ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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Ⅶ 少女調教ノススメ
プロローグ


 

 

 

「――これでよし。そう言うことだから、ナッシェにはまず野営の基礎から教えていこうと思うんだ」

 

 パチパチと薪の爆ぜる音が、古代林のベースキャンプに響いている。

 オレンジ色の暖かい炎が闇夜を明るく照らし、近くに佇む二人の人間を浮かび上がらせていた。

 

 一人は、灼熱色の防具――“EXレウスシリーズ”と呼ばれる防具に身を包んだ背の高い男だ。

 頭部防具を付けていない状態でも圧迫感のある上背は、強大なモンスターを狩るハンターの職が、彼にとってこの上ない天職であることを物語っている。

 

 火の移ろいが揺れる灰色の髪は、お世辞にも整えられているとは言い難いが、とあるギルド受付嬢をもって「将来禿げなさそう」と言わしめる程に丈夫で豊富な髪である。

 

 もう一人は、初心者ハンター向けのガンナー用防具、“ジャギィシリーズ”を着込んだ少女だった。

 男と同じく、頭部防具だけを外して立っている。

 あどけなさを色濃く残した童顔は、精緻に作り込まれた人形のように綺麗で、絹糸の如く輝くブロンドの髪は、凡そ荒くれ者の集う狩り場に相応しくない美しさを保っていた。

 

 抜けるような白い頬は、焚き火の光を受けているにも関わらず、心なしか白を通り越して青ざめているかのようだった。

 

「…………せ、先生」

 

 冷えるのだろうか、プルプルと震える唇を動かしながら、鈴鳴りのような可愛らしい声を紡ぐ少女。

 寒気を感じている様子とは裏腹に、その額にはうっすらと汗を浮かべている。

 

 人、それを冷や汗と呼ぶ。 

 

「どうした?」

 

「あの、野営の練習だということは分かります」

 

「うむ。俺は物分かりの良い弟子を持つことが出来て幸せだなぁ」

 

 恐る恐る口を開く少女に、先生と呼ばれた男は「ハハハハ」と快活に笑って満足そうに答えた。

 

「それで、その…………」

 

「なんだ?」

 

 言い淀む少女の顔をのぞき込んで、男が先を促した。

 俯いていた少女はやがて、意を決したように男と目を合わせて、本題を切り出した。

 それは、ずっと気になっていた重要なこと。

 

 

 

「どうして、私の腰に生肉が括り付けられているのでしょうか…………?」

 

「うん?」

 

 それは、“少女の腰に生肉が括り付けられている”などという生易しいモノではなかった。

 

 正確には、“生肉の中に少女を入れ込んでいる”ような状態である。

 

 “切らなければ絶対に解けない”ことで有名な、『ギルド式超堅固結び』という特殊な結び目が血の滴る生肉に食い込み、少女の腰防具の一部となっていた。

 

 『ギルド式超堅固結び』は、現在ハンターズギルドに十名しかいないG級ハンターの一人、【城塞】オイラーが自分のために考案した、上位ハンター秘伝の縛縄方法である。

 

 ちなみに、生肉の新鮮なことを強調する要素として、肉をぎゅうぎゅうと締め付けるロープには、今も血が染み込み続けている。

 狩りたてホヤホヤのお肉が放つ血生臭さに、ナッシェはすでに涙目だ。

 

 揺れ動く火の影は、腰回りが四倍ほどに膨れ上がった少女の脚がプルプルと震えている事実を隠していた。

 

「どうしてって、そりゃお前────」

 

 そんな少女の健気な姿に、男は眉一つ動かすことなく、逆に口の端をニイッと上げて、愉しそうに言った。

 

 

「──コッチからモンスターをおびき寄せるために決まってんだろ」

 

 その声には、燃え盛る薪の火よりも熱い何かが含まれていた。

 

 

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

 

 龍歴院所属の上位ハンター随一の腕を持つレオンハルト・リュンリーにも当然、駆け出しハンターだった時期がある。

 

 当時、駆け出しのソロハンターとして狩りの腕を磨くべく、来る日も来る日も狂ったように狩り場に出かけていたのだが、仲間を持たない彼にとって、討伐クエストの対象となっているモンスターを見つけ出すというのは、少々骨のいることだった。

 

 手分けをして探し、見つけ次第信号を発して、仲間と共にモンスターへ挑む。

 初心者熟練者問わず、全てのハンターが討伐クエストにおいて踏むべきその手順と全くの無縁だった少年はある日、とある秘策を思いついた。

 

 

「つまり、『モンスターも大好きなお肉を、消臭効果のある保存袋から取り出して俺にぶら下げておけば、モンスターの方から俺に向かって勝手に集まってきてくれるんじゃね?』ってことだ。名付けて、モンスターフィッシング作戦!」

 

「根本的に何かが間違っていると思います…………」

 

 ドヤ顔でそう言うレオンハルトを、どこか諦観の入った眼差しで見つめるナッシェは、自分が弟子入り先を間違えてしまっていたことを、遅まきながら理解したのだった。

 

 お目当てのモンスターだけがおびき寄せられるならばまだしも、この作戦を本気で実行すれば、お呼びでないモンスターもたくさん集まってきてしまうはずだ。

 

「まあ、ドスジャギィを釣るはずがリオレウスを呼んじまったり、ベリオロス亜種を呼ぶつもりがディアブロス亜種を呼んじまったりしたことはあるが、概ね大丈夫だったし」

 

 やっぱりか。

 前科持ちの作戦であった。

 

 楽しそうに話しているが、事態はそんなに面白いものではない。

 

「……全然大丈夫じゃないですぅ…………」

 

 頭のおかしい加重に加えて、狂った男が狂ったことを本気で実行しようとしている現実に、ナッシェは涙目になりながら腰を震わせていた。

 

「そんなに泣くなって。俺が非道いことしてるみたいになるだろ?」

 

 むしろ非道くない要素がないくらいだ。

 

「何もいきなり古代林の深層に行くってわけじゃないんだから。

 せいぜいマッカォの群れとか、ドスマッカォ辺りしか寄ってこないよ。運が良かったら、イビルジョーとかが釣れるかもな」

 

「ぇ」

 

 “運が良かったら”?

 どう考えても最悪じゃないですか。

 

 もうダメかも知れない。

 このハンターに付いていったら、命がいくつあっても足りない気がする。

 きっと今夜で、“ナッシェ・フルーミット”は死ぬのだ。

 

 ナッシェは、朝日を受けながら血の池に沈む自分の身体に、たくさんのマッカォたちが群がっている様を幻視した。

 思わずポロリと涙がこぼれる。

 

「安心しろよ。俺も肉巻いて一緒に寝てやるから」

 

 安心できる要素が迷子になっている。

 

 何が嬉しいのか、楽しいピクニックにでも出かける少年のような笑顔で自分の腰に生肉を巻きつけるレオンハルトに、ナッシェは羨望の念すら抱き始めていた。

 いっそ、この人のように頭がおかしくなれたら、その方が幸せかもしれない。

 

 この人は、卵泥棒という私の前科(正体)に気付いてから、配慮の枷をすっかり取りさらってしまったようだ。

 軽い気持ちで手を出してしまった、遊びのつもりだったアレが、ここまで重い刑になるなんて想像がつかなかった。

 私にかけられた縄は、牢屋ではなく地獄に繋がっている。

 もう殺される未来しか見えない。

 

 思わず背筋がプルリと震えると同時に、未知の何かの一端を掴んでしまった気がした。

 ここまできてしまえば、もう何かに目覚めてしまった方がずっと良い気がする。

 目の前でロープの感触を満足そうに確かめている大人は、きっと大切なものと引き換えに手に入れた何かで、今こうして嬉々とした表情をしながら死地に赴こうとしているのだ。

 

 ああ、こんなはずじゃなかったのに。

 家を飛び出してまで手に入れたかった自由のはずだった。

 モンスターに食べられてしまうとか、誘拐されて一生を牢屋の中で過ごすとか、予想できる厳しい現実はある程度覚悟していたけれど、ここまで死の恐怖を煽る嫌がらせが訪れるなんて、一体誰が想像していただろう。

 何もかも忘れてしまって、楽になりたかった。

 

 結局、自分は騙されたのだ、とナッシェは思った。

 いかにも腹に一物ありそうなあの受付嬢に、いいように騙されてしまった。

 誰が「龍歴院で一番頼れるハンター」だろうか。

 目の前にいるのは、一番頼れるハンターなんかじゃない。

 ぶっち切りで一番危険なハンターだった。

 この場に付いて来てくれなかったアナスタシアに、心の中でつらつらと恨み言を吐き出す。

 悪い夢でも見ればいいです、この裏切りもの。

 

「よっし!この肉の感触は久しぶりだぜ!

 それじゃあナッシェ、今日は東の森エリアで一晩明かすぞ!武器は持って行くからな!」

 

「…………はぃ」

 

 ああ、終わった。色々終わってしまった。

 

 意気揚々と歩き出したレオンハルトの背中を、半ば呆然とした心持ちで眺めながら、ナッシェはそう悟った。

 

 私だって、本当に格好いいハンターになってみたかった。

 御伽噺(おとぎばなし)の中の英雄みたいに、強くて恐ろしいモンスターと命懸けで戦うハンターになりたかった。

 どんなに怖くても、その背中で守る大切なもののために、死力を尽くして戦うような、そんな英雄に憧れて。

 そうやって、普通の女の子のように夢を見ていただけなのに、辿り着いた先がこれだなんて、あんまりにも酷すぎる。

 

 世界がこんなに厳しいなんてことは、誰も教えてくれなかった。

 家を飛び出したときはこの上ない覚悟を持っていたつもりだった。

 今となっては、あんなに軽い気持ちで脚を踏み出してしまったことをこの上なく後悔している。

 ああ、道を踏み外す一歩のなんと軽いことか。

 

 ワケの分からない展開に次々と流され流され、巡り巡ってこんな地獄に来てしまった。

 膝はバカみたいに震えるし、もう全力で泣きたい気分だ。

 気付いたら涙が出ていた。

 

 それでも、ナッシェは竦んでしまった足を一歩前へ踏み出した。

 

 ここであの人に置いていかれてしまっては、その死の運命はどうしようもなく確定してしまう。

 生肉を自分に巻いてモンスターをおびき寄せるだなんて狂気的な状況下で、アホほど強いあのハンターの側から離れるという選択肢は存在しない。

 

 どうしたって死ぬ運命であっても、どうにかして回避したいと思う。

 迫り来る絞蛇竜(ガララアジャラ)の背よりも、目の前に垂らされた影蜘蛛(ネルスキュラ)の糸に縋りたくなるのが人情というものだ。

 

 人生十五年。お父様、お母様、お兄様、お姉様、親不孝で愚かな私をお許しください。

 あ、十五歳の誕生日はついに迎えられなかったなぁ。

 やんぬるかな。

 

 笑っているのか泣いているのか、怒っているのか悲しんでいるのか、自分でもよく分からない表情を浮かべながら、ナッシェはとぼとぼとレオンハルトのあとを付いて行った。

 

 





・ディアブロス亜種を生肉で釣ったネタについて。
ディアブロスはサボテン主食で生肉には寄ってこないだろ!
とのご指摘を多数頂いたので、ちょっと解説入れときます。

ディアブロス亜種は繁殖期の雌で、そうとう気が立っているという裏設定がありました。
そんな自分の縄張りに、血の滴る新鮮な生肉を抱えて踏み込んできた一人の狩人。
血のニオイをプンプン漂わせている。
ブチ切れ不可避。

つまり、ディアブロス亜種は生肉に釣られたと言うより、血のニオイに闘争本能及び母性本能が働いて、外敵を駆逐しようと飛び出してきた、というワケです。
ぶっちゃけ、主人公はモンスターであろうと雌を引き寄せる、というネタでした。 

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