ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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レッツ☆スパルタ!

 

 

 

 

 どうやら、初めての弟子は調合についてはまるきりの初心者ではあったが、幸運なことに覚えの良い子だったようだ。

 

「鬼人薬グレード」

 

「アルビノエキス5ml、鬼人薬を瓶八分目」

 

「クーラーミート」

 

「氷結晶少々、こんがり肉好きなだけ」

 

「素材玉」

 

「拳より小さい石ころにネンチャク草を拳大になるまで巻く」

 

「大タル爆弾G」

 

「大タル爆弾に、ホルムアルデヒド34パーセント溶液に漬けておいたカクサンデメキン200gを、タルの内部に詰める。作業は慎重を期すべし」

 

「回復薬作り方暗唱」

 

「回復薬の平均調合推奨量は、清潔な水を瓶九分目、薬草5g、アオキノコ7gです。大切なのは、心を込めて調合すること」

 

「狩り場では?」

 

「目分量、素材の質によっても効果は左右されるため、最大効果を見込める回復薬を作れる目利きを獲得するべし」

 

「よし。じゃあこの薬草とアオキノコの中から、“本物の”薬草とアオキノコを選んで作ってみようか」

 

 ドサッと山にされたのは、牧草と薬草を混ぜられた緑色の草と、アオキノコとドキドキノコが混ぜられたキノコたち。

 

「…………」

 

 無言で二つの山から正しいものを手早くより分けていくナッシェ。

 

 すり鉢で選んだ二つの山をズリズリとすり合わせ、出来た粉をハンター御用達のガラスビンに入れ、よく振って中の水に溶かしていく。

 

「…………できました」 

 

「じゃあ、その完成品を飲んで。ま、キノコ間違ってたらドキドキノコのびっくり効果が出るけど」

 

「ぇ」

 

 数分後、キノコの拾い食いをしてぶっ倒れたザブトンに完成品を飲ませた。

 

 

 

 

 

 

「うん、初心者にしてはなかなかの出来だ。さすがはナッシェ、俺は良い弟子を迎えることが出来て幸せだよ」

 

 無事に事なきを得たザブトンを撫でながら、初弟子の作った回復薬を笑顔で見つめるレオンハルト。

 

「…………」

 

「じゃあ、これからしばらく在庫が必要になるだろうし、こういうものは基本的に自給自足の方が狩り場で役に立つから…………そうだな、調合の感覚を完全にマスターしておきたいし、軽く(・・)二十五ダースくらい作ってみようか」

 

「ぇ」

 

 

 

 

 

 

 

「薬草の特徴は?」

 

 青みがかった緑色の薬品を詰めた小瓶が、百ほど並べられた箱を閉じ、同じマークの付けられた二つの箱の横に置きながら、レオンハルトは『公式調合書~素材系調合レシピ編~』を血眼になって読んでいるナッシェに問いかける。

 

「においと葉の形、葉の根本についている粒胞」

 

 ナッシェは調合書から一瞬たりとも目を離さず、片手間に答えを返した。

 

「解毒草の特徴は?」

 

「葉脈が平行有利型、それから表面のざらつき」

 

「よし。じゃあ、アナ、アイマスクをナッシェに」

 

「…………んぁ?」

 

 レオンハルトが横に声をかけると、『ネアンデルタールの犬』を開いたまま寝落ちしていたアナスタシアが、寝ぼけ眼をこすりながら疑問の声を上げた。

 

 寝返りでもうったのだろう、ピンク色のキャミソールが少しめくれて、白く滑らかなお腹がはだけていた。

 

 ほどよくくびれた腰つきといい、ショートパンツの上で慎ましげにしているおへそといい、まったく目に毒な光景──……ではあるが、レオンハルトは学んだのだ、『それ』は違うと。

 

 性の差というのは、存在して当然のものであり、しょうがないことなのだ。

 

 受け入れて、心を落ち着けるべし。

 

 あと、さすがに後輩に欲情しているところを、初弟子の美少女ハンターに目撃されたら、多分一生治らない傷を心に負う。

 

「…………まったく、まだ指導始めてから四時間しかたってないんだぞ?この程度でへばってちゃあ駄目だろ」

 

「センパイ、四時間のスパルタ指導は常識がなってないです。センパイとは違って、普通の人は四時間も集中できません」

 

「べ、別に俺が常識を知らないわけではなく、狩りの現場で半日越えの長丁場を集中し続けなきゃいけないこと想定してるんだぞ?」

 

 でも、そうか、普通は四時間も指導は続けないのか……確かに休憩入れた方がいいかもなぁ。

 

 初めて人を教える立場に立って、ようやくハンター訓練所の教官の大変さを理解できた。

 

 確かに、少し焦っている自分がいたような気もする。

 

 教えられる側のことを考えながら、出来るだけたくさんのことを教えてあげたいし、そうすべきなのだ。

 

 そういえば、あの頃から俺はぼっちだったなぁ……。

 

 社交性皆無な十歳のガキとか、教官殿はさぞかし扱いづらかっただろうし、面倒臭かったはずだ。

 

 それでも、あそこで得た経験がどれだけ大切だったかは、この身を持って実感している。

 

 ナッシェにも、訓練所の教官が積ませるような、実りある訓練を施していきたいものだ。

 

「…………あ」

 

 ふと、口の端についた(よだれ)の跡が目に入り、手近な布で拭いてやる。

 

「え」

 

 片目をこする動作のまま固まるアナスタシア。

 

「ちょ、せんぱ、ま……んむ」

 

「まったく、年頃の女子が(よだれ)垂らしながら寝ていてどうするんだ。

 そんなとこ見られたら、お前の孤高(偶像)を崇拝しているバカな男共が一瞬で幻滅するぞ?」

 

 アナスタシアを見ていると、どうも妹のことを思い出す。

 

 手の掛かる年下の親しい女の子で、少し面倒だけどどこか憎めない。

 

 ハンターを始めて十数年、二歳下の妹とは、ハンターになると家を飛び出してから全く会っていない。

 

 そういうこともあってか、アナとは──他の人々に比べれば──仲良くやってこれたのかもしれない。

 

 手の掛かる甘えん坊ではあったけれども、家出するまでは猫可愛がりしたものだ。

 

 あの子は元気でやっているだろうか。

 

 たまに、喧嘩別れしてしまった家族に会いたくなることがある。

 

 …………でも、お兄ちゃんが性犯罪者だって知られたら、多分一生立ち直れなくなる。

 

 今すぐに会うかと聞かれれば、きっとあの事の後ろめたさから再会を躊躇してしまうだろう。

 

 十歳までとはいえ、俺のことを育てるために一生懸命働いてくれた両親にも、息子が性犯罪者と知られるわけにはいくまい。

 

 …………モミジさんのお願い、なんとしてでも達成しなければ。

 

 思い新たに一つ呼吸を置いて、口を開いた。

 

「じゃあ、匂いだけで薬草か解毒草か、それ以外かを判別していくテストをしよう。狩り場の環境によってハンターに役立つ薬草の形状は様々だけど、回復薬の有効成分となるものの匂いは変わらないからね。

 何度も繰り返すようだけど、どんな狩り場でも回復薬と解毒薬さえあれば、例え武器が無くても生き延びることが出来るんだ。

 ここで回復薬の製作をマスターしておけば、今後狩りに出向いたときの生存率が格段にあがると思う。

 そう言うことだから、アナ、テストよろしく。

 俺も鬼じゃないし、100回連続で正解したら昼ご飯にしよう」

 

「ぇ」

 

「え゛」

 

 

 

 

 

 

「…………ぉ、終わりました」

 

 アイマスクを外しながら、ナッシェが台所に引っ込んでいたレオンハルトに声をかけた。

 

 大皿にサンドイッチを盛りつけ終えたレオンハルトが振り返ると、相変わらずの無表情ながら、ナッシェの顔にはさすがに若干の疲労がにじみ出ていた。

 

「お、お疲れ様。それじゃ、昼ご飯にしよう」

 

 大皿を持ったレオンハルトは、防具を付けたままね、と付け足して、ナッシェを連れて卓袱台(チャブダイ)の方へ皿を運ぶ。

 

 お肉大好きなハンターの食性を鑑みつつ、ナッシェがどれくらい食べるのか、どういった好みがあるのかが分からなかったため、照り焼きの鶏肉やハム&レタスを主とするサンドイッチにした。

 

 味に満足してくれたら良いのだが。

 

「アナ、ご飯だ。片付けを手伝ってくれ」

 

「ふぃー、やっとお昼ご飯が食べられるー」

 

「お前、寝てただけだよね?」

 

「ちゃんとお手伝いしてました!」

 

「嘘つく子はご飯抜きだよ?」

 

「ごめんなさい嘘つきました本当はぐうたら寝ころんでサボってました、本当のことを言ったのでご飯ください!」

 

「…………うん」

 

 この子は、自分が餌付けされてしまっている状態であることに気づいていないのだろうか。

 

 そもそも餌付けするつもりすら全く無かったんだけどなぁ…………。

 

 よく分からない種類の草や、七色に輝くキノコなどを元の保管場所に戻してから、三人は丸くチャブダイを囲んで座った。

 

「うわぁ、相変わらず美味しそうですねぇ。それじゃあいただきまーす!」

 

 さっそくサンドイッチの山に手を出すアナスタシア。

 

 レオンハルトも鶏肉の照り焼きを挟んだサンドイッチを一つ手に取り、口に運ぶ。

 

 口に入れた瞬間にパンの香ばしさがいっぱいに広がり、咀嚼のたびに肉の旨味が舌に絡みついてくる。

 

 ベルナ村で育った質のいい鶏を使っているため、味付けを軽く、素材としての味を十二分に引き出せるようにしているのだ。

 

 我らがベルナ村の鶏肉が、美味しくないわけがない。

 

 満足そうにサンドイッチを口に運ぶレオンハルトと、お淑やか系女子とはほど遠い食事を本能のままに堪能するアナスタシアの前で、ナッシェはサンドイッチに手を付けるのをためらっていた。

 

 ……なぜ手を出してくれないのだろうか。

 

 コミュ障ぼっちの経験が(あだ)となって、この質問の答え、及び適切な対応が全く想像出来ない。

 

 あれか、彼女の浮き世離れした雰囲気からして、ナッシェがどこぞのお貴族様だとか、まさかとは思うが王族様とか、そういった展開があり得ないとは言い切れない。

 

 そうなると、このような俗っぽい食事は手を付けようともお思いにならない…………?

 

 あるいは、毒が入っているかも知れないという警戒心の表れか?

 

「な、ナッシェ、毒とか入ってないから、食べても大丈夫だぞ?」

 

「どうしてそういう話になるんですか。ホントにこの人は…………。

 …………え、えーっと、な、ナッシェちゃん、センパイの作ったサンドイッチ、めっちゃ美味しいですよ~?いつもお相伴に預かっている私が言うのだから間違いありませんよ~?」

 

「お相伴と言えばさ、アナ、お前もそろそろ自炊できるようになった方が良いぞ。

 まともな食事を作れるようになれとは言わないから、せめて肉焼きくらいは出来るようにならないと」

 

「で、ででででで出来ますよお肉焼きくらい!!なな、何をおっしゃってるんですか、このアホんだらぼっち!わ、私だって、その気になればこんがり肉の一つや二つ…………ぅぅ…………」

 

「後輩の前だからって見栄を張らなくても良いんだぞ…………」

 

「み、見栄なんて張ってないし!いいもん、もう明日からセンパイに頼らず一人でお料理してみせますから!」

 

「そうか、頑張れ」

 

「でも、一日三食はセンパイかアイルーキッチンに頼る方向で」

 

「そうか、頑張れよ…………ってお前、一食も自炊してないじゃねーか!もうちょっと頑張れよ!!」

 

「私は無駄な努力をしないことに定評のある女ですから」

 

「…………そうか」

 

「あと、私は基本的に一日五食ですよ?計算上は一日二食を自炊することになります!」

 

「………………………………そうか」

 

 そんな二人のくだらないやりとりを見ていたナッシェは、サンドイッチへの見えないハードルが下がったのだろう、大皿へそろそろと腕を伸ばし、たまごサンドを選び取った。

 

 たまごサンド、好きなのかな。

 

 卵は、イビルジョーの飛び入り狩猟の帰りに採集したリオレイアのものだ。

 

 親の気配はなかったし、ありがたく頂戴したのだが、味のほどはどうだろう。

 

 丁寧な所作で口にサンドイッチを運んでいく彼女の指先に、二人の視線が集まる。

 

 柔らかそうな唇が小さく開き、白いサンドイッチを捉えた。

 

「…………」

 

 口に入れたたまごサンドをもぐもぐと咀嚼するブロンドの姫。

 

「…………ど、どうでせうか?」

 

 ごくん、とのどが上下するのを見て、レオンハルトがおそるおそる尋ねた。

 

 ナッシェは白い頬をほんのりと朱く染め、一瞬の沈黙を挟んでから、

 

「……………お、美味しいです」

 

 ────少しだけ頬をゆるめて、ふわりと微笑みながらそう答えてくれた。

 

 それは、ナッシェが我が家に来てから──もっと言えばイビルジョー討伐戦の時から──初めて見せてくれた、彼女の“生の”言葉。

 

 天窓から差し込んできた日差しの午睡を誘う心地よさと相まって、さながら、天使がもたらす癒やしに触れた気分だった。

 

 妹よ、お兄ちゃんは色々あったけど、後輩女子二人の胃袋を掴んだよ。

 

「そ、そうか、それは、良かった」

 

 天使というのは、人間の信仰が生むのかも知れない。

 

 思わず緩んでしまった頬を締めようと、手に取ったサンドイッチを大口でほおばった。

 

 

 頬の筋肉がつった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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