「10, 9, 8, 7・・・・・」千鳥かなめは、机がわりのちゃぶ台の上で500円玉を回しながらカウントダウンをしていた。
「・・・・・3, 2, 1, ゼロォ~」机の上の500円玉を握り締めると、教師の終了の挨拶を聞く前にドアを乱暴に開け放つと「うおぉぉぉ~ヤキソバパン~」と叫びながら廊下を駆けて行った。
「なっ、何だ。何があったんだ?」後に残された一同は呆然として言った。
新学期1日目の午前中はいろいろあった。いや、本当にいろいろあったのだ、授業は全然進まなかったけど。
それはそれとしてやっと昼食時間だ。僕や雄二、ムッツリーニはそれぞれの弁当を持って秀吉の机へと集まってきた。
「ふ~、やっと昼飯だぜ」雄二が言う。
「二年になっても結局このメンバーじゃな」秀吉が言った。
「・・・・・女の子がいれば、いや何でもない」ムッツリーニが本音を漏らす。
「わたし達もご一緒させてもらっていいですか」姫路さんと美波さんも弁当を抱えてやって来た。
「構わんぞい。明久、そこのちゃぶ台をひとつくっつけるのじゃ」秀吉が言う。
雄二、ムッツリーニ、秀吉、僕、姫路さん、美波と食卓はたちまち賑やかになった。これで雄二とムッツリーニがいなければハーレム状態なのだが、と二人を睨み付けると二人も同じ目をして僕を睨んでいたので、同じことを考えていたのだろう。自分の欲望のために友人を追い出そうなんて本当に性根の腐った連中だ。
「雄二の卵焼きは旨そうじゃのう」秀吉が言った。
「そういうお前のしょうが焼きだって旨そうじゃねぇか」雄二が言う。
「さてと、水をコップに移してっと」僕が周囲に聞こえるように言った。
「土屋の弁当は豪華ね。お母さんが作ってくれたの」美波が言った。
「・・・・・夕べのあまり」ムッツリーニが答える。
「塩の包みはっと・・・・・これだこれだ」再び僕が大きな声で言った。
「姫路の弁当も旨そうだけど、自分で作ったのか」雄二が尋ねた。
「いえ、これはお母さんが」
「姫路は料理が趣味で特技だと言っておらんかったかのう」
「そうなんですけど、お母さん家で料理させてくれないんです。瑞希の料理はお友達に食べてもらいなさいって・・・・・」
「それなら今度みんなで瑞希の料理をご馳走になりましょうか」美波が嬉しそうに言った。
今なら十分にわかる。姫路さんのお母さんが雄二並の外道だと言う事が。その時の僕たちは、姫路さんの手料理が食べられる喜びで、そのようなことは知る由もなかったのだが。
「秀吉、そのしょうが焼き少し分けてくれ」
「ムッツリーニ、そのベーコン巻きと卵焼きを交換してくれんかのう」
「えーっと、水に塩を溶かして、いや直接舐めた方がお腹が膨れるかな」
「瑞希、ウチの煮付けとハンバーグ交換しない」
「それなら美波ちゃんのウインナーの方が」
「だーっ、何でみんな僕を無視するのさ」たまりかねて僕は言った。
「無視も何もお前の昼食は、水と塩だろうが。何と交換しろと言うんだ」雄二が実も蓋もないことを言う。
「クラスメイトが食事に困っているんだから、みんな少しずつおかずを分けてくれてもいいと思うんだ」
「そうは言うが明久よ。どうせまたゲームを買いすぎて食費が足らなくなったんじゃろう」
「・・・・・自業自得」
おかず一つでなんて冷たい連中なんだろう。こいつらを友人と呼んでいいものだろうか。
ふと隣の席をみると相良君が一人で食事をしているのが見えた。これは見捨ててはおけない。仲間の輪の中にいれてあわよくばおかずの一つも・・・・・いけない、本音がダダ漏れになってしまった。
「ねえ、相良君。一人で食べてないで、みんなで一緒に食べようよ」僕は相良君に下心を悟られないように声をかけた。
「むっ、俺か?そうだな、クラスメイトと親睦を高めるのも必要だろう」相良君は思いのほか素直にこちらにやってきた。
「邪魔するぞ。何だ吉井は、水と塩でサバイバル訓練中か。だが、それでは塩の量が少ないな。人の体液の浸透圧は0.82%で、生理食塩水も同じ濃度だ。これ以上塩分濃度が濃いと逆にのどが渇くし、薄いと体液が薄くなってナトリウム-カリウムバランスが崩れる」
おかしい。たかが極貧にあえいでいるだけの僕の食生活にこんな高度な知識が必要だったなんて。相良君が何を言っているのかまったく理解できない。
「いや、僕はお金がないだけで、別にサバイバル訓練しているわけじゃないんだよ」
「何だ、そうだったのか。俺の食料でよければ分けてやろう」
いろいろ理解できないところが多い人だけど、なんて優しいんだろう。雄二を真っ先に友人リストから外すことにしよう。
相良君はナイフで何かを切っていたが、その半分を僕に渡した。
「遠慮なく食うがいい」
「えーっと、相良君。これなに?」渡されたものは、どうみても枯れた木の枝にしか見えなかった。
「何だ、吉井は干し肉を知らないのか。携行食料や敵地潜入した時に現地調達する食料として便利なのだ」
「はぁ、それじゃ」僕は恐る恐る一口齧ってみた。エグイような今まで食べたことがないような味が口の中に広がる。
「どうだ?自慢じゃないが干し肉作りには自信があるのだ」相良君が上機嫌で言った。
「かっ、変わった味だね。ちなみにこれ何の肉なの」
「カラスだ」
「・・・・・はっ、はい?」僕は思わず口から肉を吹き出した。
「そこら辺を飛んでいるだろう。カラスだ」
「そんなもの何でまた」
「いやあ、家の近くにたくさんいるもんでな。ちょっと捕まえて干し肉にしてみたのだ。なかなかいけるぞ」
「悪いけどちょっと口にあわないかなあ」僕はできるだけ穏便に断った。
「そうか、それは残念だ。じゃ、これはどうだ」別な肉を渡された。
「ちなみにこれは何の肉なの」僕は用心深く尋ねてみた。
「うむ、鳩だな」
「はっ鳩。そんなの食べていいの」
「何を言う。中華料理では高級食材だぞ」そこへ千鳥さんが手にパンを抱えて機嫌よく帰ってきた。
「いやぁ、Fクラスって設備も生徒も最悪だけど、パン売り場に近いことだけが利点よねえ。おかげでヤキソバパンだけじゃなくて、競争率の高い絶品カツサンドまで買えちゃったわ」
「それどころじゃないよ、千鳥さん。相良君がカラスや鳩を捕まえて干し肉を・・・・・」前半の失礼な発言は聞かなかったことにして、僕は千鳥さんに干し肉のことを訴えた。
「ソースケ、あんたカラスや鳩を干し肉にしてるって、昔食べてたネズミはどうしたのよ」
「うむ、罠を仕掛けるのにいちいち下水道に降りて行くのが面倒でな。カラスや鳩なら銃で撃てば手に入る」
「まあ、どうでもいいけど。あんまり人前で銃振り回して警察に捕まんないでよ。引き取りにいくのが面倒だから」
僕が注意をして欲しかったのは、そこではないのだ。どうもこの二人には話が通じていないようだった。