転生者についての考察   作:すぷりんがるど

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考察その20~おれのおれだけのせかい~

「超、今日も変わらず可憐であるなっ!」

 

「ハハ、ありがとうネ」

 

本日の放課後開店するという噂を聞きつけて、俺は超が経営している移動型中華料理店である超包子の前で今か今かと開店を待っていた。

 

「ヌホホ、超は旦那様がいて羨ましいアル」

 

「だっ、誰が旦那カっ!」

 

「式は派手に行おうではないか! なぜなら俺はお前を愛しているからだっ!」

 

「そんなノリはいらないネ!」

 

とはいえ開店をそこらの有象無象のように指をくわえて待っている訳ではない。

 

気のきかせ方も英雄並みに優れている俺は、いつものように椅子や机の準備を手伝っている。

 

俺は超包子の店員な訳ではないが、そうすればきっと超の心象が良くなるだろう?

 

流石は俺だ。

 

――新学期が始まり幾日か。

 

俺は来たるべき日のため情報を集めていた。

 

来たるべき日とは無論、テンプレオリ主ならば誰もが通る道――そう、茶々丸に攻撃を仕掛けるネギへと説教をかます日だ。

 

俺の知っているテンプレオリ主の場合、ここで茶々丸へのフラグとエヴァへの布石を打つはず。

 

どこかのサイトで明確な日付まで言及されていた気がするのだが……生憎とそこまで詳しい日付を俺は把握していない。

 

だがつい先日から、この世界の主人公であるネギ・スプリングフィールドがエヴァを避けているとの情報を俺は仕入れていた。

 

――俺は天津神さんと接触し、自分が転生者であるということを打ち明けた。

 

それは未来への準備のため――テンプレオリ主であるとほぼ100パーセント確信している天津神零児への対抗策とするためだ。

 

俺はこの世界での大まかな流れを知っていることも、天津神さんに告白した。

 

だがそのままにそれを伝えたとして、それを鵜呑みにして信用する人はいないだろう。

 

もしいたならば、それは俺をどこかおかしいのだろうと疑っているのか、あるいは余程の馬鹿か世間知らずだ。

 

実例を示してこそ、信用は勝ち取れるはずだ。

 

――天津神零児にこの世界を無茶苦茶にして貰っては困る。

 

それは俺自身が胸に抱く熱い感情のため。

 

もし時間が超がメインを張って活躍する麻帆良祭まで進んだとき、天津神零児の好きなようにさせる訳にはいかないのだ。

 

多くの二次創作でのテンプレオリ主は麻帆良祭で大きく分けてみっつの行動パターンをとる。

 

ひとつは超に敵対してネギに付き、超の計画などを全てひっくり返すパターン。

 

もうひとつは超に味方だとすり寄り、ネギやこの学園の魔法関係者を相手取って無双するパターン。

 

最後のひとつは超に条件を提示し、傍観を決め込むパターン。

 

――しかしどの選択肢であろうとも、テンプレオリ主が超本人とのみ対峙して行動を決めた場合、俺はテンプレオリ主に事実上好きにされたことになるだろう。

 

多くのテンプレオリ主の場合、英雄となりうるだけの強大な力を有している。

 

そして不確定要素を出来る限り消し潰そうとするであろう超はきっとテンプレオリ主に交渉を持ちかけるだろう。

 

しかし超が一対一で対峙したとして、カシオペアという鬼札を切り対等に話し合おうと超が策謀を巡らせたとしたとして、テンプレオリ主は超を軽くあしらえれると容易に想像が出来るほどの力を持っているのだ。

 

その上、テンプレオリ主は超の鬼札を知っている。

 

時間停止時間逆行の秘密をメインの交渉材料として使おうとしているならば、超の立場はぐっと悪くなるだろう。

 

そもそも超が幾ら天才だろうと、如何に手段を弄しようと、それを丸ままひっくりかえせるのがテンプレオリ主だ。

 

かわされる交渉に超が有利な条件など一つもないだろう。

 

――そこで更に問題となってくるのが超鈴音という人間の在り方だと俺は考える。

 

未来から100年前へとたった一人で時間逆行し、2年半という月日のすべてを投げうち計画を進めているのが超鈴音という女だ。

 

もし脅威への対抗策が何一つなく、気分次第で積み上げてきた月日のすべてを破壊されるという事実に気付いたとき、肢体や自分の未来すら投げ打ち計画を実行せんとするのが――俺が惚れた超鈴音という女だ。

 

それほどの覚悟と、気概と、信念を、彼女は兼ね備えてしまっている。

 

故に超鈴音はこの世界の誰よりも美しく、可憐で、俺が愛おしいと感じるのだ。

 

故に超鈴音は危ういと俺は感じるのだ。

 

故に超鈴音の英雄になりたい俺は、テンプレオリ主との交渉の場に彼女を単身で向かわせたくないと感じるのだ。

 

――うむ、実に英雄らしい言い回しだな。

 

ともかくと、そのような事態を引き起こす訳にはいかない。

 

もし他の超のクラスの女子たちがテンプレオリ主の毒牙にかかろうとも、俺は超だけは守りたいのだ。

 

無責任だと俺の心情を知れば誰かが俺を指差すのかもしれない。

 

だが俺は俺がこれから取ろうとする行動に、今心の内で思う事柄に、恥じる事など一切ない。

 

俺は万人の英雄になりたいのではない――超鈴音の英雄になりたいのだ。

 

――故に俺は行動する。

 

対抗策を一つでも増やすために。

 

「そーいえばクー、最近子供先生の様子はどうだ?」

 

「――へぁ、ネギ坊主アルか?」

 

物思いに耽りながら、俺は隣で机といすを並べていた古菲に声をかける。

 

超と国籍が同じということになっているため、彼女と超は仲が良い。

 

俺自身も超へ毎日のように会いに来ているため、必然的に会う機会が増えたという訳だ。

 

しかし――どうとも普段の古菲に比べて元気がないように見える。

 

「最近元気なさそうヨ」

 

「元気がない、とな」

 

「ウム、ネギ坊主はネギ坊主なりに悩むことがあるアル」

 

「そりゃ心配だな。――それ以外に変わったこととかは何かねぇか?」

 

「ウ~ム……そーいえばなんか今日はペットを頭にのけてたアルな」

 

ペット――淫獣とか蔑まれてたカモか。

 

となれば――おいおい、茶々丸と相対するのは今日か明日じゃねぇか。

 

天津神さんに連絡入れとかねぇと拙いな。

 

「ちなみに私も最近元気がないアル」

 

「自分で言うのかよ」

 

「範馬老師、大丈夫アルかな?」

 

――そういえば確かに最近の喋る筋肉、元気なさそうだよな。

 

あからさまにテンション低い気がするし――何かあったのかね?

 

まぁ授業を天津神零児と一緒にやるようになったみてぇだし、テンプレオリ主の言動に疲れてるってとこだろ。

 

めんどくせーからビデオで教えるぜ、とか言ってDVD再生して漫画読みだしたときには、さすがに俺も呆れたもんだ。

 

あんなもんはグレートティーチャーで漫画の中だから許されるんだよ。

 

実際この世界も漫画の世界だが、だが現実の世界でそれをやるとは考えられねぇわ――まぁらしいといえばらしいんだがさ。

 

「老師に元気がないとつまんないアル。だから明日はもと拳法しようて誘てみるつもりネ。身体動かせば元気になるヨ」

 

声の調子を上げていきニカッと笑った古菲に先程までの沈んだ様子はまるで感じられなかった。

 

さすがバカポジティブ、俺を差し置いて英雄らしいとはなかなかだな。

 

――しかし、古菲がこれほど喋る筋肉こと範馬先生のことを慕っているとは知らなかった。

 

まぁ確かに遠巻きに見ても、近くで見たらもっと、すげー強そうに見えるもんな。

 

範馬先生本人は蚊も殺せないなんて噂が広まる感じの性格だがさ。

 

もしかしたら、あの人何か秘密を持ってたりしてな。

 

――例えば俺や天津神さんと同じようにあの光に出会ってあの肉体を貰った、とか。

 

天津神零児や天津神さんと出会って、この世界には俺以外にも転生者がいるかもしれないっていう推察は間違いなく俺の中にある。

 

その人たちが友好的で、テンプレオリ主を止めるために協力してもらえたらなんて考えてしまうこともある。

 

だが実際問題、確かめる術はひどく少ない。

 

知る限りの漫画やアニメで出てくる能力を使っているところを目撃するか、あるいは本人に直接聞くかくらいしか俺には思いつかない。

 

しかも天津神さんみたいに心の強さを望む人や、俺の知識がカバーする範囲を越えている人に出会ってしまえば意味がない訳だし。

 

英雄である俺の知識を越えるとはなかなかのものだけどよ。

 

極論を言えば、転生者ですか、なんて真顔で聞くしかない。

 

だけどもし違ったら、俺は頭のネジが外れた人間として次の日からやさしい視線を浴びることになるだろう。

 

メリットは大きいんだろうが、その分デメリットも半端無いわな。

 

これは課題として心に留めておく程度しか出来ないさ。

 

「クー、そろそろ開店ネ。ギル、助かたヨ」

 

鈴のような声――聞き間違えるはずもない、超だ。

 

「惚れた女のため、この程度訳はない」

 

「……いつもそんな風に言うが、恥ずかしくないのカ」

 

「恥ずかしい訳があるか。俺は俺の好きな女に気持ちを伝えているんだ――超に会えたという誇らしさと嬉しさしかないぞ」

 

「ひゅーひゅーアル」

 

「クー、茶化すナ」

 

少しトーンの下がった声に、古菲は笑いながらそそくさと超包子の屋台の裏へと引っ込んだ。

 

目の前に居る超はやはり相も変わらず可憐で、向き合うだけで俺の胸が高鳴っているのがわかる。

 

「ギル、いつもそうやってストレートに気持ちを伝えてくれるのは嬉しいヨ。私も女だからナ」

 

超の雰囲気はいつもと少し違っていた。

 

適当に眼を逸らし、そっぽを向き、話をはぐらかすいつもの超ではなく――超の眼は俺の眼をしっかりと捉えていた。

 

「私よりも女らしい女はいくらでもいル、私よりかわいい女もいくらでもいル、私よりも美人な女はいくらでもいル、私よりも性格の良い女はいくらでもいル、私よりも魅力にあふれた女はいくらでもいるのダ」

 

まっすぐな視線に思わず視線を外しそうになる。

 

「それは有り得ん」

 

「まぁ聞ケ。――私はいつも不思議に思うのダ、何故私なのかト。ギルは顔もそれなりデ、勉強も運動もそれなりデ、私のような変な女に袖にされてもずっと向って来るハートの強さもあル。だたら私よりも良い女をものに出来るだろうニ……何故私なんダ?」

 

はじめて向き合い、ぶつけられた超の俺への感情に、思わず仰け反りそうになる。

 

「正直私はギルに惚れられるようなことをした覚えがなイ……だがギルは私が好きだと言てくれル」

 

俺の中の弱気な感情が、俺の顔を強張らせ、俺の声を震えさせようとする。

 

「何故ダ、田中ギルガメッシュ。お前にはもと良い女がいるだろうニ」

 

――しかし、俺は俺を妄想で塗りつぶす。

 

英雄たる俺として、英雄らしい俺として、いつもと変わらぬ視線で、いつもと変わらぬ言動で、俺は超に向き合うのだ。

 

「それは俺が田中ギルガメッシュで、超が超鈴音だからだ――それ以外に理由などない」

 

身体のすべてが搾りカスになるほどに自信かき集め、俺は威風堂々と宣言する。

 

顔は不遜に声は傲慢に、俺は俺を英雄として振舞うのだ。

 

「問答はそれだけか、超」

 

そしてニカリと精一杯の余裕を込めて微笑んでみせる。

 

俺の笑みに超は答えることもなく、くるりと振り向きすたすたと超包子の方へと歩いていった。

 

――俺に出来ることはやりきった。

 

故に、今の俺は英雄らしかったと信じているのだ。

 

 

 

 

 

「ネギ……教え子に手を出すたァ何様のつもりですかァッ!」

 

怒声とともに放たれた光の弾丸は、巷で噂の子供先生のすぐ前方の石畳を砕き、破片を空へと舞いあげた。

 

弟から離れていてるこの場所でも感じるだけの怒気がぴりぴりと俺の肌を刺す。

 

これを一身に浴びているであろう子供先生と、中等部の生徒はどんな気持ちなのか。

 

そう思った俺は飛びだす自分の身体を止めることが出来ず、隣で制止を促す田中くんの言葉を振り切って弟たちの前に飛び出した。

 

――田中くんから連絡があり訪れた教会の裏手。

 

そこでは彼の言った通りの光景が、今まさに繰り広げられていた。

 

子供先生が女生徒の一人と共同で他の女生徒を魔法で遅い、それを防ぐような形で弟が介入してくる――そう彼は俺に教えてくれた。

 

自分のことを信用してもらうためだと田中くんは言った。

 

弟を止めるための手伝いをして欲しいと、田中くんは俺に言った。

 

弟が一体何をしでかす気なのか、田中くんが弟の何を知っているのか、その辺りの事象を俺はまだ知らない。

 

だが――今の弟が少し大人としてどうかと思える振舞いをしているのは事実だ。

 

二十年ぶりに会った弟のことを、俺にとっての唯一の肉親を、俺は出来る限り信じたかった。

 

しかし――俺は嘔吐してしまった女の子をめんどくさいの一言で叩き切り、教師としての、大人としての責任を投げ捨てた弟の姿を確認してしまった。

 

それまでは田中くんが言っていた弟は危険かもしれないという言葉も、にわかに信じがたいものだった。

 

しかし――俺は見てしまったのだ、弟の褒められるべきではない姿を。

 

弟のことは信じたいが――信じられない部分もある。

 

だから、俺は田中くんの言葉を信用することにした。

 

だから、俺はまた俺の目の前で忌避されるべき行動を取った弟へ向けて飛び出したのだ。

 

「零児、お前は何をやっているんだ」

 

「あァ?」

 

ドスの利いた声が俺へと向けられる。

 

抜き身の刃のように鋭く光る双眸が、俺を斬り伏せんと睨みつける。

 

だが――俺はもう逃げないと決めたのだ。

 

頭の中の第六感的何かが、弟のことを危険だと警鐘を鳴らしている気がする。

 

その警鐘が気のせいではないと、ほんのりあたたかいはずの気候の中で、俺の身体から滝のように汗が流れだし、べっしょりと着ている作業服を濡らしていた。

 

だとしても、ここから引く訳にはいかない。

 

俺の後ろでは子供先生の泣き声と、女生徒の子供先生を追いかける声が聞こえる。

 

だが――それは俺にとっての問題となりえないのだ。

 

俺は息を吸い込み、心を強く支え、弟へと言葉を投げかけた。

 

「どうしてお前は子供にあんなことをしたんだ」

 

「関係ねェだろうがアンタには。てかさ、なんでアンタが俺に突っかかって来る訳? 俺とアンタは何の関わりもねェだろうが」

 

冷たく言い放った弟に、思わず俺の口調も荒くなる。

 

「お前は俺の弟だろうがっ!」

 

「俺に兄なんざいねェんだよ、メンドクセェ野郎だ」

 

「そんな訳ない。俺とお前は……浩市と浩次は双子の兄弟だ。俺はお前が浩次だと――」

 

「浩次なんて人間はこの世に居ないんだよ、おわかり?」

 

気付けば弟の後ろに居た女生徒も教会の裏手からいなくなっていた。

 

弟はそれを確認すると俺の眼前に一瞬で現れて、俺の襟元を掴んで持ち上げた。

 

俺の足は地面から離れ、ふらりと宙を揺れている。

 

「俺は天津神零児だ、それ以外の何者でもねェ」

 

「だとしても、俺は天津神零児の兄である天津神一人だ」

 

「で、それが俺に何か関係あるのか?」

 

零児は俺を石畳に投げ捨てて、足元に転がる俺を見下ろした。

 

口の中が切れたのだろう――鉄の味が広がっていた。

 

「良いことを教えてやる。俺は英雄で、俺はこの世界の主人公なんだよ――こそこそ隠れているガキ含めただのモブキャラ風情が、俺の世界で出しゃばってんじゃねェよ」

 

そう言い残すと弟は、風よりも早くその場から消え去った。

 

呆然とその姿を見送った俺は、全身から力が抜けるのを感じた。

 

――弟は、この世界を自分の自由にできる舞台か何かと勘違いしている。

 

明確にそう感じ取れ、俺はただ愕然と膝を折ることしか出来なかった。

 

例え転生した先の世界だとしても、この世界に生きる人間がおり、その誰もが感情を持っている。

 

二十数年間この世界で暮らしてきた俺が出した結論だ。

 

触れ合った人々は誰一人として前世と変わらない、普通の人間だった。

 

それを弟は自由にできる背景か何かと信じている――兄として、それ以前に人として、許容できる発言ではなかった。

 

――嗚呼、そう言えば昔どこかで誰かに言われた気がする。

 

弟はひどく強い力に酔っていると、自分がこの世界の中心に居る人間だと信じていると、常識では測りきれない力を使い際限なく溢れだす欲望に身を染めていると。

 

今の弟を少しでも人として正しい道に引き戻すことこそが、俺が弟と再び笑いあうために必要な事なのだろう。

 

だったらば――もっと弟と会う機会を増やそう。

 

今日のように拒絶されても、それでも弟と少しでも話そう。

 

そして少しずつ知ろう、弟のことを。

 

――それこそが兄として弟に、俺自身がアイツと向き合うということなのだろう。

 

そのためには弟が起こすであろう行動を知っておかねば。

 

しかし忠告を振り切ったのは悪いことをしたと思う。

 

さて、田中くんには何と言って謝るべきか。

 

そんな事を思いながら振り返った先には――引き攣った顔の田中くんと威圧的な視線の女性が並んで立っていた。

 

はて、これは一体どんな状況なのだろう?


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