ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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セリヌンティウスの戦い〈2〉

 人間もモンスターも、大きな力を持っている。

 それは、過酷な生存競争に曝され続けるこの世界で、何とか生き残ろうと果敢に進化を続け、戦い続けた結果だった。

 時には、その力を何気なく使っただけで、自分たちが所属している生態系バランスを崩してしまうことさえある。

 

 だけれども、人間は理性を持っている。

 巨人の如き力を制御して、自分と自然を、時に対岸に置き時に隣に置いて、自分の位置を確かめながら生きていくことが出来る。

 

 もしも人間が、自分もまた自然の一部であることを忘れてしまい、生態系の外側へはみ出してしまったら。

 人間と自然を全く対照的なものと捉えて、自然保護の名の下に動き始めてしまったら。

 それは、理性なく自然を喰らう暴食の王(イビルジョー)と何ら変わる所もない。

 傲慢で、自分勝手な進化は、いつか生態系を滅ぼし、生態系に滅ぼされてしまうだろう。

 “恐暴竜”イビルジョーのように。

 

 彼らの進化は、あまりに異端だった。

 あまりの飢餓感からその巨躯を怒りのままに踊らせ、目につく肉を片っ端から喰らっていくイビルジョーは、とにかく食べ過ぎる。

 

 “食べ過ぎる”なんて、普通の進化では有り得ない。

 

 満たされない飢餓は進化先の飢える種を絶やすものだ。

 悲しき進化は、その先に終止符を打たれるように出来ている。

 

 物足りなさを常に抱えて、生存ギリギリの所を生き延び、それを繰り返すために進化を行い、また物足りなさに出会う。

 生態系バランスに合わない進化をしてしまったら、そこで終わり、生き延びることが出来ずに、絶滅するしかない。

 それは、太古の昔から──古代林の生まれるよりもずっと前から──続いてきた、残酷で美しい自然の営みであり、進化の在り方だった。

 

 イビルジョーがギルドに特別に危険視されているのは、その営みから離れてしまっているモンスターであるということからだ。

 

 普通、生物は生態系システムから逸脱するようには進化しない。

 生命とは、互いに相関しながら奪い奪われる平衡を保つ、一種の化学反応だ。

 その平衡を崩すことは、生態系からの離脱に他ならない。

 その逸脱は、速やかなシステムの破綻を招く。

 崩された生態系はその中身を完全に変性させ、または、崩壊に耐えようと柔軟に変化し、全く別の形をとるだろう。

 

 異端者の存続を受け入れて、彼らに共依存する形になるかもしれない。

 異端者(イビルジョー)に対する牙を持とうと、対抗するように特異な進化を遂げた種が現れて、彼らを根絶やしにするかもしれない。

 或いは、“生態系の消失”といえ形で存続し、異端者ただ一種が存在する生態系に変わるのかもしれない。

 

 ただ一つ明らかなのは、生態系の一員である人間にとって、生態系自体の終焉を招きかねないイビルジョーは絶対的な敵であるということだけ。

 彼らは、受け入れられない運命を背負った、悲しきモンスターなのだ。

 

 願わくば、人間が自然から飛び出してしまいませんように。

 

 

 つまり、何が言いたいかというと。

 

 

 

「ナッシェェッ!?(はよ)ぅ戻ってきてぇぇぇ!?」

 

 

 

 雲一つ無い蒼穹を見上げて、レオンハルトは涙を流しながら絶叫していた。

 

 前方に広がるのは開けた大地。

 地平線の辺りに火山を見る緑色の大平原だ。

 

 後方に控えるのは暗緑色のイビルジョー。

 立ち上る湯気のような黒い雷を撒き散らしながら、食欲全開でレオンハルトを追い回しているのだ。

 

 かわいい。

 

「ほんとキモい! コッチくんなッ!!」

 

 過去言われたセリフの中で最も凶悪だったものを吐いて威嚇してみるも、双眸を爛々と輝かせながら迫り来るイビルジョーに効果はなかったようだ。

 

 レオンハルト史上最高速度に近いダッシュで暴食の権化から逃げようとひた走るけれども、そこは狂った脚力に定評のあるイビルジョー。

 

 ドンッ!!

 

「…………ん?」

 

 大地を揺らす振動に嫌な予感がして、ふと後ろを振り返ると、そこには大地を踏み切り宙を舞い、人間(エサ)の方へ一直線に飛びかかってくるイビルジョーの姿が。

 

「あでゅぅぅッ!?」

 

 間一髪、身体の舵を全力で真横に切って地面に倒れ込み、口から突っ込んできたイビルジョーをいなしきった。

 

 ガリガリと大地が削れる音。

 地面もかじっちゃうってどうなんですかね。

 

「死ぬッ、死ぬるッ、死んじゃうのぉぉ!」

 

 涙やら汗やらよだれやら、色々なものを垂れ流しながら跳ね起きて駆け出すレオンハルトに、「ギャオォォォッ!!」と怒りの咆哮を浴びせるイビルジョー。

 

 こちらから襲いかかったり立ち向かったりする分には、まだ人間にだって勝機はあるし、武器さえあれば、レオンハルトも立派な死神にジョブチェンジできる。

 しかしながら、こと自然界において、何もない平原を自分の足で逃げ続ける人間というのは、モンスターにとって格好の餌にしかならない。

 いくら全力で走っても、強靱な体躯を誇るモンスターからして見れば、ただの新鮮な生肉である。

 

 森の中でイビルジョーを引き留めたまでは良かったものの、そこは健啖の悪魔イビルジョー、コスパの悪いレオンハルトよりも、他の肉を探しに行こうと舵を切ってしまったのだ。

 必死で追いかけたレオンハルトを待っていたのは、龍歴院が“大平原”と呼ぶフィールドでのデスレースだった。

 

 本当に、今回ばかりはダメかも分からない。

 途中で拾った厳選キノコを生で頬張りながら──良い子は絶対に真似してはいけない──、レオンハルトは涙を流して走っていた。

 こんなもの、命がいくつあっても足りな…………。

 

「おっふ」

 

 乳首がこれまでにないほどビンビンに勃起して、背中に強烈な悪寒が走った。

 涙を拭きつつ、長年培ってきた勘に後ろをチラリと確認したところ、

 

「おっ────」

 

 アホみたいな存在のイビルジョーが、馬鹿みたいな咬合力でもって地面から岩をすくい上げて、ブンと勢いをつけてこちらに投擲していた。

 

「────ァァァモォォォォレッッッ!?」

 

 身体を捻りつつダンと跳躍、無様なトリプルアクセルを決めて頭から地面に突っ込み、すんでの所で直撃を免れた。

 “アスリスタシリーズ”の肩に岩の角が掠って、肩を外されそうな衝撃に何度も地面を転がる。

 

「ぐぉぉ…………」

 

 普通のハンターなら死んでたな。

 オラってマジ天才。

 乳首気持ちいい。

 舌噛みそう。

 死んじゃいそう。

 

 痛みに呻く暇もなく、血走った目と目があってしまったレオンハルトは、脱兎の如くその場を離脱した。

 

 食欲に任せて追いかけるイビルジョー。

 全力で逃げの一手を打ち続けるレオンハルト。

 極めて致死率の高い鬼ごっこだ。

 

 ナッシェはまだか。

 これだけ暴れていれば、場所が移動したことも流石に気がつくはずだろう。

 悪いものでも拾い食いして行き倒れになっていたらマズいな。主に俺が。

 

 レオンハルト基準で起こりうる様々な事態を想定して、別行動をとる弟子を案じながら、ジグザグに走って飛んで跳ねて、一世一代の逃走劇を繰り広げ続けた。

 

 

 さしものレオンハルトだって、弟子が生ドキドキノコを丸かじりして食中(しょくあた)りを起こした上、睡魔に理性を奪われてクック先生を上手に焼いていることなど知る(よし)もない。

 

 

 そうしてレオンハルトは、岩石砲二射目を上手く避けきれず、背中を突き飛ばされて、微妙に大きな方を漏らしながら宙を舞うのであった。

 

 

 あ、これ死んだかも――。

 

 

 

 

 


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