プロローグ
合宿、もとい遠征の態勢建て直しのため、レオンハルトとナッシェの師弟二人は、ギルドから派遣された気球船で龍歴院へと向かっていた。
ベースキャンプが破壊された関係もあるのか、今日は一段と、古代林に集まるモンスターの数が多かった。
古代林には本来生息していないようなモンスターまで目撃されたために、イビルジョーを討伐した後も、肉を片手に一時間ほど狩猟を続けていたレオンハルトは、久しぶりに骨の髄まで疲れ切っていた。
「――先生、私をぶってください!」
「…………はい?」
そんな中で放り込まれた弟子の爆弾発言に、レオンハルトは整備していた【折雷】を思わず取り落としてしまった。
ゴリッとケツの骨が動いて、尻に敷いていたザブトンが「フギャッ!?」と悲鳴を上げる。
「…………ごめん、よく聞こえなかったわ。もう一回言ってくれる?」
「私を叩いてください!」
大きい声で言われても分からなかった。
これは、耳がおかしくなったんじゃなくて、頭の方がおかしくなったんですかね、俺の。
「ごめん、意味が分からないや」
今日の気球運転手さんは我らがフローラちゃんなので、余計にそういうことは小声で言って欲しい。
現に、彼女の視線が氷点下を下回っているのだ。
その「うわぁ……」って言う目は止めて欲しいなー。
ああ、レオンハルト株が下がっていく……。
「私、先生にお仕置きしてほしいんです!」
「ワケがわからないよ……」
美少女にお仕置きを頼まれて、いけない妄想しか浮かばなかったレオンハルトは悪くない。
「いつもみたいにお仕置きしてくださいってことです」
「その言い方はらめぇぇぇ!」
語弊がある言い方をされて困るのは、いつだってコミュ障とぼっちである。
つまり、両方兼ね備えた俺は最強。
「うわぁ……」
フローラの目には、性犯罪者に対する侮蔑の色が浮かんでいる。
あ、終わった……。
龍歴院帰ったらこの子にチクられて袋叩きや。
チクられるトコ想像して乳首勃ってきた……。
もういっそのこと、ナッシェにお尻ペンペンでも仕掛けてやろうかと自棄になってきた。
しばらくナッシェと二人で共同生活だったため、色々と溜まっているのだ。
うーん、屹立。
何がって、そりゃあナニか。
……落ち着け、俺の俺よ。
物事には必ず原因がある。
メッチャ良い子のナッシェがこんなことを言い出すからには、何か大きな理由があるはずなんだ。
まずはそれを聞いてから判断しよう。
「……ナッシェ、一度落ち着こうか。急にそんなことを言われても、俺は困惑することしかできない。どうして叩いて欲しいなんて言うんだ。出来れば、俺は可愛い弟子を殴りたくはない。俺は一度もナッシェをぶったことはないぞ?」
さり気なくフローラちゃんへとアピールをしながら、レオンハルトはしっかりナッシェへとカウンセリングを始めた。
カウンセリングをしてもらった経験はない。
もちろん本の知識から練り上げた“後輩が悩んでいる時のカウンセリングをするイメージトレーニング”の賜物である。
「それは、ですね…………」
もじもじと言いよどむナッシェ。
ほっぺたを赤くして、正座のまま太ももをスリスリする仕草は最高に可愛いと思います。
「おう、なんだ。とりあえず言っちゃえよ。俺は怒らないから」
ここぞとばかりに株上げを断行するレオンハルト。
不自然な笑みがフローラにキモがられていることなど知る由もない。
しばらく口を噤んで俯いていたナッシェは、やがて意を決したように顔を上げて、
「実は、先生がイビルジョーと対峙している間にですね」
「うん? ああ、【
「はい。実は…………」
「実は?」
「…………お腹が減って、クック先生食べてました」
「何してんの!?」
怒らないと言ったことも忘れて、レオンハルトは思わず叫んだ。
ザブトンが「あっ、ソコぉ!」と気色の悪い嬌声を上げたが、それどころではない。
「ごめんなさい、どうしてもお腹が減っちゃって」
「その理論はおかしい!!」
俺がウ○コ漏らしかけながら地べたを駆けずり回っていた時に、と続けそうになって、慌てて言葉を切った。
「ぽ、ポーチに何か入ってただろ!?」
「はい、ドキドキノコと、ネムリ草と、トウガラシが入ってました」
「ろくなモン入ってねぇな!?」
弟子の女子力ならぬハンター力に、レオンハルトはやや心配になった。
いつもポーチにアオキノコが入っているレオンハルトは格が違う。
イビルジョーから逃げながらでもキノコを厳選できる彼は、食に関して人一倍うるさいのだ。
「それで、ドキドキノコを生で食べてしまって……」
「キノコの生食は慣れるまでやめなさいと死ぬほど言っただろ!? 危ないんだって、マジで! てか、お腹とか体調とか大丈夫なのか!?」
「食中りで、軽く意識が途切れたくらいです」
「それ食べちゃいけないキノコだよ…………」
“キノコの毒性は食べてから判断する系ハンター”のレオンハルトは、弟子の将来が不安でたまらない。
ナッシェはきっと、ドキドキノコに似たナニか、もとい何かを食べてしまったのだろう。
普通、ドキドキノコを食べたくらいで、意識を失うなんて有り得ない。
「あ、それでですね、色々あって、気が付いたらクック先生を食べてたんです」
「本当に一体何があったの!?」
ギャアギャアと叫ぶレオンハルトを余所に、曇天はゆっくりと動いている。
それにしても平和である。
こういう日は、火種を作らないようにとっとと釈明の弁を述べるに限る。
「そういうわけだから、フローラさん」
「ナンデスカ、リュンリー氏」
「やめて! その目は地味にクる!」
妙な心地よさにブルリと身を震わせながら、レオンハルトは彼女が冗談で応じてくれているのを理解した。
お仕置きの件が事実とは異なるものであると察してくれたのだろう。
ああ、俺、コミュ障から脱しつつある…………。
察しの悪さは、会話経験の乏しいコミュ障にとって越えがたい難所なのだ。
これも、ナッシェとキチンとコミュニケーションをとってきたお陰だろう。
ビバ、師弟関係。
「…………あ、そう言えば。
最近、この辺りの航路をとっている気球船が、何隻か行方不明になってるんですよねー。モンスターの仕業かも! レオンハルト先生、一丁よろしくお願いします!」
「…………あの、フローラさん? そういう不吉なことは無しにしよう? 俺もう今日は無理だよ……。これ以上仕事よくない。今日は業務終了の方向でお願いします…………」
「またまたぁ。レオンハルトさん、モミジさんがよく言ってました。『無理と言うときは、途中で止めちゃったり、最初からチャレンジしないから無理なんです。最後まで諦めずにやり通せば、無理も無理じゃなくなります』って」
「フローラさん、彼女の言葉を鵜呑みにするのは良くない。特にそれはあかんヤツや」
いや、本当にもう動けそうにない。
一体何日分働いたのか分からないくらいだ。
今日だけで三十頭くらいはモンスター殺めてるし。
ああ、さっきから乳首の勃起が止まらねー…………。
なんか変なものでも食べたかな…………。
インナーに擦れて気持ちいい乳首は、なかなか鎮まらない。
「…………ん?」
そして、よく訓練された優秀な乳首は、だいたいヤバい危険を察知していたりするのだ。
ゾクリと悪寒が駆け抜ける。
「――伏せろ!!」
叫んで、近くにいたナッシェを何も考えずに押し倒す。
目を白黒させる弟子を腹に抱えて、レオンハルトは衝撃を覚悟し、
バンッッ!!
深紅の砲撃が、