2時間目以降もガウルン君の独壇場だった。
「The year’s at the spring And day at the morn; Morning at the seven; The hell-side’s dew-pearled; The lake’s on the morning; The snail’s on the thorn; God’s in his heaven- All’s right with the world! よし、相良訳してみろ」
「はい、これは英語であります」相良君が胸を張って断言した。相変わらず彼には迷いがない。例えどんな回答であっても。
「英語の授業でフランス語の詩を教えるわけがないだろうが。その英語を日本語に訳してみろと言っているのだ」先生が呆れたように言った。
「いや、これは普段自分が使う単語がほとんど出てこないので・・・・・」相良君が額に汗をにじませながら言った。
「君は普段どんな英語を使っているのかね?」先生が訝しげに行った。
「はい、Low repulsion damper《低反発ダンパー》とかEmergency development booster《緊急展開ブースター》とかArmor piercing ammunition《徹甲弾》とか、主に技術系の英語であります」相良君が胸を張って答えた。
「いや・・・・・それは特定分野にかなり偏っている英語だと思うが」先生が絶句した。
「くっくっく、ミスリルじゃこの程度の英語も教えてはくれないのかな?」本体(メガネ)を装着したガウルン君が相良君を挑発する。
「ならお前にはわかるというのか、ガウルン」相良君が叫んだ。
「ほう、山田君は分かるのかね。それでは訳して見たまえ」
「はい」ガウルン君が立ち上がった。
「『時は春、日は朝《あした》、朝は七時、片岡《かたおか》に露満ちて、揚雲雀《あげひばり》なのりいで、蝸牛《かたつむり》枝に這ひ、神、空に知ろしめす。すべて世はこともなし』であります。ちなみにこの英文は、ロバート・プラウニングの「Pippa’s Song」という詩であり、日本語では明治時代の翻訳家である上田敏の名訳として「春の朝《あした》」の名で知られております」
「素晴らしい。君がFクラスだとはとても思えないよ」
「いえ、勉強不足でお恥ずかしい限りです」ガウルン君はメガネの真ん中を持ち上げながら言った。
今更だけど「そのクラスの生徒と思えない」という言葉が褒め言葉になるようなクラスを作っておいて生徒を押し込むというのは、もはや国連の人権委員会に持ち込んで議題にしてもいいレベルの人権問題なんじゃないだろうか?
3時間目化学
「・・・・・という反応が起きます」
「見事な回答だ。君みたいな生徒が何でFクラスにいるのか不思議だよ」
4時間目数学
「・・・・・最後にこの方程式を当てはめれば解答が導きだされます」
「素晴らしい完璧だ。Fクラスとは思えない」
どうでもいいけど、うちの学校の教師は「Fクラス」という単語を出さないと生徒を褒めることもできないのだろうか?
「まったくだ。Fクラスにはもったいない」
「Aクラスに行った方がいいんじゃないか」
褒め称える奴まで出てくる始末だ。こいつらは自分がそのFクラスの生徒だという自覚はあるのだろうか?
こういう連中を収容するためにもFクラスが必要なのだなぁと僕は納得した。
「ふっふっふ、相良君どうだね。僕との実力の差を見せつけられて、打ちひしがれているところじゃないのかな?」ガウルン君が相良君を見つめながらメガネ(本体)をかけ直しつつ言った。
「ふざけるな。たまたま俺が知らないところが問題に出たという不運が重なっただけ・・・・・」
「運じゃないでしょ、運じゃ」千鳥さんがハリセンで相良君の後頭部をツツキながら言った。
「まあ、あんだけの実力差を見せつけながら「運」の一言で済まそうとする前向きな根性は凄いとは思うけど、野球で言えば1回コールド負けよ、あんたは」
「だが千鳥、俺の得意分野が出てこなかったのは確かだ」相良君が言った。
「はいはい、どうせあんたの言う得意分野って戦争関係でしょう。ラムダ・ドライバがどうだとか、長距離榴弾砲の仰角がどうだとか」
「うむ、その方面の知識なら些か自信がある」
「あんたにとっては得意分野かもしれないけど、受験には1mmの役にも立ちゃしねーのよ、そんな知識」
「ふっふっふっふ、どうやら千鳥さんには、分かってもらえたようだね」
「何回聞いても、あんたが「千鳥さん」とか言うのを聞くと、そこはかとなくバカにされているような気がするのよねぇ」千鳥さんがガウルン君を睨みながらいった。
「どうしてだね。千鳥さんは千鳥さんじゃないか。それとも常磐さんみたいに「カナちゃん」とでも呼べとでも言うのかい?」
「そんな呼び方した日にゃあ、ハリセンの乱打を浴びせるわよ」
「どう呼んでも怒られるじゃないか」
「まあ、そう言えば千鳥しかないんだけど。ところでガウルン、あんたそんなに勉強ができるのに、何でFクラスなんかに振り分けられたのよ。Aクラスでも十分通じるレベルだと思うけど」
「ああ、それにはちょっとした理由があってね・・・・・」ガウルン君が口ごもる。
「今更、隠すことないじゃない。それとも何?やっぱり宗介と同じクラスになりたくて手を抜いたの?」
「いや、そういうことじゃないんだが」
「グダグダうるさいわねぇ。このハリセンにかけて喋らせてみせるわよ」結局は力技だ。千鳥さんには説得とか話し合いとかいう選択肢はないようだ。
「いや、実はな。転入テストの日にメガネを忘れてしまったのだ」
「つまり、筐体だけでテストを受けたらFクラスになったってわけね」
「ふっ、愚かな。作戦に当たって忘れ物をするなど兵士の風上にもおけない奴だ」
「本体と筐体丸ごとでテストを受けて、堂々とFクラスになった、あんたが言うんじゃないわよ」久々にハリセンの一撃が決まった。