ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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件名:同僚に殺されそうです。助けて! 

「……ゴホッ、ゲホッ」

 

 竜撃砲の衝撃によって舞い上げられた砂煙をかき分けて、レオンハルトはヨタヨタ歩きながら秘薬を一粒口に突っ込み、気力でガッツポーズをとった。

 

「救援、かな。救援、だったのかな? 攻撃とか、暗殺とかじゃないよな? もう無理ぃ……」

 

 モンスターの前であるが故、へたり込むこともできないが、足腰は疲労でガクガクだった。

 ぶっちゃけ、至近距離でガンランスの竜撃砲にやられる想定はしていなかった。

 

 ガンランスが竜撃砲起動状態でオストガロアにぶっささったということは、どこかからガンランスを攻撃目的でぶん投げたということだ。

 俺以外にも、竜撃砲ガンランスをモンスターに投げつけるハンターがいようとは……。

 ……俺狙いだったとか、たまたまオストガロアに刺さっただけとか、そういうワケじゃないよね…………?

 

「先生っ!」

 

 切羽詰まった声に顔を上げると、ナッシェがこちらへ駆け寄ってくるところだった。

 ……可愛い女の子の弟子が、俺を心配して走ってくる……。

 十代も終わりの頃、怒れるラージャンの頭をハンマーで必死に殴りつけながら夢見ていたシチュエーションだ。

 生きてて良かったよ……グスッ。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「もちろんだ。ガンランス程度、何ということはない」

 

 キリッと顔を引き締めて、何も心配することなどないと、師匠らしく肩を張らせてもらった。

 最高である。

 頑張ってきて良かった。

 もう大剣が降ってきても片手で受け止められる気がする。

 

「フローラさんは?」

 

「別の場所に移しました。あ、これ、補充の小タル爆弾です」

 

「あ、ああ、助かったよ」

 

 ナッシェがポーチから取り出した黄色い樽型の爆弾を受け取る。

 弟子が有能で何よりだ。

 だが、問題はまだ解決していない。

 

 振り返って見れば、煙の晴れた先で喰砕牙を破壊された痛みに呻くオストガロアの巨体があった。

 抉るようにして引き抜かれた牙の根元は、ズタズタに引き裂かれたオウムガイのような凄惨な傷口になっていて、竜撃砲の威力をまざまざと物語っていた。

 ドクドクと流れ出る濃青色の血が、黄ばんだ骨の大地へと染み込んでいく。

 何より、オストガロアに刺さったままのガンランスが、事態の珍妙さを際立たせている。

 

「あのガンランスは一体……」

 

 何か、とても大切なことを忘れているような気がする。

 今は一体、どういった行動をとるべきなんだ?

 あのガンランスの持ち主が、モミジさんの送ってくれた救援だとして、俺は喰砕牙を壊されて怯んでいるオストガロアに畳みかけるべきなのか、それとも、戦闘を任せてフローラさんとナッシェを連れて撤退すべきなのか。

 判断材料が少なすぎる。

 

「――センパイ! ナッシェちゃん!」

 

 ふと、耳に懐かしい声が飛び込んできた。

 驚きと共に振り返れば、カチャカチャと賑やかな音を立てながら、黄金の防具に身を包んだアナスタシアが駆け寄ってきていた。

 片手には抜刀した操虫棍“灼炎のテウザー”を握っていて、その刃の輝きは、これまで見てきたどの武器よりも頼りがいがあった。

 

「あ、アナ!?」

 

 アナが救援に来てくれたということは、彼女は古龍と戦うだけの技量とセンスを持っていると、モミジさんが判断したということだ。

 彼女も、一カ月見ない内に大きく成長したのだろう。

 

「助けに来てあげました! 大丈夫ですか? ケガとかしてませんか? どうせしてませんよね!?」

 

「おい、言い方。ケガはしてないけど、お前、言い方」

 

「時間は稼ぐので、その間に態勢立て直してくださいよ! 私、古龍とかマジで無理ですからね!?」

 

 いつも通り、少し高めのテンションで叫びながら、わあわあとまくし立てる彼女だが、その視線はとても冷静にオストガロアの動向を伺っていた。

 

「……よし、そいじゃ、行ってきまーす! 見せ場作りますよー!」

 

 攻める道筋を立て終えたのか、彼女は自分を鼓舞するようにかけ声をあげると、そのまま勢いよく突貫していった。

 

「いや、それがな、武器が……俺、盾だけなんだけど」

 

「あ、武器なら()()()()()と思います! たぶん!」

 

「そうか、降ってくるのか。なら安心だな。

 …………ん?」

 

 おいちょっと待て。

 

「え、降ってくるって、お前」

 

「とうっ!」

 

 話が終わる前に、アナスタシアは棍を前方の地面へ突き立てて、回転運動の要領で勢いよくオストガロアの頭上へと飛び上がっていった。

 彼女の急な接近に、オストガロアは対応に遅れ、慌てて触腕を動かすも間に合わず、上空からの一撃をモロに食らった。

 なるほど、確かに腕は上がっているな。

 

 違う、そうじゃない。

 武器が降ってくるってどういうことだ。

 「今日は刃物が降ってくるでしょう」なんて天気予報を聞いたら、普通に死を覚悟するんだが。

 

「さっきのガンランス、じゃ、ないのか……?」

 

 しかし空を見上げても、灰色の分厚い雲が広がるだけで、気球船の影もない。

 

「たぶん、別の武器だと思うんですけど……」

 

「だよな」

 

 降ってくると言うことは、恐らく空から飛来すると言うことだろう。

 さっきのガンランスの投擲者が、俺のための補充武器を投げてくると考えるのが妥当か。

 巣の円周上を見回しても、人の形をとるものすら存在しない。

 ……あれは確か、ギルドが“燼滅刃”と呼称している特別なディノバルドの個体の中でも、一際強力な個体から素材を剥ぎ取って作る武器、“燼滅銃槍ブルーア”だ。

 

「いや、まさか……」 

 

「……?」

 

 アレを持つハンターは、俺の知る限りではただ一人。

 だが、()()がこんな場所にいるはずは――、

 

 ぶわっ!

 

 ――首は急所、急所はキンタマ、即ち乳首はキンタマ。

 頭が知覚するよりも先に、ぞわりと全身を襲った死の気配に、ナッシェを突き飛ばしてから、全力で飛び退いた。

 次の瞬間。

 

 

 ゾンッッ!!

 

 

 俺とナッシェの間に、空から降ってきた大剣がぶっ刺さった。

 

「…………、…………、……………………えっ」

 

「…………、…………、……………………ぇ」

 

 本当に大剣が降ってきやがった。

 

 キノコ型の処刑具を模した、黒一色の異形の大剣。

 不吉な死の香りを漂わせるソレは、邪龍の身体から作り上げた“ブラックミラブレイド”と呼ばれる一級品の業物だ。

 ブルーアに、ミラブレイド。

 これは、もう間違えようがない。

 大剣の飛来元の方角に、バッと目を向けた。

 

 ――竜ノ墓場へとせり出した崖の上、ほぼ垂直の斜面を滑り降りてくるハンター。

 虹に輝く“EXフィリア”を纏い、巨大な赤黒い盾を右腕に装備した女性のハンター。

 線の細い身体、こちらを確かに見つめてくる紅蓮の双眸、頭防具から飛び出した、一房の純白の髪。

 

「あ、れは……」

 

 崖を滑り降りきって、足場の悪さを微塵も感じさせない足取りでこちらに歩み寄ってくる。

 カツカツ、という足音だけで、否応なく胸は砕かれ、俺の感覚器官の全てが引きつけられた。

 

 近づいてくる異様な雰囲気のハンターに、ナッシェが震えながら俺の前に立った。

 

 見間違えようもない。

 神々しいまでの美しい容姿は、その白色は、どうしようもないくらいに死と憧憬の象徴だった。

 

 俺よりも小柄なまま、二年前と全く変わらないその容姿からは、とてもガンランスや大剣を正確に投擲するようなシーンは想像もつかない、想像したくない。

 しかし、俺は彼女が武器をダーツ感覚でモンスターに投げつけるシーンを、実際に目にしてしまったことがある。

 彼女なら、百メートル離れた眼下の古龍の身体に、正確にガンランスを投げ込むくらいのことは、日常動作の延長上であるかのように成功させてしまうだろう。

 

 カツン、と足を止めた彼女と、しばし無言で見つめ合う。

 何を言えばいいのか、俺はどうして彼女に見つめられているのか。

 めちゃくちゃ逃げ出したい衝動に駆られながら、弟子の後ろに回って情けない師匠にはなりたくないと、ナッシェを背後に下がらせながら、俺は毅然と言葉を発した。

 

「……あ、あのー。失礼を承知でお伺いするのですが、あ、あなた、は、ラファエラ=ネオラムダさんで、お、お間違えないですか……?」

 

 温度のない真紅の瞳に、吸い込まれるような感覚を覚えて、その懐かしさに引き寄せられた在りし日の記憶(くろれきし)が、鮮明に脳裏を穿ってきた。

 

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

 

 ガヤガヤと喧騒と酒気が積もる集会所に入ると、熱せられていた煩わしさが一気に引いていった。

 

「し、【白姫(しろひめ)】……」

 

「どうしてこんな所に――」

 

「……ホンモノだ」

 

 萎れた花、膨らんだ蕾、大きく開いた花、どれもつまらない、白黒の花。

 花は人ではないし、人は花ではない。

 花は花でなくてはいけない。

 見てても面白くない花は、萎れる所を見ても心が動かない。

 

「おっかねぇな……」

 

「本当に白い……」

 

「アレ、“破滅と災厄の”なんとか、って名前の、ミラボレアスの弓だぜ」

 

「マジで邪龍を殺ったのか……」

 

 カサカサと重なり、耳障りな音を立てる花弁。

 いらない葉を落としてしまわないと、花は綺麗に育たない、落とすべき葉もない、それでいて綺麗じゃない花は、見る価値もない。

 

 人の花も、花の花も、私に喋りかけてくる、私を見てくる。

 花の花は、楽しくて素敵なお話を聞かせてくれる。

 摘んで、一緒に歩きながらお喋りをして、それはとても楽しいこと。

 人の花は、本当につまらない。

 邪魔なら摘んでも構わない、摘んでも持ち歩こうとは思わない。

 

 三年経っても変わらないこの場所は、本当につまらない白黒の花畑だった。

 

 邪魔な花が近付いてこないか、本当に煩わしい、自分で動いて私を邪魔する花なんて、本当に煩わしい。

 綺麗な花に群がるアブラ虫のよう。

 ラージャン討伐(お花摘み)がつまらなくて、ブラキディオスっていうパンチのモンスターと組み手をして、それもつまらなくて、いい加減嫌な気分になっていたのに、余計に嫌な気分になった。

 

「…………美人、だな」

 

 私がこんな花畑に来たのは、あなた達のような花を眺めに来たからではないというのに。

 ふつふつと沸いていた怒りは、そのことを思った途端にどこかへ消え去った。

 

 代わりに、春の陽射しが差し込んできた時のような、ぽかぽかとした心地で胸がいっぱいになった。

 

 胸は膨らまない。

 けれど、期待に胸は膨らんだ。

 

 きっと、私が帰ってきたことを、“ハル”は気付いている。

 そのために、私はつまらないお花摘みを繰り返したんだから。

 

 きっと、私のことを見つけようと焦っているはずだ。

 デートの待ち合わせに遅れると、男の人は女の人に謝って、女の人は男の人にぷりぷりと怒る。

 オーカがそう言ってた、まちがいない。

 

 わたしは、怒っているのだろうか。

 ちがう気がする。

 

 うれしい、うれしいのだ。

 お花がさく瞬間をずっと眺めていたときのような、そんな気持ち。

 待つのは、ぜんぜんつまらなくなかった。

 怒るのは、当然なのだ。

 怒って、男の人が女の人にごめんなさいをして、女の人は男の人に甘える。

 これは、罠なのだ。

 わたしの“つんでれ”は、わたしの大剣よりもずっと強い。

 オーカがそう言ってた、まちがいない。

 

 

 だって、鼻に届いたこの香りは、私をこんなにも幸せに蕩けさせてくれる。

 ずっと溺れてしまっていたいくらいに、甘い香り。

 

 

「ひ、ひさしぶり、ラファエラさん。じ、G級、昇格って、聞いたよ。おめでとう。あ、お、俺は、一応同期のレオンハルト・リュンリーだけど」

 

「……マジかよ、アイツ、逝きやがった……」

 

「ヤベェ、また怪我人が出るぞ……」

 

「え、てか、アイツ誰? 新入り?」

 

 ――白黒の花を掻き分けて、ハルは三年ぶりに顔を見せてくれた。

 

 どんな相手と剣を向け合ったときでも、こんなに心臓がドキドキと高鳴ることはなかった。

 思わず顔に血が上ってくる。

 赤くなってはいないかな。私は白いからすぐにバレちゃう。久しぶりのハルは本当に良い匂い。少し格好良くなった? 身長伸びたね。私と同じ真っ赤な目。私と同じ、目。唇が素敵。指がゴツゴツしてる。筋肉がすごく大きくなった。武器は狩猟笛のままなのね。良かった。ハルとお花摘みに行くために、私は弓を頑張って練習したの。でも、大剣も、ガンランスも、何でも使えるよ? ハルがお願いしてくれたら、私は何でもするから。ハルは私をちゃんと見てくれる。目があったことはないけど、ハルはとても素敵。キラキラして見えるの。ああ、やっぱりハルが大好きなの。私はあんまりお勉強しないから、ハルにどうやってこの気持ちを伝えればいいのか分からない。ねぇ、私はお花摘みしかできないけど、ハルはそんな私でも許してくれる? ああ、本当に好きなの。三年間、ずっと離れていて、すごく寂しかった。お仕事が嫌になったの、初めてだった。でも、今はとっても嬉しい。あなたがこんなに近くにいて、私はこんなに幸せで、こんなにも苦しくて、これだけ好きなのに、私の気持ちはどうしたら伝わるんだろう。

 握手? ハグ? キス? キスはダメだ、キスをすると子供が出来ちゃう。子供は結婚してから、将来の旦那さんは、まずはお付き合いして彼氏になる、その前は、ちゃんと“幼なじみの親友ぽじしょん”を握らなくては!

 そう、ハルのはーとを仕留めるのが先。ラファエラじゃなくて、ファーラって呼んでもらうのだ。そのためには、私が遅刻を怒って、「ごめん、なんでもするから!」ってハルが言って、それで「許すけど、代わりに私のことを『ファーラ』って呼んで」。大丈夫、団長さんと、お話の練習はいっぱいやった。作戦は完璧。つまり――、

 

「そ、それで、ああ、あの、ものは相談って言うか、ラファエラさんに、お、お、ぉ願いがあるんスケド!」

 

 ――今から“つんでれ”を実行すればいい!

 

「……い、一緒に、狩りに行きませんか…………?」

 

 目があった! 今目があった! 三年二日十三分五秒ぶりに目があった! 目があったよ! もういい! 許す! 許しちゃう! もうプライドとか全部捨ててお花摘み行くしかない! 表情筋崩して、何百回も死んじゃうくらいに隙を見せて、お花摘みして、お姫様だっこして、お星様が見えるお花畑の中で握手して、キスして、子供が産まれて、私は結婚する! 幸せな家庭! 証明終了!

 

 …………それじゃだめ、ダメなのよ、ファーラ!

 ()()()()()()、全力で挑むの!

 

「あ、いや、そのですね。……お、俺、なんつーか狩りとか別に苦手な訳じゃ無いんスけどやっぱり実力的に上の人と一回くらい狩りに行ってもっと強くなってもっと強いモンスターと戦いたいって言うか、いや、もちろんラファエラさんのお手を煩わせるまでもなくモンスターの十匹や二十匹殺してご覧に入れますが、いや、ホントラファエラさんの技術だけを見たいとか狩りが終わったらおしまいちゃんちゃんことかそういう傲慢ではなく、狩りが終わった後とかお疲れ様会的な所ではもちろん俺が奢りますし、ていうかラファエラさんのお手伝いが出来るのであれば例え火の中水の中、どこへでもお供しますし、俺は足手まといにはなりませんし、もう露払いは本当に俺に任せて欲しいと言いますか、いえもちろんラファエラさんに頼りきりというわけでは全くなく――」

 

 

 ――ぷいっ。

 

 

「……あっ」

 

「…………振られたな……」

 

 

 

▼ △ ▼ △ ▼ △

 

 

 

 ぷいっ。

 

 それは、奇しくもあの日と寸分違わない返答だった。

 

 俺は、相当彼女に嫌われているようなのだ。

 ま、まあ、こんなへっぽこなコミュ障クソ野郎なんか言葉を交わしたくもないよね、そうだよね。

 うん。俺は強い子、大丈夫。

 

「カハッッ」

 

 胸の中の思いを全て吐き出すつもりで、思いっきり吐血した。

 

「せ、先生!?」

 

 思わず地に伏せ、ゲホゲホと咳き込む俺には見向きもせず、ラファエラ=ネオラムダさんは、アナスタシアと刃を交えるオストガロアへと歩んでいった。

 

 その背中は、在りし日に追いかけた死神のものと、寸分も違うものではなかった。

 

 




『破滅と災厄の紅蓮弓』は、紅龍ってモンスターの武器です。

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