ハンターズギルドは今日もブラック【未完】   作:Y=

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受付嬢のお仕事

 受付嬢の朝は早い。

 

 日が昇る前に起き出して、軽くものを口にしてから身なりを整える。

 ドンドルマの街から見上げる空は薄暗い群青色で、西の城壁に座る月が、独りで寂しそうに映った。

 

 大通りを歩きながら、モミジは考える。

 龍識船からG級運用効率化の名目でナッシェとアナスタシアを下ろしたのは失敗だっただろうか。

 否、レオンハルトの目を猫の皮を被ったラファエラから分散させるのに効を奏しているのは事実だ。

 

 G級二人の後任に、龍歴院時代に見つけていた有望株を龍識船に乗せた。

 彼らの実力・実績は【星姫】【千姫】の二名と比べてやや劣るものの、こちらの期待以上に働いてくれている。

 ついこの間会ってみた限りでは、彼らのほとんどがG級昇格の申請も可能な実力にあると見えた。

 それに、龍識船の運用が安定してきた今は、限られた生態系しか知らないことの多い龍歴院のハンター達に、多くの経験を積ませる良い機会だろう。

 縄張りに侵入しないことだけ注意していれば、ギルドがマークしていて、問題も特に発生していない強力なモンスター達を刺激することも無いはずだ。

 隊長に推薦した龍歴院時代の後輩は、彼は若いが知性と機転に優れているから、その辺りのことも含めてしっかり船の舵を取ってくれるはずだ。

 

 この件でギルド内の発言力が低下することは無いはずだけれども、多少なりとも色眼鏡越しの視線を受けることには変わりない。

 万事上手くいっている時こそ、足元を救われないよう気をつけなければ。

 

 やがて、朝日が顔を覗かせる頃、ドンドルマのギルド本部に着いたモミジは、事務所——といっても、服を着替えるくらいの用途しかない部屋——で最近新しいデザインになった、帽子が特徴的な学者風の青い制服に袖を通し、クエストカウンターにいて夜の部の受付嬢と交代する。

 

「ハミル、お疲れ様」

 

「あ、おはよー……。ええとね、夜は特になんも無かったよー……。一つクエストリタイアしてきたパーティーがあったけど、特に酷い怪我もしてなかったし……」

 

 黒い半目で応答するのは、夜の部で長く仕事をしているハミルだ。

 彼女が眠そうなのは、夜間業務の疲れで眠くなるからではなく、そういう気質だからだ。

 昼間は揺すっても叩いても起きないくらいに深く寝てるし、昼夜逆転した夜もあくびばかりしている。

 昼の部はモミジを含めた十人の受付嬢が下位、上位、G級の三つのカウンターを回して担当しているが、夜は基本的にハミルともう一人だけの担当だ。

 

 昨日までの受注者の中で、クエストリタイアで夜に帰ってくるのは……。

 

「……んー、帰ってきたのは、『マルメ村の集い』が受注した、氷山のベリオロスの討伐クエストかしら?」

 

「大当たりー……。さすがだねぇ、ハンターさんたちのこと、よく見てるねぇ」

 

「あの人達には、個体差もあるけどベリオロスを狩るのは結構な挑戦だし、潔く退く判断ができたのは良かったわ。様子を聞いて、問題なければ他のHR6のパーティーに回しましょう」

 

「んふふ、その調子で今日も頑張ってねー……」

 

 手をひらひらと振りながら事務所へと去っていくハミルを見送って、モミジは今日こなすべき仕事を頭に思い浮かべた。

 受付業務を並行しながら、前日の夕方から今朝にかけて届いたギルド向けの依頼を引き継ぎ、クエスト内容、対象地域のモンスター情報、天候、生態系、報酬等々を羊皮紙にまとめてから貼り出す。

 それが終われば、緊急の用事がない限りは、モンスターの目撃情報や各狩り場の生態系実態の把握をしつつ、ドンドルマのハンター達を送り出し、迎える。

 午前中は下位のクエストカウンター、午後は狩り場から帰ってきたハンターたちへの対応、いわゆる精算業務だ。

 

 願わくば、今日も何事もない一日でありますよう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……」

 

 笑顔でカウンター業務をこなしつつ、データを一通りまとめながら過去のものを参照して、ふぅ、と一つため息を吐いた。

 今日だけで、イビルジョーの討伐依頼が三件来ている。

 推定される適正HRも、上位が二頭、G級が一頭と、十年前であればドンドルマギルドが大騒ぎになるくらいのクエストだ。

 このひと月、イビルジョーの討伐依頼が二日に一回は届いている。

 はっきり言って、異常事態なのだ。

 

 イビルジョーだけではない。

 他のモンスター達も、十数年前に比べて、G級個体相当とされるものを含め、明らかに総数が増えている。

 当代のG級ハンターは、“英雄の槍”の面々を始め、腕のいいメンバーが揃っているため何とか回っているが、実際のところ、G級を含めたハンターランキング上位十九位までとそれ以降では、実力にかなりの隔たりがある。

 正直なところ、現在のG級ハンター達の内の一人でも欠けてしまうと、現状は一気に悪い方向に傾く。

 ハンター格付け十九位までに入っている上位ハンター達六人——正確には五人と一匹——はG級昇格圏内に入っているため、早い段階で申請を行いたいところだが、そこは本人達の意向もある。

 実状はともかく、今の状態を保つためには、危険な狩りを強いられるG級ハンターには、少しのケガも離脱も許されていないのだ。

 

 そう言うわけで、G級ハンターは連日連夜狩り場に赴いている。

 恐らく、生態系に何らかの変化があり、このような事態に至っているのだろう。

 もう少し辛抱すれば、多少環境も改善されるのではないか——。

 

 ふと近づいてくる足音に顔を上げて笑顔を作ると、仏頂面のエイドスが歩み寄ってくるところだった。

 

「お疲れ様です、総議長」

 

 うむ、と一つ頷くと、エイドスは短く、

 

「後で話がある」

 

「分かりました。では業務後に」

 

「うむ」

 

 それだけ言って、彼はスタスタと去っていった。

 強引で汚いやり方が多いが、ハンターズギルドの長老格を若くして束ねているだけあって、エイドスはこと政治的なやりとりにおいてかなりの辣腕を誇っている。

 各地の王侯貴族や海千山千の商人達を相手取ってきたからか、取引に長け、また権力も大きく、ギルドナイトの三分の一ほどは、彼の私兵と言っても過言ではない。

 一つ面倒事が増えたと、モミジは心の中でそっと呟いた。

 自分が、行き遅れと言われる年齢に差し掛かってきたといっても、老獪と呼ばれる者達に未だ及ばぬ小娘であるのは事実だ。

 彼には注意せねば。

 明日は長老会議があるから、その仕度もしないと。

 

 頭の痛いことは、他にもたくさんある。

 最近、【博愛】ロットンの素行が日に日に悪くなってきている。

 鳴り物入りでG級ハンターになった彼は、どんな危険な狩り場でも安定した討伐を成功させる一方で、モンスターに対する異常な言動や行動が見受けられると問題視されてきた。

 少し前までは、それを補ってあまりあるポテンシャルと、何よりクエスト失敗無しという経歴があったため、長老衆やギルドナイトも何も口出しをしていなかったけれども、ここ数ヶ月の間にいくつものクエストで討伐対象モンスターと必要以上の接触を試み、あまつさえ狩り場でモンスター相手に性的行為に及んだという。

 ロットンをつないでおける鎖を見つけなければ、手遅れになる可能性さえ出てきている。

 

 そんなことを考えながら、指名依頼や緊急クエストなどの受注処理をしつつ、また蓄積したデータと自身の勘から、カウンターの仕事を切り盛りしていく。

 G級のカウンターはハンターの総数の関係からそれほど忙しくないが、下位の受付ともなると、たくさんのハンターの受注処理や要望、取り留めもない世間話等々をすべて高速かつ正確かつ笑顔で裁き続けていく必要がある。

 受付嬢十三年目は伊達ではない。

 手慣れた作業をそつなくこなしていくモミジは、ふと流れた日々のことに思い至った。

 

 手ずから我が子を外つ国の船へ棄てた親の背中。

 顔も覚えていない彼らのことが一番古い記憶であるのは、当時の自分がそれを衝撃的なこととして受け止めたからだろう。

 しばらく流されるような旅をして、二人の腕のいいハンター達が、ボロ雑巾みたいな自分を拾ってくれた。

 家事がてんでダメだった二人の身の回りを見てきたからだろうか、人の狩猟の腕だとかコンディションだとかいったものが、何となく見えるようになった。

 飽きることもなく狩りに出る二人を見て我慢できず、自分もハンターになりたいと反対を押し切って乗り込んだ訓練所。

 誰もが夢しか目に入らず、元気を通り越して生き急いでいて、同期にはレオンハルトやラファエラをはじめ、輝かしい功績と名声を誇るトップハンターがいる一方で、多くが狩り場で消息を絶ち、モンスターの餌食となり、または復帰不能のケガをして引退を余儀なくされた。

 訓練所でのケガで夢を絶たれた者もいる。

 無意識に自分に限ってはそのようなことにならないと、彼らに同情していた私もその一人になった。

 今でも覚えている。

 腕を伝う血に、地面に落ちた刃の欠片、飢えた生臭い吐息、体が芯から冷えていくような絶望感の前に躍り出た、泥だらけの鈍い刃。

 瞼の裏にこびりついたその瞬間が忘れられなくて、意地でも狩猟業界にしがみつこうと志した受付嬢の道。

 わき目も振らず仕事に打ち込み、よそ見も出来ずに走り続けて、気づけば二十代を折り返す立派な行き遅れになっていた。

 

 育ての親は結婚に執着しない人たちだから特に何も言わないけれど、彼といつまでも今の関係でいられるわけではないのは明らかだ。

 自分よりも若く魅力的な同業者の異性がいる。

 ハンター達からの好意的ながら少々不躾な視線を受け、まだ自分は魅力のある女性として見られていると、後ろ向きな安心を得た。

 

 あの夜以降、彼と私の間にあった、あるいはお互いがそれぞれ勝手に作り合っていた壁のようなものが消えたような気がする。

 まさに若さ故の焦りが生んだ過ちから何年も経って、ようやく一歩前に進めた気がするのだ。

 それでも後ろめたさを感じて怖じ気づく自分がいるのは、きっと自分に自信がないからだ。

 私がハンターでないからだ。

 

 

 

 

 

 彼らは予定通り、五体満足で帰ってきた。

 狩り場での敗者となった“荒鉤爪”の、規定量分だけの鱗や爪を載せた荷台に、イビルジョー一頭分の尻尾を載せて。

 ……またイビルジョーの乱入があったのだろうか?

 デデ砂漠の方ではイビルジョーの確認はなかったはずである。

 

 近年のイビルジョーの出没報告は、異様な増加傾向を見せている。

 イビルジョー専門のハンターと【暴嵐】の名と栄誉が確固たるものとなった十年前、彼はイビルジョー討伐六十頭という数字を持っていた。それは、史上またとない快挙であると共に、この十年で討伐数は五倍の三百頭を越え、その超人的な、現実味の欠けた記録は今も本人が更新し続けている。

 本来、イビルジョーはこれほど棲息個体が見つかるような繁殖力はないとされていたはずだ。

 イビルジョーは、私が生まれる前ならば、発見されるだけで大騒ぎになるようなモンスターであったのに。

 

 【暴嵐】率いるハンター達がいなければ、イビルジョーの討伐経験が二十頭を越える狩人はレオンハルトただ一人だ。

 イビルジョーというモンスターの凶暴性、危険性というのは、初めて遭遇するハンターにはかなりの脅威となる。

 彼らがいなければ、今のギルドにはイビルジョーに対応することができないだろう。

 いかなG級ハンターと言えども、イビルジョーとの連戦に耐えうる者は本当にごく一部なのだ。

 

 最近は運悪くイビルジョーと出会ったハンターがハンターとしての、または人としての生命を絶たれるというような件が数多く報告されるようになった。

 それは、ハンターズギルドの情報網を以てしても把握が追いつかないほどに、モンスターが人と接触することが増えているということを意味する。

 それはやはり、イビルジョーに限ったことではないのだが。

 

 レオンハルトが回収してきた狩り場での遺品——今回の“荒鉤爪”による死者は、ハンターだけで八人に上る——を預かり、剥ぎ取られたティガレックスの身体を素材に加工する手続きをしていると、レオンハルトが泣きついてきた。

 

「モミジさん! ファーラが全身何ヶ所も骨折れてんのに狩りに行くって言って聞かないんだ! 何とか言い聞かせてくれ!」

 

「……本人は何と?」

 

 モミジの問いかけに、レオンハルトの後ろから現れたラファエラが、G級の通常討伐依頼書を片手に淡々と報告した。

 

「大丈夫、もう治った」

 

「こんがり肉とお昼寝一時間だけで治るわけないでしょうが!」

 

「あなたがそれを言うんですか?」

 

「いやそれはモミジさんが無理矢理俺を改ぞ」

 

「なんです?」

 

「いえナニモ?」 

 

「本人が大丈夫って言ってるなら大丈夫でしょう」

 

「いや!? そういう問題じゃないと思うけど!?」

 

「あ、ちょうどここにG級イビルジョーの討伐クエストが」

 

「ちょっと待てぇぇ!

 ボク、モミジさんが腕の骨を折ったハンターさんに三週間の休養とリハビリを笑顔で強要してたの知ってますからね!?」

 

「少なくとも貴方じゃありませんね。だいたい、ほとんどのケガを一日寝て治すような人が何をごねているんですか。騒いでないでさっさと次のクエストに行きなさい」

 

「……ぐすん」

 

「冗談ですよ。ファーラは今日はもうお休みです」

 

「えー、じゃー休む」

 

「ほんと、パーティーリーダーの僕の言うことは聞いてくれないのに、モミジさんの言うことはよく聞くのね……」

 

「さあ、レオンさん、お仕事ですよ。イビルジョー、お好きでしょ?」

 

「え、あ、それ俺? 」

 

「ええ。ファーラを行かせたくないのでしょう?」

 

「いや、でも、俺ちょっと帰りにイビルジョー一匹狩ってきたばっかだし」

 

「そうみたいですね。お疲れ様でした。ちなみに、どれくらいの強さの個体でした?」

 

「そりゃあもちろんメチャクチャでっかくて悪魔みたいに強くて、もうワタクシ、身も心もボロボロでして」

 

「そうなんですか。それで、どれくらいの強さでした?」

 

「いや、だから」

 

「ええ」

 

「……下位の、ラギアクルスくらい?」

 

「そうですか、では次のイビルジョークエストの受注を許可しますね」

 

「ひぇぇぇ……許可って哲学的な言葉だなぁ……」

 

 泣き言を言う彼に、モミジはクスクスと笑って言った。

 

「冗談です。お疲れ様でした」

 

 

 

 彼がハンターであり、私が受付嬢であるならば、私は受付嬢としての仕事を全うしなければならない。

 そんなことを思いながらエイドスを訪ねたモミジが聞いたのは、古龍があちこちで活発化しているという話だった。

 

「フラヒヤ山脈では古龍級モンスターの崩龍ウカムルバスが目覚め、付近の村々を襲撃したが、ヒヒガネとオウカの二名によって事なきを得たそうだ。再び彼らによって撃退されたウカムルバスは山奥へ逃げ、現在二人はこちらに帰還中、今夜にはドンドルマに到着する。

 それに関しては解決ということで、後日調査団を派遣する。手配を頼む」

 

「分かりました」

 

 頷きながら、モミジはある違和感に目を細めていた。

 “崩龍ウカムルバス”は、ヒヒガネによって十年前に撃退され、深手を負って永い眠りについていたはずだ。

 抗いようのない自然災害に対抗するために人類が蓄えてきた伝承に基づいて考えれば、むこう百年ほどはウカムルバスの逆鱗が人里に降ってくることはないはずだとされていた。

 分類上は飛龍とされる崩龍だが、その脅威は並の古龍を凌駕する。

 本当に、古龍が活発化しているのか。

 ただそれだけのことなのか。原因は……?

 

「問題は、ガル・ガ殿から送られてきた、ラオシャンロンの進路変更の報告と、龍歴院の管轄下で報告が上がった天彗龍バルファルクだ。

 ラオシャンロンはまだいい。ヤツは、性懲りもなくドンドルマの方へ歩いて来ているが、ドンドルマギルドにはラオシャンロンへの対応ノウハウが蓄積されている。途中で通過するシュレイド城で迎撃する予定だ。手筈はオイラーに整えさせる。

 だが、バルファルクは違う。ハンターズギルド創設以来、生態についての調査どころか、観測経歴すらない未知の古龍だ」

 

 両手を組んで机に肘を突き、険しい顔つきで話すエイドスには、G級会議の時の苦労人然とした様子はなく、細められた目の奥にはぎらついた光が宿っている。

 

「龍歴院のハンターの、未確認生態モンスターに対する対応力は高く評価しているが、今回ばかりは彼らにも荷が重かろう。伝承が正しければ、相手は災厄級の古龍ということになる。G級ハンターの派遣を検討している。【灰刃】を送って以降、態度を軟化させている奴らに、また恩を売ることが出来る。

 何より……」

 

 一呼吸おいて、エイドスは格子窓の外をじっと見つめ、言葉を絞り出した。

 

「何より、ここでバルファルクを討ち果たすことが出来れば、人類は災厄に打ち勝ち超越する力を得た、何よりの証明になる。ずっと竜に支配されてきたこの空を奪うのだ。

 この大空は、ついに人類のものだ」

 

 古来、人はモンスターと言う名の外敵によって常に生存領域を浸食され続けていた。

 草食モンスターであっても、怒りを買えば集落一つ潰すのは造作もない。ましてや、肉食モンスターともなれば、人間はよく逃げる美味い餌に過ぎなかった。

 古龍が姿を現せば、もうひとたまりもない。

 どんなに知恵を絞っても、彼らに対抗する手段を人は持たず、ただ自然の無慈悲のなすがままに流され、翻弄されてきた。

 

 その状況は、ここ数十年で一気に覆った。

 ココット村の英雄による黒龍討伐に始まり、ヒヒガネの覇竜・崩龍撃退、ラファエラが果たした伝説的な古龍大量討伐、レオンハルトの“煉黒龍グラン・ミラオス”単騎討伐など、伝承にある「災厄」が次々と人の手によって打ち破られた。

 自然の力の具現たる古龍を倒した後の人類の手に握られたのは、燦然と輝く自由だ。

 人類の悲願であった黒龍討伐が成し遂げられたことにより、シュレイド地方の安寧と発展が保証され、黒龍が姿を消したことにより動き始めた各地の古龍が一掃されたことで、これまで考えられなかったほどの地上の広範囲が人類の手に渡り、グラン・ミラオスの討伐はタンジア港近海の生態系を安定させた。

 

 残るは、翼を持つ者達が統べる空のみ。

 

 独白と形容すべき話を終えて、エイドスはモミジに改めて切り出した。

 

「これは先ほど龍歴院に御遊覧中の大臣から入ってきた情報だ、君は知らないだろう? 君が手塩を掛けていた龍歴船の調査隊が、バルファルクの領域の空を侵して奴を刺激し、かの災厄が地上に降り注ごうとしているのだ。これは、ギルド側の責任者である君の咎でもある」

 

 その言葉に、モミジはかすかに目を細めて、

 

「……はい」

 

 と答えた。

 まさか、あの子がそのようなミスをするとは。

 ミスというよりは事故に近いが、これは手痛い誤算だった。 

 

「しかしまた、『赤い彗星』の正体を暴いたことには違いないし、バルファルクを人類の手の届く範囲にまでおびき寄せたことは大きな功績だ。龍歴船の調査隊にはバルファルクの件から手を引かせるよう通達を出せ。これは君が方を付けろ」

 

「分かりました」

 

「ヤツはかなり標高の高い場所に住処を置いているらしい。現状最善の古龍殺しのハンターたちを選んでバルファルク討伐に向かわせるんだ。今は誰が使える?」

 

「……英雄の槍は【千姫】、【星姫】の両名が、現地でトラブルに巻き込まれたようでまだ帰還していません。【灰刃】、【剛槍】、【城塞】、【眈謀】の四名を向かわせます。古文書にある災厄が王都やドンドルマを直撃すれば、大変なことになります。船を飛ばせば、バルファルクに攻撃される危険性がありますから、接近から討伐の計画についての一切は【眈謀】に一任します」

 

「うむ。彼女ならば安心だ。彼らをしっかり動かせよ」

 

 そう言って、さも万事滞りなく過ぎ去ったかのような満足げな顔をしたエイドスは、ふと今思い出したという風に問いかけた。

 

「ところで、君、【白姫】の制御はできているのか?」

 

 その質問の意図が分からず、モミジは正直に答えておくことにした。

 エイドスに隙を見せてはならないが、不必要な隠し事をして切り捨てられるようなことがあれば、危うくなるのは自分の立場だ。

 

「ええ、【灰刃】ありきではありますが、【白姫】の制御は彼を通せば至極単純です。彼らのパーティーは、共依存と言って良い状態にあります。彼がいなくならない限り安泰でしょう」

 

「はは、そうか。君もなかなか悪い」

 

 エイドスはそう言うと、モミジに顔を寄せるように前のめりになって、小声で、

 

「【灰刃】自身はどうなんだ?」

 

 と聞いた。

 どう、とは、なるほど、彼は人の力を恐れているのだ。

 エイドスは根っからの人類主義者であると同時に、モンスターの恐ろしさ、人間の恐ろしさというものをそれぞれ熟知し弁えている。

 エイドスの関心は、人格的にやや問題のあるG級ハンター達の鋭い刃が自分達に向かないか、そこにあるのだ。

 レオンハルトのような優しいヘタレが、どうしてエイドスの恐れるようなことをするだろうか。

 モミジは少しムッとして答えた。

 

「何も問題ありません。対人戦に慣れていませんし、そもそも彼はこちら側の人間です。レオンハルトさんがハンターズギルドを裏切ることはありませんし、英雄の槍は彼が手綱を握っています。貴方が心配するようなことはありません」

 

「はは、そうかそうか」

 

 モミジの返答を聞いて、鷹揚に頷いたエイドスは、どこか含みのある笑みを湛えて、

 

「君の目は信頼している。これからも……いや」

 

 少し言葉を切って、こう言った。

 

「君に良い縁談が来ているんだ」

 

 




新作出る前に完結をと思ってましたが無理でした……_(∅p∅_)

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