「ザブトン! 朝ご飯出来たぞー! 生きてるかー?」
「ニャニャ! おはようございますニャ、旦ニャ様!」
窓の外から四つ足で飛び込んでくる白い毛並みのアイルー、ザブトン。
最近はザブトンのアイルーなのか、アイルーのザブトンなのか、自分のアイデンティティについて悩んでいるようだ。
ザブトンはザブトンだろ、とは思うのだが、本人が納得する答えがでるまで、温かく見守ってあげるべきだろう。
「あ、ザブトンちゃん、おはよ~」
アナスタシアの緩い挨拶に、ザブトンはキッと目をつり上げて二足歩行になり、
「ニャ、でたニャ自称後輩ハンター! 旦ニャ様の貴重な安息日を邪魔するんじゃニャい! 今日こそはおミャーを」
「はい、マタタビだよ!」
アナスタシアがポケットから取り出したマタタビを、無造作にザブトンの顔へ投げつけた。
瞬間、
「んほぉおおおおおッ! しゅごいニャぁあああああああッ!」
ブルブルと腰を震わせ、とても猫とは思えないような、
そんなアイルーに、アナスタシアは喜々とした表情で駆け寄る。
「ほら、今日もしっかり
「ニャッ!? そ、そこは駄目ニャ、お尻は、アッー!」
ぞぷっ、とあまり聞きたくない音が響いた。
ピクピクと痙攣するザブトンの身体は蕩けきっていて抵抗する力を完全に失っている。
仲良くじゃれ合っている一人と一匹を尻目に、レオンハルトは食器を洗い続ける。
ベルナ村は山から流れてくる清らかな雪解け水のおかげで、水にはほとんど困らない。
水を貯めた桶の中から取り出した手を雫が伝い、ぽたりと流しに落ちた。
「ここが良いんでしょう?うりうり~」
「ひニャぁあああああっ! ら、らめぇぇぇ! し、しっぽはよわ、あへぇぇぇぇっ!」
「あはは、ザブトンちゃんは面白いなぁ!」
爽やかなベルナ村の朝には相応しくない光景かもしれないが、“猫だからセーフ”だとレオンハルトは思い直して、仲良く遊んでいる彼らを放置する。
食器を洗い終え、戸棚にしまってあるクッキーでも出そうかとユクモ製の木戸を開け、
「……おい、アナ」
「んー? なんですか?」
「やっぱりお前、ここに入れてあったクッキー、さっき食べてたな?」
「あ、バレた」
「…………はぁ」
いつも通りの貴重な休日。
この幸せが、ずっと続けばいいのに、と思う。
だけれども、たまの休日の幸せは日常の厳しさあってこそなのだという陳腐なお題目も、今はストンと腑に落ちる。
▼ △ ▼ △ ▼ △
――そして、大切な宝物のようにさえ思えた平穏が壊れるのも、一瞬の出来事なのである。
「レオンハルトさーん!おはようございま~す、龍歴院所属研究員のモミジです!」
「い゛っ!?」
食後のお茶をゆっくりと飲み干したところで、玄関から天使のような悪魔の声が響いてきた。
「センパイ、また何かしでかしたんですか?」
「いや、心当たりが全くない」
そう言いながら、レオンハルトは恐る恐る玄関の戸を開けに行った。
「おはよう。い、いらっしゃい、モミジさん」
「ええ、おはようございます。…………ところで、なぜアナスタシアさんはレオンハルトさんの家に?」
「別に?センパイに朝ごはんを貰っていただけですけど?」
「……本当ですか?」
ぐるんと首を回して、長い黒髪を揺らしながら尋ねてくるモミジに、「い、いぇす、マム」と答えるレオンハルト。
そんな彼をしばらくジーッと見つめてから、「まあ良いでしょう」と呟いて、
「今日はレオンハルトさんに、新しいお仕事のお話を持ってきて差し上げました!」
「え゛」
悪魔のような
「レオンハルトさんには、長年培ってきたそのハンターのノウハウを生かして、弟子を一人、育てて貰いたいのです」
「「…………え?」」
二人分の疑問の声が発せられたのは言うまでもない。
え?流石にそれは無理だよね?
弟子をとるってことは、その弟子って人とめちゃくちゃコミュニケーションとらなきゃいけないってことですよね?
俺のこと、コミュ障歴何年のプロぼっちだと思ってるんです?さっきもそれで失敗したばかりなんですよ?
そんなレオンハルトの言葉は、『断るなんて微塵も想定していません』とばかりの慈愛に溢れた上品な笑みの前にさらけ出されることはなかった。
人間、心の中を正直に吐けば上手くいくこともあるが、どうしたって上手くいかないこともあるのだ。
今がそれ。
断ったら
休日というやつは、俺を完全に置き去りにして海外旅行へと一人遊びに行ってしまったようである。
ああ、今日もハンターズギルドはブラックだ。
完全な自業自得だね、やったぜ。