ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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パーフェクト・コミュニケーション

「人間は、どうして話しかけても振り向いてくれないのだろう。彼らは意思疎通を図れる者同士でコミュニケーションを行い、コミュニティーを作って生きていくはずなのに。

 対して、ディノバルドは素晴らしいね。きちんと俺の独り言にまで耳を傾けてくれた。人間がいかに下等な生物かがよく分かる」

 

「旦ニャ様、しつこいニャ」

 

 白い毛並みのアイルーが、前脚の毛繕(けづくろ)いをしながらいたわりの色を含んだ声で自分の背中に腰掛けるハンターへ言葉を返した。

 

 ハンターは曲げた膝に肘をのせ、頬杖を突きながら悲しそうな顔で、

 

「ディノバルドは人間よりもコミュ力があると言うことだろ? それ、重要なことだから。二回言って強調しないと、コミュ力の低い人間どもは俺の言葉を無視するんだよ。

 あ、ディノバルドがこっち向かってきた」

 

 ハンターが背負う巨大な神楽鈴――の先端に和傘を取り付けたような鈍器――が僅かに揺れて、燐光と静謐で満ちた森に、シャリンと清らかな音を響かせた。

 

 中空の外身は妖艶な薄桃色の釣り鐘型で、末広がりになるように幾段かに連なるそれは、その身が揺れるだけで聖域を作り出す。

 

 座布団から腰を上げたハンターの動きに応じて、シャリン、シャリンと神性を帯びた音を出した。

 

 あたかも、古代林に潜む聖なる存在に捧げる祝詞のように、戦場に積み上がった屍を弔うように。

 

 戦に持ち出された鈴は、古代林の奥底を何者にも冒涜されることのない戦いの場へと整えていく。

 

「はー、可哀想な旦ニャ様だニャ。ここまでアホ過ぎる思考回路を持ってしまうまで周りに放っておかれてしまうとは。

 んニャ、あっちのディノバルドは経験豊富だニャ。すぐに吼えて飛びかかって来ないし、無駄に他のモンスターを殺して威嚇したりしてこないニャ」

 

 立ち上がり、腹や腕についた汚れを舐めとり毛繕いをするアイルーが、非情な現実を嘆きながらディノバルドを見つめる。

 

「そんなこと見りゃ分かるし。脚の筋肉が迎撃態勢のままだし。あんなにもりもりの筋肉だったら一目瞭然だし。なんで言葉にする必要があったんだよ、この駄ネコ」

 

「何ムキになってるニャ。周囲から放置されてた過去を思い出して泣きそうになっちゃったかニャ?」

 

「…………な、泣きそうになんてなってねーし」

 

 涙声になってるニャ、と呆れ声のアイルー。

 

 シャリン、シャリンと鳴る鈴の音は、緊張感ゼロの二人がぶち壊してくれた戦場の空気をなんとか元に戻そうと努力しているかのようで、心なしか少し湿っている。

 

「それにしても、あのディノバルドは優しいヤツだニャ。旦ニャ様のボソボソしてて聞き取りにくい声でも、ちゃんと耳に入れてくれるだニャんて。

 ……旦ニャ様、旦ニャ様、あのディノバルド、もしかしたらお友達になれるかもしれないニャ」

 

「ぐっ!? や、やめろッ、そんなこと言われると、期待してアイツを殴れなくなっちまう!」

 

「チョロいニャ」

 

「あ゛あ?」

 

 

 敵前で非常に舐めた態度をとり、生きるか死ぬかの場を、そして、そこで生きてきた自分の生き様をも侮辱されながら、なおディノバルドは冷静に、奇妙なハンターと一匹のアイルーを見つめて臨戦態勢を保っていた。

 

 否、彼が見つめているのは、アイルーではない。

 

 ハンターと、彼の足下に転がるかつてのライバル(同朋)の死骸だった。

 

 

 アイルーが腹をつけ、ハンターが腰掛けていた赤黒い地面は、血まみれになり、ぐちゃぐちゃになるまで叩き潰された()()()()のディノバルドの、尊厳を踏みにじられた哀れな末路。

 古代林での覇権を争い、同等の地位にあったはずの――隙あらば殺そうと狙っていた――同族個体の死は、目の前で脱力しているハンターの仕業であると、長年の闘争を経て培われた本能が確信し、これまでにないほど強く警鐘を鳴らしている。

 

 一瞬たりとも気を抜かない、抜いてはならない。

 溢れ出る闘争本能を、狂奔する殺意を、一瞬でも鈍らせた方が殺される。

 この静かな夜が明けるころには、どちらかが(たお)れているだろう。

 あるいは、すでに殺されたディノバルドとの縄張り争いよりも、凄惨で無慈悲な戦いになるかもしれない。

 

 

 互いの命と誇りをかけた殺し合いは、すでに始まっていた。

 何かのきっかけがあれば、両者共に動き出すだろう。

 

 狩人たちの赤い瞳の奥には、強烈極まりない殺意の火が今もギラギラと輝いているのだから。

 

 

 

 静寂の中で向き合う一人と一匹。

 

 白い毛並みの座布団アイルーはすでに戦闘区域を離脱して、せっせと採集に励んでいた。

 

「せめてオトモが戦闘職だったらソロハンター卒業出来るのに……ソロハン卒業前に童貞卒業したけど……酒の勢いで……うわ、マジで笑えない……クズ野郎が……」

 

 どんよりと、覇気のない表情でブツブツと独り言を呟くハンターは、話し相手がいないことに慣れてしまっているのか、独り言を発するのに何ら抵抗を覚えていない様子であった。

 しかし、その視線は相対するディノバルドの全身を隈無く這っていて、寸瞬の隙も見せていない。

 

 視線を目の前のモンスターに固定しながら、穏やかに足を踏み出した。

 エリアの端と端、向かい合う彼我の距離は四十メートルほど。

 星が雲に隠れた夜空、雲の向こう側から覗く蒼い月の光が、ひっそりと、静かに世界を照らし出す。

 

「まあいいや、人と呼吸合わせるのに手間取って、その間に殺されたら笑えないし。

 うん、俺にはコイツがいるし。武器は相棒、武器は友達、武器は恋人。

 なあ、ディノバルド。彼女の名前、“コトノハ”って言うんだ」

 

 突然、ブツブツと言葉が通じない相手に人の言葉で語りかけ始めた狩人は、てくてくと古代林の奥底の土を踏みしめて、相手を刺激しないように、しかし戦意を漲らせた瞳を爛々と輝かせながら歩いていく。

 脱力した腕がごく自然に背負う楽器(狩猟笛)へと伸ばされた。

 

「武具連合が付けたコイツの正式名称は【なるかみの音鈴(おんれい)乙鳴(おとめ)】って言う、水属性の狩猟笛なんだけど、コイツは【狐鈴コトノハナクテ】を強化して作った大切な武器なんだ。俺の半身。だから、コトノハ。いい名前だろ?

 ああ、そうだ。自己紹介がまだだった。ちなみに、本当にちなみにだけど、俺の名前は――」

 

 自信のなさそうな声で語りかけながら、愛しさのこもった手付きで狩猟笛の柄を触る。

 

 全く自然な動きで手の平の内へ狩猟笛を握り、

 

「――レオンハルト・リュンリー。ハンターだ」

 

 そう名乗りを上げながら、レオンハルトは狩猟笛の柄を括り付けていた武器ホルダーから【なるかみの音鈴(おんれい)乙鳴(おとめ)】――“コトノハ”を一気に引き抜いた。

 

「せっかくの話し相手を殺すのは惜しいけど、俺はお前を殺したい」

 


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