この世界に生まれた俺が成すべきことは感謝と孝行、これに尽きる。
訳のわからない光によって俺はこの世界に生を受けた。
その時に俺は望んだ、地上最強の生物としての肉体を。
そして俺は、この人生で、ただ感謝している。
母へ感謝、母へ感謝、ただただ母へ感謝。
俺が生まれた時、俺は既に地上最強の生物として完成していた。
母は俺を育てるために乳を与えてくれた。
俺の手が母の乳房に触れて、母の乳房から皮が軽く剥げた。
地上最強の生物である俺にとって、女の身である母の肉体は豆腐のように脆かった。
母は夜泣きもしない俺に対して、前世の母以上の愛情を注いでくれた。
不気味がる事もなく、私を困らせないって優しい子だと笑いながら、俺に触れるだけで傷を増すその指で、それでも俺の頭を撫でてくれた。
――望んだのは地上最強の生物としての肉体。
この地上の何よりも、強き身体。
だが彼のオーガとて、生まれた時から地上最強であった訳ではない。
他の赤子から比べると群を抜いた、母に授乳を強要する強き赤子であったとて、赤子の身は赤子の肉で出来ているはずなのだ。
RPG風に例えるならば、ちから、みのまもり、たいりょく、すばやさ、その数値は年相応であったに違いなく。
だが俺はそのステータスの全てがカンストした状態で生まれおちてしまった。
徐々に向上する肉体のレベルに、それを行使する感覚が付いていく暇もなく、俺は至上のそれを手に入れた。
故にこそ、俺は物の怪と蔑まれるべき存在だ。
炉端に捨て去ったとて、何の問題もないはずだ。
――だが母は棄てなかった。
父に棄てられ、母の両親に棄てられ、その肉親すべてから勘当されても、俺を棄てなかった。
お腹を痛めて産んだ、大切な愛しき息子だからと、俺を背に抱えて一人この麻帆良の地にやってきた。
故に、俺は母に感謝の念しか浮かばない。
故に、俺はここで泣きながら怯えられても構わぬと、生後ひと月で二足で立ち、言葉を発した。
――もう母に迷惑はかけられない、と。
たどたどしい言葉で、だがはっきりとした言葉で、告げた瞬間俺の頬を母がはたいた。
はたいたせいで痛めた腕を押さえつつ、母は泣きながら俺に告げる。
――子供のくせに気をつかってんじゃない、と。
俺は泣いた。
泣いて、泣いて、泣き声が暮らすアパートを揺らしても、泣いて泣いて泣き続けた。
その日から、俺はただ感謝と孝行を胸に、生きている。
この肉体を制御しようと、砂をつまみ、草をつまみ、卵をつまみ、壊し続けた。
それでも俺は制御せねばならない。
俺の身体が太く厚く重く大きく育つにつれ、母の身体は細く薄く軽く小さくなっていく。
俺は母を護らねばならぬ。
そして抱きしめてやりたい。
貴女のお蔭で大きくなれたと、力一杯にやさしく、母の与えてくれた慈しみを大きく育てて母に渡したい。
中卒で働くと言った俺に、毎日毎日働く母は怒った。
大学まできちんと卒業させてやると、片親だからと遠慮する必要はないと、他の多くの同年代のように遊ばせてやると。
故に俺はひたすらに勉強し、友を作り、母に沢山のことを話した。
疲れた母の顔を家に帰れば俺の力で少しでも癒してやろうと。
勉強し、友を作り、合間にバイトに励み、大学を卒業した俺は教師になった。
母に誇れる仕事に就こうと、貴女の教えで育った俺は貴女の教えを多くの子供に伝えたいと。
――近年の母は笑顔が増えた。
まだ40程度、良い人でも出来たのならば喜ばしい事だ。
俺はただ母の幸せのために、そして俺自身の幸せのために、そして教師として次代を担う子供たちのために、感謝と孝行を忘れず生きていきたいと思う。
俺もまた良い人でも探そうか。
だとしても――
「先生、先生は絶対強いアル! だから私と勝負するアルよ!」
教え子ではなく、社会人で誰か良い人はいないものか。