転生者についての考察   作:すぷりんがるど

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プロローグ、人物紹介、エピローグを除いて30話で完結させる予定でした。
ですがどう頑張ってもその未来が見えないことに気付きました。
ということで五千文字以上一万文字未満程度の文字数で、分割して投稿していきます。
なお、今回より三人称で執筆しております。


考察その29~世界という名の箱庭~

 世界は無数の事柄が繋がり合うことで構成されている。

 過去、現在、未来――それらは事柄の繋がり合いで、一本の筋ではなく十本百本と大凡認識できるような数ではなく、無量大数という人間の表現できる数の限界を越えて、途切れることなく連綿と続くことでようやく出来上がるのだ。つまり世界とは人間が自分で考察できる容量の遥か上を行く存在で、だからこそその中のちっぽけな脈動するタンパク質の塊として人間は世界に存在できる。

 しかし、それを完全に認めて受け入れる人間はごく僅かだ。明確な意志を持ち、欲望を持ち、世界の事柄をひとつひとつ長い時間をかけて解き明かしてきた人間という生物にはそれを受け入れきることが難しい。まるで世界は自分たちが今存在するためにあると、どこかで驕り高ぶった思想を持っている人間には。

 

 ――その男は、どうしようもないまでに人間だった。

 世界は自分を中心に回っているという考えを自分自身に納得させるような事象を経験した男は、それ故にどうしようもないまでに人間だったのだ。

 

「ん~と……ごめんな、せんせ。うち、せんせのことは好きやけど、その好きとは違うんや」

 

 申し訳なさそうな表情は下へと動いて隠れ、艶やかな黒髪を生やした形の良い後頭部が男の眼に映った。

 告白した少女に振られた――何のことはない、きっと誰だって経験するような当たり前の事柄が男に訪れただけの、ただそれだけの話だ。上手くいくはずだと、きっと満面の笑みで迎え入れてくれると、そう信じて伝えた言葉は切って落とされた。

 

「……ハハッ、気にすんなや木乃香。そのかわりすげー良い男と付き合わなきゃいけねーぞ。なんたってこの俺を振ったんだからな」

 

 強がるように漏れ出した言葉は教員免許を持っているわけではないが、男が教師という立場で、少女が生徒という立場で、そんな彼女の前で泣きわめくなどというみっともない姿を見せたくないという男のプライドからだった。

 世界を否定する言葉に思わず呆けそうになった表情を引き攣った笑顔で取り繕い、男は目の前の少女の頭に手を置いた。絹のような手触りが男の皮膚を刺激する。ふわふわと浮き上がる疑問符と、どろどろと煮えたぎるように這い出て来る感情が男の脳裏で混じり合う。少女の頭を撫でる男の手はぎこちなく、油の切れたぜんまい人形のように動いている。

 不意に、このまま手のひらに力を込めてこの頭がい骨を握りつぶしてやろうかという想いが芽生える。あるいは幻想の力を使って思考を操作してやろうかと、あるいは暴力的に己の証を刻みこんでやろうかと。世界にほころびを入れた少女への想いは告白した時と比べて随分と濁り始めていた。――思い返せば少女に告白した時から、もしかしたらそれよりずっと前から、男の想いは濁っていたのかもしれない。男が少女に抱く想いはまっさらな中学生の甘酸っぱい恋慕とは程遠く、ショーケースの中の人形を愛でるそれに似ていたのかもしれない。例えそれが偽りだったとしても、確信を粉々に打ち砕かれたからこそ男は呆然自失だった。

 

「うん、ありがとなせんせ。ほなうちは手伝いに戻るわぁ」

 

 ひらひらと手を振りながら駆けていく少女の後ろ姿が人混みに消えたとき、男はもう歪む自分の顔を制御することが出来なかった。傍で事の顛末を見守っていた人々から小さな悲鳴が上がる。美女と見間違えるほどに整った男の容貌は、いつもの秀麗さをすべて捨て去り、ただえぐみで満ちていた。

 振られるはずがないと男は信じ切っていた。地球が自転をするように、当たり前の出来事として自分と少女は男女の仲になるものだと考えていた。故に学園祭の時期に合わせて発光し、ほぼ十割の確率で男女の告白を成功させる世界樹の魔力から自分と少女を守るように障壁を張って告白したのだが――その展望は無残にも砕け散った。頷くはずの箱庭の中の人形は、男の意思に逆らったのだ。

 

 

 

 ふらふらと男は夢遊病者のように足を進める。気づけば学園祭の喧騒で溢れていたはずの町並みには、人っ子一人見えない。西洋情緒を感じさせる麻帆良は不気味なほどに静かだった。しかし男はそれを気にするでもなく、ぼやけた風景を後ろに流していた。

 

「え~と……どこさここ? いや麻帆良だけど、麻帆良だけども、ほんと何が起きてんの?」

 

 と、そこに石畳を鳴らす男の靴音以外の音が飛び込んできた。どこかで聞いた覚えのある、まだ甲高さを残す少年の声だ。

 

「――ッ!」

 

 声の主は男が歩く通りの端に立つ建物の影から出てきた。きょろきょろ周囲を警戒するように忙しく首を運動させた少年は――制服から見るに麻帆良男子中等部の生徒だろう――男の姿を確認すると同時に猫のように後ろに飛び退いた。金色の髪はワックスかなにかで逆立てられており、彫りの深い端正な顔にのった紅い双眸はじっと睨むように男の方に向けられている。怯えと、それを塗りつぶすような敵意で覆われた視線を受けて、男はふと立ち止まった。

 

「天津神……零児」

 

 少年――田中ギルガメッシュは警戒するように身をかがめて男の名前を呼んだ。

 

「テメェはあの時の」

 

 対して男――天津神零児は視界の焦点をギルに合わせながら気だるそうにつぶやいた。先日受け持ちのクラスメイトに呼び出された場所に出て来た邪魔な人間――自分と同じ転生者であろう少年。

 

「……なぁ、何でテメェはここにいるんだ?」

 

 口は自然に開かれ、言葉が吐き出されていた。

 

「なんでってそんなもん俺だって――」

「おかしいよな。ちっちぇえもんだとはいえ何でテメェみたいなのが、アイツみたいなのが、ここにいるんだ?」

 

 ギルの返答を聞くこともせず、想いはどんどんと音になっていく。

 

「俺は力を手に入れたんだ。俺が好きに出来る、俺の世界を手に入れたんだ」

 

 音はだんだんと張りを帯びてくる。焦点はぎりりと軋むようにギルに合わされ、気づけば拳が痛いほどに握りしめられていた。

 

「お前……一体何を……」

「なのに何で俺の世界は周らねぇ? 麻帆良に来るまでは周ってたんだ。俺の世界が俺の世界として、ナギもラカンも詠春もガトウもタカミチもみんなみんな俺を信用して、信頼して――俺は英雄なはずなんだよ」

 

 今自分は変に笑顔を作っている――そう零児は感じた。目の前の、世界の異物が羽虫のような気を練り始めたことからも、零児はそれを認識できた。何故ならかつて零児が戦場に立っていた時、対する敵は必ず似たような表情をしていたのだから。金色の羽虫は緊張に強張った全身で歯を必死に噛みしめていた。逃げないという一大決心を胸に、恐怖による緊張を押しつぶそうと。

 ――零児にはその姿が酷く煩かった。

 

「ああ、そうか、麻帆良が悪いんだ」

 

 ふと思いつき呟いた言葉に、異常なほど零児は納得できた。零児の頭の中にぽっかりと空いた疑問という穴に、その答えは隙間なくはまりこんだ。そしてその考察は思考の放棄により重く蓋をされて――

 

「原作キャラは惜しいけどよ、めんどくせーことに労力使うのはめんどくせーもんな」

「おっ、おまっ、お前は何をっ!」

 

 石畳を蹴って、拳を握った異物は一直線に零児へと向かって来た。恐らく競技会に出れば二着を遥か後方に置き去りにしてゴールできるような、そんな速さ。だが零児にとって、異物は鈍亀よりも遅かった。

 振り抜かれた拳に合わせて自分の拳を置く。それだけで異物は頬から血を流し、地面に打ち伏せられた。一寸の虫にも五分の魂。だがその魂を気にする人間は極少数だ。多くが煩わしいと周りを飛び回る虫を叩いて潰す。零児もそんな大多数の一人だった。

 

「テオドラprprは出来たんだ。だったらここらで原作ブレイクも悪かねェよなァ」

 

 ――面倒だった。先ほど言葉に出した通り、もう何もかもが面倒だった。

 零児の発言に反応し、足首へと掴みかかってきたギルの手のひらを靴で踏みつけた。靴底と靴下を通じて足の裏に伝わってくる肉の感触になど些細な感慨も抱かず、零児は腹から己に秘める力を爆発させる。気と魔力、純粋な力の結晶は巨大なうねりとなって麻帆良の街並みに牙を突き立てた。

 

 

 

 

 

「遅いな」

 

 不安げな顔を作って金髪の少女――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは一人ごちた。

 彼女は現在開催されている麻帆良学園祭に友人とともに遊びに来ていた。とある理由で十五年という長期の間中学生として麻帆良で過ごしているエヴァではあるが、今回のように親しい誰かとこのイベントに参加するのは実は十年ぶりだったりする。それは彼女が強い力を持った存在としてこの地に封印されていたためで、彼女が多くの人間から忘れ去られるような虚ろに囚われた存在だからだ。――まぁ封印と仰々しくいっても何らかの媒体の中に閉じ込められている訳ではなく、力の大部分を削がれただけで、彼女自身はごく普通に麻帆良での生活を行っているのだが。

 

「見テクリャイイジャネーカ」

 

 彼女の座ったベンチの隣に鎮座していた人形がカタコトに口を開いた。二等身の身体を持つ人形は頭と同じくらいあるシルクハットのつばに触れながら、からかうような口調を示している。

 

「……貴様の言う通りか。チャチャゼロ、行くぞ」

 

 エヴァは自分がチャチャゼロと呼んだ人形の言葉を受けると、ベンチから腰を浮かせて行列の出来たトイレへと向かって歩き始めた。

 歩く速度はいつもより早かった。後ろからハエーゾとチャチャゼロから声がかけられるが、エヴァはその言葉に気を利かせるでもなく、小走りのような形となって進んでいく。並ぶ行列を追い越して、背中に注がれる怪訝な視線を気にも留めずエヴァは女子トイレの前まで来ていた。

 

「イタチ」

 

 口から思わず零れた友人の名前は震えるような響きを含んでいた。胸の中に疑いが生まれる――彼女の身に何か良くないことが起きたのではないだろうかと。それが杞憂であってくれと心の内で願いながら、エヴァはスッと目を閉じた。

 エヴァが友人を心配するにはとある理由があった。エヴァの友人――内田イタチはとある事情により長く心を閉ざしていた。それは自分自身に対する後悔と嫌悪を根源にする暗い感情がイタチの心を蝕む蛆のように広がっていったためで、ようやく眼を開いて笑顔で外に出られるようになった彼女にもその傷は生々しく残っている。エヴァが初めて出会ったときのイタチは周囲を拒絶し喚く、自分に怯える子供だった。両親の献身的な介護により、彼女は外の世界への一歩を最近ようやく踏み出し、それは自分のおかげでもあると言って笑うイタチの顔を見たとき、思わず涙してしまったことはエヴァの記憶に新しい。

 

「お嬢ちゃん、割り込みはいけないよ」

 

 だからこそ、そんな彼女が心配だった。行列の前の方から女性の声がかけられる。だがその言葉はもはやエヴァの耳に入っていなかった。トイレに近づくにつれて胸の奥にわき上がった疑いが、入口の前に立った時点で確信へと塗り替えられ始めていた。ざわざわと肋骨の辺りに纏わり付く痒さが気に食わない。エヴァの閉じた瞼に女性の声を起爆剤として力がこもる。

 

「みんな待ってるんだからね。本当に大丈夫じゃなかったらおばちゃんが頼んだげるから、ちゃんと後ろに並ぶんだよ。私も昔は……」

 

 カラカラと笑いながら掛けられる女性の声をシャットアウトしていく。知覚の照準を女子トイレに合わせて、エヴァは集中していった。

 世界には魔法がある――そう言ってどれだけの人間が鼻で笑うかは分からないが、世界に魔法はある。多くの人々が知らない世界の裏側で、想像の中の産物でしかなかった魔法は確かな文化体系を確立させているのだ。魔法があるということは同時に魔法を行使する者がいるということを明言している。エヴァはその魔法を行使する者――魔法使いの一人だ。

 

「ケケケ」

 

 かたかた、隣に立って嗤い顔を作るチャチャゼロはエヴァが遥か昔に作り上げた魔法の産物。無機物に疑似的な人格を与えることが出来るほどの稀有な力量を彼女は有している。封印されているためそんな力の大部分は普段使えないはずなのではあるが、今日は麻帆良学園祭。魔法使いたちによって造られた麻帆良という土地を守るために学園都市全体を覆っている結界は世界樹の発光に伴い弱まり、全盛期とは言えないが――エヴァを縛る封印は世界樹の魔力を利用して張られた結界の力で効力を水増ししているが、エヴァ自身に掛けられた本来の封印もあるため――ある程度の力を今の彼女は取り戻していた。

 そんなエヴァは今、大気に舞う魔力の糸を手繰り寄せていた。その糸は行列を作る女性たちから、女子トイレの中から、そして男子トイレに並ぶ男性たちから、それだけに留まらず麻帆良にいる多くの生物から延びていた。

 人間に限らず生物は、生まれつき魔力という神秘の力を内に秘めている。ただ多くがその力に気付くことがないだけで、その魔力を使って物理法則に反した現象を巻き起こすのが魔法使いという存在だ。魔法使いは、何も魔法使いの家系に生まれなければなれないという限定的なものではない。もちろん、長期にわたり多くの人々に気付かれず暮らしてきた彼らに教えを請う以外の方法で、魔法使いになることは非常に困難であることは確かだ。先人の教えを聞いて知って実行して、その技術を扱えるようになるのはどんな分野でも同じだろう。魔法使いの家系に生まれたほうが、魔法に触れる間口が広いことは間違いない――しかしそれは裏を返して言えば、魔法に触れさえして教えを請えば誰でも魔法を使えるということでもあるのだ。

 

 注意深く、何度も何度も糸を探ってみる。忘れたことのない、忘れるはずのない大切な友人の魔力をエヴァは探す。集中していたからか、つり上がっていた眉はだんだんと下がっていく。閉じていた瞼は押し上げられ、その中の瞳は戸惑いで濡れていた。

 

「イタチッ!」

 

 気づけば友人の名前を叫んで、エヴァは女子トイレの中に飛び込んでいた。そして並ぶ個室の中で唯一魔力を感じさせない個室を目視すると、彼女は躊躇いなくそこに自分の拳を叩きこんだ。幼い手による一撃は木製の扉を当然のように小さな破片へと姿を変換した。

 エヴァは一握りの力を持つ大魔法使いであると同時に夜の種族――吸血鬼でもあった。人外の膂力によって開かれた扉の向こう側に、エヴァの求めた友人の姿はなかった。代わりにあるのは蓋の開かれた便器と、タイルの床に落ちた学園祭特性カード。震える手でそのケースに入ったカードを持ち上げた彼女は次の瞬間、喉の奥から感情を爆発させた。

 

「あんのっクソジジィがぁッ!」

 

 

 

 

 

 エヴァがイタチの身を案じて女子トイレから飛び出した頃、イタチ本人は身を強張らせて目をきつく閉じていた。それは僅か前に急に爆砕した麻帆良の街並みがイタチに襲いかかろうと迫って来ていたからだった。

 性能の高すぎる眼――万華鏡写輪眼を持った彼女は飛び散ってくる欠片のひとつひとつを認識しながらも、非日常の光景に脳は身体を動かすための指令を出せずにいた。ぞっと、芯から思考を冷やすような感覚が彼女の全身を凍らせる。そして訪れるであろう痛みという名の未来を両親と友人の姿を思い浮かべながら待っていた。

 

「君、怪我はないか?」

 

 しかしいつまで経ってもその未来はイタチの身に降りかかることはなく、代わりに気遣うような声が彼女を包み込んだ。

 

「はひ……」

 

 周っているのかが定かではない舌で、イタチはその声に返事した。彼女はゆっくりと瞳を外界に晒していく。映り込んだのは自分の父親よりもふたまわり以上は大きな男の背中だった。大型量販店にでもありそうなジャケットは切れ込みを入れたかのように裂けており、その下にある白いシャツは盛り上がる筋肉により変に張っていた。

 

「そうか、それならよかった」

 

 固まっていた思考がだんだんと溶けていく。周囲には大小さまざまな砕け散った麻帆良の街並みが散乱していた。だがイタチの身には傷一つない。なぜだろうか――そう頭に浮かんだ疑問はすぐに氷解した。振り向いた男の正面にはボロ衣が垂れ下がっていた。

 

「そっ……それ、その……」

 

 自分でもびっくりするような大きな声は、だんだんと尻つぼみになりながら消えていく。強面だがやさしさに彩られた男の顔に合わされていた視界の中心はすぐに下がり、はち切れそうなくらいに膨らんだ胸元辺りをぐるぐるまわっている。

 

「え~と……服かな? あぁ、これは気にしないで良いぞ。こんな風になるのはしょっちゅうだからな」

 

 エフエフと変わった笑い声。だが精一杯きっと戸惑っているだろう自分の表情を和ませようとしてくれているのがイタチには感じ取れた。だからぱんぱんと軽く太ももにまとわりついた埃を払って頭を下げる。どうして血が流れていないんだろう――そんな疑問が新しく芽を出すが、それは摘み取ってやる。今はただ目の前の男への感謝の気持ちだけを込めて、イタチはその意を差し出した。

 

「えと――うん、ありがとうございます」

「はぇっ? いや、その……うん、気にするな」

 

 男からの返答は戸惑いに満ちていた。そのことをまた不思議に思いながら――だがそれ以上にイタチはとにかく言葉を外に出したかった。喉の奥に引っ掛かった小骨のような違和感が彼女に残る。その正体もハッキリとわかっている。それでもイタチは目の前の男に違和感を問い詰めて険悪な空気を作るよりも、身の無い話で構わないからほがらかな空気で雑談がしたかった。

 この異様な――ほとんど人のいる気配のない街並みが砕け散るという――光景が囁きかけてくることから逃げ出したかったのだ。

 

「あの、私、内田イタチといいます」

「あぁ、これはご丁寧に。範馬と言います」

 

 頭を上げて、もう一度頭を下げる。

 

「それで、その、これからどうされるんですか?」

 

 急な質問だな、と口に出して少し後悔した。範馬と名乗った男はそんなイタチの不安を考えた様子もなく、

 

「爆発の中心の方に行こうかと」

 

 そう静かな印象を抱かせる声で言うと、最初に爆発の起きた方へと向き直った。ドーム状のように積み上げられた瓦礫の上、最初の爆発の後すぐに眼にした白髪の男は空を見つめていた。その視線の延長線上には二つの人影。

 

「あっちの方に知り合いが何人かいるみたいなもので、とりあえず合流するつもりですね。あぁもちろん内田さんを安全なところに――」

「私も行きます」

 

 範馬の言葉をイタチの意思が遮った。

 

「あっ、いやっ、そのっ、すいません……」

「いやいや、謝られなくても」

 

 そして直ぐにわたわたとかぶりを振った。反射で出た発言に、言ってから後悔しているのだ。どうしてあんな言い方を――そう自己嫌悪に陥りだしたイタチだったが、

 

「――危ないかもしれませんよ?」

「……あの、はい……それでも、私も行かせてください」

 

 自分の言葉を撤回することはなかった。それはまたひとっこひとりいないこの空間でただ一人になるという状況に耐えられそうになかったためで、瓦礫の上に君臨する黒く暗い朱と蒼の瞳の男がかつてエヴァにプロポーズしたと勘違いしていた男だったからで。

 

 彼ならきっと何か知っているはず――そんな予感がイタチの中に芽生え始めていた。ここはきっと、彼のための世界なのだから。

 


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