転生者についての考察   作:すぷりんがるど

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考察その13~理不尽と支える人~

魔法先生を集めた会議があった。

 

いつもの警備状況や魔物などの侵入頻度や分布から対策を練る定期会議ではなく、緊急に開かれた特別会議のようなものだった。

 

麻帆良大学のとある講義室。

 

ざわざわと喧騒の中、隣に座った同僚――葛葉刀子やシスターシャークティと内容を邪推しながら、段々とその話題が麻帆良に新しく出来た料理屋の話題に移行し始めた時、学園長が講義室に入って来た。

 

傍らには高畑先生もいる。

 

出張が多く――その多くが魔法関係のもの――担任を持っているのに担任らしくないふるまいに、だったら私を担任にしてて手当を多く寄越せよ、と二人に愚痴ったのは一度や二度では済まなかったりする。

 

――まぁ手当が増えなくても、私が担任になれと命じられれば二つ返事で了承するだろう。

 

担任が出張ばかりで中々居ないという状況は、生徒たちの教育上少しいかがなものかと感じられる。

 

彼が出張の場合、副担任の源しずな先生が駆り出されることが多い。

 

だったら彼女を担任にしろよ、といつも思うのだが。

 

大人の事情でもあるのだろうか?

 

私もいい大人だが、大人になりたくないと偶に思ってしまう――主に戦闘時のコスチュームより。

 

「今日は集まってくれて助かったわい。早速じゃが会議を始めようと思う」

 

学園長の声が講義室全体に行きわたると、最前列に座ったぽっちゃり系の弐集院先生がノートパソコンをいじり始めた。

 

照明が落ち、天井からスクリーンが垂れ下がってくる。

 

機械的な音を立てながらプロジェクターが起動すると、スクリーンには赤毛の少年が映っていた。

 

背中に大きな杖を背負った彼の歳の頃は10歳前後だろうか?

 

整った顔立ちに将来がかなり期待できそうだ。

 

「彼の名前はネギ・スプリングフィールド」

 

そこまで学園長が告げたところで、ざわざわと講義室のあちこちから声が上がる。

 

私の周りも同様に。

 

「有名人なのか?」

 

ぼそりと尋ねた私の言葉に、二人からため息がもれる。

 

「無知とは罪ですね」

 

「仕方ないんじゃないの。魔法少女は独学だもんね」

 

「――おい、捻るぞ貴様」

 

呆れ顔のシャークティはともかくと、笑いをこらえた顔の刀子はじろりと睨みつけておく。

 

――確かに、私の魔法の力は独学だ。

 

私は母親から生まれた時、手に星の形の石のようなものを握っていたらしい。

 

苗字に星を持つ我が家では、そんな私を縁起の良い子だと親戚中で大歓喜したらしい。

 

今では見合い写真を毎日のように送って来て、母親や祖母や親戚の叔母さん連中から連日のように良い人がいるぞ、と電話がかかるようになってしまったが。

 

その石のようなものが私が今も首にかけているペンダントであり、私が魔法の力を行使するための媒体となっているものでもある。

 

これに詠唱とともに魔力を込めることで――まぁ、ふりっふり衣装の魔法少女に変身できるという訳だ。

 

はじめて変身したのは何時だったか。

 

目の前のスクリーンに映る少年か、もう少し小さな頃だったか。

 

その頃に変身した形が今でも石に記憶されているのか、今でも私は魔法少女だ――三十路前の。

 

せめて、せめて年相応の落ち着いた格好になれないかと試行錯誤したこともあった。

 

結果は言わずもがな、だ。

 

だったら他の魔法使いが使っている、この世界に一般的な魔法形態を扱えないかと頑張ったこともあったが――マッチ以下の火力しか出なかった。

 

要するに、魔法のある場所に居る限り、私は一生魔法少女な訳だ。

 

四十になっても、五十になっても、六十になっても、あのふりふり衣装で――考えるだけで陰鬱だ。

 

――だけど手当が良いからなぁ。

 

魔法先生として働けば教師としての給料に大きくプラスされるし、夜間警備は出れば出るだけ手当が付くし。

 

割と良いマンションに住めてるし、年に二三回は泊りがけの旅行に行けるし、休みの日にはエステも行けるし、自分への御褒美で高いワインも買えるし、怪我をしたって治癒魔法の使い手がいるから病院いらずだし。

 

簡単に捨てられないわよね、この生活――ベッドは冷たいけど。

 

「知っている者も多いとは思うが、この少年は彼の英雄の一粒種じゃ」

 

ざわざわがザワザワに大きくなる。

 

やはり、などと納得している声が多いようだ。

 

「で、彼の英雄とはなんだ?」

 

「戦争の英雄よ。二十年前に最強の八人で構成された魔法使いグループ、あの少年の父親はそのグループのリーダーだったって訳。世界の破滅を企んでいた悪の組織をぶっ倒したらしいわ」

 

「こちらの世界ではなく向こうの世界での戦争ですが。彼らのファンクラブまであるそうです。戦争の英雄にファンが付くとは――嘆かわしい限りです」

 

聞きかじったかのような言い回しの刀子に、こめかみを押さえるシャークティ。

 

どうやら二人ともがひどく良い印象を持っているという訳ではないようだ。

 

まぁ刀子は古くから魔法使いと対立していたらしい日本の術者が出身で、聖職者であるシャークティはもろ手をあげて戦争の英雄をほめたたえる訳にはいかないんだろう。

 

「さて、ここからが本題じゃ。彼は飛び級を繰り返して優秀な成績で魔法学校を卒業した。そしてそこで与えられた最終課題が『日本で先生をすること』という内容じゃった」

 

――ああ、嫌な予感がしてきたぞ。

 

「そこで諸君らに提案したい。彼をこの学園で受け入れるか否かを。ちなみに受け入れられなかった場合は北海道のカムチャッカ学園で先生をして貰うことになっとる」

 

右を見て、左を見る。

 

予想通りのぽかん顔だな。

 

きっと私も二人と同じ顔をしているのだろうが。

 

「まずはこの学園が候補になった理由から、順々に説明していくぞぃ」

 

学園長の言葉に合わせてスクリーンの場面が変わる。

 

世界樹と麻帆良学園――学園のパンフレットにも使われている写真が映し出された。

 

「ひとつめはここ麻帆良の地が日本最大の魔法使いの拠点じゃということ。名の知れたところに入れた方が、後々のネームバリューとしても有能じゃからな。逆にある程度名が知れとる魔法使いたちの日本での拠点はここぐらいじゃから、もしここが無理じゃった場合他のどこでも同じじゃということで、彼の出身地でもあるウェールズに近い田園風景広がるカムチャッカ学園が候補にあがった」

 

また場面が変わる。

 

今度は世界樹のアップだ。

 

「ふたつめはここが世界有数の聖地じゃということ。世界樹という霊験あらたかなこの場で修行するということは、彼の将来にとってきっとプラスとなるじゃろう。聖地で修行したことは後々のステータスにもつながるしの」

 

またまた場面が変わった。

 

凄まじい赤毛のイケメンが映っていた。

 

心なしか先ほどの少年と似ている気がする。

 

「みっつめは彼の父親で、英雄でもあったナギ・スプリングフィールドがこの地で修行をしたことがあるということ。偉大なる父親の背中を感じることは、同じ地で学ぶということは、彼を大きく成長させるはずじゃ」

 

そして――学園長はスクリーンの前にふわりと浮きあがり、講義室に詰めている魔法先生たちの方を見る。

 

老齢ながらも苛烈な光を宿した視線が講義室の空気を従えて、学園長は強い口調で言い放った。

 

「よっつめは例えば彼に何かしら危害を及ぼさんという脅威が迫った時、お主たち麻帆良学園の魔法先生たちなれば対処できると信じておるからじゃ」

 

――あ、やばい、これは乗せられて懐柔されるパターンだ。

 

周りを見渡してみれば眼が爛々と輝いている人たちばかり――麻帆良の人間は単純なんだろうか?

 

――私が魔法少女に憧れたように、英雄に憧れる気持ちはよくわかる。

 

そして英雄の大事なものを託されて、目上の人間からお前たちなら出来る、と言われれば奮起する気持ちもわかる。

 

だが待ってくれ。

 

私たち魔法使いの事情と生徒は無関係だ。

 

ちらり、ちらりと二対の視線が向けられる。

 

気になってるならお前らで言え――そんな意味合いを込めてジェスチャーしてみるが、ここはお前の出番だからとジェスチャーで返された。

 

あとでケーキでも奢ってもらう事にしよう。

 

「あの、質問をよろしいでしょうか」

 

「ふむ、なんじゃ」

 

「先生になると言われていましたが、彼は担任などを持ったりしませんよね?」

 

帰ってきた答えは――沈黙だった。

 

成程、理解した。

 

要するに権力者さんの間で世間体だとか、私の想像もつかない何かしらが色々ある訳だ。

 

学園長自身は難しい顔をしているので、それが本心だと信じたい。

 

ただ先生になることが必要なら――この時点で色々間違っている気しかしないが、魔法学校の最終試験は伝統あるもので、そこで出た課題は絶対らしい。

 

そこから突っ込んでやりたいが、魔法使いには魔法使いの歴史がある訳で、私が突っ込んだところでどうとも成らないだろう。

 

よって無視する。

 

とにかく、ただ先生になることが必要なら講師でも構わない訳だ。

 

例えば月曜日限定の講師にしてやれば、彼の授業には必ず付き添いの先生が何人か付けば、何とかなるだろう。

 

しかし生徒に接する機会が圧倒的に多い担任教師なら話は別だ。

 

何年も学校教育を学び、現場での経験を経て、ようやく担任を持てるのが普通だ。

 

――よもや自分より年下の者を担任に持つことで人間的に成長できる、などと教育者にとってあるまじき意見は出さないだろうな?

 

そんな不確かな可能性に賭けるくらいなら、どう考えても普通の教師を担任に据えるべきだろう。

 

確かに自分と違う年代や国籍の人と接することで人間的に成長できるのは間違いない。

 

だから麻帆良学園は留学生が多い訳であるし。

 

「もちろん経験のある現場の人間を複数人と副担任に据え置くつもりじゃ。高畑先生はまた出張が多くなりそうじゃから難しいじゃろうが、生徒たちの教育に悪影響が及ばぬよう最大限の配慮はするつもりじゃぞぃ」

 

「それにネギくんは優秀で良い子だから大丈夫だよ、ハハハ」

 

ハハハじゃねーよ。

 

NGO団体で頑張っているのは知ってるけど、だったら教師辞めろよ。

 

そっち一本でやってろよ。

 

それと教育の現場に、社会人としての現場に、テメーの身勝手な主観を持ちこむなよ。

 

苦労すんのはこっちなんだよ。

 

でしゃばんじゃねーよカス。

 

「顔、ねぇ、顔」

 

ム、いかん、ヒートアップしてしまった。

 

クールになれ、クールになるんだ私。

 

ちょっとびっくりしただけだぞ私、大事なのはこれからだぞ私、上司の無茶に部下が付き合わされるのは社会の常識だぞ私。

 

「無限の未来がある生徒を潰すような真似はせぬ。それだけは約束し、善処しよう」

 

政治家かよバカ野郎。

 

 

――会議が終わり、大量にツケが回ってくるであろう未来を予想して、とりあえず今日は飲もうということになった。

 

魔法という常識ではありえない事柄と魔法を知らない人々の生活を同じ空間で両立させようとすれば、弊害が出るのはどうしようもないことだ。

 

だから理解は出来る。

 

あの少年が麻帆良の地で修行することで、結果的に魔法のある世界は円滑にまわり、普通の人々の生活に与える影響もソフトなものになるのだろう。

 

そう期待させるだけの才能があの少年にあったからこそ、才能だけではなく世界を回す先頭に立てるだけの家柄などもあったからこそ、子供に教師をさせるという事態も、この巨大な麻帆良学園都市で容認されたのだろう。

 

先程カムチャッカ学園に付いて調べてみたが、放牧を主にする農業学校で生徒先生合わせて10人未満だった。

 

――こんな考え方は良くないが、触れ合う人数が少ないカムチャッカ学園だったら生徒に与える影響は増えるが――数は減るだろう。

 

だがそれよりも、将来の少年の来歴が誇らしいものとするためにも、麻帆良が選ばれた。

 

――どのような事柄でもそうであるが、大きなでプロジェクトを行う時は必ずどこかにしわ寄せが来る物なのだ。

 

完璧な計画などあり得ない。

 

今回のしわ寄せは私たち教師に少しと――彼が担任になるクラスにたくさん、だ。

 

――ああ、考えれば考えるだけ未来がきてほしくないな。

 

理解はしているが納得は出来ていないのだ。

 

だがそれでも反抗することなく、あの場で喚くこともなかったのは私が大人になって――魔法使いだからなのだろうか?

 

うん、やはり今日はしっかり飲もう。

 

だがその前に、帰ってからのストレス発散の準備をせねば。

 

私はそう考えて、図書館島まで足を運んだ。

 

季節は秋。

 

とはいえ蒸し暑さはまだまだ残る時期だ。

 

クーラーの効いた図書館島の内部は心地よい涼しさだ。

 

ここには大量の蔵書がある。

 

数千などという種類ではきかない、一説には数十億の蔵書があるとも言われている。

 

そんな中から目当てのものを見つけるのにも一苦労だ。

 

作業着姿の男を一人かわして、また身の丈以上に大きな本棚に目を滑らす。

 

そこにひょんと、下から声がかけられた。

 

「おや先生、こんにちはです」

 

「部活中か」

 

「まぁそんなところです。今日は大学生の方もいましたので深いところまで潜れましたのです」

 

大量の蔵書は図書館島の、迷宮のように入り組んで置かれた本棚に並べられており、本棚は地下深くまで段々と階層を経て設置されている。

 

そんな数々の本棚迷宮を解き明かそうとする部活もあるくらいに、図書館島は広大だ。

 

「そういえば先生の好きそうなジャンルの本がありましたので、良ければどうぞ」

 

そう言って少女の手から差し出されたのは魔法少女物。

 

相変わらず私はこのジャンルが大好きだ。

 

「スマンな、気を使わせたようで」

 

「いえ、私も好きなジャンルですので気にしなくて良いのです。また機会があれば、魔法少女について語り合うのですよ」

 

そう言ってぺこりと少女は頭を下げると、とてて貸出カウンターの方へと向かっていく。

 

――さて、では私も帰るとするか。

 

まだ見ぬ胸の本が広げるファンタジーな世界に思いを馳せつつ――その前には今日は潰れるぐらいに飲んで愚地で海を作ってやろうと心に決めるのだ。


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