「――一、足す、一、は?」
「……二」
「千、引く、七、は?」
「…………え、えっと、きゅ、きゅう……」
「九百九十三だよ」
「きゅ、急に難しすぎるんですよ!」
外来ハンターを泊めるために、龍歴院が提供するホームで、アナスタシアは、理不尽なG級ハンターの話し相手をしていた。
もちろん、娯楽のための本やマンガも置いてある。
少女向け漫画を開いたままのラファエラは、まごうことなき無表情であるにもかかわらず、微妙に愉しそうな雰囲気を出して、
「じゃあ、千引く七割る七引く七引く七引く七引く七引く七引く七引く七引く七引く七引く七割る七引く七引く七引く七引く七引く七引く七割る七引く七引く七引く七割る七引く七引く七引く七割る七引く七引く七引く七引く七引く七引く七引く七引く七引く七引く七割る七、は?」
七が頭の中を埋め尽くして、どうにかなりそうだった。
七、え、七、え、わる?
「…………無理! ゼッタイムリ!」
紙に書いたって一生分からない気がする。
そもそも、『引く』は計算できるけど、『ワル』は計算じゃなくてただの性格なんじゃ…………。
「アナ。ムリって言うからムリなの。ムリって言わなかったらムリじゃない」
「センパイみたいなコト言わないで下さい………」
人外はもうたくさんだとばかりに首を振るアホの子。
「ヒントはね、七の倍数だよ」
「人の言葉で喋って!?」
バイスウなんて言われても、何かの料理の名前にしか聞こえないアナスタシア。
ナナノバイスウ?
なにそれ、美味しいの?
「うん、でもこのマンガはおもしろいね」
「そしてこの話の飛びようですよ」
ペラペラとページをめくるラファエラに、アナスタシアは絶望的な表情を浮かべた。
彼女との会話はどうも疲れる。
さっきからコミュニケーションが成立している気がしない。
もしかして、G級ってみんなこんな感じなのかな……いや、それはさすがに…………。
「ねぇ、ここもおもしろいね。笑える」
「はい?」
ふと、ラファエラが無表情のまま、開いていた漫画の一コマについて感想を言った。
今まで漫画について一言も発していなかったから、漫画は彼女の尋常でない嗜好に合わなかったのかと思っていたけれど、意外と普通の感性も持ち合わせているのかもしれない。
白魚のような指が示す場所には、主人公の女の子が好きな男の子と再開する場面が。
『…………久しぶり』
そっぽを向きながら頬を染める女の子に、男の子はドキリとして…………。
「……そんなことで心が動いてくれたら、どんなに楽なんだろう…………」
レオンハルト基準の色恋沙汰しか知らないアナスタシアは、遠い目をしながら一人で悲しくなっていた。
故郷では基本的にお見合いだったし、戦える女性は自分を倒せる男性と結婚するのが習わしだったのだ。
それにしても、彼女は一体何に笑ったのだろうか。
少なくとも、表情はピクリとも動いていないが。
人外は基本的に感覚がズレているのだろう。
この人達って、恋愛感情とは無縁の存在なのかも。
あ、でも、せ、性欲はあるんだよね…………。
「良いなぁ」
だから、ポツリと漏れたその呟きは、アナスタシアにとって意外なものだった。
「……ラファエラさんって、恋愛に興味とかあるんですか……?」
「うん。ハルはまだかなぁ」
「……春って……」
出逢い的な意味の春という意味だろうか、それとも季節の方の春に話が飛んだのだろうか。
聞こうと思ったけれど、彼女がまともな答えを返してくれる気がしない。
日頃から、察しの悪さのせいで
G級ハンターの真意を察するまで、残り三時間。