思わず顔がにやけてしまう。
きっと今の私は鏡を見て恥ずかしがって、映った自分の顔にもう一度にやけてしまう。
今の私はそんな気分。
「なんだ?」
隣で小首をちょっぴり傾げたエヴァの顔が私の眼で見れることが、私はとっても嬉しいんだ。
今日は待ちに待った学園祭の日。
入場門近くにある受付で学園祭特製カードを貰いながら――なんでもどれだけの人が来たのか集計するために配っているみたいだ――私は絶対に楽しくなるこれからを思ってまた笑ってしまう。
「ねぇねぇ、まずはどこにいく?」
一緒に貰ったカードケースを首からかけて、私は隣でパンフレットを持ったエヴァに尋ねた。
私より頭一つくらい小さなエヴァは麻帆良学園女子中等部の制服に身を包んでいる。
ウルスラに通ってるって言ってたのに――なぁんて不満は言わない。
エヴァが中学生でも、エヴァが十五年も中学生でも、私には何の関係もないから。
「まずは茶道部の野点だ。美味い茶を御馳走してやろう」
得意げな顔で、エヴァは小さな胸を張る。
整った顔が、大人っぽいけど幼い顔が、くしゃりと嬉しそうに変わる様子に私は胸があったかくなる。
それだけで――それだけって言ったらママとパパにちょびっと悪いけれど、私は包帯を外せて本当に良かったと思えるんだ。
「その後も予定がぎっしり詰まっているからな。麻帆良学園祭歴十五年の私が最高のひとときを貴様に過ごさせてくれるわ!」
口元をニヤリと曲げて、エヴァの小さな手が私の手に重ねられて。
私は楽しげな喧騒広がるお祭りの光景を私の両眼で見ながら、踏み込んでいく。
めいっぱい、思いっきりこの三日間は二人で楽しむんだ。
「結構なお手前で……で、良かったのかな?」
なんだかよくわからないけどたぶん高いんだろうなぁ、と思える器を赤い敷物の上において、私はエヴァにそう問いかけてみた。
これまでずっと背中を曲げて、小さくなって歩いていたせいか私の姿勢はお世辞にも綺麗とはいえないと思う。
正座も足がしびれるから苦手だし、むずむずとした違和感が折り曲げた太腿から私にもう止めてって話しかけてくるし。
私の正面で深い緑色を基調にした和服に着替えて、まるで写真か何かの中みたいな雰囲気のエヴァと比べれば大違いだ。
ぴんと背筋は伸びていて、動作のひとつひとつがとっても洗礼されているような気がするし。
私とエヴァ、二人だけのお茶会を周りからみている人からほぅって感心するみたいなため息が聞こえてきている。
それくらいに、お茶の作法なんて全然知らない私が見ても凄いと思えるくらいに、エヴァは本当に綺麗だった。
「気にするな。極端な話、美味いか美味くないか、楽しいか楽しくないか、それだけでいいんだよ」
そう言ってエヴァは顎で私の後ろの方を指す。
つられて視線を送ってみれば、手ぬぐいを頭に巻いて年季の入ったエプロンを身に付けたまま胡坐をかいてお茶を飲むおじさんが見えた。
お茶を淹れているのはエヴァの従者さんらしい茶々丸さん。
静かに動作を行っているその姿を見て、私はまたエヴァに向き直った。
「うん、だったら大丈夫だよ。エヴァの淹れてくれたお茶はとっても美味しかったもん」
「ふふんっ」
私の方に向けられるエヴァの顔は、言ってしまえばドヤ顔で、それでも姿勢とか雰囲気が崩れないのは本当に凄いと思ったんだ。
――エヴァは十五年もこの麻帆良学園で生活していたみたいだ。
ずーっと中学生のままで、ずーっとずーっと。
その間で昔から興味のあった日本の文化に触れて、今では趣味のひとつとして楽しんでいるらしい。
呪いを解いて京都に行く、というのはエヴァの夢なんだって。
「お前も――まぁ流石私の見立てた着物、中々に似合っているぞ」
「えへへへ」
得意げなエヴァの視線に恥ずかしくてつい頭をかいてしまう。
私の着物は黒を基調に、赤い浮雲があしらわれているデザイン。
まんま私が憧れたあの人の、あの人が所属していた組織の衣装に良く似ていて、私のこの世界で貰った名前と相まって何だか妙な気分だ。
エヴァに私が憧れた人のことは話したから、気を効かせてくれたのかな?
そうだったら――うん、うれしいや。
私は目の前の白い紙の上に置かれている桜の花びらみたいなお菓子を一口、それでもう一度お茶を一口。
甘くて、苦くて、エヴァと同じあったかい味が口いっぱいに広がっていった。
「あぁっ! エヴァちゃんも手伝いに来てくれたの?」
猫耳をつけて体操服を着た女の子が、エヴァにそうやって問いかけてきた。
エヴァにせがんで連れてきてもらったエヴァのクラス。
たぶんこれはお化け屋敷、猫耳ってことは猫又か何かなんだろう。
それにしても――どの可愛い子ばっかりだなぁ。
お化け屋敷の前には行列が出来ていて、その八割くらいが男の人ばっかりだもん。
「エヴァンジェリンさん、出来れば貴女もお手伝いを頼むのですよ」
猫耳体操服娘の言葉にぞくぞくとお化け屋敷の中から人が出てくる。
それに伴ってエヴァの隣に居る私にも、視線がどんどんと集まってくる。
例えるならば好奇の視線。
珍しいなぁって、どんな人なんだろうって、雄弁に語りかけてくるような視線が私に注がれてくる。
エヴァはあんまり仲良しさんがいないみたいで、私もそうなんだけれど、それで不思議がるみたいな視線が私に投げかけられている。
――まだ私は周りの人から見られるのが恐い。
嫌な、暗い、黒い感情を持ったまま見返してしまいそうで。
ママとパパとエヴァのお蔭で包帯を外して、またこの朱い万華鏡で外の世界と繋がれるようになったけれど。
だからすぐさまどんな場所にも行くことが出来るなんて事はまったくなくて、寧ろ見えるだけ見返してしまうんじゃないかって不安が強くなってしまっていたんだ。
そんな訳で思わず俯いてしまって――けれどそんな仕草を見せた私を気遣うようにエヴァの手が私の手をギュッと握ってくれて。
それだけで私の心はほこほこ。
たったそれだけで私のかちかちに固まった緊張をほぐして広げてくれる――エヴァの手はまるで麺棒だ。
だからありがとうって私は精一杯の感謝をこめて、私はエヴァの手を握り返すんだ。
「そこ、集まって何をしている? お客が待っているんだ、行事に戻れ」
ぱんぱんと手を叩く音に合わせて凛とした声が視線を一気に奪い去る。
声の先には黒いスーツを着こなした、カッコいい感じの女の人。
かつかつヒールを鳴らして私とエヴァの前に来ると、彼女は私とエヴァを交互に見つめる。
厳しそうな視線、けれど全然辛くないやさしい視線。
「マクダウェルも参加するつもり?」
「冗談言え。ちょっと寄ってみただけだ」
「だとは思っていたよ」
気さくな、気兼ねない関係を表すような言葉の掛け合い。
先生みたいだけれどエヴァと親しいみたいだ。
「マクダウェルの友人か?」
「えっ、あ、はい」
突然矛先を変えた女の人の言葉に、しどろもどろになりながら返答する。
やっぱりコミュ障なのかな、私ってば。
「そうか――仲良くしてやってくれ」
それだけ短く告げると、女の人はカツカツまたヒールを鳴らして去っていく。
なんて言うか――本当にカッコイイ感じだなぁ。
麻帆良学園祭二日目。
結局昨日はあのまま家に帰っちゃって、エヴァにはちょっと心配かけちゃったかな?
晩御飯は一人で家で。
デートに行ってたママとパパが帰ってきたら家に居た私を気遣ってくれて、二人にも悪いことしたかも。
だけど、昨日は昨日で今日は今日。
「……あ~イタチ、怒ってるのか?」
複雑そうな表情で見てきたって、私は膨らませた頬をしぼませてあげないんだ。
――エヴァの誘いを受けてやって来た龍宮神社。
選手控室って書かれた部屋の中で、私はチャチャゼロちゃんを抱えながらぷいとそっぽを向いていた。
理由は簡単、何でもエヴァは武道大会に出るみたいだから。
「ケケケ、御主人たじたじダナ」
「チャチャゼロ、貴様――」
茶化すようなチャチャゼロちゃんの言葉へと睨むような目付きを送り返すエヴァ。
その視線を一層膨らませた頬の風船で打ち消して、私は少しだけ声を低く言ってやる。
「エヴァはね、とっても強い吸血鬼なんだよね?」
「まぁそうだな、真祖の吸血鬼だからな」
「その力で戦うんだよね?」
「……そうだ、が――だがなっ、イタチ」
動かれる前にむむぅと詰め寄って、エヴァが言いかけていた想いを喉の奥に押し込んでやる。
エヴァには魔法を教えている弟子がいて、その弟子の実力を確認するために出るって言ってるみたいだけど、何だかんだ理由を付けても私はエヴァが誰かを傷つけるための力を使おうとしている。
そのことが、これまでそうだったのかもしれないけれど、私は嫌なんだ。
「強い力を持ってる人はみだりにその力を使っちゃいけないんだよ」
「いや、だがな、師匠としてだな――」
「言い訳は要らないよエヴァ。相撲とか格闘技みたいにそれでご飯を食べてる訳でもなくて、誰か大切な人を守るために仕方ないって訳でもなくて、使う機会があるから使うなんてダメだよ」
私は憧れから手に入れてしまった強い力に振り回されて、私はずっと後悔している。
もちろん、両眼の万華鏡写輪眼がなければママとパパと本当の意味で家族にはなれなかったのかもしれないし、エヴァにだって会えなかったのかもしれない。
けどだからって、誰かを傷つけるために使うなんて絶対に間違っているんだ。
口を魚みたいにパクパクさせながら私の眼を見たり逸らしたりするエヴァ。
そっちに向けていた顔を遠巻きから心配そうに見つめるエヴァの弟子さんとその周りの人たちに向けてみる。
何度か会ったことがある、赤毛の少年がネギくんで黒髪の少年が小太郎くんという名前らしい――ネギくん強き攻め小太郎くんへタレ受けかな?
――って、話が逸れちゃった。
とにかく彼らの方を向いて、私はキッとちょっとだけ強い視線を送るんだ。
私の想いがしっかり届くようにって、私は深く深呼吸する。
「君たちはどうして強くなろうとするの? 精神的にじゃなくて肉体的に、強くなっていいことがあるの? そんなことするよりも誰を笑わせてあげるための努力をした方が良いと思うよ」
ゆっくりと、けれど一息で言い切って、私は選手控室の扉から外に出た。
チャチャゼロちゃんを抱えて私はとことこ会場を後にする。
そんな中でも私の気持ちとは関係なく、格闘技大会は進んでいく。
「さて、次の試合は――っと! ここで何とエヴァンジェリン選手、突然の棄権だぁっ! これは何があったのでしょうか?」
「オホン。え~大会運営からの連絡ネ。これで桜咲選手を繰り上がり不戦勝ということにしようと思たガ、それではせかく見に来てくれたお客様がたに申し訳ないヨ――と、いうことで運営側からの特別選手に登場してもらうことにしたカラ皆さん楽しんでいて欲しいネ」
「フハハハッ! 刹那、今日こそこの田中ギルガメッシュが貴様にかぁつ!」
長くて多い石段の前に着いて、そこに一歩足を踏み出してきたところ。
そんな時に背中の方へと声が投げ込まれる。
だけど私は振り向いてあげない――私は怒っているんだ。
喧嘩して、だけどまた仲良くなれるのが友達だって、私はそう思ってる。
昔私が弱いせいでひどいめに合わせてしまったあの子とも、いつか仲直りできたらなって思ってる。
彼女は私のせいで精神を病んでしまったことを知らない。
魔法使いでも、転生者でもない、ただの一般人だから、こんな力を人間が自由に出来るなんて夢にも思ってないはずだから。
だけど私はいつか必ず強い心を手に入れて、私はあの子と友達になりたいと思うんだ。
「エヴァってさ、結婚願望とかあるの?」
「お前は何を言っているんだ」
私の隣でベンチに座って、また同じように学園祭を回り始めたエヴァみたいに。
訝るような表情で、エヴァはぺろりと手に持ったソフトクリームを舐める。
だから私はエヴァの視線を誘うように、私は目の前の光景をなんだかほんわかした気持ちになりながら眺めていた。
少し老けた感じの、四十代くらいの夫婦が仲睦ましそうに歩いている。
女の人のお腹はポッこりと大きくなっていて、私に命のささやきを感じさせてくれた。
二人の前には強面の、だけど優しそうな雰囲気漂う筋肉質の男の人がいて、おっかなびっくりしながら女の人のお腹を撫でていたんだ。
「ママとパパも仲良しだし、あんなあったかい姿を見てると羨ましいなって思うよ」
「……ふんっ、私は興味無い」
「女の子の憧れだと思うけどなぁ」
「男など下らん。所詮自分勝手なことしか考えておらんのだからな」
ぶすけた顔でソフトクリームにかぶり付いたエヴァを、私は膝に乗せたチャチャゼロちゃんを撫でながら見ていた。
何でもエヴァを麻帆良に縛り付けられることになった呪いは好きだった人に掛けられたものみたいで、解きに来るって言ってもう十二年も遅刻しているみたいで。
私はエヴァみたいな経験がないからわからないけれど――そんなに放っておかれたら嫌になるのは何となく理解できる気がする。
約束を破られてずっと放置されるのは誰だって嫌だもんね。
「オッ、ナギジャネーカ」
「なにぃっ!」
突然つぶやいたチャチャゼロちゃんの言葉にビックリと、立ち上がったエヴァのほっぺたには白いものがベっちょりと付いていた。
「ホレ、アソコニ黒髪ノガキト一緒ニイルゼ」
「なっ、なっ、なぁッ――」
驚きに全身を染めて、思わず伸ばすように手を差し出して。
「ネギくんと小太郎くん、何でおっきくなってるのかな?」
それで飛び出そうと一歩踏み出したところで、スーパーボールみたいに跳ね返って私に詰め寄ってきた。
「どういうことだっ!」
「……エヴァ、怖いよ」
「――スマン、気が動転してだな、なんというか……スマン」
思わずびくり震わせた私の肩に、エヴァはそっと手を添えて頭を下げる。
強烈な感情のこもった視線で、その視線をくれたのがエヴァだとわかっていても、震え始めてしまった私を慰めるように。
小さく息を吸って大きく吐き出す、大きく息を吸って小さく吐き出す。
心に流れる波が緩やかになりだして、私はこくりと唾を飲む。
「さっきの二人、ネギくんと小太郎くんだったよ。私の眼にはそう見えたから」
私の眼――万華鏡写輪眼は手に入れてこそわかることだけれど、とても強い力を持っている。
あの漫画の世界だったら最高峰といえる幻術を扱えて、あの漫画の世界のどんな体術でも、忍術でも、幻術でも、仕組みを簡単に理解してしまえる。
そんな眼は強力であればどんな幻術を看破出来るみたいで、だからこそエヴァが十五年も中学生をしているというのを不思議がらせないための幻術も私には聞かなかった訳で。
もう人混みに消えてしまったけれどあの二人がネギくんと小太郎くんだということがわかった訳で。
――でも今、私に取ってそんな些細な事よりも気になることがある訳で。
「エヴァって、まだエヴァに呪いをかけた人のことが好きなんだね」
「………………」
私の問いかけに、エヴァは答えてくれない。
十五年の片想い――どんな気持ちなんだろうか?
今世では恋をしたことがまだなくて、前世では周りのみんなが好きな子に遠くから憧れることくらいしかなくて、そんな子が移り変わっていったくらいで。
私には、エヴァの気持ちが良く解らないんだ。
だから私は――
「でも駄目だよ、エヴァは私のお婿さんなんだからっ」
「――ぎにゃっ!」
肩に手を当ててくれたまま、私の正面に居るエヴァに出来るだけ色っぽく振舞ってしなだれかかる。
それでふぅっと首筋辺りに息を吹きかけてみると――カチンと石みたいに腕の中のエヴァは固まったんだ。
すりすりすり、良い匂いのするエヴァの髪に私は鼻を押し付ける。
だんだんと、だんだんと、エヴァの腕が私の背中の方に回されるのを感じながら。
「ケケケケケ、御主人ガれずダトハ知ラナカッタゼ」
私とエヴァの身体に挟まれちゃってるチャチャゼロちゃんからそんな声が聞こえた。
途端私の腕を振り払って、チャチャゼロちゃんの肩に手を置きガタガタとエヴァは揺らし始めた。
顔はまるでトマトみたいに真っ赤っかで――沈んでいたエヴァの気持ちを誤魔化すことが出来たのかなって、ちょっぴり私は苦い顔をしていたんだ。
力になれずに、力になってもらったばかりの私がやっぱり情けなくて。
――麻帆良学園祭三日目。
その日、麻帆良学園祭は一大イベントに染まっていた。
イベントの名前は火星ロボ軍団VS学園防衛魔法騎士団。
なんでも火星から来た火星人がロボを率いて地球を侵略してくるらしく、魔法騎士団になってそれを退治するってイベントらしい。
エヴァと同じクラスの雪広さんって人がスポンサーになってるみたいで――雪広コンツェルンは世界に名だたる大企業だ――大々的に開始されている。
内容は本当にタイトルのまま変な光が出る杖とか鉄砲とかを使ってロボ軍団を倒していくというもの。
ロボ軍団は傷を負わせない脱げビーム――服を剥ぎ取るビームみたいだ――を使って拠点に向けて進攻して来てくるから、それを止めるってのがイベントの大まかな流れ。
その中でシューティングゲームみたいに点数を競ったりもするみたい。
だけどロボ軍団はとっても多くて強いらしくて。
そこでお助けキャラとして先生とかネギくんたちが登場、大活躍してるみたいなんだけど――エヴァが言うに魔法使いさんたちなんだってね。
エヴァからは魔法は秘匿するものだって聞いてたんだけど――良いのかなぁ?
私自身はイベントには参加していない。
動きまわったりするのは苦手だし、脱がされるのは恥ずかしいから。
エヴァと一緒に変わらず屋台とか、展示を続けている静かなところとかを回ってたりしてたんだ。
――日は段々と沈み始めてくる。
昼はとっくに過ぎて、少しずつ暗くなり始めてきた頃にそれは起きた。
その時私はトイレにいっていて、用を済ませて外に出てきたとき、待ってくれているはずのエヴァとチャチャゼロちゃんはそこにはいなかった。
そこは確かに麻帆良学園で、私が入っていたトイレは確かにさっき私が入ったトイレで、目の前に広がる光景は間違いなく麻帆良学園のものだった。
――だけどそこはおかしかった。
ぐるりと辺りを見渡しても人一人いなくて、まるで世界から隔離された場所みたいな感じだった。
不思議に思って、それ以上の不安に駆られて、私は胸元をを握りしめた。
そこにある図の学園祭特性カードはなく、くしゃりとエヴァと一緒に選んだ上着にしわが広がった。
私は両眼に力を込めて辺りをもう一度見渡す。
幻術の世界なんじゃないかと、それだったらこの朱い眼なら看破出来るって信じて。
――そこで私は妙な感覚を受けた。
もう辺りは暗くなり始めていたはずだった。
だけど私のいるこの場所は、まるで昼間みたいに明るかった。
違和感が私に囁きかける。
けどその違和感以上に、私は誰かに会いたかった。
違和感を確かめる前に、世界に一人だけかもしれないという現状から逃げ出したかった。
人に見られるのはまだまだ怖かったりするけど、そんな怖さが私は欲しかった。
「ママ……パパ……エヴァ」
大事な人の名前を呼んで、私は歩きだす。
大事な人ともうお別れなんて、私にはあまりにも嫌過ぎたから。
てかてか、てかてか、いつもより半分以上も早いペースで私は歩いていく。
ぐるぐる、ぐるぐる、誰かいないかと周りを注意して見回りながら。
――それは突然に視界に移り込んだ。
気付けば私は両眼を押さえてしゃがみこんでいた。
やけどしたみたいに私の朱い眼が熱くなって、まるで瞼の奥の万華鏡がすごいスピードで回転しているみたいな、そんな感覚に襲われた。
眼を開くのが私は億劫で、だから私は開くことをせずその場にへたり込んでいた。
すると今度は耳に、熱さが舞い込んできた。
熱さって言うよりも痛さ――きぃぃんって高い音の後に、どーんと何かが壊れるような音がやってきて――。
どれくらい経ってからか、ようやく熱さも引いて開くことが出来た私の両眼には―――何故か壊れ砕けた麻帆良の街並みが飛び込んできて。
その壊れた麻帆良の上で、暗い黒い眼をした白髪の男の人が私に世界を印象付けた。
ここはきっと、彼のために用意された彼が支配する彼だけの世界なんだと。