しばらくは学園生活が続きます。あまりクエストを出し過ぎるのは
よくないかなっていう個人的な理由ですが。
ではでは、リクエストした方、楽しんでいってくださいねw
第3話:学園での生活その2
紫陽花「……さて、来てしまったわけだが」
白藤からの手紙を受け取った翌日。
俺は学校案内を見ながら辿り着いた茶道部の前に立っていた。
文化棟らしく、そんなに言うほど騒がしくはない。
遠くから運動部の掛け声が聞こえる程度だ。
なんかこう言うの緊張するんだよなあ……。
呼ばれてるっちゃ呼ばれてるんだけど、慣れてない場所に入るのが。
どうしようかな、開けるべきが開けざるべきか。
葵「おや? そこにおられるのは柊さんではありませんか」
紫陽花「っ!」
紫陽花「お、おう……冷泉か」
『こんにちは』、と朗らかな笑顔のまま歩み寄ってきた。
だが、少し遅れて不思議そうな顔で小首を傾げられる。
葵「? でも、どうして柊さんが茶道部の前におられるのでしょう……」
紫陽花「あ~……実は――」
香ノ葉「ウチが呼んだんよ~」
紫陽花「あっ、白藤」
葵「まあ、香ノ葉さん。こんにちは」
香ノ葉「ふふ、こんにちはやよ」
香ノ葉「ごめんなあ? ちょっと用事を済ませてたら時間がかかってん」
紫陽花「いや……それはいいんだけど」
香ノ葉「どないしたん?」
紫陽花「どうして急に招待状を?」
香ノ葉「それはもちろん、柊はんと仲よぉなるためや~」
葵「まあっ! それは素晴らしいですねっ!」
香ノ葉「せやろ~?」
葵「はいっ!」
葵「そうと決まればさあ、柊さんもどうぞ中へ」
紫陽花「お、おう……」
やんわりしてるようで押しの強い二人に押されるようにして、茶道部へ。
なんか流されてる気がするな~……ま、いっか。
中に入ると、やっぱりというかなんというか和室だった。
わー……盆栽とかまで置いてあるよ!
あっ、掛け軸……なんで『ほにゃらら』?
物珍しさも手伝ってついついきょろきょろしてしまう。
葵「いかがなさいましたか?」
紫陽花「あ、いや……こういうのは初めてだからさ」
葵「ふふ、そうでしたか」
葵「でも、あまりお気になさらず、自然体でいらしてくださいね」
紫陽花「あ、うん。ありがとう」
香ノ葉「おかしいなぁ~……ソフィアはんはどこ行ったんやろ?」
紫陽花「知らない名前だな……別のクラスの?」
香ノ葉「サンフラワーの子やね。越水ソフィア言うんよ」
紫陽花「へえ……名前から察するにハーフかな?」
ソフィア「遅れましたで~す!」
紫陽花「うおっ?」
香ノ葉「噂をすればやね」
ソフィア「? 見慣れない人がいますね」
ぴしゃん、という音がするレベルで開け放たれた戸の先には金髪少女。
忙しくツインテールを揺らしながら俺の様子をグルグルと見回してきた。
なんだろう、子犬チックな子だな。
しかし、思ったよりも日本語ペラペラだ。
ソフィア「初めましてですね!」
ソフィア「ワタシ、越水ソフィアです!」
紫陽花「ああ、俺は柊紫陽花。よろしくな」
ソフィア「ひいらぎ……? おー!」
ソフィア「あなたが香ノ葉さんと葵さんが言ってた人ですね!」
紫陽花「えっ、そうなの?」
香ノ葉「せや、柊はんはウチらのクラス初の男の子やからね」
紫陽花「あーそう言えばそうだ……」
葵「おや? でも我妻さんは男性でしたよね?」
紫陽花「……why?」
我妻が……男?
どこからどう見ても華奢な女の子にしか見えないぞ?
紫陽花「いやあ、冷泉。さすがにそれはないだろ」
紫陽花「冗談を言うにしてもちゃんと――」
香ノ葉「ああ、うっかりしてたわ~」
香ノ葉「確かに我妻はんは男の子やったね」
紫陽花「……マジで?」
香ノ葉「マジやよ」
うそん、あの見た目で男なのかあいつ!?
何度か話したことはあるがどう見ても女の子にしか見えない。
つーかなんで男なのに女子と同じ制服なんだよ!
紫陽花「……世界は広いな」
最終的に突っ込みたかった言葉をすべて飲み込んだ。
深く考えたら負けだ、うん。
紫陽花「で……ここって茶道部なんだよな?」
紫陽花「普段はやっぱりお茶たててるのか?」
葵「実は……普段はあまりお茶を淹れていないんです」
紫陽花「えっ、じゃあなにしてるんだ?」
香ノ葉「基本的にはお喋りやね」
ソフィア「でもでも! お客様が来た時はおもてなしするですよ!」
葵「ええ、なので今日はお茶を淹れようと思います」
香ノ葉「葵はんのたてるお茶はおいしいんよ」
香ノ葉「期待してもええと思うよ」
葵「もう、香ノ葉さんたら……」
紫陽花「楽しみだな……俺、こういう本格的な茶って初めてなんだよ」
葵「柊さんまで……」
葵「でも……ふふ、でしたらとっておきを淹れないといけませんね」
冷泉はやんわり微笑みながら、奥へと姿を消した。
多分準備してくれるんだろう……なんか悪いな。
待っている間、俺は白藤達が用意してくれた座布団に座りながら暇をつぶす。
どうやら基本はこうやって話をするのがメインらしい。
なんか似たような部活動があったような気がするんだが……。
と、しばらくすると冷泉が戻ってきた。
『和服姿』で。
香ノ葉「あらまあ、ずいぶん気合入れとりますなぁ」
葵「ええ、折角ですから正装でと思いまして」
ソフィア「おー! 日本の心ですね!」
紫陽花「……」
葵「どうかなさいましたか? 柊さん」
紫陽花「あっ、いや……和服というか着物というか……」
紫陽花「そんなのを着た奴を目の前で見たのは久しぶりでな」
葵「まあ、そうなんですね」
葵「おかしくはないでしょうか?」
紫陽花「ああ、すごく似あってるよ。雰囲気が大分変わるな」
葵「ふふ、ありがとうございます」
香ノ葉「あーん、二人だけの世界を作らんといてーな」
紫陽花「べ、別にそういうわけじゃ……」
葵「? ここにはソフィアさんも香ノ葉さんもいますが……どういうことなのでしょう?」
ソフィア「二人だけの世界と言うのはですねー……」
紫陽花「ストーップ、説明しなくていい!」
気まずくなるじゃないか、というのは飲み込んでおく。
不思議そうに首を傾げられたが、特に突っ込まれることはなかった。
幾らかの道具……あれを使うのか。
見ただけでは漠然とした用途くらいしか分からないな。
葵「今日は良いお茶を淹れますので、濃茶で出しますね」
ソフィア「おー……濃茶ですか」
葵「ふふ、大丈夫ですよ。甘みの強いものですから」
葵「お茶菓子と一緒にお召になればちょうど良いくらいです」
ソフィア「今日のお茶菓子は何ですか?」
葵「私の行きつけのお店で買ってきた羊羹ですわ」
香ノ葉「あー! あの美味しいやつやね!」
紫陽花「へえ、そんなに美味いのか?」
ソフィア「もちろんです! あれならどんな苦いお茶でも美味しくいただけます!」
紫陽花「へえ……苦いのは別に大丈夫だけど、そんなに美味いのか……」
俺は男だが甘いモノは特に苦手ではない。
というか好き嫌いはないんだけどな。
ちなみに好きな物は焼きおにぎりだ。
味噌以外のは認めない、絶対に。
色々と話をしている間にも、冷泉は手際よくお茶をたてる準備をしていた。
やっぱりというかなんというか、沸かしたお湯何かもあるな。
……そういや、こういう時って正座なんだっけ?
そう思って居住まいを正そうとしたら軽く笑われた。
葵「私たちの茶道部では自然体を大切にしています」
葵「ですから、柊さんも楽な体勢でいてくださいね」
紫陽花「お、おう……」
香ノ葉「そうやよ、ウチらだって正座なんてせえへんし」
ソフィア「足がしびれちゃいますからね」
ソフィア「そうなったらお茶どころじゃないでーす」
紫陽花「それでいいのか……まあ、有り難いが」
香ノ葉「正式な作法になると喋るのだって自由にはでけへんからね」
香ノ葉「楽しくやらな、ウチららしくないんよ」
紫陽花「そういうもんか」
葵「では、失礼して……」
一言前置きを置いてから、冷泉は茶碗を手に取る。
傍らにおいてた容器に入っていたお茶の粉を木の匙みたいなもので掬い入れる。
軽く何度か混ぜたかと思うと、茶碗に数回さじを当てていた。
作法はあまり知らないが、ああいう音を立ててもいいもんなんだな。
続けて、柄杓でお湯を取って適量を茶碗の中へ。
その後……アレなんて言うんだろう、木でできた刷毛みたいなもんでまぜはじめた。
シャカシャカシャカ……と、独特な音が部屋の中に響く。
うん、これがないと茶道って感じしないよな……よく分からんけど。
しばらくの間混ぜる音が続き、ゆっくりとかき混ぜる動作が止まる。
刷毛っぽい道具を脇に置くと、冷泉はすっと俺の前に茶碗を置いてくれた。
葵「どうぞ」
紫陽花「ああ、もらうよ」
事前に自然体でいいって言われたのもあるし、自然に答えて受け取った。
へえ……立てたお茶って初めて見るけど、泡だってるんだな。
香りもすごく濃い。
濃茶って言われていたけど、本当に濃い緑色をしていた。
少しだけ香りを楽しんでから口に含む。
ややとろっとした口当たりの後に、お茶の甘みと香りがふわっと突き抜ける。
紫陽花「……へえ、美味いな」
葵「! 本当ですかっ!」
紫陽花「ああ、この種類は初めて飲んだけど予想以上に飲みやすい」
紫陽花「濃茶って言ってたから苦いかなって思ったけど、本当に甘いんだな」
葵「ええ、苦いお茶が苦手な方は多いので厳選いたしました!」
葵「喜んでいただけたようで何よりです」
冷泉がほっとしたように、口元に手を添えて微笑む。
うん、着物美人ってこういうの言うんだろうね。
学生服姿ばかり見ているから新鮮ってのもあるけど、ちょっとドキッとした。
ソフィア「お~……ちょっと苦いですけど、いつものより飲みやすいですね」
香ノ葉「これ、いくらしたんやろ……」
葵「さあ……お父様たちにお願いしたので詳しくは分からないんです」
紫陽花「もしかしてとは思ってたんだけど、冷泉ってもしかしなくてもいいところのお嬢様?」
葵「そんな……私の家はそこまでではありませんよ」
香ノ葉「そんなこと言うて、三代名家の一つやないの」
紫陽花「げっ、三代名家っ? すごいんじゃないか?」
ソフィア「すごいに決まってますよ」
ソフィア「軍事の野薔薇家、政界の冷泉家、軍用事業の神宮寺家は有名ですね」
紫陽花「……うーん、聞いたことがあるようなないような」
なんせ小学生の頃から魔法訓練したり、軍に引き取られていた俺だ。
そういった娯楽関係はあんまし関わってこなかった。
唯一例外として、当時の保護者がやたらゲームだけは用意してくれた。
そのため、弁天堂3●Sは今でも愛用している。
と、話が逸れたがどうにも冷泉の奴は結構なところのお嬢様らしい。
まあ、しゃべり方やら立ち居振る舞いからなんとなく察してはいたけど。
後、なにげに野薔薇の奴もそうなのね……納得は出来なくもない。
香ノ葉「葵はんは他二人に比べると和風なお嬢様なんやけどね」
紫陽花「あー、神宮寺ってのはしらんけど野薔薇んとこは洋風そのものだもんな」
紫陽花「ってことは冷泉の家は和式の礼儀を持ってるわけか」
葵「ええ、茶道の他にも弓道も嗜んでいます」
葵「この学園でも弓道部を掛け持ちしていますわ」
紫陽花「へえ、弓道か……いいな」
弓は俺の大好きな武器の一つだ。
某狩りゲーでもメイン武器にしてるくらいには。
とはいえ、あの狩りゲーはアーチェリーに近い気がするが。
紫陽花「白藤はそれ、京都弁だよな?」
香ノ葉「そうやぁ~、京都はええとこやよ~」
紫陽花「じゃあ、生まれか育ちが京都なわけか」
香ノ葉「ううん、行ったこともないんよ~」
紫陽花「……どういうことだ?」
ソフィア「香ノ葉さんは京都が大好きなんですよ」
ソフィア「でも、現地に行ったことはないみたいでして」
香ノ葉「テレビで見た舞妓はん、綺麗やったな~」
紫陽花「……そうか」
話し方とかナチュラルに感じたからてっきり京都の人かと……。
でもあるよね、好きなとこの習慣やしゃべり方を真似しちゃうの。
俺も方向性は違ってるがそういう時期があった。
紫陽花「で、越水は?」
ソフィア「ワタシですか? ワタシの実家は温泉ですよ!」
紫陽花「温泉? 旅館の娘なのか……それはまた」
ソフィア「ワタシはハーフでこんな見た目ですか、日本大好きですよ」
ソフィア「むしろ、アメリカのことはほぼ知らなくて……言葉すらわからないです」
紫陽花「うそん」
ソフィア「柊さんは温泉は好きですかっ?」
紫陽花「ん、おお……あんまり入れる機会はなかったけど嫌いじゃないぞ」
ソフィア「おー! いつかうちの実家に来てみてください!」
ソフィア「サービスしますよー!」
紫陽花「はは、機会があったら頼むよ」
『はいっ』と元気よく頷く越水に少しタジタジだ。
テンションが高い相手はちょっと苦手です、はい。
そういう意味じゃ冷泉と話してる時が一番落ち着くかもしれないな。
白藤のやつはその……口調は穏やかだがなんか押しが強いし。
紫陽花「それじゃ、今日はありがとな」
お互いの話なんかを1時間ほどした頃、俺は茶道部をお暇することにした。
あんまり長居するのもよくないし、出来ればバイトの方も探したいからな。
入り口まで送ってくれてるが、そこまでしなくても。
香ノ葉「また来てな~」
ソフィア「お待ちしてますですよー!」
葵「柊さん、また明日」
紫陽花「ああ、またな」
名残惜しそうにしている皆を見て少しだけ後ろ髪ひかれた。
でもまあ、いつでも会おうと思えば会える。
適当に話を切って、俺は寮へと戻った。
卯ノ助「お、柊じゃないか」
紫陽花「ああ」
数日経ったある日の昼、学園の廊下を歩いていると卯ノ助と遭遇。
なんだかんだで数日ぶりだ。
相変わらずふよふよと浮かんでいたが、彼が機械だと聞いて納得した。
多分、機械的な何かで飛んでるんだろうと思っておくことにしたのだ。
それにしても、男子はそこまで人も多くなく、本当に割合あってんのかと思う。
すれ違う確率が極端に低いんだよな。
紫陽花「そう言えば、昨日茶道部にお呼ばれしたわ」
卯ノ助「茶道部……白藤のやつにでも呼び出されたか?」
紫陽花「おっ、当たり。よくわかったな」
卯ノ助「まっ、あいつのは病気みたいなもんだからな……わからないはずもないというか」
紫陽花「?」
卯ノ助「お前は知らなくても問題ないこった」
卯ノ助「それより、学園での生活はどうだ?」
紫陽花「んー、結構慣れたよ」
紫陽花「女の子が多いのはいまだに慣れないけどな」
卯ノ助「はっはっは、魔法使いへの覚醒は女の子のほうが多いらしいからな」
紫陽花「らしいな」
卯ノ助「まあ役得だとでも思って開き直ったほうがいいぜ」
卯ノ助「そんじゃ、青春しろよー」
紫陽花「余計なお世話だっ」
ふよふよと去っていく兎野郎に軽く悪態つく。
別に嫌いなわけじゃない。
こういうやりとりが出来るのが卯ノ助相手くらいなだけ。
まあ、悪友というか……そういう立ち位置だな俺の中では。
気心の知れた男友達が卯ノ助くらいってのも寂しいもんだな。
とと、早くしないとパンが売り切れちまうな。
緩みかけていた歩幅を広げながら購買へ向かう。
葵「うう、どちらにすれば……」
紫陽花「あれっ、冷泉。珍しいな」
葵「ああっ、柊さん! 調度良い所に!」
紫陽花「おおっ?」
目的地についたところで、冷泉にあった。
普段から購買に通ってる俺だが、冷泉を見たのは始めてだ。
それにしても、いいところにとはどういうことだろうか。
迫るように顔を見上げられていてちょっと恥ずかしい。
というか、距離が近いっ!
さりげなく落ち着かせてから距離を取る。
紫陽花「で、どうしたん?」
葵「ええ、実は……これなんですが」
紫陽花「……どら焼きと羊羹?」
目の前に突き出されたものに一瞬驚きつつ見てみる。
差し出されたのはどこからどう見てもどら焼きと羊羹だな、うん。
葵「実は、食後の甘味をどちらにするか迷っていまして……」
葵「このままでは休み時間が終わってしまいますっ」
紫陽花「……両方買うってのはダメなのか?」
葵「それは大変魅力的な提案なのですが……どちらかしか食べれそうにないので」
紫陽花「……ふむ」
しょんぼりと肩を落とす。
まあ、確かに冷泉って大食いには見えないもんな。
昼飯を食べた後でっていうならどちらか一つ食べるのが限度だろう。
でも、やっぱり女の子って甘いもの好きなんだな。
こういう何気ないところで、冷泉も普通の女の子なんだなとつくづく思う。
それにしても、ここまで迷ってるってことは2つとも食べたいってことだよな?
そうなると……。
紫陽花「じゃあ俺がどら焼き買うから、冷泉は羊羹を買ってくれ」
葵「? どういうことでしょう?」
紫陽花「半分こずつにすればどっちも食べれるだろ?」
葵「なんと! そんな方法があったのですね……!」
葵「ですが、そういうことでしたらお金は私が出しますわ」
紫陽花「お、おおう……」
返事をする前に購買部の方へ行っちまった。
両方買うんだったら別に俺がいなくても問題なかった気がするんだが……。
まあ当人が喜んでいるようならそれでいいか。
……あれ? 今気づいたけど、これ一緒に飯食う流れになってる?
紫陽花「……まあ、いっか」
気づいた後でなんとなく気恥ずかしくなってしまった。
でもまあ、冷泉はそういうの気にするようなタイプじゃなさそうだしな。
俺も意識はしないようにして過ごせばいい。
そう割り切ったところで、購買部に出来た人波に突っ込むのだった。
葵「柊さんのおかげで助かりました、ありがとうございますっ!」
ほっこりした笑顔で羊羹とどら焼きの入った袋を持って合流。
よっぽど好きなんだろう、足取りも軽い。
紫陽花「役に立てたなら良かった」
紫陽花「ところで、冷泉は飯どうするの?」
葵「お食事ですか? 食堂でいただいてます」
紫陽花「あら、食堂を使ってるのか」
紫陽花「それなら俺も食堂を使おっかな」
パンはぶっちゃけ後でも食えるし、おやつ代わりにでもしとこう。
そう意識を変えて改めて食堂のメニューを見てみた。
そんな俺の横を、美味そうな匂いを立てた料理達が横切る。
紫陽花「うおっ、結構美味そうなの置いてるんだな!」
葵「柊さんは食堂は初めてなのですか?」
紫陽花「ああ、今まではなんとなく購買でパン買ってた」
紫陽花「でも、値段もリーズナブルだし……食堂を利用してもいいかもしれないな」
葵「ええ、こちらのお料理はどれも美味しくて……」
葵「ところで、柊さん」
紫陽花「……ん? 悪い悪い、どうした?」
葵「あ、はい」
葵「『りーずなぶる』とは、どういうことでしょう?」
紫陽花「……へっ?」
葵「お恥ずかしながら、初めて聞く言葉なので……」
マジか、リーズナブルなんてどこでも聞く言葉なはずだが……。
でも改めて聞かれると正確な意味は分かんないな。
こういうのってフィーリングで使ってるから……。
無知な子に間違った知識を与えないためにデバイスで検索……なになに?
紫陽花「『理にかなった』とか『納得行く』っていう意味の単語だな」
紫陽花「ただ、一般的に俺たちが使うときは手頃な価格って意味で使ってると思う」
葵「まあっ! そういう意味だったのですね……りーずなぶる、りーずなぶる……」
メモ帳らしきものにきれいな字で『りーずなぶる』と書き足していた。
いや、そこはカタカナで……まあいいか。
それにしても、こんなよく聞く言葉すら知らないとは。
予想以上にお嬢様をしていたのかもしれない。
いわゆる箱入り娘的な。
葵「失礼いたしました、それではお食事を……」
葵「……なんということでしょう!」
紫陽花「何がっ!?」
メニューをちょっと眺めたかと思えば、冷泉は小さく叫び声を上げる。
なんか変なものでも会ったのかと思って見てみたが、特段変わったものはない。
注意深く視線の先を見てみるとオムライスとパエリアを見ているみたいだが……。
葵「またしても二択……困りましたっ!」
紫陽花「あ、そういう……」
なんとなく納得ができてしまった。
多分、どっちも気になるんだけどどっちかしか食べれないってことだ。
まんまさっきのどら焼きと羊羹じゃん。
はわはわと右往左往しているのを見ていると少し笑ってしまった。
葵「何故お笑いになるのですか?」
紫陽花「いや、それならさっきと同じ方法で解決出来るだろ?」
葵「? と、申しますと?」
紫陽花「俺たち二人でそれを選べばいいんだ」
紫陽花「多分、言えば取り皿位は用意してくれるさ」
葵「!」
葵「よ、よろしいのですか?」
紫陽花「ダメならさっきの時点で断ってるって」
葵「ありがとうございますっ!」
紫陽花「あ、ああ……」
嬉しそうな笑顔で手をとられた。
うっ、なんでこう……女の子の体は柔らかいのか。
なんか調子狂うなあ。
毒気のない笑顔で無邪気に喜ばれては邪険にするわけにも行かない。
葵「では早速注文致しますっ!」
紫陽花「ここって食券じゃないのか?」
葵「? 食券?」
紫陽花「……えっと、どうやって注文するんだ?」
葵「あ、はい。あちらの方に直接注文をすれば」
指差された場所はカウンター。
ああ、ここはそういう形式なのね。
頷いて行こうとすると、軽く袖を引っ張られた。
葵「あの、『食券』とは何でしょう?」
多少手間取ったものの、俺たちは席について食事を始めていた。
そして、ここ十数分でわかったことだが……。
『冷泉はとんでもないレベルで』箱入り娘だった。
横文字の大半が理解できないみたいだし、一般的なものもあまり通じない。
食券なんか一般人が使う食堂とかでしか見ないだろうしな。
そういう意味ではこの学園も一般とは遠いってことか。
話を戻すが、彼女はいろんなことを教える度に目の輝きが増していった。
本人曰く――。
葵『私、この学園へ来ていろんなことを知りたいのです』
とのこと。
今までずっと、籠の中の鳥みたいな生活をしていた反動だろう。
答えられることには答えたいとは思う。
葵「このおむらいすというお料理、すごく美味しいですっ!」
葵「卵がふわふわしてて……」
紫陽花「そうか、こっちのパエリアもなかなかいけるぞ」
サフランライスにも似ているが、言ってしまえば洋風の炊き込みご飯だ。
独特な調味料の風味を感じるものの、にんにくとかも入ってるのか大分緩和されている。
昼飯に食うにはちょっと選択をミスった感じはあるが……。
そのためなのかわからないがそっと添えられたブレス◯アがなんともシュールである。
どこに気を使ってるんだ、学園側は。
だが、その辺を差し引きしても魚介メインの具だくさんですごくうまい。
野菜は溶けてしまってるのかあまり形が残ってないが、その分旨味になっているんだろう。
ふと、視線を上げると冷泉が興味深げにこちらを見ていた。
紫陽花「悪い悪い、それじゃ冷泉のぶんも取り分けるぞ」
葵「えっ、ですが……よろしいのですか?」
紫陽花「分けるつもりで注文したろ?」
葵「ええ、でも……他の方のんだお料理をいただくのは失礼ではないのでしょうか?」
紫陽花「……まあ、冷泉の家ではそうなるかもな」
紫陽花「だけどここは学園で、今の俺たちは一般人の学生」
そこで切って、俺はパエリアをほどほどに乗せた皿を冷泉に渡した。
紫陽花「一般人は仲良し同士なら分け合うのも普通だぞ?」
葵「!」
紫陽花「あ、でも親しい奴相手以外にはやるなよ?」
紫陽花「俺は気にしないけど、嫌がる奴も居るらしいから」
葵「はい、分かりました」
何やらさっきよりもニコニコとしながらこちらを見る。
そんなにもパエリアが食いたかったのだろうか。
葵「では私もお返しをしなければいけませんねっ!」
紫陽花「おう、実はそっちのも気になってたんだ」
見るからにふわふわとろとろの卵に、腹を刺激する美味そうな匂いのするソース。
中身はちらっと覗いたのを見る限りにチキンライスだな!
半分ほどより分けられたオムライスの乗った皿を渡される。
我慢できずに礼もほどほどに早速、口に入れた。
紫陽花「っ! 美味い!」
口に入れた瞬間にとろける卵の甘み。
それを追いかけるように芳醇な香りのデミグラスソースが。
チキンライスも大きめにカットされた鶏肉・野菜が入っていて食感も楽しい。
旨味の宝石箱やでえ……。
葵「ぱえりあも……少し匂いが気になりますがおいしいです!」
紫陽花「あ、それならレモンを絞ってみな」
紫陽花「なんかさっぱり食べれるって食堂の人が言ってたぞ」
葵「?」
紫陽花「レモンも知らなかったか……その黄色い果物だよ」
葵「これがれもんでしたかっ!」
葵「どうすればよろしいのですか?」
紫陽花「ああ、こんなふうに手で持って……」
言うよりは実践してみせたほうが早い。
早速カットされたレモンを一切れもって自分のぶんに絞る。
それを見て目を丸くした後、冷泉も同じように絞り始めた。
慣れてないのもややぎこちないけど概ねあってる。
不安げにこちらを見る冷泉に笑って頷いてやった。
紫陽花「それであってるよ」
紫陽花「ちょっと酸っぱい果物だから、慣れないかもしれないけど」
葵「そうなのですか……」
葵「~っ!?」
紫陽花「……どう?」
葵「少し酸っぱいですが、さっきよりも匂いが気にならなくなりましたっ!」
紫陽花「そっか」
見ていて微笑ましいな。
大きな娘が出来たような気分だ。
それにしても、あまりにもうますぎるだろこれ……。
思わずがっついてしまって即効で食い終わっちまった。
苦笑いを浮かべながら、ブレス◯アを数粒口に放り込む。
息、リフレッシュッ!
それからちょっとして冷泉も食べ終わり、購買で買った甘味を分け合う。
うん、和菓子もたまにはいいな。
葵「今日は本当にありがとうございます」
葵「柊さんのおかげで色々と貴重な体験が出来ましたっ!」
紫陽花「気にしない気にしない」
紫陽花「クラスメイトで友達だろ?」
葵「ふふ、そうですね」
和やかな時間を過ごしていたらチャイムが鳴った。
あら、ちょっと最初に時間経ってたからな。
顔を見合わせて軽く笑いあい――。
紫陽花「さて、帰るか」
葵「はいっ!」
最後の一口を口に放り込んで、教室へと歩く。
葵「柊さん……」
紫陽花「ん?」
葵「またいつか、ご一緒してもよいでしょうか?」
紫陽花「ああ、良いよ」
葵「っ!」
葵「約束ですよっ!」
紫陽花「はは、了解」
念を押す冷泉に仕方ないな、と思いつつも笑って了承した。
あんな素直な好意を寄せられては軽口も叩けやしない。
ちらりと横目に見た彼女はどこから満足そうだ。
紫陽花(ま、これくらいで喜んでくれるなら安いもんだ)
と、のんきにそんなことを考える春の一日だった。