翌朝、いつものように定時連絡を行なった。
「それで相良軍曹、新学期はどうですか」相手は戦隊最高指揮官テレサ・テスタロッサ大佐、この特別任務についていなければ声もかけられない人物である。
「は、大佐殿。何も問題はありません。自分はFクラスに入りました」
「あ、でも日本の学校って新学期毎にクラス替えがあるんですよね。千鳥さんは何クラスなんですか?」
「はっ、千鳥もFクラスであります」
「・・・・・そうですか」こころなしかテッサの声が沈みがちに聞こえたのは気のせいだろうか。
「おかげで護衛がしやすくて助かっております」
「・・・・・それはどうでもいいんですけどぉ。どうやってクラス別けしたんでしょうねぇ」
「はっ、それはそのテストの順位であります」
「まあ、じゃあAクラスから悪い順番に並べて、相良さんは千鳥さんと一緒のFクラスってことですね。さすが相良さんです」
「いっ、いぇ。あの・・・・・大佐殿。クラス別けはAクラスから順番でありまして」宗介は自分の声が裏返ったのが分かった。
「えぇ~、それじゃ千鳥さんがFクラスっておかしくないですかぁ~。情報部からの資料では、かなめさんは学業成績は優秀だったはずですよ」
「それは大人の事情というか会長閣下の思いやりというか・・・・・」
「む~っ相良さん。まさか千鳥さんと一緒のクラスになろうと何か企んだんじゃないでしょうね」テッサが怒りの声で問い詰めた。
「いっ、いえあの。千鳥は本来はAクラスのはずだったのでありますが、自分の監視の為という名目で移籍命令が出されまして、一緒のクラスになったのであります」あの状態のテッサに嘘をつくくらいなら本当のことを言った方が100倍はマシだ。
「呆れた。護衛対象に護衛してもらうなんて・・・・・えっ、何ですか?はい、そうですか」
「どうしたのでありますか、大佐殿」
「マデューカスさんが折り行ってお話があるそうですから、代わりますね」
「ああ、もう登校の時間であります。交信終了」宗介はマイクに怒鳴ると通信機のスイッチを切り、念の為にコンセントも引き抜いた。
元ロイヤルネイビー原潜「タービュラント」艦長にして、現トゥハー・デ・ダナン副長のマデューカス中佐は宗介が最も苦手にしている人物であった。冷徹怜悧にして融通の利かない性格は、隊員たちからは疎まれる存在(副長とはそんなものだ)なのであるが、ことのほか宗介に対する当たりは厳しいような気がする。
「副長が俺に対して厳しくなったのは、おそらく俺がかなめの警護として文月学園に赴任した頃からだ・・・・・」学校への道を歩きながら宗介は考えていた。
「まさか・・・・・・副長は、かなめを・・・・・いや、ないな」宗介は即座に否定した。そもそも接触が少なく、かなめなどは中佐を「号令係のおじさん」としか思っていない。
「もしかしてテッサか・・・・・まさかな」マデューカスとテッサでは、親子かヘタをしたら孫ほども年が離れているし、中佐がロリコンという噂も聞かないなどと中佐に知られたら、即座に強襲を受けそうな失礼な想像をした。それに、あの二人は自分なんぞよりはるかに一緒にいる時間が長い。自分に厳しく当たる理由はない。
「そうすると残りはマオか・・・・・」そもそも自分の周囲にいる女性(しかも3人だけ)しか頭に浮かんでこないところから間違っているとは宗介は気づかない。
「まさかマオとは・・・・・」宗介の脳裏にマオの姿が思い浮かぶ。
「ホラホラ、ぼやぼやしてんじゃないわよ、このウスノロ共・・・・・」
「このファッキン・シット。尻を蹴り飛ばされたいの?」
「ボンクラ共、両生類の糞を集めたより役に立たない連中ね・・・・・」ロクな会話をした記憶がない。一方マデューカス中佐はどうだっただろうか?
「ふむ、軍曹。君がこの部隊に在籍できるというのはミスリルにもまだゆとりというのがあるという証拠だな」
「ほほう、傾聴に値する意見だ。明朝0600までに報告書にして提出しろ」
「気にするな軍曹。これは君のミスではないSRT全体の問題だ。カリーニン少佐に特別訓練を実施するよう命令しておこう」
宗介は頭を抱えた。水と油どころの話ではないではないか。
「おはよう、ソースケ」かなめが宗介の肩を叩いた。
「わっ、千鳥。違うんだ、夕べは事情があって」宗介はハリセンに身構えた。
「ああ、それならあんたが3階から落ちた後、鉢植えの影から出てきた風間君から聞いたわよ。あたしの卒業アルバムの写真が欲しかったんだって?学年のアイドルの私生活に密着取材だなんて照れちゃうわよねえ」かなめは嬉しそうに言った。
「風間、恐ろしい子」よくもまああの状況を丸く収められたものだ。というか納得する千鳥も千鳥だが。
「なんか言った?」
「あ、いやなんでもない。それより相談に乗って欲しいことがあるのだが」
「へぇ、あんたが悩み事って珍しいじゃない。何でもいいなさいよ」千鳥は相変わらず上機嫌である。
「いや、何と言ったらいいのか・・・・・30歳差の恋愛というのは成り立つのだろうか?」
「はぁ?あんた47歳の人妻でも好きになったの?」かなめの声が不機嫌になった。
「いっ、いや俺の話ではない。知り合いのことなのだが・・・・・30歳差でも恋愛というのはできるものなのか?」
「そりゃあ、できないことはないと思うけども。趣味とか価値観が一緒だったら恋愛に発展してもおかしくないでしょう」
「趣味と価値観か・・・・・」宗介の頭がフル回転する。マオの趣味は・・・酒だ。休日になると朝から飲んだくれている。中佐の趣味は?紅茶をすすりつつ論文を読みながらチェスをすること。
「趣味なんて接点がないではないか!」宗介が思わず怒鳴った。
「なっ、何よいきなり大声で。よくわからないけど趣味が一緒じゃなくても価値観が同じだったら気があうこともあるんじゃないの」
「それもそうだな」再び考える。マオの価値観・・・・・現場第一。規律なんて糞食らえ。中佐の価値観・・・・・1にも2にも規律第一。
「無理だ。どうやってあの二人をくっつければいいのだ」
「あのねぇ、あんた自身が恋愛のことなんてこれっぽっちも理解していないのに、人の心配している場合じゃないでしょうが。それより遅刻しそうだから走るわよ」
そう言って駆け出したかなめの後の宗介は追いかけた。
夕方、銃の手入れをしていると無線機の緊急連絡回線が鳴った。あわててヘッドフォンをつけて回線を開く。
「はい、こちらウルズ7」
「相良軍曹かね。こちらはマデューカス中佐だ」
「ちゅっ、中佐殿~」宗介は思わず椅子から立ち上がり気をつけの姿勢を取った。
「ふむ、元気そうだが、もう少し落ち着けんものかね」
「はっ、十分落ち着いております」
「それならいいが、ところで学校でクラス別けがあったそうだな」
「肯定であります」
「エンジェルと同じクラスになれたのは僥倖だった」
「はっ」
「だが、伝え聞くところによれば最下位クラスだとか」
「・・・・・こっ肯定であります」
「私の理解では、SRTの隊員というのは、頭脳明晰、身体強健、戦闘技能にも長けている者が選抜されていると思っていたのだが」
「はっ、申し訳ありません。まだ日本語になれておらず・・・・・」
「言い訳はいい。まったくなぜ君のような男を大佐殿は・・・・・」後半の声は小さくて聞こえなかった。
「はっ、何でありましょう」
「何でもない。いいか軍曹。君たちSRTは、戦闘技能にだけ長けていればいいと考えがちだが、それは大きな間違いだ。戦闘になった時に相手の考えと動きを読む、これには知能と学習が必要なのだ」
「よくわかります」
「私がイギリス海軍兵学校に入学した時には、率直に言って成績は平凡なものだった。だが、私は他の連中がダンスに興じている間にも勉強をしていた。それはマリナーになりたかったからだ。そのような青春を寂しいと呼びたければ呼ぶがよい。だが、私は当初の希望どうりにマリナーになることができた」
「感服いたします」
・・・・・・10分経過
「初めての戦闘活動の時に私は愕然とした。これまで学んできたことが頭から飛んで、小鹿のように立ち尽くすしかなかったのだ」
「あっ、あの中佐殿」
「黙って聴け、軍曹」宗介の困惑を他所にマデューカスの説教には熱が入ってきた。
・・・・・20分経過
「その時、ダラスがピンを打ってきたのだ。その時、私は確信した。ダラスは「おれはまだやれる
。おれにやらしてくれ」と言っているのだとな。これは教科書では得られることのない知識だ。マリナーとして血と汗の研鑽を積んだものだけが理解できるサインなのだ」
宗介はだんだん自分がなんで怒られているのか、わけがわからなくなってきた。
・・・・・40分経過
「つまり、私がいいたいことは、勉強というのは若さの特権であり、真の知識は経験から得られるということだ。わかったか、軍曹」
「よくわかりました」
「ふむ、それならいい。引き続き護衛任務をがんばってくれ」
「ありがとうございます」無線が切れた。宗介はへなへなと椅子に腰を下ろした。
中佐にはわかったとは言ったものの、結局何の話だったのか全く理解できていなかった。
「明日も早い。もう寝よう」宗介は戦友たちの写真に挨拶をして床についた。
(了)
とりあえずこれで第1章は終わりです。
次はあの人を出したいんですが、オチが見えてこないので
どうなることやらw