転生者についての考察   作:すぷりんがるど

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考察その21~答えへの道程~

――小さなラーメン屋の屋台のカウンター。

 

日付が変わろうかという時間帯に客はただ一人――常連客だ。

 

ラーメン屋だというのにチャーシュやメンマなどのトッピング物ばかり頼む常連客は、日本酒の猪口を片手にほぅとアルコールに蒸れた熱い息を吐き出した。

 

「ネギくんとエヴァの一戦、予想以上の激戦となったがネギくんが勝ったようじゃ」

 

「はぁ、そりゃめでてぇ」

 

「本国は満足するじゃろうて――次世代の英雄のはなばなしいデビューじゃからのぅ」

 

くぃっと猪口を煽り、カウンターへ肘をついた常連客。

 

その顔は満足げと言うよりむしろ――不満の色が濃かった。

 

「されどここ五年ほどのエヴァを見ておると――胸が痛む。彼女は英雄の被害者じゃ。確かに麻帆良の地に彼女を呼び寄せたのはワシである。されどそれはあの者の言葉を信じたからで――信頼し過ぎたワシが馬鹿じゃったんじゃろうの」

 

「信頼し過ぎた、ですか」

 

「帰ってくると言っておった……光の中で生きようとすれば、彼女にかけた登校地獄の呪いを解いてやると。確かにエヴァは600万ドルの賞金首で、その生涯は人に褒められるべきことをしてきた訳ではない。されど最初の三年間で、彼女は無垢な生徒たちに触れ合い良い方向へと変わっておったのじゃ」

 

かん、と音を立てて猪口がカウンターへ置かれる。

 

俺はそんな常連客の様子を、器の濡れた部分を乾いた布で拭きながら聞いていた。

 

「時は経てどあの者は帰ってこんかった。彼女の手に入れた光へと続く道は泡沫のようにあっけなく消えた――呪いのせいで、エヴァは友となった誰からも忘れられたのじゃ」

 

「それは、それは」

 

「ワシは確かにこの学園が覆う結果と登校地獄をリンクさせた。しかし――いや、組織のためとはいえ、ワシよりいくら年上じゃろうて、生徒を利用したのは事実。これ以上言う資格がワシにはないわぃ」

 

器から器へ、俺は手を伸ばす。

 

常連客は何か思うところがあってか、しばらくの間黙りこみ――また徳利から猪口へと酒を注いだ。

 

「麻帆良に来て三年が経ち光の道は砂上の楼閣のように脆いことを知り、五年経ち約束の男の訃報を受け、十年経ち拒絶するように世界を彷徨っておった。じゃが今のエヴァは――」

 

猪口の中身を一気に煽ると、しわくちゃの顔を更に皺で染め上げ、常連客は嘆くように言葉を吐き出した。

 

「エヴァは変わったのじゃ。どこにでもおる生徒のように、友人との会話に花を咲かせるやさしき娘に……何故エヴァが友と呼ぶあの娘が登校地獄と結界が持つ認識阻害をかいくぐったかなど野暮な事は考えぬ。重要なのはあの娘はエヴァの救いで――エヴァがあの娘の救いとなっておることだけじゃぃ」

 

「良い事じゃねぇですか。助け助けられる間柄になれたってのは」

 

「左様、真もってその通りなのじゃ。ワシが知る昔の陰りのある闇の福音なぞ、悪の代名詞などおらぬ――麻帆良に居るのは友との関係に一喜一憂するただの娘。それはワシだけではなく、麻帆良におる多くの魔法先生たちが認めている純然たる事実じゃ。今の彼女に悪の要素はひとつもない――そう彼らは言ってくれておる」

 

「――お酌しましょう」

 

「……スマンのぅ」

 

器の処理を一通り終えて、俺は徳利を手に取り常連客の持つ猪口へと酒を注ぐ。

 

徳利をカウンターにまた置くと、今度は常連客がそれを持った――どうやら返杯してくれるようだ。

 

「ありがとうございます」

 

――どうせこの常連客が今日最後の客になるだろう。

 

そう思考を打ち切り、俺は引っ張り出してきた猪口で返杯を受けた。

 

「――ワシは彼女が不憫でならぬ。エヴァが望んでおったのは、ただあの娘――内田イタチというエヴァの友人と、旅行に行きたいという一心のみじゃった、もっと色々な場所で遊びたいという誰もが抱く希望だけじゃった。旅行代理店から毎日のようにパンフレットを貰ってくるエヴァの姿は魔法先生がたから報告を受けておる」

 

常連客の口調は段々と荒くなっていく。

 

「故にワシは悔しいのじゃ! 立場のせいで彼女の呪いを解いてやることもできぬ弱さが、老いたとはいえ女の悲しみをこの手で取り去ることのできぬ情けなさが……ワシはワシ自身に腹が立つ」

 

うな垂れるようにして顔を伏せる常連客はカウンターに腕を投げだした。

 

そしてゆっくりと老けた顔を持ち上げて――

 

「のぅ、店主。ワシはどうしたら良かったんじゃろうか」

 

俺にそんな問いを提示してきた。

 

しかし返す答えはいつも決まっている。

 

思わず頭の中に浮かんだ答えではなく、テンプレートとして用意していた答えを返すのだ。

 

「俺は魔法を知ってるだけのしがないラーメン屋ですから。そんな難しいことはわからないですよ」

 

「初代麻帆良最強頭脳が、良くそのような事を言ったもんじゃ」

 

「そんな大層な人間じゃないです。それに言われる通りの人間だったら、こんなところでラーメン屋なんてしてませんよ」

 

俺の返答に常連客は不満げな顔だ。

 

「ワシに答えはくれぬのかの?」

 

「お客さんに答えを渡すなんてとんでもねぇ。俺の器は聞いてる言葉にようよう相槌を打てるくらいの、そんなちっぽけなもんです」

 

またからになっていた猪口に酒を注ぐ。

 

透明ではない小さな井の中のそれは、安っぽい屋台の照明に照らされ揺れていた。

 

常連客はそれを一息で飲み干すと、ちらと横を向いた。

 

夜の帳が世界に広がり、涼しい風が吹き込んできていた。

 

「上の立場に就いたせいか――ワシはいつも山積みの問題とにらめっこしておる。エヴァのことも、ネギくんのことも、生徒たちのことも、先生がたのことも、そして零児くんのことも」

 

「確かお客さんが呼び寄せた先生のことですっけ?」

 

「うむ……零児くんを呼び寄せたのは戦争が終わっても表舞台から消えぬ戦場の英雄を煩わしく思った本国の指示あってこそじゃ。ここ、麻帆良に彼の戸籍があるということで、厄介払いを受けた訳じゃの」

 

ほぅ、と息を付いた常連客の眼は細められていた。

 

「時に少し話は変わるが――経験により人の性格や人間性は変わると思うかの?」

 

「俺なんかの考えはお客さんの参考にはならないですよ」

 

「一般論でも構わぬ……ただ店主がどう思うか聞かせてほしいのじゃ」

 

「でしたら――まぁ普通は変わるでしょうね。劇的に変わるか、僅かに変わるか、それは人それぞれだと思いますが、人は経験をして大きく成長するとも言いますし」

 

「――そう、人は変わるのじゃ。ワシもかつてと比べ変わった、エヴァもそうじゃ……店主もそうじゃろう」

 

心を覗き込んでくるような視線を苦笑でガードし、俺はペースをつかもうと口を開く。

 

「噂の子供先生もその意図があってこそでしたか。経験をして大きく育ってほしいと思うからこそ、普通ではありえない10歳児教師を麻帆良で認めさせた訳でしたっけ」

 

「その通り。普通は経験に伴い性格も人間性も変化するものじゃ――されどそれを一向に変えぬものがいたとしたら……その者は人と言えるのじゃろうか」

 

溜め息を落として、また常連客は続ける。

 

「戦争に参加し、多くの者を殺し、数え切れぬ仲間の死を経験し、されど彼は5歳まで育った孤児院の院長が話してくれた人となりとさして変わらぬ人格を形成して、先日麻帆良に現れた。無論、十年ほど前にワシが見たときともまるで変わっておらなんだよ」

 

「意志が強いんですよ、きっと」

 

「関係しておるじゃろうが、零児くんにとっては瑣末な問題じゃろうて。彼を見るに――まるでそうとしか生きられぬような、そんな印象をワシは受けるのじゃ」

 

零児くん――天津神零児。

 

こちらも巷で噂の先生。

 

腰まである純白の髪に朱の右目と蒼の左目を携えた超絶美形の女顔な男性教員。

 

ファンクラブがあるらしい、今ホットな先生の一人だ。

 

「――ところで彼に双子の兄がおったということを店主は知っておるじゃろう」

 

「ははっ、買いかぶり過ぎですよお客さん」

 

急に横から投げつけられた言葉。

 

相変わらずこの常連さんはいきなりな人だねぇ。

 

「そうかの?」

 

「まぁ真面目な掃除屋さんの話は聞いたことがありますけど、それをすぐに噂の美形先生と繋げれるほど大層な頭じゃありませんよ。二人とも見たことありますが、全然似てる風じゃありませんでしたしねぇ」

 

「ではそういうことにしておくかの」

 

「しておくもなにもそうなんですが……」

 

くつくつと喉を鳴らす常連客に心の中で汗をぬぐう。

 

――この人と話をするのは楽しいのだ。

 

「零児くんの兄、一人くんはつい最近魔法を知った」

 

「知られたらいけないものではありませんでしたっけ?」

 

「まぁそうなんじゃが――彼ならエエじゃろ。魔法をバラした犯人も現場を押さえて報告を受けておるしのぅ」

 

成程、踊らされている人がいるということか。

 

「のぅ店主、ワシは思うのじゃ。ワシの預かる麻帆良におるかぎり、出来るだけ多くの者たちに世間一般に真っ当な方法で、感情で、笑いあって欲しいと」

 

目尻の皺を濃く刻み、常連客はそう静かに告げる。

 

「件の零児くんの兄、一人くんには何か秘密がある様じゃ。そしてそれは彼に魔法をバラした犯人と、そして昔からワシがふぁんをしておる魔法少女と、共有できるものらしい」

 

垂れさがった瞼の下の瞳はあくまでもやさしげで、あくまでもやわらかで。

 

「彼らにこそ解決できぬ問題だとしたら、零児くんのことを解ってやれるのが彼らだけだとしたら――店主よ、ワシはどうしたら良いと思う?」

 

常連客は俺に質問を投げかけた。

 

故に俺は――

 

「どんな問題にせよ、お客さんがお客さんの立場で、大きな器と広い心で受け止めて、長く生きる者としてフォローをしてやればいいんじゃないですかねぇ」

 

俺が心で感じる答えを出すのだ。

 

――答えが出たとて問題が解決するかどうかはわからない。

 

問題を解決するための気力と体力が常連客に、そして――かつての少年にあるかどうかはわからない。

 

だが、そそり立つ巨大な問題に立ち向かう気概を見せて欲しい。

 

その問題はあまりにも高く、広く、重いものだ。

 

解決できない問題なのかもしれない。

 

そうだとしたら、そんなものがあるのだとしたら、そのとき俺は――夢を追うことが出来るのかもしれないのだから。

 

 


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