「ギャオァアアアアッッ!」
飢えた恐暴竜のけたたましい咆哮が古代林を揺さぶった。
その叫びは、満たされぬ渇望に苦しみ、怒り狂うように血肉を貪り続ける運命への慟哭を思わせる。
刺々しい顎をよだれが流れ、地面に
モンスターに見られるような硬い甲殻のない筋肉質な巨躯には無数の傷が刻まれており、強力な抵抗を見せた“
生態系の頂上戦争の如き幾多の生存競争に打ち勝ってきたイビルジョーはしかし、自分をこれでもかと攻め立てる飢餓感と
自らの憤激によって疼き開いた古傷の口からジクジクと血が滲み、赤い涙のように緑色の体表を流れている。
しかし、傷は古いものばかりではない。
彼の怒りをその身に縫い止めんとするかのように、筋肉の盛り上がる背中へと、数本の木の槍が深く突き刺さっていた。
周囲を油断無く警戒しながら、血眼になって肉を探すイビルジョー。
その暗緑色の巨躯が見下ろせるほど高く伸びた巨木の頭に、一人の狩人が潜んでいた。
「…………ギャアギャア喚きやがってよー。耳が痛いぞ。どうして狩り場にいるのに耳が痛くなるんだ。耳を痛めるのはモミジさんの前だけでお腹いっぱいだよ、ホント」
枝葉の陰からイビルジョーの様子を伺いながら、手元のアイテム製作を淡々と続ける彼は、龍歴院で断トツの期間内クエスト達成率を誇る歴戦のハンター、レオンハルト・リュンリーだ。
ジョッ、ジョッと音を立てて、ハンター必携の万能道具“解体用ナイフ”が、彼の筋肉質な腕周りほどもある太い木の枝を、鏃のように尖った槍の形に削っている。
強大なモンスターに対抗するための、ハンターの必需品である武器を失ってしまった彼は、こうして物陰に隠れながら即席の“
「ちっくしょー、なんでこんなサバイバルしてるんだよ……俺ェ…………」
“狩りもピクニックの内”系人間のレオンハルトは、美少女な弟子ハンターとの楽しい狩猟生活が、木の槍を作り出して獲物を狙うプリマティヴでラリホーな原始人生活にすり替わってしまったことへ悪態を吐いていた。
本来ならば、一ヶ月も狩り場に籠もっている時点で十分なくらいのサバイバルである。
しかし、平時から狩り場へ引きこもるようにしてクエストをこなすレオンハルトにとっては、サバイバルでもなんでもない。
むしろ、なんと言うこともない自分の生活サイクルに、金髪碧眼の美少女が転がり込んできているというワクワクドキドキなピクニックだったのだ。
時折、ドスンドスンと地面を踏みならすイビルジョーの暴虐の余波で木が揺れた。
さすがは、あらゆる生命を糧として理不尽を振りまき続ける危険生物だ。
空腹に対する怒り方が尋常ではない。
何が悲しくて、こんな進化を辿ってしまったのか。
お陰で非モテぼっちの密やかな
穂先の鋭角を確かめながら、孤独な狩人は現実を嘆いていた。
「あーもー、普通武器ごと喰うモンスターなんかいねーよ。足元に美味しそうな肉ちりばめといたのに、なんでそっちに見向きもしないんだよ。たくよー。いや、別に油断してたワケじゃ無いんだけどね? ちょっとした手違い、みたいな? うん、これはこれでワクワク感あるよねっていうか、ナッシェに武器無しで狩り場を歩かせる訓練にもなったので結果オーライというか。だいたい、変な風に筋肉が締まっていたあのドスマッカォたんが悪い。そうだ、ドスマッカォたんのせいだ。俺は悪くない」
話す相手がいないという状況も久しぶりであったため、誰かに言い訳しているかのような独り言にも熱が入る。
個体差というものはどうしても存在する。
当然、モンスターの肉質なんて、目の前にいる彼を突き刺して初めて分かるもの。
同じ肉質を持つ個体など、小型モンスターの一匹としていないのだ。
と、偉そうに言い訳をする自分に気がつき、レオンハルトは少し情けなくなった。
残しておくと色々面倒くさくなるからと、ドスマッカォの背中へ上から奇襲を仕掛けたまでは良かったものの、ブッスリ刺さった【ドドド】が変な場所に入ってしまったのか、突き刺した後にノータイムで抜けなくなってしまったのが運の尽き。
弟子の危険を少しでも減らそうと思って手間を省いたのがいけなかった。
普段ならば、背面の
少し過保護だっただろうか。
ふと、お手製の木の槍がちょうど手頃な具合に仕上がってきた。
先端の仕上げをして、解体用ナイフを腰に差す。
「はー、ナッシェー、早く帰っておいでー。ボーンククリはもう折れちったよー。早くしないと、レオンハルト先生がジョーのお腹の中だよー」
ブツブツと呟きながら、未だにキョロキョロと辺りを見回しながら暴れ回るイビルジョーは、すっかりレオンハルトに釘付けだ。
時々、やりすぎない程度に突っついておけば、彼はある程度引き止められる。
このままあのジョーを足止めしておけば、古代林に余計な被害が出ることもない。
問題は、イビルジョーが他の場所へ肉を探しに行き始めたときだ。
その時は、自分の身を常に曝して対応するしかあるまい。
いわば、やたらめったら人を殺そうと暴れまわるシリアルキラーの前に躍り出て、“殺してごらーん、ペンペーン”と挑発をして他の人を助ける自己犠牲の精神だ。
真面目な警邏も真っ青の労働環境、まるで物語のモブ役のようだ。
主人公のために裏方で命懸けの頑張りを見せるのに、読者の視線もストーリーの焦点も自分からはズレていて、ヒーローの引き立て役か死に役になるのがせいぜいのモブ。
やだ、レオンハルトさんの例えが的確すぎィ!
なお、労災は下りない模様。
死んだら死んだでそれまで。
可愛い弟子を残して死ねまい。
「さーて、もういっちょ!」
今度は真上からお邪魔しますよー。
太い枝の根元を離れ、幹を滑るように降りていく狩人の視線の先には、肉を求めて飢餓地獄を彷徨う悪魔が一匹。
トン、と全く何気ない風にして木の幹を垂直に蹴ったレオンハルトは、自作の槍を片手に、宙へひらりと飛び出した。