転生者についての考察   作:すぷりんがるど

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考察その17~正義の在り方~

「ふざけるな」

 

がん、と空になったビールの缶を机に叩きつける

 

アルコールの匂いが充満し、酒のつまみが散乱する自宅で私は刀子とシャークティを前に絡むような声で憤った。

 

「うさぎぃ、いきなりどーしたのよ」

 

頬を紅く上気させて刀子はスナック菓子を口に放り込む。

 

口の周りには食べかすがしっかりと付着していた。

 

「どうもこうもない。このひと月以上……私がどれだけ苦労をしたのか分かっているのかっ!」

 

傍らにあったビールのプルトップを開いて、私は一気に中身を喉へと流し込む。

 

苦味が舌を刺激し、食堂を洗い流し、頭の中を熱くする。

 

「あ~子供先生」

 

「ふふふっ、魔法少女さんは大変でちゅね」

 

納得した様子の刀子と、からかうようなシャークティ。

 

シャークティはまた空いたグラスに赤ワインを注ぎ込み、ぐびりと一気に飲み干した。

 

聖職者のくせに飲酒とは――こいつは神の血ですから、とかなんだとか言っていたが許されるのか?

 

――基本的に修道院で生活しているシャークティの普段の生活は質素そのものだ。

 

初等部で教員を行い、魔法先生としても働いているが、その給金のすべてが教会へのお布施となっているとは聞いたことがある。

 

一生を修道院で過ごすとも言われるシスターであるこいつと、こうやって集まれるのも数ヶ月に一度あるかないかくらいだ。

 

私はシャークティが信仰している宗教の戒律を知らんから何とも言えないのだが。

 

まぁシャークティが良いと言っているのだから良いのだろう。

 

それに――どうせ罰を受けるのはこいつだ。

 

私は楽しんでいて、シャークティも楽しんでいるようなのだから、あまり深く踏み込む必要はないだろう。

 

「で、何したのよ」

 

袋を手で持ち残っていたスナック菓子を一気にかきいれた刀子は、ボロボロと口からそれを零しながら私に詰め寄る。

 

貴様――掃除するのは私なんだぞ。

 

と、微かに思ってみるがそれより先に私の脳裏に立つものがある。

 

「子供は構わん。所詮頭が良かろうが、英雄の息子だろうが、才能があろうが、子供は子供だ。元々そのフォローが私の役目であった訳だからな」

 

「さすが三十路女、やっさしい」

 

「お前だってもう数ヶ月したら三十路だろうがっ!」

 

「まだ29歳だもんっ! ぴちぴちの二十代だもんっ!」

 

きゃるる~んなんて擬音でも背後に背負いたがるように、可愛くポーズを決めてみせる刀子。

 

――安心しろ、お前が背負っていてるのはどろろ~ん、だ。

 

「まぁまぁ、熟女談義は置いておきましょう」

 

こいつ……一人だけ二十代半ばだからって調子に乗っている。

 

だがお前だっていずれ老けるんだ。

 

シスターだから結婚だって出来ないんだからなっ!

 

素敵な旦那様とか見せびらかしてやるんだからなっ!

 

あったかい家庭とか築いてやるんだからなっ!

 

子供とか無理矢理抱かせてやるんだからなっ!

 

――言ってて虚しくなって来たんだからなっ!

 

「でぇも愚痴の発端は子供先生でしょ。彼、何したの?」

 

グラスに氷を入れて、焼酎をなみなみと注いで、きゅっと飲んだ刀子は酒臭い息を吹きかけながら私に尋ねる。

 

――子供先生とは昨年の会議で話題にあがった英雄の息子たるネギ・スプリングフィールドのこと。

 

ひと月と少しほど前から麻帆良に赴任してきた彼を様々な面からサポートするのが私の役目なのだが――あの少年、天性のトラブルメーカーだ。

 

赴任初日に魔法を一般人にバラし、武装解除の魔法でその少女の服を脱がし。

 

二日目には教室でその少女を下着姿にし。

 

そのまた数日後には惚れ薬騒動で女子中等部をかき乱し。

 

認識阻害魔法をかけてはいるが躊躇い無く杖に乗り空を飛ぶし。

 

明らかに不釣り合いで目立つ杖をいつも持っているし。

 

聖ウルスラ女子との諍いを何とか丸めたかと思えば最後の最後でまた下着姿に剥くし。

 

学園長の策略もあったとはいえ魔法の本を探しに生徒たちと図書館島の地下に潜るし――他にもまだまだ。

 

「なぜ私がこの歳で胃薬を買うかどうか悩まねばならんのだっ!」

 

残っていたビールを一滴残らず飲み干して、私はまた机にガンと空いた缶を叩きつける。

 

「どうどう、落ちつけ落ち着け」

 

「た~いへ~んで~すね」

 

ギヌロとでも音の付きそうなくらいにきっと今の私の目付きは悪い。

 

目の前の二人が悪い訳ではなく――寧ろフォローにまわってくれることも多々あり感謝しているのだが――思いだせば思い出すだけ腹が立つ。

 

あの少年に直接腹が立つ訳ではない。

 

何度も言うが少年は所詮どこまで行こうと少年。

 

元々彼を教師にすることは百歩譲ったとせよ、担任を持たせようということ自体が間違いなのだ。

 

どんな陰謀が巡らされているのかは知らんが――だったらこっちにもそれ相応の対処が出来るように配慮しろ。

 

「要するに全部あの奇形頭が悪いんだ」

 

刀子の焼酎を奪い取り、シャークティのワインを掻っ攫い、私はアルコールで胃を満たす。

 

「自主的な成長を促すためだか何だか知らんがなぁ――どうしてあの少年がこの魔法使いの拠点でもある麻帆良学園で自分以外の魔法関係者だと知っているのが、よりにもよって学園長と高畑の野郎だけだったということがそもそもおかしい」

 

「まぁ組織のトップでもある学園長においそれと頼りにはいけないわよね」

 

「高畑先生は出張が多いですからね~」

 

酔い覚ましのためだろう、気を効かせてトマトジュースを差し出してくれるが私は突っぱねる――酒だ、酒を持飲ませろ。

 

またまたビールをカシュッと空けて、ぐびぐびと喉を鳴らす。

 

喉の奥から口を通過し外へと、淑女が出してはいけない音が鳴った。

 

そんな音を気にも留めず、シャークティはいつもの厳格な表情を何処でゴミ箱に押し込んだのか、ぽわんとした笑顔で言葉を紡ぎ出した。

 

「初等部には親元を離れて生活している子供たちが何人もいますが、やはり頼れる相手を探しています。それは同じ寮の友達だったり、先生だったり――彼らは仔犬のように震え、あたたかく安らげる場所を探しているのです」

 

「おねショタの予感っ」

 

「神罰です」

 

河童なスナック菓子を刀子の鼻に押し込んだシャークティは、悶える彼女を尻目に更に続ける。

 

「彼もまたそうに違いないでしょう。教師としての面は貴女よりも遥かに母性溢れる源先生がいらっしゃいますから大丈夫かと」

 

棘のある言い方だ――まるで否定は出来んが。

 

「問題は魔法について。学園長に直談判しに行くか――魔法少女の姿で彼の前に現れてみては?」

 

「醜態を晒せと? いつも厳しい私がふりっふり衣装なところをみせろと?」

 

「年齢詐称薬を使えば良いではありませんか。彼と同年代くらいまで小さくなって会ってみるのはいかがです」

 

「――解って言っているだろ」

 

魔法使いたちは様々な魔法具を作成して用いている。

 

それは戦闘を補佐する道具であり、日常生活を快適化する道具であり、一般人の目を晦ますための道具である。

 

その中には年齢を詐称する――私が憧れた魔法少女御用達の道具もあった。

 

――赤いあめ玉・青いあめ玉年齢詐称薬。

 

赤いあめ玉をひとつ食べれば五つばかり歳を取り、青いあめ玉をひとつ食べれば五つばかり歳を若返らせるという魔法薬だ。

 

それはまさしく私が憧れた魔法少女の一人――と言えるかどうかはわからないが、魔法少女の原型に近い彼女が使っていたもので、年齢的にもそろそもきつくなって来た18歳の頃、私は魔法薬を服用した。

 

結果、私の身体は13歳程度まで幼くなり、言いようもない歓喜が私を襲った。

 

これで私は一生魔法少女として過ごしていける――確かにそう思っていた。

 

だが現実は甘くなかった。

 

実際に肉体の年齢を大きくしたり、小さくしたりして、時には生命の原点まで遡って他の生物に変身できる私が憧れた魔法薬とは違い、この世界のそれはあくまで幻術でそう見せているに過ぎなかった。

 

つまり――おおよそ8歳程まで幼くなった私は喜び勇んで夜の警備で星の力を担い――星の力は幻術を弾け飛ばして魔法少女セーラースター(18歳)が堂々と登場した。

 

あの時の私は幸福感で視界が狭かった。

 

本当に8歳の魔法少女になりきった私は舌足らずな口調で名乗りを上げて、その警備の日までにあれやこれやと考えていた台詞を口走り、私は全力で魔法少女していた。

 

やがて水面に映る自分の姿を確認した私は――

 

「思い出させるな、トラウマなんだ」

 

「良いではないですか。あれを見たおかげで私と貴女は友人になれたのですから」

 

「懺悔を聞きましょう――そう言って年下のシスターがやってくるとは思ってもみなかったがな」

 

まぁ十年来の友人が出来たことは良しとすべきなのだろうが。

 

シスターらしく清廉に微笑んでいるシャークティへ送る言葉は必要なかった。

 

「でもさ、ワザとらしくなくワザとバラすってのは悪い手段じゃないと思うんだけど」

 

むくりと起き上がった刀子がそんな言葉を投げかけてくる。

 

確かに近くで行動を把握しておいた方がフォローに走りやすくなる。

 

学園長に文句を言われたとしても偶々なんです、と強情に言い貫けば意図を理解してくれるはずだ。

 

というよりも、もし呼ばれて文句を言われたとて、それはブラフに近いものだろう。

 

問題を巻き起こして学園全体をかき乱すような真似は、愉快犯の気がある学園長だとはいえ全てを肯定できない。

 

あの人が厄介事を持ってくるときは、その流れをあの人自身が激しくするときは、必ず大まかなシナリオと対策が練られているときだ。

 

今回もきっとそう。

 

もしかしたらそんな役割も含めて私に副担任を依頼したのかもしれない。

 

のだが――私のミスで、私が鈍く、私の行動が遅かった。

 

「それも考えたがもうあの男が行動済みでな。その上、自分とあの少年の父親が懇意にしていたということもバラしている」

 

「だからさっき過去形に。……ちょっと待ってうさぎ、確かネギくんについての報告書で――」

 

「ああ、しっかり書かれていたよ――英雄であった父親に多大な尊敬と羨望の念を持っている、その情念は異常な執着とも呼べるほどに、と。彼はすっかりあの男、天津神に懐いていてな。私がなんと言おうと聞きいれてくれるかどうかは怪しいものだ」

 

溜め息が深く重く落ちる。

 

「ですが頼れる大人が出来ることは良いことではないですか。天津神先生に協力していただければすべて解決です」

 

「――貴様はそれを本気で言っているのか?」

 

「いえ、言ってみただけです」

 

そう告げたシャークティの口からもため息が落ちる。

 

天津神零児――あの男は本当に良くわからん。

 

あの男が麻帆良に来た日に宣言した通り、あの男は私たち魔法使いを――学園長と高畑を除いて――嫌っている。

 

勤務中でもあからさまに私を避けているのが解る。

 

授業に関して私が質問すれば、必ず範馬先生を介して私に伝えてくる。

 

クラスのことでも源先生を通じてか、時にはネギ少年を使って私に用件を伝えてくる。

 

社会人として、例え私のことが嫌いだったとしても、その態度はどうなんだと小一時間問い詰めたくなるほどだ。

 

第一、正義の魔法使いが嫌いだと言っていたが、正義を志す魔法使いの何が悪いのかが私にはまるで理解できない。

 

正義とは正しい倫理観や道徳観に基づき他人を思いやって行動する理念のことだ。

 

無論、世間的に蔑まれるべき理念を正義として振りかざすことも、真っ当な正義だとしても人に押し付けることも、双方ともに間違っていると私は思う。

 

正義とは心に秘めた熱い情熱のことだ。

 

人を助けたいと願う思いやりの心のことだ。

 

――私の憧れた魔法少女はそう誓って戦いの渦中に身を投じ、私はそんな彼女たちに正義を見た。

 

シスターという職に付くシャークティの前ではあるが――確かに過去、神の奇跡を用いて振るう教会は正義の名の下に様々なものを断罪した。

 

しかしそこで断罪されたのは異能者であり、魔法使いたちなのだ。

 

故に、魔法使いたちは正義を目指した。

 

故に、心の内よりわき上がるおもいやりの気持ちを胸に、陰ながら世を救い人を救う立派な魔法使いを目指したのだ。

 

現在ではそんな理念が称号へと変化し、魔法使いたちの世界の主席国家の元老院が捧げるステータスのひとつへと堕落しているらしいが。

 

本来は誰もが持っているやさしい気持ちで人を助ける魔法使いが立派な魔法使いだと、私は麻帆良で魔法少女として活動し始めたときに学園長から教わった。

 

私はそれが間違いだとは思えない。

 

「彼には愛が足りませんね」

 

「誘惑してあげれば、三十路の身体で」

 

「魔法少女に汚れ役は似合わないんでな。出戻りに頼むとするよ」

 

「うるちゃいっ! 好きで離婚したんじゃないんだもんっ」

 

年不相応にぷくぅっと頬を膨らませた刀子はひとまず放置し、私はこれからの展望を巡らせる。

 

ネギ少年にあの男が魔法使いであることをバラしらことで、私がフォローに奔走する機会は減少するどころか増加した。

 

ネギ少年が剥いた少女の半裸姿はしっかり目撃するし。

 

下着姿もしっかりと見ているし。

 

惚れ薬騒動のとき渦中の中心で追いかけられていたのはあの男だし。

 

認識阻害魔法をかけてはいるが躊躇い無く建物の上を飛び跳ねるし。

 

男らしくないみっともない長髪は一向に切る気配はないし。

 

聖ウルスラ女子との諍いで下着姿になった彼女らにどこから用意していたのか準備の良く毛布を持って来たかと思えば鼻の下をだらしなく伸ばしているし。

 

学園長からの通達に気付かず魔法の本を探しに生徒たちと図書館島の地下に潜るし――ほかにもまだまだ。

 

「遂にあの男のせいで私は胃薬を買ったんだぞっ!」

 

くしゃりと空になったビールの缶を握りつぶして、私はダンとテーブルを叩く。

 

――落ち着け私、クールになれ私。

 

あの男とて戸惑っているのだきっと。

 

教師という職に、戸惑っているからこそ――

 

そう大人になろうと努力する私だが、看破出来んこともある。

 

「天津神先生は今頃何をしてらっしゃるのでしょうかね」

 

ぐすぐすとベソをかく刀子の頭を撫でながら、シャークティはぽつりと呟いた。

 

きっと今の私の顔は不満たらたらだ――色んな意味で。

 

「どーせ中学生に色目を使ってるんだろうよ」

 

年下の女子生徒を、中学生を性的な目で見る二十代半ばの教師――考えられないな。

 

淫行で捕まって死んでしまえバカヤロー。


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