れるなぁっ!!」
市街地にはすでに市民の姿はなく、居るのは散歩部縁のメンバーだけだ。
秋穂にちかよろうとした魔物はことごとく姉である春乃の手によって粉砕される。その様子に秋穂はもう少し信用してもらいたいと思いながらも後方から魔法で援護をしていた。
ノエル「行っくよぉ! 私の本気っ!」
ノエルは淡いオレンジの光を纏いながらの突進攻撃を魔物に向かって放つ。元気さの目立つ彼女らしい攻撃とも言えるが、それは少々無謀でもある。
龍季「バカ! 一人で突っ込むんじゃねえ!!」
さら「シロー! ノエルちゃんを助けて下さい!」
シロー「わんわんっ!」
その無鉄砲さを龍季とさらの二人が綺麗にサポートしていた。左右から襲いかかろうとしていた魔物たちを、左は龍季が、右はさらとシローによる攻撃で弾き飛ばす。その様子を見たノエルは状況に気づいたのか、バツが悪そうな笑みを浮かべていた。
ノエル「ご、ごめーん……ありがと」
龍季「ったく、心臓に悪いから止めてくれよ」
秋穂「大丈夫だった? ノエルちゃん」
ノエル「うん、全然大丈夫だよ!」
さら「でもでも、今日はすごく魔物さんが多いですね」
龍季「ああ……これが大規模侵攻ってやつなんだな……ちっ」
龍季は皆には聞こえないように小さく舌打ちをする。なぜなら、彼女はこの中で唯一自分の魔法を完璧に制御出来ないからだ。いつ暴走して小さな仲間たちを傷つけないかどうか、それを気にしていた。普段の行いが悪い彼女だが、それもまた周りを傷つけないための彼女なりの優しさなのである。そんな彼女を見ていた春乃は、ゆっくりと近づく。
春乃「悔しいと思うのであれば、努力しろ」
龍季「っ!? てめえ……」
春乃「焦る必要はない。ただ、周りが傷つくことを恐れるな。でなければいつまで経ってもそのままだ」
龍季「……助言のつもりか? いったいどういうつもりだよ」
春乃「……秋穂は、散歩分にいる時の表情が一番輝いている。冬樹妹がいて、仲月がいて、シローがいて……その中にはな、お前も居るんだよ」
龍季「……」
春乃「私的には朝比奈がどうなっても知らん。だが。それで秋穂が少しでも悲しむ可能性があるのなら……そういう理由だ」
龍季「礼は言わねえぞ」
春乃「ふん、不要だ」
鼻を鳴らしながら春乃は再び自分の最愛の妹を抱きしめに飛んで行く。その後姿を見ながら、龍季は小さくため息をつく。
龍季(情けねえ……あんな奴に核心を突かれちまうなんてな……)
握りしめた拳にパリパリッ、と音が走る。それをどうにかなだめすかしながら、龍季は悩んでいた。しかし――。
さら「龍季さーん、行きましょー!」
シロー「わんわんっ!」
龍季「……ああ、そうだな」
握りしめていた拳を暖かく柔らかい、小さな手で触れられた。そのことをゆっくりと噛み締めながら、龍季は顔を上げた。その顔にはもう、何の迷いも見えない。ゆっくりとだが、さらについて歩き出す。
龍季(今はどうにもなんねえ……けど、絶対にこいつらだけは守る!)
そう、心に誓いながら。
葵「白藤さん、どうでしょうか?」
香ノ葉「せやねえ……2時の方角に2……いや、3体おるみたいやなあ」
葵「2時の方角……あれですね」
とある廃ビルの窓の無くなった空間から、葵は言われた方角を見る。その先にいるのは黒くうごめく3体分の影だった。見間違えるはずもない魔物の姿を視認した葵は、弓を構えると大きく引き絞り狙いを定める。距離にして300mははなれているだろう。そんな距離は本来なら、たとえ弓の名手といえど届くはずはない。しかし――。
葵「ハッ!!」
気合の入った掛け声とともに放った一本の矢は寸分違わず、彼女の狙い通り魔物の頭部を撃ちぬいた。それを確認したのか、魔物たちは葵たちの姿を確認し咆哮を上げる。
香ノ葉「まずっ! 場所が割れてもーたわ、移動するえ!」
葵「ええ!」
急いでその場を去った数秒後に、自分たちの居たビルの壁が吹き飛ぶのを横目に階段を駆け下りる。普段であればそんな行動は取らない彼女たちだが、状況によるというものだ。降りた先にはすでに準備ができていたのか、ソフィアがすでに詳細まで視認出来るほどの距離に来た魔物とにらめっこをしていた。
ソフィア「ワタシが前に出ます! 香ノ葉さんと葵さんは援護を頼みまーす!」
香ノ葉「危ないことは控えてほしいけど、しゃあないなあ」
葵「ソフィアさんには指一本ふれさせませんよ!」
ソフィア「OH! 心強いデース! では、いきますよー!」
ソフィアはそう言うやいなや、地面を思い切り叩く。その瞬間、どこからと思えるほどの大量の湯が小さな津波のように魔物たちに襲いかかる。大量の水に身動きがとれないのか、動きの鈍っているところを葵の矢と香ノ葉の式神がとどめを刺す。完全に霧散し、周囲に危険がないことを確認した後で3人は一息つく。
香ノ葉「それにしても……苦戦しとるみたいやなあ……。ウチらのとこには幸い、T級は来てないみたいやけど」
葵「皆さんは大丈夫でしょうか」
ソフィア「心配ナイデース! いざとなったら救難信号を飛ばすよう、口が酸っぱくなるまで言われてますから!」
香ノ葉「せやな。今のところ、それらしい煙は上がっとらんようやし」
葵「では、皆さん善戦中と考えて私たちも頑張りましょう!」
葵の掛け声に、香ノ葉もソフィアも笑って頷く。そんな二人を見ながら、葵は無意識に中央に向かって顔を向けていた。その先に居る一人の少年のことを考える。
葵(どこか思いつめたような顔をしておられましたが……大丈夫でしょうか)
普段から気を遣いすぎる一人の少年のことが気がかりで仕方なかった。それがどういった感情からくるものなのかは、色んな経験が不足している彼女には分からなかったのだが。
軍人「……」
最前線である戦場の少し後ろに位置する拠点に、一人の軍人が立っていた。その目は暗く淀んでおり、表情はまるで能面のように無表情。そんな彼を一言でたとえるなら、冷血な人形となるだろう。
そんな彼のもとに、別の軍人が近づく。
軍人「副司令官殿! グリモワール学園の生徒が一人、負傷したためこちらで休めたいのですが……」
副司令官「ふむ、構わん。奥に空いている部屋があるから勝手に使え」
軍人「はっ!」
副司令官「ときに、例の魔物は今どうなっている?」
軍人「はっ! ……現在、我々でどうにか侵攻をお染めていますが、持って2時間程度といったところでしょう。そろそろ、学園側に情報を伝えるべきでは?」
副司令官「ああ、そうだな……伝えておこう。けが人が居るのだろう? さがりたまえ」
軍人「……はっ!」
少し戸惑った後、軍人は学園の生徒を迎えに外へ出た。
そんな姿を見送る副司令官の男が気味が悪い笑みを浮かべている。その手には大量の情報が記載されている紙がバインダーに挟まれていた。その一つにギョロつく目で見る。
副司令官「くっくっく……いかにして一ところに学園生どもをまとめあげるか……悩みの種が解決しそうじゃあないか」
副司令官の男は人目がないことをいいことに、さっきまでとは打って変わって狂ったように嘲笑っていた。その笑い声を誰かが聞いたとしたら、間違いなくこういうだろう。
『悪魔の笑い声のようだ』
と……。
紫陽花「ふう……」
もう何十回……いや、ヘタすれば何百回目になるかわからない回復魔法を行使した後、俺は大きくため息を付いた。
虎千代「……大丈夫か?」
紫陽花「ああ、それよりもさっきの情報はやっぱり本当なのか?」
虎千代「……間違いないようだ。現場に行っていた生徒からも報告を受けている。まさか本当にムサシ級がくるとは……」
そう、溜息の理由は非常に簡単。各地で優勢の報告は受けているものの、その全てを覆す可能性もある未知数な力を持ったムサシ級が現れたという報告があったのが1時間程前のことだ。あまりにもでかすぎる体躯に、力に……現場にいた生徒たちの大半がやられ、大きな傷を負ってここへ来た。それらを癒していたからこそ、気が重いんだ。
薫子「先程の生徒でようやく峠を超えましたわ……お疲れ様です。紅茶はいかがですか?」
紫陽花「ありがとう、助かるよ」
聖奈「これからさらに大変になるだろうからな。今はゆっくり休んでいてくれ」
紫陽花「ああ、でも何かあったらいつでも――」
そう俺が言おうとした瞬間、仮設のテントの外からけたたましい音が響き渡る。それを耳にした瞬間、俺は手にしていたティーカップを捨てて外へ駆け出す。
虎千代「! あれは……!!」
紫陽花「救難信号!?」
ほぼ同時に動いていたのか、後ろから武田たちの声も聞こえる。赤色の発煙筒……それは事前の取り決めで、命の危険を知らせる救難信号だった。それを見た俺たちは顔を見合わせる。
虎千代「方角的には少しそれているが、ムサシ級が通るだろうルートに近いな……」
薫子「今すぐ向かいましょう。あれを使うということは余程のことがあったということでしょうから」
紫陽花「俺も行く!」
虎千代「……本来なら待っていろと言いたいが、現場に重傷者が居ないとも限らないしな。さあ、行くぞ!」
紫陽花「ああ!」
今もまだ赤い煙が立ち上るのを見上げながら、俺は走る足に力を込めた。
その先で、俺は全ての現実を否定した。
紫陽花「あ……ああ……!?」
目の前に広がる光景を、匂いを、感覚を……全て否定したくなる。それ程に、目の前に広がっている光景があまりにも信じがたい状態だったからだ。
虎千代「しっかりしろ、何があったっ!?」
学園生「……」
虎千代「くそっ! ダメだ……息がない……」
紫陽花「何で……何で、何で、何で何で何で!?」
虎千代「っ! 落ち着け、柊! お前はひとまず……」
自由「……せん、ぱい……?」
紫陽花「っ小鳥遊?!」
声のした方へ反射的に駆け寄る。しかし、そこに居たのは……。
紫陽花「うっ……」
自由「はは……遅れを……取っちゃいました……」
紫陽花「小鳥遊っ……!」
慌てて回復魔法を使う。小鳥遊の胸に空いた大きな穴からおびただしいほどの血が流れだす。くそっ、どうして……どうして塞がらない!? 慌てる俺の手を、小鳥遊の弱々しい手が握る。
自由「自分は……もう……。……せ、て……犯人……」
紫陽花「もう喋るな!」
虎千代「これ以上は体に障る……しゃべるんじゃない!」
自由「……ごほっ! ……副、指令……ん……彼が、軍全ての……」
紫陽花「小鳥遊……?」
自由「……」
紫陽花「おい……嘘、だろ? 小鳥遊……おい、小鳥遊!!」
虎千代「柊! ……もう、眠らせてやれ」
肩に手を置かれ、遠回しに現実をつきつけられても……俺はそれが信じられなくて回復魔法を使う。しかし、どれだけ力を使おうとも、野薔薇の傷は塞がらなかった。それが何を意味するのかを理解した瞬間……いや、とっくの前に理解はしていたんだ。彼女の下半身がなかった時点で。その傍らには言うまでもなく、野薔薇とそれに覆いかぶさるようにして倒れている支倉の姿もある。明らかに、魔物による傷とは思えない、無数の穴を開けたまま。
俺の中で何かが壊れる音がする。視界が何もかもが真っ赤に染まっていく。虚ろな目で周りを見れば、多くの学園生に混じって、南や冬樹といった見覚えのある顔が見える。
紫陽花「……守れない」
虎千代「柊……?」
紫陽花「俺は、俺は何も……あの時と変わっていない……。何も守れず、何も出来ずに……」
虎千代「――っ! ――!?」
真っ赤な視界はどんどん広がり、ドンドンと周りの景色すら歪んでいく。もう周りに音すら感じない。そんな時、俺の体を無数の硬い何かが貫くのを感じ、球に体に力が入らなくなった。ほとんど聞こえなくなった耳に、どさっという音が聞こえた瞬間、地面に倒れたのかと理解する。ドンドンと体に力が入らなくなり、やがて意識が薄れていく。
紫陽花(……死ぬ、のか? 何も出来ずに……)
完全に真っ暗になったところで、俺は再び自問自答を繰り返す。
紫陽花(……救いたい、あいつらだけは助けたい……!)
いまさらどうなるというわけでもないのに、俺は強く……強く願った。やり直すことが出来るのなら、今度こそ俺は全てを掛けてでも皆を助けたい、と。
そこで、柊紫陽花の人生は終わりを告げた。