ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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社畜=人生ゲームの縛りプレイヤー

 龍歴院のクエスト窓口にて。

 

「シャウラさん、無理です。お話がさっぱり分かりません。てか、コミュニケーション出来ないです」

 

「貴方ね…………」

 

 かなりキテるG級ハンターとの交信に失敗したアナスタシアは、頼れる受付嬢に泣きついていた。

 

 泣き言を言う彼女の後ろで、アナスタシアが結わえた髪に、ラファエラがどこからか持ってきた一輪の花を挿している。

 どうやら、辺境の髪結いは気に入ってもらえたようだ。

 

 手元の書類から視線を上げたモミジは、一つ溜め息を吐いてから、小麦色のハンターに向き直って、

 

「ハンターの心得を教えてあげるわ。

 一つ、危険を見抜くこと。ハンターにとっては、自分の命が資本なのだから、ダメそうな状況であれば、無理をせず撤退しなさい。勇気と無謀を履き違えないでってことね。

 二つ、ギルドの言うことをちゃんと聞くこと。規定を破ったり犯罪に及んだりすると、ギルドから恐ろしい制裁を受けることになります。

 三つ、絶対に『無理』って言わないこと。最初に無理って言うから無理なのよ。どんなに難しそうなことでも、諦めずに挑戦してみればきっと無理じゃなくなるわ」

 

「最初と最後でものすごく矛盾してる気がするんですが、それは…………」

 

「何? ギルドに逆らう気? 恐ろしい制裁が待っているって言ったでしょう?」

 

「理不尽!!」

 

 ワーキャーと騒ぐアナスタシアに、「静かにしなさい」とラファエラが注意した。

 

「宇宙のこえが聞こえないでしょ」

 

「ごめんなさい、全然意味が分からないです……」

 

「そうなの?」

 

 真っ赤な瞳をキョトンとさせたラファエラは、華やぐような無表情でアナスタシアに詰め寄り、

 

「じゃあ、一緒に『お花摘み』しよう?」

 

「おはなつみ? トイレ?」

 

 世界線のあまりにも違う単語にクエスチョンマークしか浮かばず、淑女レベルの低さを露呈しているアナスタシアへ、モミジが横からアドバイスした。

 

「狩りに行こうって誘っているのよ」

 

「はい!?」

 

 何で分かるの!?

 

 思わず受付嬢へと振り返って、それからラファエラのことを見ると、彼女の頭で白いナゥシエルカの花が咲いていた。

 あれ、星見の花(ナゥシエルカ)って、さっきお花屋さんで見た気が…………。

 いつの間に買っていたの……?

 

「そう、いっしょにお花摘みすれば、アナもあたまが良くなるよ。わたしはこれからハルと一緒にお花摘みする予定だけど、アナは友だちだからいっしょでいいよ」

 

「…………え、ハルって人の名前……?」

 

 会話が成り立たない二人。

 受付嬢は「分かったら、(レオンさんが帰ってくる前に)さっさと狩りに行きなさい」と言って、仕事に戻ってしまった。

 無情の女である。

 

「アナは友だち、友だちには名前を呼んで欲しいな。わたしのことは、ララって呼んで。ファーラって呼んでいいのは、お父様とハルだけなの。ごめんね?」

 

「いえ、別に謝るほどのことでは……あれ、ハルってご兄弟?」

 

 頭の中が混沌とし始めたアナスタシアは、ううんと頭を抱えてしまった。

 せっかく壁の分厚かった受付嬢が、デレ(仮)を見せて、個人的なお願いをしてきてくれたのに……。

 嬉しくはないけれども。

 

 G級ハンターとまともに狩りなんて出来るとは思わないし、こうなったら『最終兵器・センパイ』を発動するしか…………。

 

 と、俯いた彼女の視線の先、カウンターの真下の地面がモコっと盛り上がって、ピョコンとグレーの猫耳が飛び出した。

 

「……ぷはぁ、ようやくたどり着いたニャ…………」

 

 それは、レオンハルトの座布団兼オトモアイルーをしている、ザブトンだった。

 

「あれ? ザブトンくん、どうしたの?」

 

「ニャニャ! おミャーは自称後輩ハンター! それと、(怖い)美人受付嬢の! 良いところにいたのニャ!」

 

 えっちらおっちらと地上に這い出てきたオトモアイルーは、本当に焦ったような身振り手振りで、火急の事態を伝えた。

 

「旦ニャ様が────!」

 

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

「…………いてて」

 

 土ぼこりの上がる谷底で、レオンハルトはゆっくりと起き上がった。

 腕の中には、気絶しているナッシェが。

 どうやら、落下の衝撃が予想以上に強かったようだ。

 

「…………ち、ちか……ま、まだ……ここ、じゅん、び、が…………」

 

「…………ひとまずは大丈夫そうだな」

 

 うなされてはいるけれども、見たところどこにも怪我は無いようだ。

 『準備』ってことは、さっきのイビルジョーの夢だろうか。

 

「ちっくしょー、なんか既視感のある光景だなぁ、おい」

 

 足元を見れば、カラカラと音を立てる無数の骨が散らばっている。

 おびただしい数の骨が転がっているせいで、地面が見えない。

 

 ナッシェを骨の上へ静かに寝かせてから、レオンハルトは辺りを見回した。

 散乱した気球船の船体は、修復という言葉が浮かばないレベルの残骸になっている。

 積み上げられた骨の山の頂上に、気球(バルーン)だった布のなれの果てが引っかかっていた。

 

 代わりの武器も望めない、か。

 幸い、右腕に盾を装着していたものの、【折雷】の剣の方が見当たらないのだ。

 

 空を仰げば、ドーム型のテントのような地形が視界を遮り、中央から覗く空に暗い雲が蓋をしている。

 よく見てみれば、地形のように見えていたものも、巨大なモンスターの骨から出来ているようだ。

 どうやら、モンスターの巣のような場所に落ちてしまったようだ。

 先ほどの攻撃行動を鑑みて、捕食対象にされたのは明らかだろう。

 

「ヤバいなー。どっかで見たことある気がするんだよなー、ここ。さっさと【折雷(さくちー)】見つけねーと。

 なんか、さっきから乳首がビンビンに立っていやがるし、やけに大きなモンスターの気配がするんだよなぁ…………。

 あっ! フローラさん!」

 

 ふと、先ほどまで運転手をしてくれていた受付嬢の姿が見当たらないことに気がついた。

 マズいな、早く見つけないと…………。

 

「旦ニャ様ー!」

 

「っ!」

 

 フローラ捜索のために歩き出していたレオンハルトの耳へ、ザブトンの呼ぶ声が聞こえてきた。

 声を辿って、骨の山の向こう側へと迂回すると、そこには、涙目になってレオンハルトを呼ぶザブトンと、足を押さえて崩れる赤毛の少女がいた。

 

「ザブトン、でかした!」

 

「大変ニャ! 受付嬢さんの足が!」

 

 その言葉に骨を蹴って急いで駆け寄り、ザブトンの指す彼女の足を見ると、

 

「…………マジか」

 

 スカートから出ている膝下の足の向きが、おかしな方向を向いていた。

 

「…………フローラさん、痛むところはここだけか?」

 

 レオンハルトが声をかけると、フローラは涙目になりながらも無理やりに笑みを浮かべて、

 

「そっ、そうです、でも、ひ、膝がヤバくて、それ以外とかよく分かんない」

 

「だよな。スマン、応急処置だけしようと思うんだけど、滅茶苦茶痛いかもだ」

 

「……お、お願いします。こんな仕事やってるんですから、痛いくらいは我慢します」

 

「よし、よく言った」

 

 気丈で若い受付嬢の浮かべた表情に頷いて、レオンハルトはポーチから秘薬を取り出してフローラに握らせ、

 

「飲めって言った瞬間に、口に入れろ」

 

「わ、わかりました」

 

 次いで、腰に差していた解体用ナイフを抜き、鞘を地面に置いてから、フローラを仰向けに寝かせて、彼女の膝を触診する。

 

 膝の向きと身体の芯を見比べて、だいたいの修正見当をつける。

 

 くっそ、人の骨折とか治したことないぞ。

 やっぱ、こういう時のために妄想トレーニングしといて良かった。

 妄想力の高いぼっちは最強ってはっきり分かる。

 

「よし、力業(ちからわざ)でいくからな。力抜けよ?」

 

 パッとスカートの裾を上げて、患部に手を当てる。

 

「…………え、力業?」

 

 こういうものは、痛みへの心構えをさせないうちにやってしまった方がいい。

 本に書いてあった。

 

 ポカンとした表情になったフローラに、レオンハルトは事も無げに頷いて、

 

「ああ、力業だ」

 

 メ゛リッ。

 

「い゛ッ」

 

 膝の向きが調整された。

 うん、完璧だ。

 やっぱり俺って天才だった。

 

「飲め!」

 

「か、ふ…………うぐっ」

 

 痛みに思考を停止させたフローラは、言われるままに秘薬を口に入れて飲み込み、ガッツポーズをとった。

 受付嬢でもガッツポーズをとれるように教育しているとは、さすがモミジさんである。

 

「うっ…………ふぅぅ…………」

 

 痛みが引いているのだろう、フローラは息を吐いて落ち着きを取り戻そうとしている。

 たとえ秘薬でも、骨折の完治には、ハンターでも半日、普通の人だと一日ほどを要してしまう。

 

 フローラの足は、しばらく安静にさせておく必要があるのだが。

 

「────先生ッ!」

 

 ナッシェの鋭い声にバッと振り向き、走り寄ってくる彼女の表情から、何かを発見したのだろうと読み取った。

 モンスターか。

 間違いない、胸元のセンサーがこちらに近づいてくるモンスターの気配を察知している。

 マズい。

 まあ、仕方がないだろう。

 

「…………俺が出る。

 ナッシェ、フローラさんを頼む」

 

「はい、先生」

 

 少女に短く指示を与えて、レオンハルトは骨山へ走り、元いた向こう側へと顔を出した。

 イビルジョーを武器無しであしらい続けたのだ、大抵のモンスターはなんとかなるだろう。

 

 果たして、そこには――。

 

 

 

 目に付くのは、捕食したモンスター達のものであろう、大量の骨がびっしりと纏わりついた一対の触腕だ。

 双頭の龍を思わせる腕の先には、飛竜のような顎を持っている。

 

 骨の隙間で明滅する青白い光は、冥界を彷徨う亡者の魂を想起させ、腕を生やす本体はと見れば、奈落に落ちてきた不吉な妖星を思わせる燐光を帯びていた。

 剣山の如く刺々しい死骸の鎧に、ゆっくりと動く足元に漏れる黒い粘液。

 骨に囲まれたその姿は、墓所で財宝を守る双頭龍の伝説を思わせる。

 

 

 古龍、オストガロア。

 通称“骸龍(がいりゅう)”。

 イビルジョーをも凌駕する危険な貪欲さと、高い知性とを併せ持った、強力極まりないモンスターだ。

 

 レオンハルトにとって三度目の遭遇で、飛行船を落とされたのは二回目で、武器無しで挑むことになるのは初めてである。

 

「アイエエエエエ!? コリュウ!? コリュウナンデ!?」

 

 過去戦った古龍の中で最も強かったのが炎王龍(テオ・テスカトル)であったとするならば、最もヤバかったのはオストガロアである。

 

 過去と違う点は三つだ。

 

 一点目、今回は武器がない。

 二点目、武器がない代わりに、過去倒したオストガロアから素材を剥ぎ取って作った防具“アスリスタシリーズ”を着込んでいる。

 三点目、背中には、守るべき人と念願の弟子を背負っている。

 

 

 うん、どこにも死角がないな。

 身体はボロボロ、身も心も疲れに疲れ切っている。

 けれど、守りたいものがある。

 お陰様で、心臓バクバク、胸元ビンッビンだ。

 今なら、若かりしあの頃の気持ちのまま、全力で狩りを楽しめる気がする。

 

「最ッ高にハイってヤツだぜぇぇぇぇ!? ヒャッハアァァァァァァ!!」

 

 後に引けない孤立無援のハンターは、世紀末の雄叫びをあげながら、たった一つの盾を掲げて突貫した。

 

 

「――旦ニャ様が、武器を持たニャいで古龍に突撃しちゃったのニャ!」

 

 

 ここに、因縁の古龍へ盾一つで戦いを挑んだ英雄の伝説が始まる。


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