世界の歪みが現れるたびに、彼女は世界線を外れたここでは無いどこかに現れ、犠牲者を救う。
大昔、『もっとらぶらぶ作戦です!』の作者が描いていた丸山の4コマ漫画(今でもpixivで見られますが…)から着想をえた作品です。
丸山に世界を変える力を与えられている作品は、ほかにもいくつかお出しする予定です。
またこの『事実』か。
塩湖の如く広がる限りない地面と仄暗き空。殺風景極まりなく生物の証跡の残らぬ──陳腐なる言葉にて表せば死と静寂の世界。
セーラー服でなくパンツァージャケットでなく体操服やジャージでもなくショッピングセンターやアウトレットモールで購入した私服やパジャマやベビードールましてや水着や下着姿でもなく、形容しがたく敢えて言うなれば極彩色の道化服と奇妙な錫杖を持った衣装と成って居る事から、この事実が現実の世界線よりも高次の階層に在るのは容易に推察できよう。
この事実は即ち世界の歪み矛盾に耐え切れず破綻せし者が救い乃至は赦しを希求し足掻いている。
幾千回幾万回ここに呼ばれるのか。嘆息一つ漏らす事すら許可されぬのか。
拒むか?──否。畢竟事実が在るだけならば従うのみ。抗う事は出来ぬ。
生きとし生けるものと無縁の事実にぼんやりとした影が浮かび上がりやがて人の姿を成す。
そは茶色髪の短髪の少女。どす黒く変色した体液に手足や服を穢し表情無く悄然としていた。
「わたし、気が付いたら小さな女の子の全身の骨を折ってました。あの子、全部の手足がおかしな方向に曲がってて、なんで……こんな事したのか自分でも分からなくて。血にまみれた真っ赤な目で、わたしの顔を見て言うんです。『なんで……こんな事するの、痛い、痛いよ。私ボコ……縫いぐるみじゃないんだよ』って」
彼女の目には涙は無い。泣くと言う人間の自然な感情が奪われてしまったのだ。世界線の干渉によって。
『極度の加虐嗜好──血肉感情を持つ人間を物質同然に扱う世界線に迷い込み、心の中の闇に呑まれた』
「心の中の……闇? わたしの……闇……」
既に光を喪い濁った瞳が見上げる。
「そんな、そんな……」
嗚呼、泣く事を知らぬ筈の彼女の双眸より弱亜爾加里性の体液が零れ落ちる。
『本来存在しえない闇を別の世界より持ち込まれただけ。闇は除かれた。安心して帰りなさい』
錫杖を翳すと彼女の身体と衣服は浄化される。光に包まれながら顔に微笑み瞳に光を取り戻し姿が消えていく。
彼女の世界は元に戻り本来果たすべき役割を担う主人公へと戻るであろう。
別の薄茶色の短髪の少女が、尺取虫さながらに這いずりながら此方に近づいてくる。
気の毒に両手両足を捥がれている。塞がり切らない傷口より血が滲み、暗く青白い地面に4本赤い筋を作っていた。
「なんで、なんで私の腕も足も無いんですか!? あの優しい西住殿をどこにやったんですか! 西住殿が一言でも言葉をかけてくれれば……ッ! 私はあんなことをせずに……西住殿にあらんかぎりの罵声を浴びせ、ベランダから……ベランダから……うわぁぁぁぁぁ!!!」
『カーボンの力が意図的に脆弱化され、本来起きない事故が発生した世界線。その不幸な事故により、あなたも彼女も身体のみならず精神をも完全に破壊された』
「せかい……せん?」
『あなたは喪う必要の無い物を奪われ過ぎた。全てを取り戻してから帰りなさい。戻れば、彼女は微笑んでいます』
両手を拡げ人の形に動かすと、彼女の消えた手足が元通りとなり、光に包まれる。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
『……』
お礼など要らない。来る必要のない世界に来てしまっただけなのだから。
「嫌だぁあ、堕ろしたくない、堕ろしたくなぁい!! タカシ……赤ちゃん、産みたいのよぉ!!」
腹を押さえ激しく泣きじゃくるその姿を視、思わず口を押えてしまう。これは──どんな世界線に進んでしまったのか。
多数の世界線の干渉が激しすぎる。全てを元に戻すのみでも十全だが彼女の幸せかは分からない。
世界線の分割――あるべき彼女を願望から離分し願望の彼女を別の世界線にて現実させる。
つつがなく元の世界線で暮らす彼女と、全く別の世界線で――欲が満たされた彼女。
過干渉ではあるがそういう方法も取り得る。
くずおれ首を垂れ、地面を叩き続ける彼女の赤髪に手を触れ、彼女の正しい世界と行きたい世界とを丹念に分離する。
この行為なんと烏滸がましい事か!
『10年先の世界軸で、お幸せに』
「ああ、タカシ、タカシ……あなたぁああああぁっ!!!」
そばかすお下げ髪の彼女は、幸福な叫びを上げながら光の中に消えて行った。
刹那、
「タカシに、告白できるといいなぁ……また、頑張ろ」
そばかすお下げ髪の彼女は、幸福な言葉を自分に言い聞かせながら光の中に消えて行った。
さて、店じまいか。
否、最後のお客様だ。
その小さな少女は大きくよろめき、両脇に結んだ長い髪を揺らして目の前で躓いた。
『……』
「あのね、がくえんかん、なくなっちゃったの。まけちゃったの」
『……』
「にしずみちゃん、ゆずちゃん、ももちゃん。みんな、みーんな、いなく、なっちゃったの」
両の手首からだくだくと鮮血を溢れさせながら、拙い言葉を続ける。
「がくえんかんも、みんなも、なくなった。わたし、いきてる、いみ、ない。しぬ、しか、ない……の」
過酷なる悲愴に圧し潰され狂気のみ残された瞳が濁り脈が尽きかけ命が消えようとしている。
大きな世界線の変更となる。錫杖を置き小刻みに痙攣する彼女を静かに抱き寄せた。
生暖かい血の感触と鉄の匂い。
彼女を胸で抱き止め、頬を頭に寄せる。心臓の鼓動が尽きるまでに『正しい』世界線を探し求めなければならない。
『正しい?』
「やだよ。こんなの、ただし、く……ない」
『うん……正しくない』
帰る場所が無くなる事即ち人生の終わり。然様な重圧をこのか細い身体に押し付けたのは誰だ。
私──ああ、『私』という事実が怒りの感情に気付く。彼女を見放せば──私の存在する世界も終わるのだ。
観察し干渉するものが、肉体を持つ人間として、『私』が生きていた世界に存在することが出来なくなる。
世界線、世界線、世界線世界線世界線世界線世界線世界線世界線世界線世界線世界線世界線。
世界線世界線世界線世界線世界線世界線世界線世界線世界線世界線世界線世界線世界線世界線!
彼女の世界が終ってしまった引き金はどこだ、何処に有る。
生身の人間としての感情が目覚めつつある私にも耐えがたい阿鼻と叫喚を飛び越え、過去へ過去へ世界線の交差点を手繰り寄せる
焦るな。私が焦れば全部が消える。落ち着け。どこかに誤りが存在する。
「やだよ……ごめ、ごめ、にし、ず……」
糸の切れた傀儡の如く全身の力が切れ、身体が冷え始めた彼女――角谷杏会長の世界線の誤りの交差を見つけた。
沙織先輩──武部沙織があの日、西住みほに言葉をかけなかった世界線。
たったそれだけ? いや、そのゆらぎが全てを終わらせてしまおうとしていたんだ。
脆い。
『大丈夫……会長』
「え……?」
『大洗女子学園は……無くなってない』
「ほん、と?」
会長の脳に、快晴の青空を舞う生物の視覚情報を送り込む。あと3秒。命を延ばす為に。
『……ちょうちょ』
「あ」
私と会長が閃光の中に溶けていく。帰らんいざ私たちの有るべき世界へ。
──光に包まれてあれ。
「紗希? 紗希っ!」
『……』
誰かが、私の名前を呼んでる。
「紗希ちゃん! しっかりして!」
「紗希! 紗希ってば!」
「紗希ちゃんっ!!」
「お願い、目を覚ましてぇっ!!」
みんなが呼んでる。そうか。戻ってこれたんだ。
ゆっくりと目を開くと、梓ちゃん、あゆみちゃん、桂利奈ちゃん、優季ちゃん、あやちゃんの顔がぼんやりと浮かんできた。
まぶしい太陽の光といっしょに、ウサギさんチームのみんなの涙目が飛び込んできた。
「……みんな」
『紗希ちゃん!!!!』
私は戻ってきた。よかった。私がいない世界線はいつしか滅んでしまうだろう。私があの死の世界に留まらず世界線の軸の一つに生きている事実が世界線同士の干渉による悲劇をリセットしうる存在たらしめてる。
「いや、それが烏滸がましいと言うのに。私は何者なんだ。誰に頼まれてこんな事をしているんだ」
『え? え?』
泣きじゃくり喜び合っていたみんなの表情が固まる。
「さ、紗希?」
「……なんでもない、ひとりごと」
いけない、喋り過ぎちゃった。えっと、笑うってどうするんだっけ……ああ、みんなの真似をすればいいんだね。
「……ごめんね」
あの仄暗い事実の中で光に包まれては消えて行った彼女たちと同じ様に微笑んでみた私を、みんなが頬を寄せ合い、泣きながらもみくちゃにしてくれた。
……ありがとう。