プロローグ
「レオンハルトさん! 一流ハンターとして、新米ハンターの弟子をとってください!
今日からしばらくの間は、レオンハルトさんが今まで培ってきた狩りのイロハを、ハンター業の後継者に伝授していただきます!」
何十日ぶりなのかも判然としない久しぶりの休日、性別の違う後輩との、起こるべくして起きてしまった一悶着を乗り越えた矢先。
ドアを開けたら顔を覗かせた鬼上司、もといモミジさんが、開口一番、コミュ障ぼっち歴十年の俺に向かって言い放った言葉がこれだ。
いかにも面倒くさそうな話である。
休暇初日の朝に飛び込んでくる仕事ほど嫌なものはない。
クック先生狩りに出掛けたら、草むらからジョーが飛び出してきた時のような絶望感がある。
弟子ってなんだよ。
むしろ、俺が
とにかくも、本日のモミジさん朝一の命令、もとい依頼を要約すると、『他の人と一度も狩りに行ったことのないという点においては一流のソロハンターに、狩猟経験の浅い他人と一緒に狩りに行け』と言う業務内容のようだ。
なるホモ。
…………落ち着けレオンハルト。
お前は強い子優しい子。
よし。
なるほど。
「…………つまり、俺に死ねと?」
「生きて帰ってこなかったら殺しますけど?」
あ、今の“生きて帰って”くる対象は明らかに新米ハンターさんだ。
モミジさんの俺を見る目が、ケチャワチャを前にしたクシャルダオラの目とそっくりだったもの。
彼女の冷え切った瞳を見なくとも、“殺す”対象が誰かを考えれば、彼女の意図するところは確定的に明らかだけれども。
つまり、俺に死ねと。
「…………ちなみに、いつからのご予定で?」
「今これからのご予定です!」
なんて素敵な笑顔なんだろう!
あまりにも嬉しそうにキラキラと輝いている彼女の表情を見ていると、肩口から鳥肌が止まらない。
まるで、ポポノタンの山を前にしたティガレックスの如き美しい笑顔。
解せぬ。
「…………拒否権は?」
「なんですか、それ。聞いたことないです。食用ですか?」
現在進行形でモミジさんに食われてます。
清々しいくらいにさっぱりと拒否権を奪われ、休日を犯す理不尽の嵐に、レオンハルトは呆然として乳首を立たせている──とても気持ちがいい──と、耳元に口を寄せてきた人気No.1受付嬢が、後ろで
「それに、そんなもの、アナタは認めないでしょう?
……私はあれほど、嫌だって言ったのに」
「…………ぅ」
くっ、頭の奥がズキズキと痛む…………。
さすがモミジさん、俺の攻め方を分かっていらっしゃる。
乳首が勃っちまうぜ。
だが、今日の俺はひと味違う。
こちとら「はいはい喜んで」と二つ返事で承諾するわけにもいかない事情がある。
今回の話は、本気で俺の生命が危険に曝されるものなのだから。
ハンターを始めて十年ちょっと、いつか迎える予定である仲間が“武器の扱いに不慣れな新米であった場合”程度は、コミュ力高い系ハンターを目指す者として当然想定済みの事案である。
何故ならば、相手がハンターとして日の浅い駆け出しならば、経験者として“話し掛ける理由”ができるからだ。
勿論、駆け出しハンターに対して、自分が手づから教えを施し、後輩ハンターのハンター生命を切り開き導いてあげる、という対処をし、『やだ、レオンハルト先輩かっこいい!ステキ、抱いて!』となる予定である。
そのために、一応ハンターズギルドで公認されているメジャー武器は一通り扱いを修めている。
どんな武器を後輩が使っていようと、彼(あるいは彼女)よりもその武器の扱いに慣れていさえすれば、優しく指導する先輩ハンターとして振る舞える。
これで、いつでも後輩ハンターと狩りに行ける、という寸法だ。
名付けて、“レオンハルト先輩のコミュ力滅茶苦茶高くて頼りになるね!”作戦である。
コミュ力とは、気遣う力であり、話しかけるわずかなキッカケでさえも逃さない狩人としての力である。
だが、悲しいかな、現実は非常だ。
仮に後輩ハンターを弟子にとり、一緒にパーティを組んで狩り場に行ったとして、この作戦の要となる部分が完膚なきまでに欠落しているのだ。
すなわち、『武器の扱い方を教える』ということ。
これが無理難題であるのだ。
なぜか。
それは、コミュ力が余りにも足りないお陰で、“気遣い”を発動するタイミングが全く想像出来ないからだ。
もっと言ってしまえば、キッカケを狙うハンターとして、狙うべき
コミュ障プロぼっちにそのようなコミュニケーションを求めることは、言うなれば、ラージャンを見たことすらない新米ハンターに、「さあラージャン狩ってきて」と言い渡すようなものだ。
後輩ハンターと同じ武器を担いで行って、狩り場で実戦がてら使い方を伝授する時に、当然その後輩ハンターとコミュニケーションをとる必要があるにも関わらず、いつ話し掛ければいいか、どういう語り口で教えればいいか、その会話の想定が出来ない。
『レオンハルト先輩素敵!』となる結末は見えているのに、その過程となるコミュニケーションが完全に抜け落ちてしまっている。
どうしたいかは明確であるのに、そこに至るまでの道のりが分からない。
それこそがコミュ障である所以であり、これだからコミュ障であるのかもしれない。
コミュ障であるから話せないのか、話せないからコミュ障なのか。
コミュ障の発生は、まさに“ガーグァの卵”問題のようだ。
残念ながら、アナにはこの作戦は使えない。
彼女は、曲がりなりにも辺境の非公認ハンターの出自だ。
すなわち、現場叩き上げのハンターなのである。
他のハンターと狩りに行ったことが一度もないと、何故か自慢げに豪語する彼女は当然、一流ソロハンターということになり、そんな彼女に俺が教えることなど何もない。
同じソロハンター同士、たまに意見交換をするくらいである。
生粋のソロハンターであるというのは、生存率の観点から見ても、クエスト達成の観点から見ても、明らかに不利なのだが、コミュ障ならば致し方あるまい。
むしろ、ソロの方が上手くやれる。
ともかく、腕の立つ後輩は、『一狩り行こうぜ!』に誘う理由がないのである。
理由もないのに、危険な狩りに誘うことが出来るだろうか、否、出来まい。
それに、呼吸が合わせられなかったら、たとえどんなに簡単なイビルジョーあたりに喰われて死ぬか、ラージャンに撲殺される。
アイツらは、こちらが苦しんでいるような狩りに、わけの分からない高確率で乱入してくるからだ。
沸いてくる度に狩っているから、絶滅が心配されるくらいである。
しかも、奴らの乱入は、大抵それが致命的なミスになりかねない瞬間を狙って行われる。
酷いときには、
あれはさすがにキレた。
勇気を出して狩りに誘って断られるくらいなら、最初から諦めればよいのである。
そうして、ソロに慣れすぎるが故に、自分の狩り場に他のハンターがいるという想像が出来なくなり、呼吸が合わなかったりしたらと怯えることになり、更に他の人を誘いにくくなる。
こうして、悲しみに汚れちまった孤高のソロハンターは、負のスパイラルを積み重ねていくのである。
ソースは俺。そしてアナスタシア。
よって、彼女とは、あくまで暗黙の合意の上で狩りを共にしたことがないのだ。
双方が、パーティ狩りにおいて、お誘いの段階から予想される恐ろしさを理解しているからこそ、狩りに誘い合わないのである。
言い訳ではない。
ともあれ、例えパーティを組んだとしても、お互いの息が合わなかったりすることがあれば、ただでさえ綱渡りのような繊細な駆け引きを求められる殺し合いの場ではそれが命取りとなる。
腕の立つアナスタシアとだってそれは同じなのだから、ハンターになりたての新米であれば尚更のこと。
自力のリカバリーを望めないのに、どうして新米と危険な狩りに赴ける?
連れ立って狩りに行くことで気分が大きくなってしまい、自分たちの処理可能範囲外のモンスターの討伐へ赴き、そのまま帰ってこなかったパーティもたくさん見てきた。
本当に、パーティ狩りは恐ろしい。
したがって、弟子をとり、初パーティ狩りに挑戦なんてのは、断固拒否するのである。
コミュ障が息の合わない即席パートナーとコミュニケーション無しで狩り場に赴けば、その先の未来は最早確定的に明らかだ。
いくらソロ狩りと死なないことに定評のあるレオンハルトさんでも、そんな所業を犯せば軽く死ぬる。
今までの人生、強大なモンスターと散々渡り合いながらも、なんとか生き延びてこられたのは、幸運であったことが大きい。
それに、自己陶酔などではなく、ソロで狩りをすることにおける生存センスがあったのだろう。
逆に言えば、こうしてパーティを組まずに一人で狩るというスタイルでなかったとしたら──固定パーティにせよ、マッチングパーティにせよ──、ここまで長くハンターライフを続けることが出来なかったかもしれないのだ。
ハンターは危険を冒さない。
ハンターとして生きていくのならば、あくまで冷静に、自分が手を出せる限界を見極め、その一歩先に踏み出すか否かを決定する勘が必要だ。
その勘が、パーティは危険だと告げているのだ。
故に、今回の件は、どんな言い訳を弄してでも断らねばならない。
さあ、孤高のハンター、レオンハルト一世一代の大勝負に打って出よう。
モミジさんは基本的にドSだが、本気で人が嫌がることは無理に強いようとはしない。
どこかの誰かとは違って。
なんだかんだで、本気で抵抗すれば、無茶な要求は取り下げてくれることもあるのだ。