ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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奮闘

 

 唸りを上げて迫ってくる竜の牙。

 ヒビの入った部位を狙い、ギュッと脚を踏み込んだ。

 身体の芯を意識しながら、腰を捻って一息に跳躍、渾身のアッパーを目標へと突き挿れる。

 

「────俺の思いッ、君に届けッ!」

 

 ガンッ! 

 

 すれ違いざまの“昇竜撃”が、吸い込まれるように決まった。

 自在に宙を舞うブナハブラを相手に修行を積んだ、百発百中を誇る自慢の一撃である。

 

「ふっ……決まった、な」

 

 華麗な着地と決め顔も忘れない。

 いつ仲間との狩りに赴いても恥ずかしくないよう、他人からの見え方を常に注意することが重要なのだ。

 ナッシェとの初狩からはや十数日、俺はもう、昔の俺とは違うのだ。

 

 右手に伝わる確かな衝撃と共に、触腕の片方が跳ね上がって、纏っていた骨の鎧を剥がすことができた。

 黄ばんだ骸頭骨の中に潜んでいたのは、海で穫れる軟体動物のような、気色の悪い触腕の先端。

 

 「ギシャァァァッ!」とおぞましい声を上げながら、鎧代わりにしていた竜の頭蓋骨を失ったオストガロアの触腕が、細かく痙攣しながら地面に潜っていく。

 

 

 剣が無くとも、古龍と戦える。

 この通り、俺が証明した。

 

 

 当然、俺レベルの優秀なハンターともなれば、片手剣の盾のみでモンスターを討伐するくらいの想定と対策はしているもの。

 そのために編み出した攻撃法が、名前も見た目もかっこいい昇竜撃だ。

 他のハンターの片手剣の使い方は見たことすらないが、()()()こんな攻撃方法があるとは思いもしないだろう。

 

「『防御のための盾を、連撃のサポートとしてだけでなく、攻撃のための主力武器として使うとは……。』『レオンさん、ステキ! 抱いて!』……。

 未来のお嫁さんが目に浮かぶぜ……、うぉっと!」

 

 背後から迫ってくる気配を乳首が察知して、身体を捻りながら左前方へと飛び出した。

 一瞬前まで立っていた場所を、竜の頭が通り過ぎていくのを視認する。

 

 ガラガラと骨の鳴り合わせる音を聞きながら、牙を剥いてきた触腕の頭部を睨みつけた。

 思考のスイッチが入り、だんだんと時間の流れが遅くなっていく視界の中、思考ははるか高みヘと到り、全身の毛先から乳首まで、隅々までを完全にコントロールしているかのような全能感に包まれていく。

 

 動作後の反動で触腕が止まっている、攻め時は今。

 曲げていた膝の力を爆発させるように発進して、空を切った噛みつき体勢の頭へと肉迫、右腕のバックラーでタックルをかまし、衝撃でヒビの入った骨の間に、そこら辺で適当に拾った骨を突っ込む。

 

 てこの原理を用いて、粘液質で留められた鎧を身から引き剥がし、盾で殴りつけて完全に壊してからバックステップ、ブルリと身を震わせた触腕のリーチ圏外ギリギリまで退避した。

 

「ガラガラガラガラ────」

 

 骨の立てるモンスター達の怨嗟の声が鳴り響く。

 攻撃体勢へ移っていく触腕から目を向けたまま、腰へと手を回し、指先の感覚を頼りに素早くポーチを漁って目当てのアイテムをつまみ出した。

 

「いでよ、偉大なる打ち上げタル爆弾!」

 

 青色に塗られた樽状のそれは、大空からの自由落下という衝撃を受けても爆発しなかった有能な武器である。

 もし破裂していたら、我が身が爆発四散していた所である。

 栓を抜き、付属の着火薬を擦って導火線に火をつけ、樽の頭の向きをオストガロアの触腕へと調整し、

 

「発射ー!」

 

 シュボッという小気味いい音を立てながら、ぴゅーっと飛んでいったタル爆弾は、触腕の先端に着弾して小爆発を起こした。

 バラバラと崩れる骨の鎧。

 ガラガラガラと、オストガロアが腕を震わせて怒りを示す。

 

 やはり、爆破はロマンである。

 伊達に二十四歳児と揶揄されているわけではないのだ。

 少年の心を忘れないこと、これが、危険な修羅場をくぐり抜けるコツである。

 

 刃こぼれしやすい剣には真似できず、己の肉体的ポテンシャルと、巨体を動かすモンスターの慣性力を見極める観察力とで勝負をかける、これが盾による狩猟。

 

 対峙するモンスターの攻撃を捌きつつ、剣による連撃と多彩なアイテムを駆使した攻撃を挟みつつ、ここぞと言うところで昇竜撃を叩き込む、これがレオンハルト自慢の盾戦法。

 

 一瞬の隙も見せずにモンスターを攻め立て続けることも出来る、画期的な攻撃法なのだ。

 子供の創造力を存分に発揮した気分だ。

 惜しむらくは、それを見てくれる人がこの場にいないことくらい。

 

 それにしても、まさに天才の思考、これぞ“俺の考えた最強の片手剣”といったところか。

 

 効率的に身体を動かせば、防御する事を目的に装備する(バックラー)が、撲殺のための武器にもなる。

 本物の剣があれば、オストガロアといえども恐るるに足らず、盾と狩猟アイテムのみというのはハンデとするにはちょうどいい。

 

 盾がなかったら、腐った骨を拾っては叩き、砕けては拾い……を、救援が来るまで延々と繰り返すしかなかった。

 それはさすがに軽く死ぬる。

 

 骨の鎧を骨だけで砕くのは、物理的に厳しい。

 何しろ、適切な処理をされずに雨ざらしになった死骸の骨だ、即席の武器とするには少々心許なさすぎる。

 俺のコミュ力並みに役に立たない。

 

 

 

 ゴロゴロゴロゴロ――。

 

 遠雷のような音を立てながら、骨に覆われた地表をかき分け、この巨大なすり鉢の主たる骸龍が、その巨大な本体を現した。

 盾と己の機転で触腕の攻撃をいなし続けるレオンハルトに業を煮やしたオストガロアが、餌を本気で食らう判断を下したのだ。

 

 先ほど剥がされた骨の鎧を再び纏って、十メートルほどの触腕二本が、その身をうねらせながらレオンハルトを睨みつける。

 竜の身体に似せた腕を操るのは、骨の鎧で自身を守りつつ、青く明滅する龍属性のエネルギーを帯びた凶暴な古龍、オストガロアの真の姿だ。

 

 身体の奥で黄色く光る双眸が餌の姿を捉え、数多のモンスターの骨を噛み砕き肉を引き裂いてきた、“喰砕牙”と呼ばれる歯が蠢いた。

 

「うーん、金冠(ラージスト)かな。あの歯、硬いんだよなぁ。やっぱりヤバいかなぁ」

 

 対するレオンハルトは、足元の手頃な骨を拾って、手の内の感触を確かめながら、攻めたてるルートを思案していた。

 転がして弱点を突くか、無理をせず持久戦を展開するか、アイテムのストックはまだある、無くなっても気球船に在庫を取りにいける。

 ナッシェ達の隠れている窪みの位置に攻撃の余波が届かないような立ち回りをしながら、オストガロアをどう討伐すべきだ?

 

 辺りを見回せば、骨と死肉で構成された地獄谷が広がり、目の前のモンスターは食らってきた餌達の骨を身に纏う異形の古龍だ。

 ザブトンを救援要請に向かわせたが、今の龍歴院にはオストガロアを相手取ることができるようなハンターは所属していない。

 HRだけを考えても、一ヶ月前の時点で、7のランクにいるレオンハルトの次に並ぶのは、HR5で止まっているアナスタシアだけだったのだ。

 

 アナスタシアは来てくれるか。

 彼女に古龍の狩猟経験は無かったはずだ。いくらモミジさんとはいえ、彼女を無理に派遣してくることはなかろう。

 

 武器を送ってくれるだけでもいい。

 そして、モミジさんは優秀な受付嬢だ。

 彼女ならば、こちらの期待に応えてくれる。

 

 まともな武器を持てば、このオストガロアは倒せる。

 少なくとも、この個体は図体が他の個体よりも大きいだけで、狩猟の技術と経験値が足りていない。

 海底から地上に進出してきて、まだ日が浅い個体なのだろう、触腕の動きもどこかぎこちない。

 

「食べ物に困らない、それでいて、自分の身に危険が及ぶことはほとんどない。そんな生活を幼生の頃から続けてたら、そりゃあ図体が大きいだけの個体になるよなぁ」

 

 つまり、モミジさんの送ってくれる救援が到着するまで持ちこたえれば、こちらの勝利だ。

 

 粘性を持つ体液をとぷとぷとこぼしながら、オストガロアが近づいてくる。

 

「海の中じゃあ楽だったかもしれないけど、カタツムリの歩みじゃあ、俺は捕まえられないぞ、オスガロちゃん」

 

 吐き気を催すような腐臭が漂う墓場を踏み荒らしながら、古龍攻略の作戦を立て終えたレオンハルトは、左手で掴んだ骨をオストガロアへ思い切り投げつけた。

 

 耐久戦は、最も得意な戦い方の一つだ。むしろ、チーム狩り以外はみんな得意だ。

 三日三晩走り続けるくらいはやってみせよう。

 

「おにーさーんこっちよー。挿入(いー)れたーいほーうへー」

 

 久しぶりに人目を気にせず吐き出せる独り言を盛大にまき散らしながら、レオンハルトはジャリリと足元の骨を蹴飛ばした。

 

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

 

「──竜ノ墓場は、古代林の深奥部に位置しているありふれた鍾乳洞で、過去に二度、オストガロアが侵入して巣を作ったことがあるの。洞窟内の地底湖が海につながっている可能性が調査で報告されているから、かの古龍は海から来ていたのかも。

 どちらもレオンさんが撃退、討伐しているけどね。

 あの時は、骸龍が餌として捕まえたモンスターから出た骨の量も、山になって積まれるほど多くはなかった。

 アイルー君の話だと、今回の個体は相当“食べてきている”可能性がある。気をつけて」

 

「……………………はい」

 

 古代林へと向かう気球船の上で、アナスタシアは優秀な受付嬢による講義を延々と聞き続けていた。

 舵を取りつつ、受付嬢としてハンターを支えるための情報を与えているモミジ。

 

 その視線の先では、

 

「はーるがきーたー、はーるがきーたー。あー、でーもー、これから冬でしたー、ちゃんちゃん」

 

 白く長い髪を一つに纏めたラファエラが、身体を揺らしながら不思議な旋律の歌を口ずさんでいた。

 緊張感は全く感じないが、ああして歌っているのは、彼女の機嫌が最高にいいだけなのだ、その調子でサクッとオストガロアを討伐してくれればいい。

 

「……それで、オストガロアの狩猟についてだけど。その巨体と危険性から古龍に分類されている“骸龍”オストガロア。このモンスターは、その名の通り、今まで食べてきたモンスターの骨で全身を覆っているわ。粘性の極めて高い体液を垂れ流していて、その粘性で、吐き出した未消化の骨を纏っているの。だから、対象に接近したときは、その粘液で足を取られたりしないように注意して。あと、攻撃の時は、骨の鎧の脆いところ、隙間になっているところ、そこを突くように。ハンマーや狩猟笛で砕くことが出来ればベストだけど、オストガロアを効率的に討つのであれば、骨の下に隠れている肉部分を斬ればいいのだから。

 体構造については、さっき教えた通り、蛸足のような一対二本の触腕、飛竜の骨を噛み砕く鋏状の巨大な歯、高密度の龍属性エネルギーを放出する口、この三点の動きを特に注意する必要があるわ。それから、オストガロアは基本的に、龍属性のエネルギーを、胴体の部分、タコの身体に置き換えると、内臓が詰まっている部分から垂れ流しているから、立ち回りには十分注意して。近づくだけで全身、特に呼吸器系にダメージを受けてしまうから、適宜回復薬を使えるような状況を保つように」

 

「…………ヴぁい」

 

「それから――」

 

「広がったー隙をー、何でーうーめーてしまーえばいいのー? 埋まらないーなら、お花をー植えて、橋にーしーちゃおう!」

 

「あとは――、聞いてる?」

 

「はい、聞いてます」

 

 もういっそのこと、空から槍が降ってきて、オストガロアを討伐してくれればいいのに。

 アナスタシアは、パンクした頭の片隅で、そんなことを思っていた。

 

 

 




祝! レオンハルト爆発!
誤字脱字等ございましたら、ご一報頂けると幸いです。

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