初めての弟子は、女の子でした。
「この子には調合の基礎から徹底的に教えてください!」とモミジさんが連れてきたのは、金髪碧眼の美少女。
調合の基礎って、基礎中の基礎じゃないですか。
月刊『狩りに生きる』にも載っている。
つまり、ソロでも出来る初歩の初歩から教えなければならないし、少女はそれすらままならないというわけだ。
人生ベリーハードモード過ぎて軽く死ぬる。
やめて! 俺のコミュ力はもうゼロよ!
それは最初からだったか。
「ね?大丈夫でしょ?」じゃないよ!
ちっとも大丈夫じゃないんだよ!
「これから3ヶ月の休暇をとってもらいますから、その間、この子の教育のために頑張ってください!
一人前の立派なハンターを育ててくださいね!」
「3ヶ月間の休暇、だと…………?」
その一言で、モミジさんがこの世で最も慈悲深い女神に思えた。
よく考えたら、全くそんなことはなかった。
そもそも休暇ですらなかった。
3ヶ月間で一人前って、どんなスパルタ教育を施せぱいいんだよ……。
「…………どうぞ」
こと、とユクモ茶の入ったカップを
ぺこりと頭を下げた少女は、ぼんやりと開かれた半眼をジーッと深緑色のお茶に注いでいた。
アナと自分の分も並べてから、三人で卓袱台を囲んだ。
カラン、コロン、とムーファの首のベルが鳴っている。
放牧されたムーファの一頭が、近くに来ているようだ。
窓から吹き込んでくる風が涼しい。
そう言えば、ベルナ村は後1ヶ月で冬に入るのだった。
標高が高いと、短い夏はすぐに過ぎ去ってしまう。
狩りに出ていると、ホームの季節の変わりの早さに驚いてしまう。
こちとら、火山だの氷海だの、あちこちに飛ばされるせいで、季節感覚だってぶっ壊されるハンター様である。
もう少しくらい、ゆっくりしていっていいと思うのだ、時の流れよ。
でも、この無言の時間は早く終わらせてください、お願いします。
改めて見ると、この少女はなかなかに美しかった。
とてもハンターなどという荒事をやるようには見えない、きめ細やかな白磁の肌。
ほっそりとした首もとや腕周りを見るに、あまり筋肉のある方とは言い難い。
しっとりと艶めく唇や、精緻に作り込まれた人形のような目許からは、将来絶世の名に相応しい美人となる気配があふれ出ている。
モミジさんやアナと言った美女美少女に日々なじられることで、顔面偏差値耐性及びドMレベルを順調に成長させてきたが、彼女に
金髪碧眼系美少女に、罵倒される。
…………ふむ。
よき、かな。
「……あの」
口火を切ったのは、アナスタシアであった。
「取りあえず、自己紹介とか、しません?」
あの女狐、名前すら教えない無能ですし、とトゲトゲしい独り言が呟かれた気がしたが、レオンハルトにはそんな些細なことを気にする余裕がない。
「そ、そうだな、事故紹介でもするか!」
「せ、センパイ、いくら事故った自己紹介しかしたことないからって!」
察しのいいアナスタシアとアイコンタクトをとり、レオンハルトは“取りあえず場の空気を緩めよう”作戦を敢行した。
「あ、あはは、ま、間違えちまったなぁ!」
「もう、シャンとしてくださいよ~!」
「はっはっは……ぁ」
「…………」
後頭部に手をやったレオンハルトが視線をずらすと、ジーッとこちらを見る少女の無感動な顔とぶつかった。
事故った。
両手を床について傍らに顔を寄せてきたアナスタシアが耳元で囁く。
「(どうするんですかこの子!? センパイ、成り行きで師匠になっちゃったんでしょ? いつも通りまともに会話できず流されちゃったんでしょ!? このコミュ障クズぼっち!)」
「(グハッ!?)」
「(てか、なんなんですか事故紹介って!? こんなアホネタ、すべるの分かりきってたでしょ!? これだからコミュ障は!)」
「(ご、ごめん! でも、話しかけ方が分かんないんだよ!お前、金髪碧眼系美少女への正しい話しかけ方、なんか知らないか!?)」
「(センパイの方が長く生きてるんだから、センパイが知らなきゃ私が知るわけないですよ!)」
「(その論理はおかしい!! コミュ障は何歳になってもコミュ障だろ!
……それよか、さっき、お前私の方がコミュ力高いとか言ってなかったか!? そのコミュ力生かしてくれよ!)」
「(嘘ですコミュ力高いとか言ってごめんなさい私は誇り高きコミュ障ぼっち)」
「(諦めんの早!?)」
後輩ハンターは、同性の女子にさえ話しかけられない置物だったようだ。
仕方なく、レオンハルトは沈黙したままの少女に向き合った。
「そ、そうだな、取りあえず、君の名前を教えてくれない、か……あれ?」
そこで、妙な既視感に引っかかった。
どこかで見たことがあるような。
レオンハルトは脳みその引き出しを片っ端からひっくり返し始めた。
会話のキッカケになりそうな何かを見つけたのだ。
ダテに上位ハンターを何年も続けているわけではない。
攻め入るときは、一気に攻め入る。
この俺に、金髪碧眼系美少女の知り合いがいるわけがない。
この村の人間?ベルナ村にいるこの年頃のハンターや子供は限られている、作戦上の必要から
親戚の子?それならモミジさんの「ね?大丈夫でしょ?」発言と辻褄が合うが、ここ十年ほどは天涯孤独過ぎて親類縁者の顔など一度も拝んでいない。
ドンドルマ時代に見かけた? 馬鹿言え、見た目からして十四、五歳の少女が、七年前と同じ容姿なワケがない。
どこに引っかかるんだ……?
レオンハルトが腕を組み、小首を
「……どうしたんですか?」
とアナスタシアが目の前の少女に問い掛けた。
レオンハルトと同じような角度で首を傾け、ちょうど鏡になるように腕を組む仕草。
まるで、幼い子供が親や兄弟の真似っ子をするかのような、
ジーッと見つめ合っていると、やはりどこか既視感のある少女だ。
華奢な肩周り。
本当に、この子が武器を担げるのだろう、か……?
「……つかぬことをお聞きするのだけれども」
「…………はい」
ここで、レオンハルトに弟子入りしてきた少女は、本日初めて口を開いた。
「最近、荷車の護衛のクエストとか受けた?」
「はい」
やはり、と確信を得たレオンハルト。
長年ハンターをしてきたためか、観察眼と記憶力には自信があるのだ。
「もしかしてさ、
そして、核心を突く質問を投げかけた。
「…………は?」
いの一番に反応したのはアナスタシアだった。
「センパイ、とうとう頭がおかしくなっちゃったんですか? センパイが、イビルジョーを、この子と一緒に狩った?
…………あ、あははははー、冗談は止めてくださいよセンパイ、センパイが他の人と一緒に狩りなんて出来るワケないじゃないですかー! やだなーもー、あのセンパイが、コミュ障プロぼっちのセンパイが、まままままままさか私より先に他の人と『一狩り行こうぜ!』出来るわけが……う、嘘ですよね?」
黙ったままの二人に違和感を感じたのか、アナスタシアが少女に問う。
「いいえ、本当のことです」
そして、少女はほとんど抑揚のない声で、淡々とアナスタシアの質問を否定し、レオンハルトの質問を肯定した。
無感動な青色の瞳がレオンハルトを捉えた。
この子は、どんな目でイビルジョーのことを見ていたのだろう。
激しい雷の中、ボウガンを構えて雨と踊っていた小さな人影が
「私の名前は、ナッシェ・フルーミットと言います。
ドンドルマのハンターズギルド本部が出している『プロハンター格付け』に六年連続トップ10入りを果たしていらっしゃいますこと、お慶び申し上げます。
先日は、私にとって明らかに格上のモンスターであるイビルジョーの撃退及び討伐を代行していただき、ありがとうございました。
あなたの圧倒的な強さを目の前にして、私は大きな感銘を受けました。
私は、まだモンスターハンターというのがどういった職業であるのか、ほとんど知らない未熟者です。
レオンハルト・リュンリーさん、どうか私に、ハンターとして生きる道をお教えいただきたいのです」