ドアの隙間から橙黄色の明かりが漏れる“かがり火亭”は、ドンドルマ有数の大きな酒場だ。
ドンドルマギルドの側に建てられた酒場の一つで、出される飯が美味いと評判の店である。
提供される酒の種類も、店オリジナルの格安ビールからはるか東方のシキ国より輸入した幻の地酒まで幅広く、連日賑わいが途切れることはない。
客も、クエスト仲間を待つギルド所属のハンターから、街の住人、近郊都市からやってきた職人、果ては旅の竜人族まで、一杯やろうと“かがり火亭”に集まってくる。
雑多な人々が口の軽くなる酒場に集まっているため、行商人やドンドルマ周辺の情勢を気にする流れのハンターも、この店へと足を運ぶ。
そのため、かがり火亭では酒とつまみだけではなく、ドンドルマの一般的な食事も提供される。
日もすっかり落ちた時間帯ではあったが、夜はこれからとばかりに店内は騒がしくなっていく。
一フロアだけの酒場ではあるが、スペースを詰めれば優に二百人は収容できるくらいの広さがある。
若い男がクエスト達成を祝して乾杯の音頭をとり、周りからやんややんやと合いの手が入った。
溢れる蜂蜜酒の琥珀色の奥で、三人のハンターが静かに杯を傾けている。
クエストに失敗したのか、仲間を失ったのか。
そういうハンターは、酒の輪に加わるまでそっとしておくのが、かがり火亭の暗黙のルールだ。
大きな酒樽が並ぶカウンター席の隅で、店内を眺めて眩しそうに目を細める黒髪の女性ハンターが、寡黙な店主にタンジアビールを一杯注文した。
「カラちゃん! 一万zで飲めるだけの“かがりビール”を持ってきてくれ! 今夜は俺のおごりだぁ!」
「よっ! お大尽ボジョマン! 飛竜殺しは羽振りが良いねぇ!」
「テメェはさっさと上位ハンターになりやがれ! この万年下位ハンター!」
「違ぇねぇ!」
上品さとはほど遠いが、血の気の多いハンター達の活気と上質の酒が漂わせるアルコールが、“かがり火亭”一番の売りなのだ。
あちこちで器をぶつける音が響き、カリッと揚がった肉が香ばしいニオイを撒き散らした。
音と光の洪水の中、酒樽を運ぶアイルー達が、テーブルの間を縫っていく。
「そうだ、ボジョマン。今回のお前の武勇伝を、貧乏くさい顔したコイツらに語ってやれ!」
「お、いいねぇ」
「えぇ……?」
「おら、もったいぶってねぇで聞かせろや」
「……仕方ねぇなあ。村娘の可愛い子ちゃんを助けた英雄様の話でも聞かせてやるとするか!」
仲間の一人におだてられた髭面の男――ボジョマンが、テーブルの上にガンと立ち上がった。
「テーブルの上に乗るな、この馬鹿ふんたー!」と給仕の女性が叫ぶが、男は一向にお構いなしだ。
十人ほどの仲間達が囲う席で、既にいくらか飲んだのであろう、顎ヒゲの特徴的な顔をアルコールで赤くしたボジョマンは、もったいぶった割にはノリノリで話し始めた。
「それは、俺が蒼火竜の討伐クエストで、森丘近くのココット村に立ち寄ったときだった。辺りは平穏そのもので、見える生き物も若いケルビが二頭ほど、仲良さそうに戯れているくらいだった――」
「――って感じで、穴に嵌まったリオレウスの頭を、俺の大剣の一撃で叩き潰したんだ」
すっかり出来上がったボジョマンは、ふぅと一息つきながら、どっかりと椅子に腰を下ろした。
「……かーっ! ボジョマン、お前ってヤツは大した男だよ! リオレウスのブレスなんざ、大剣で受けきれるもんじゃねぇだろ!」
「今回はたまたま運が良かっただけだよ。アレは怖くてもうやれないね」
「ささ、お大尽、もう一杯」
「もう飲めねぇよ、クソが……」
「じゃあ、次はリング、お前の番だな」
「クエスト行ってなくて話すネタがねぇよ! 武器を整備に出してるからな!」
こうして酒の席で、お互いが持ってきた土産話を披露して、大なり小なりの武勇伝を褒め称えることで、“かがり火亭”に集うハンター達は性別やHRの差を越えた交流を深め、モンスターの跋扈する危険な狩り場から生還したことを祝うのだ。
それは同時に、生きる気力を十分に養うことに繋がり、狩り場で苦境に立たされたときに、己を鼓舞する心の支えにもなりうる。
歴史に残る英雄の紡ぐ伝説にはほど遠けれど、彼らには彼らの生活と、それに対する誇りがあるのだ。
日が暮れてから三刻ほど、かがり火亭も一番忙しい時間を乗り切り、酔いつぶれた仲間を背負って店を出ていく客も見え始めた。
とは言っても、まだまだ店に訪れる客足も途切れたわけではなく、酔っ払いの増えた店内は依然賑やかなまま。
前払いで好き勝手飲み食いできるため、心行くまで酒気に浸れるのも、かがり火亭に人が集まる理由の一つだ。
店の扉を押す二人組の酔っ払いとすれ違いに、一人の小柄なハンターがかがり火亭へと入ってきた。
キョロキョロと店内を見回す小さき狩人に、ボジョマン達の座る席から声がかけられた。
「おう! コナーちゃん、こっち来いよ! クエスト帰りか?」
赤髪の男――リングの誘いに、“インゴットシリーズ”を着たラムは、手を挙げて応えた。
わずかに上気した白い頬はシミ一つなく、艶やかな茶髪が酒場の明かりを受けて光る。
「コナーちゃんって呼ぶなっ。ボクは男だぞ」
変声前と言われれば納得できるハスキーボイスでリングに噛みつきながら、コナーは彼らのテーブルを囲む椅子の一つに腰を下ろした。
コナーは誰が見ても可愛らしい女の子のような見た目であるが故に、かがり火亭に集まるハンター達の間ではちゃん付けで呼ばれている。
「はいはい、コナーちゃんは男ですねー」
「……む……うわっ、酒臭っ」
頬を膨らめて抗議しようとしたコナーは、まだアルコールを口に含んだことがない。
薄い唇が歪んで、酔った男の口息に不満を述べた。
「ほら、注文は? ドンドルマ定食だけでいい?」
少女然としたハンターの後ろから、店員のカラが注文を促す。
「…………うん」
「まったく、もう少しくらい食べるようにならないとチビのまんまだよ? 男なんだろ?」
「だ、大丈夫だ。ボクはまだ十三だし、これからが成長期だ。そ、それに、そのうちたくさんご飯を食べれるくらいに稼げるハンターに……」
そこまで言って、はたと、妙に静かになったかがり火亭の様子に気が付いて、酒場のハンター達の視線が刺さる入り口付近へと目を向けた。
そこには二人組の男達がいて、ごく普通にかがり火亭に入ってくるところだった。
それに反応した店の客達が、波を打つように口を閉ざし始めたのだ。
一人は青と黒の防具“アスリスタシリーズ”を纏い、背中に燃え盛る翼を模した狩猟笛を担いでいた。
もう一人は、“ギルドガード蒼シリーズ”と呼ばれる特徴的な防具を身に着けているだけで、一見武器は見あたらない。
不思議そうに二人の男達――防具を着ているので、恐らくハンターだろう――を見つめるコナーの横で、ハンター仲間達がひそひそと言葉を交わし始めた。
「……“英雄の槍”の、【灰刃】レオンハルトだ」
「“狩り場に棲んでるG級ハンター”か? 酒場にも来るんだな」
「狩り場にって話は眉唾モンだが、確かにあの武器はヤバそうだ」
「あの青いのは、音に聞く“アスリスタシリーズ”か?」
「古龍殺しの証ってことか」
「……誰?」
カウンターで料理を作る店長の方へと歩み寄っていく二人を後目に、コナーはボジョマン達へ尋ねた。
「知らねえのか? ……ああ、そういや、コナーちゃん、ユクモの養成所からこっちに来たばかりだったな」
ふむふむと頷きながら顎ヒゲをかくボジョマンを引き継いで、リングが声を潜めながら口を開いた。
「簡単に言うとだな、俺らハンターの中で、二番目に強いヤツだ」
その言葉に、コナーの目が少し輝く。
「……じゃあ、ボジョマンより強いのか?」
「おいおい、止せよコナー。G級ハンターと俺ら上位ハンターを比べたら、俺らがあんまりにもカワイソウだぜ」
グフグフと声を押し殺して笑うボジョマンに、コナーはなるほどと頷く。
近くのテーブルから、別の声が上がった。
「…………おい、あれ、よく見たら【蒼影】じゃねぇか?」
「おお、マジだ。総議長の忠犬だぜ?」
「しっ! ……アイツはギルドナイトだって噂、忘れたのか?」
「デマかもしれねぇだろ?」
「万が一を考えろ。つつかなくて良い藪は放置だ」
やがて、店長に案内された二人が店の奥へと入っていくまで、店内は妙に静かな状態が続いた。
「――【灰刃】と言えば、こないだ、《黒龍》を一人で倒したってのはガチなのか? ほら、あの煉黒龍征伐戦の時の」
しばらくして活気の戻ってきた店内では、かがり火亭に訪れたG級ハンターの話題で持ちきりだった。
「タンジアのか。ハンターが何人も死んだな。お前ら、確かタンジアのだろ? ……気を悪くしないで欲しいんだが、正直、興味本位で聞きたい」
「……気にするな、話すよ。
……ソロ討伐の話はガチだ。背中に狩猟笛背負ってただろ? あれは“煉黒龍グラン・ミラオス”の素材から作った武器だ。アイツと、グラン・ミラオスに殺されたハンターの遺族だけにしか素材は行ってないはずだ」
ハンターの間では、強大なモンスターを討伐した証として、その体の一部をアクセサリーにして首や耳に下げたり、武器や防具にして縁起を担ぐ風潮が強く根付いている。
古龍の体から剥ぎ取った素材ともなれば、そのハンターの武威は一目瞭然だ。
「俺もタンジアで遠目に見ちゃいたんだが、米粒に見えるくらい小さいハンターが、小山くらいはある災害級の古龍をアホみてえに殴り殺したんだよ。こう、グラン・ミラオスの頭が右に左に揺れて、脚から崩れ落ちてさ。
ありゃあ、【灰刃】っつうよりは、死神か廃人かって言った方が正しいな」
「アイツはドンドルマからタンジアに出張だか何だかで来ていたんだがな。G級ドボルベルクを狩って、港に戻って、とんぼ返りで古龍を狩りに行きやがったんだ」
「港が潰れる寸前だった。
……俺らのダチも、何人か殺された。相手は自然災害級の古龍だと、頭じゃあ分かっているんだが……。
アイツが仇を討ってくれて……まあ、俺達の手でやりたかったから、横取りされたみたいな悔しさもあったが、ホッとした気持ちの方が大きかったし……」
ボジョマン達のテーブルでも、【灰刃】の話題に花が咲いていた。
「さすがはG級二位だ。あれで、“白雪姫”にも並んだんじゃねぇか?」
「いやいや、【白姫】の方が腕利きだって専らの噂だぜ?」
「なら、“英雄の槍”のリーダーが【灰刃】なのはどうしてだ?」
「【白姫】は目を疑うくらいの別嬪で、歴代最強のG級ハンターなんて言われるだけあって完全にキテるらしい。【灰刃】はまだマシってことだろ」
「お前、それを言ったら“英雄の槍”のメンツはどうなるんだよ。あの【星姫】って覆面は、まあ見た感じヤバいから無いとして、【千姫】ちゃんはどう見てもマトモだろ。可愛いし、エロいし、人当たり良いし、おっぱいデカいし」
「ばっかお前、セルレギオス十数頭の群れに突っ込んで全滅させるようなハンターのどこがマトモなんだよ。ネジ外れてんに決まってんだろ。必要以上に近づいたら殺されるぞ」
「古龍に独りで立ち向かう奴はどうなんですかね……」
そんな彼らに、ドンドルマ定食を食べ終えたコナーが、少しばかりの逡巡を見せてから質問した。
「……なぁ、“英雄の槍”って人たちは、そんなに強いのか?」
「強いってもんじゃねぇよ。G級はバケモノ揃いだが、“英雄の槍”は別格だ。あそこのパーティーのメンバーは全員G級なんだが、マジでヤバい。何しろ、G級序列の一位と二位が所属してるからな」
「結成して二年だが、クエスト達成率百パーセントを保っている。
そこのリーダー張ってんのが、あのレオンハルトって男さ」
それを聞いて、コナーは更に身を乗り出して尋ねた。
「じゃあさ、じゃあさ。あの人は、古龍も簡単に倒せるのか?」
目を輝かせてそういう
「だからそう言ってんだろ。何より、“英雄の槍”の十八番は古龍殺しだからな」
「確か、あそこのメンバーじゃ、G級一位の【白姫】ラファエラってハンターが二十六体、さっきのレオンハルトが二十一体、残りの二人も八体と七体、古龍を仕留めていたはずだ。
普通のハンターは、そこまで古龍にお目にかかることなんてほぼ有り得ない。パーティーで受けたクエストを含めての数字だってことを考えても異常だ」
盛り上がっていくメンバーに、コナーは随分躊躇してから、恐る恐る質問を重ねた。
「…………あのさ、もし、さっきの人みたいな、強いG級のハンターさんに狩りを教えて貰ったら、ボクも、G級ハンターになるくらい、強くなれるかな?」
その言葉に、テーブルを囲んでいたハンター達は沈黙した。
英雄に焦がれるルーキーに、ベテランは何を言えばいいのだろう。
彼らと自分達の間に広がる断絶を、どう表現すれば良いのだろうか。
ややあって、かがりビールをグイッと呷ったボジョマンが、沈黙に戸惑い始めたコナーに告げた。
「……なあ、コナーちゃん、悪いことは言わねぇ。G級ハンターに近付くのは止めとけ。特に、“英雄の槍”はダメだ」
「な、ど、どうして?」
「どいつもこいつも、俺らとは別格の天才なんだ。養成所で言われたかもしれねえが、G級は努力だけじゃ到達できない領域だ。
それに、G級に上がれるようなハンターは、話が通じない“キテる”奴らさ。コナーちゃんはそのままで良いんだよ」
彼の言葉に、他のハンター達も口を開き始めた。
「G級ハンター達は、私たちでは太刀打ちできないような、“普通”の枠を越えてしまったモンスター達にも恐れずに挑んで、完璧な勝利をもぎ取って来なきゃいけない。
見たことも聞いたこともないモンスター、初めての狩り場、そんなことは一切関係無しに、自然の調和や人類に対して甚大な被害を及ぼすモンスターを確実に討ちとらなければいけないの」
「“英雄の槍”のハンターは、そういうG級のハンターでも手に余るような高難易度のクエストを受け持つんだ。
言い換えると、頭のおかしいG級の中でも、ヤツらは特別に強くて、それだけ頭がおかしくなってるってことだ。
厳しいが、G級に上がるくらいのハンターになると、くぐり抜けた修羅場の質も量も俺らとは比べ物にならないし、そういう場所では頭がヘンになっちまうくらいの
経験を乗り越えたヤツくらいしか生き残れねぇ。
G級ハンターには序列があるんだが、基本的にはその位が高くなるほど、狂ってる度合いがおおきくなっていくんだ」
「…………ハンターとしての先天的な才能だけじゃ足りない。……努力と、運と、当人に適切な環境、そして、化け物じみた精神力が必要だな」
「志半ばに散っていく仲間、生き残ったのは自分だけ、来る日も来る日も鮮血の雨……。G級ハンターは、修羅の国の住人さ」
「それでも折れずにモンスターとの戦いに勝利し続けて、色々なモノを捨て去った先にG級の称号があって、“英雄の槍”みたいな本物の英雄の領域に手が届くんだよ」
「そこのリーダーをやってるG級二位の【灰刃】は、まあまず間違いなく狂ってるハズだぜ。
“煉黒龍”っつうデカくてヤバい古龍を、たった一人でぶち殺すくらいだからな」
あいつらは、俺達ハンターの中で一番多く生き物の死と接してきているんだ、と赤ら顔の男は少し複雑そうな顔でしめた。
一通り話し終えたテーブルに、しんみりとした空気が降りた。
すっかり意気消沈してしまったコナーに、ボジョマンはからっと声の調子を上げて、
「……まっ、難しく考えすぎるなよ、お嬢ちゃん。俺らはお嬢ちゃんが長くこの酒場にいてくれることを願ってるぜ? 狩りなら俺らが教えてやるさ!」
「おっ……」
「いやいや、待てよボジョマン。コナーちゃんは早くいい男と結婚して幸せな家庭を築くべきだろ。俺みたいないい男とな!」
「ダリー、お前のどこがいい男なんだ? 私にも分かるように説明してくれ」
「ノルタみたいな野蛮な女性には分からんのさ……イダダダダダッ!?」
「ぼ、ボクは女じゃないぞ! お嬢ちゃんなんて呼ぶな! ほ、ホントはちゃん付けも嫌だけど!」
その言葉に、今度はリングが反応した。
「ほうほう? コナーちゃんは女ではない?
…………ならば、証拠を見せて貰わねばなぁ?」
「しょ、証拠だと?」
「そうだ! フルフルベビー見せろ!」
「ふ、フルフルベビー?」
「フルフルベビーってのはな…………、チン○の隠語だ。これ、ドンドルマの常識な?」
「ちっ………」
顔を紅潮させて絶句するコナー。
彼らは普段は気前が良い紳士だが、酒を入れすぎると面倒くさくなるキライがある。
「だ、誰が見せるか!」
「止めろ! コナーちゃんは女の子だろ!? 男でも全く構わないがな!」
「ボクは男だ!」
「…………ほほほーう?」
「男ならぁ?」
「チン○見せなきゃ始まらない!」
「「「「「それチン○ッ、チン○ッ!」」」」」
「ひっ……」
酷いコールが始まってしまった。
女性のハンターまで混じって盛り上がっているせいで、とてもではないが鎮まりそうにない。
「ちょっと! アンタ達うるさい! 下らないことで子供虐めんじゃないよ!」
「カラちゃん、こりゃイジメじゃねぇ。コナーちゃんの、男としての度胸を試してんだよ」
「そうだそうだ! 女はすっこんでろ!」
「……んだと? このクソふんたー、テメェの男様は一体どれくらい偉いんだ? あ?」
「ヒッ、待って、それは痛ギャィィィィィッ!?」
カラの右手がしっかり握られてボジョマンの股間へと飛び、大男が断末魔の叫び声を上げた。
そんな馬鹿騒ぎをよそに、酔っ払い達はさらに過激になっていく。
「ほら、コナーちゃん、ここは男らしく、防具放ってグイッとインナーを下ろしちまえ!」
「なんなら手伝ってあげましょうか?」
「や、止めろ! ボクに触るな……!」
「ほれほれぇ、遠慮するこたぁねーだろうよぉ」
リングの太い腕がコナーに伸びていく。
そんな髭男の肩に、ポンと手が乗せられた。
「楽しそうだな。俺も混ぜてくれ」
「おうとも兄弟! これから神秘の美少年の正体を暴こうってんだから、ハンターとして心おど…………ん?」
意気揚々と振り返ったリングの目に入ったのは、浅黒い肌をした坊主頭の男。
「ひ、ヒヒガネさん!?」
貞操の危機を感じたリングが、悲鳴を上げながら両手でサッと臀部を隠した。
G級序列三位、【
「おうよ、ヒヒガネさんだよ、バカ兄弟ども」
彼の登場に、酔っていたハンター達の顔が急激に青ざめていく。
「どうやら、G級ハンターってのは相当頭がおかしいらしいな? それも、強くなるほど頭がおかしいと。
……つまり、G級三位の俺は、ハンターの中で三番目に気が狂った野郎だと、お前らはそう言いたいわけだな?」
「ま、待ってくれよヒヒガネさん。あれは言葉のあやっつうか……」
焦りと共に言い逃れの道を模索するリングだったが、
「アヤ? お前なぁ、俺らの会話で他の女の名前を出すんじゃねぇよ。俺とお前の仲だろ?」
「……えっ」
ヒヒガネ理論の前には無意味だった。
「まあ実際、お前が男か女かよく分からんしな。お前が男っつう証拠が欲しいな。とりあえずお前のフルフルベビー見せろ」
「ヒィィィ!? か、勘弁してくださいよぉ!?」
「ついでにケツの穴も見せろ。男か女かは、服の上からでもケツを見りゃ一発で分かんだよ。ほら、
「それ、ケツの穴出す必要なくないっすか!?」
「なんだ、パンツ下ろすの手伝って欲しいのか」
「ギャァァァッ!」
「ん? そうかそうか、酒が足りないのか。ほら、遠慮するな。俺の酒だぞ。たんと酔って理性を無くしてしまえー」
「ちょ、待っ、ゴボ、ガボボボボ」
「酒の勢いはノーカンだって、とある受付嬢がそう言ってたぜ。お前も楽になっちまえよ。俺も今日は、少し熱い夜風に当たりたいんだ。
……ほら、お嬢ちゃん、今夜はもう帰りな」
大男の胸ぐらを掴んでビールを顔面から浴びせるヒヒガネが、コナーに振り返って爽やかな笑みでそう言った。
「は、はい! ありがとう、ございます?」
彼の正体をよく知らぬまま、コナーは慌ててかがり火亭を飛び出した。
こうして、コナーは酔っ払いの魔の手から逃れることが出来たのだが、後日、リングからの視線が妙に熱っぽくなっていることに悩まされるようになる。