ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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上司と“相談”

「――モミジさん。大事な話があるんです」

 

「なんですか?」

 

「これから三日間、俺、休暇なんです。身体をゆっくり休めないといけないんです」

 

「ええ、知ってます。ですからお願いに来たんです」

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 おかしいな。

 脈絡がつながってないというか、接続詞『ですから』の使い方が間違っているのに、彼女が何を言いたいかが伝わってきた。

 つまり、休日だから働けと。

 …………言葉の定義がやや崩れ気味ではあるが、一応の意思疎通(コミュニケーション)には成功した。

 つながりの社会性は保持できたのだ。

 

 そして、断るのには失敗した。

 

 双方の、“休日”という言葉に対する定義の与え方が違ってしまったのだ、本当はものすごくマズいが、この際諦めるべき事案である。

 だが、コミュ障クソ野郎がコミュニケーションに成功したというのは、大きな進歩であると考えて良い。

 次だ。

 一歩一歩、着実に努力を重ねて、勝利をもぎ取ろう。

 こういった苦境に立たされてこそ、プラス思考が大事になってくる。

 

 新米ハンターってことは、恐らく俺より若いのだ。

 

「俺、年下とコミュニケーションとるのにあんまり慣れてなくて」

 

「嘘はいけませんよ?あそこでアイルーと遊んで盛っている雌猫、あれは一体なんですか?」

 

 なかなか鋭い返しだ。

 

「盛っている雌猫って……あれって…………」

 

 確かにアナスタシアは気まぐれに家に入り込んでくるし――うちの鍵は本当に仕事ができない――、ころころと表情が変わるし、あまり人懐っこい方ではないから、少し猫に似ていると言えなくもない。

 だけど、アイルーのザブトンは猫で、猫とじゃれ合うアナスタシアは猫みたいだけど猫じゃないと思うんだ。

 

 あと、多分盛っている(わけ)でもない。

 むしろ盛っていたのは雄猫の方です、とは言わない。

 理由はよく分からないが、言ったら死ぬと、本能がそう叫んでいる。

 

「なんです?また女の子を連れ込んで、ご自分の欲望の捌け口にでもしようとしたんですか?」

 

 エスパーか!?

 

「違いますッ!ま、また、とか、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ!?」

 

「『また』、ですよ?」

 

「ぐ…………」

 

 じとっ、とした視線に思わずたじろぐ。

 何故だろうか。今日はモミジさんの舌鋒がいつにも増して鋭い気がする。

 心なしか、断る余地を一切残していないように感じるのだ。

 この流れはマズい。

 

 長年培ってきた狩人としての勘が、生き死にのかかった戦いの悪い流れを悟っている。

 このままだと、俺は確実に狩られてしまう。

 ここは敢えて、直球勝負に出るべきか。

 

「モミジさん」

 

「なんでしょうか」

 

「俺は、今までずっとソロハンターとしてやってきました。他のハンターとパーティを組んで狩り場に出向いたことが一度もありません。この間、イビルジョーを狩ったときに、本当にたまたま、他のハンターと“初・一狩り行こうぜ!”をしたんです」

 

「ええ、存じ上げていますよ。レオンハルトさんは、コミュ障ぼっちのヘタレ野郎ですからね。他の方を狩りに誘うことなんて出来やしないでしょうから」

 

「グハッッ」

 

 …………なんだろう、自分でコミュ障ヘタレぼっちと称するのはちっとも苦しくないのに、他の人に指摘されると、その言葉が心にグサッと刺さってくる。

 他人に指摘される自分の欠点は、かくも痛いものなのか。

 しかしながら、こうして考えると、今まで互いのことを理解し合いながら、互いの内側に踏み入ったことを言い合える人がいなかったせいか、モミジさんに容赦なく心を踏みにじられるのも心地良く感じる気が…………しねーよ。

 

「……ええ、俺は確かに馬鹿阿呆クズ間抜けコミュ障ぼっちクソ虫ヘタレ野郎ですよ」

 

「いくら事実だからって、何もそこまで言わなくても…………」

 

 後ろから気まぐれ猫の憐憫に満ちた呟きが後頭部を殴りつけてきたが、人の言葉尻を気にしたら負けである。

 

「ですから、俺がハンター業の弟子をとって、後輩ハンターと一緒に狩り場に行くだなんて、危険極まりないんです」

 

「何故ですか?」

 

「そりゃ、コミュニケーションがマトモにとれないからですよ」

 

 自信満々に言い切る。

 ここで冷静になってしまって、相手に考えさせる時間を与えてはいけない。

 途切れさせないように、一気呵成に論破するのだ。

 数少ないコミュニケーション経験が、そう囁いている。

 

「ここ二、三年の間で俺が会話した人と言えば、モミジさんとアナスタシア、ザブトン、それから例の卵泥棒くらいですよ?

 そんな俺が、常に死の危険に曝される場所へ、いきなり見知らぬ人物と一緒に投げ込まれたらどうなるか、想像に(かた)くない。

 最悪、二人とも死ぬかもしれません。

 きちんとコミュニケーションがとれないのに、狩りの息を合わせられるわけもないですし、そもそも俺、後輩ハンターに、どう話し掛ければいいのか、何話したらいいのか、分かんないし……うぅ…………」

 

 ……必死にモミジさんに依頼の断りを入れていたら、何故か涙が出てきたぞ。

 

「確かに、モンスターならばいざ知らず、レオンハルトさんが初対面の人と普通に会話できないとは思えませんね。

 普通のハンターさんでも、顔合わせの一狩りは危険性の少ないモンスターの討伐を選ぶのが普通ですし」

 

 おお、モミジさんが必死の自虐に心を動かしてくれた。

 なけなしの自尊心(プライド)を傷つけたかいがあった。

 代償に、レオンハルトさんの精神力はもうゼロだ。

 うう、ベッドに身を投げ出して眠りたい……。

 疲れたよバトラッシュ…………。

 

 ああ、そうだ、今日は久しぶりに“ネアンデルタールの犬”を読もう。

 砂漠の国ネアンデルタールのオナニー狂いの暴君・ネロと、その愛犬ボルボロス(バトラッシュ)、彼らの心温まる交流は、人とモンスターという悲しい現実の差と、積み重なる悲劇によって引き裂かれ、やがて二人は共に愛してしまった一人のディアブロス(こいびと)の隣を賭けて、白濁液と鮮血に溺れた争いを繰り広げる…………。

 この大陸で今も広く愛されている不朽の名作だ。

 何回か読まないと、このお話の本当の良さは分からない。

 

「でも、初対面のハンターさん云々(うんぬん)なんて、レオンハルトさんには関係なさそうですね!どうせコミュ障ですし!」

 

 そして、今目の前で引き起こされた悲劇など、『ネアンデルタールの犬』に比べてしまえば大したことはないと、自分を慰められるのである。

 自慰(オナニー)だけに。

 本当に、オナニーのような人生でした。

 

 …………無駄撃ちされ、踏みにじられたプライドの弔いのためにも、ここは最後の攻勢に出よう。

 即ち、“このコミュ障ぼっち、話長いしマジキモい”作戦だ。

 ここまで来たら自棄(ヤケ)である。

 刮目せよ、これがプロぼっちの気持ち悪さの真骨頂だ!

 

「モミジさん、少しお話をしましょう。

 “ガーグァの卵”問題は、そもそもガーグァが卵生である何らかの種から進化しているという学説を採るか、胎生のガーグァ原種とも言うべき存在から卵生へ進化しているという学説を採るかという二択に行き着くのはご存知でしょう。

 これは、どこからがガーグァであるか、ガーグァとは何かという学術的定義の決定に帰着することの出来る問題だと思うのです。

 前者の説を採るとすれば、例えば卵生の何らかの種を“モンスターA”と名付けてみましょう。

 このモンスターAが産んだ卵、これがある日孵ります。

 しかし、形質遺伝の際に、何らかの異常があったのか、或いは親であるモンスターA自身の生存環境にこれまでとは違う何らかの変化があったのでしょう、モンスターAの卵から、新たにガーグァという種が産まれるわけです。

 こう考えれば、ただ“卵”と“ガーグァ”の二項を比較するならば、産まれるのは卵が先、“ガーグァの卵”と“ガーグァ”ということであればガーグァが先、ということになります。

 この説の場合は、完全にガーグァとモンスターAを別種として取り扱っていますから、モンスターAはガーグァの定義に当てはまらない、ということになります。

 即ち、ガーグァの定義によって、問題に前提を与えている形です。

 一方、後者の説では、そもそもガーグァは胎生と卵生の二種類があり、ガーグァは卵を産むことも出来る種であるとしています。

 この場合は、“卵”であろうが“ガーグァの卵”であろうが、この卵を産むのはガーグァですから、当然ガーグァが先、ということになります。

 つまり、ガーグァの卵問題は、単純に言えば、ガーグァの存在について、学術的定義をどう与えるかという問題である、というわけなのです」

 

 ニコニコ顔を崩さないモミジさんを、どうだ、と見据える。

 オタクぼっちが自分の得意分野の話を一方的にまくし立てる、これで普通の人間は皆気味悪がってどこかへ去っていくのだ。

 これで、こんな気色悪い人には、新人の指導を任せられるワケがないと諦めてくれるはずだ。グスッ。

 

「はい、それじゃあ、弟子にとっていただくハンターさんをお呼びしてきますね!」

 

 そう言って、モミジさんは(きびす)を返し、龍歴院の方へ立ち去っていった。

 

 ダメだったみたいですね。

 

 花の香りのようなモミジさんの残り香が、優しく鼻腔をくすぐっている。

 それは、いつの日か、オストガロアを討伐したときに狩り場の端っこで見た曼珠沙華を思い出させた。

 

 死んだ、な。

 

 長い間コミュ障ぼっちを続けていたから、分かり切っていたことではあるが。

 人との会話は、コミュ障ぼっちにとってはこの上ない地獄であるが、それは、無視されるときが一番つらい。

 

 何はともあれ、これで最後の抵抗の望みも断たれ、あとは休日返上の労働に身をやつして死ぬばかりである。

 本当に、オナニーのような人生でした。

 

 

 

「先輩って、いつもそんなどうでも良いことをネチネチ考えてるんですか……?」

 

 いつの間にやらザブトンとのじゃれ合いを止めていたアナスタシアが、後ろからモーニングスターで殴りかかってきた。

 ピクピクと痙攣するザブトンを尻目に、レオンハルトは死人のようにハイライトの消えた瞳でアナスタシアを見据える。

 ぐりんと首を回すその動作に、「うわっ」と小さく呻く後輩。

 

「コミュ障ぼっちは、思考をこねくり回す時間だけはたくさんあるんだ。人と会話する時間は無駄だよ。無駄なんだよ。そんなことよりも、自分の思考力を高めるために時間を有意義に使わなくちゃ、あははははは」

 

「うっわ、この人かわいそう」

 

「お前もぼっちだからね?話しかけ方が分からないとかいうコミュ障ぼっちだからね?」

 

「私は可愛げがあるのでたまに話しかけられます。先輩は見た目と雰囲気からして話しかけづらいのでなかなか人と話す機会がありません。

 よって、私の方がコミュ力高いと言うことになりますね。

 これが格の差ですよ。分をわきまえてください」

 

「なんか最近、後輩がモミジさんに似てきてしまった気がする」

 

 主に論理の飛躍と横暴度合いが。

 はぁ、と溜め息が口をついた。

 そんなことでは駄目だ。

 確定してしまったことはしょうがない。

 生き延びるために、今後の対策について考えなければ。

 死地での生存の極意は、とにかく悲観的にならないことである。

 

 後輩ハンターということは、パーティを組んでいくのは必須。

 ハンターのイロハを教えて欲しいと言うことだから、基礎の基礎から教えろと言うことだろう。

 採集、調合、肉焼き、大型モンスターからの逃走術、狩り場に赴く際に不可欠なこれらの要素を教えて、それから武器の扱いといくか。

 こちらも死にたくない。

 モミジさんのお願いを完遂するためにも、生き残るためにも、全力で指導にあたらねば。

 せめて、同性の後輩だったら良いのに。

 それか、アナのようにコミュ障ぼっちの後輩が望ましい。

 

 類は友を呼ぶというが、コミュ障ぼっちはコミュ障ぼっち同士でコロニーを作るのが必定だ。

 なんだかんだ言って、例え人生のソロハンターであるコミュ障ぼっちだって、厳しい人間社会から弾き出されてしまえば、生き残ることなど不可能なのだ。

 そうしてようやく、コミュ障ぼっちはただのコミュ障へとクラスチェンジするのだ。

 

 アナとの関係もそうしたところから始まったものだし、相手がコミュ障ぼっちであれば、とりあえずのコミュニケーションはとれるはずなのだ。

 コミュ障ぼっち系後輩男子募集中である。

 

 ゥメエェェ…………。

 

 ムーファの暢気(のんき)な鳴き声が、風に乗って聞こえてきた。

 人が乳首おっ勃てながら、(きた)拷問時間(パーリータイム)に戦々恐々としているというのに、ムーファ達はのどかに美味しい草をはんでいるのだ。

 ちくしょうめ。

 

 まあ、つい一昨日(おととい)のイビルジョー遭遇戦の時は、護衛のハンターとパーティ狩りを経験している。

 勢いが全てではあったが、一応“初・一狩り行こうぜ!”は済んでいるのだ。

 それを含めれば、俺も既に永年ソロハンター首席の座は卒業していることになる。

 

 クエストの討伐対象でないイビルジョーとの遭遇戦は、あの乱入で通算百回目だ。

 そんな記念すべき狩りの場で、脱ぼっちを成功させることが出来た俺には、もはやパーティ狩りにおける死角などないのではないか。

 あの時も、会話らしき会話はきちんとしていたのだから。

 

『君の勇気は、俺が確かに引き受けた』

 

『そこのアイルーからシビレ罠受け取って!』

 

『隠れて!』

 

『もう殺したよ。ギルドにも救援信号送ったから』

 

 …………返事はない。一方通行のようだ。

 


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