『無音』   作:閏 冬月

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第13小節 今の音と過去の音が出会う時

私は一体誰なのだろう。

昨日のことは全て知っている。霊夢さんや魔理沙さんに対してタメ語と呼ばれる言葉で接していたこと。

桜花が私を殺そうとしたこと。

そして、空音 いろはさんが私の身体を司っていたこと。

意味が分からないかもしれない。だが、真実なのだ。

空音 いろはさんは霊夢さんと魔理沙さんの親友だったらしい。加えて、桜花の性質も一目で見抜いていた。昔の二人は酷かったらしいので、流石と言うべきなのだろうか。

 

「私は一体誰なんだろうね」

 

ここに住んでいるのは、私一人だけだ。

今日は一歩も家から出ない予定。時々、お母さんやお父さんに会おうかなって思うけれど、私は陽友家から家出した身、そうひょいひょいと会ってはいけない。そう、魔理沙さんから言われた。

魔理沙さんも家出したことがあるらしく、というか絶賛家出中らしく、そういう意味では先輩だ。

 

 

 

「さてさて、現実逃避はそろそろやめにしようかな?」

 

私はゆっくり、ゆっくりと目を閉じた。

私の中にいるもう一人を起こすように、話しかけるように。

 

 

 

 

 

 

 

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「どうも、実際に会って話すのは初めてだね」

「そうですね」

 

話しかけてきたのは、私の分身と思うほどに顔や体の作りが一緒なもう一人だった。

似ていないと言えるのは、身長や年齢だろう。

あと、体型も……。

私がいろはさんの体型を見て、落ち込んでいると、いろはさんはこう声をかけてきた。

 

「あー、もしかして思った以上に私の胸なかった?」

「いや……その逆です……」

「大丈夫大丈夫!私と同じだと思うからきっと後から膨らんでくるよ!」

「本当に?」

「本当に」

 

目を逸らしながら言ういろはさん。

信用が無い。

 

「やっぱり確証ないんだ…」

「いやだから泣きそうにならないで!」

「うぅ……」

 

現実とは非情なものなり。

いやここは夢というか私といろはさんの精神の中だから現実とは言えないけれど。

 

「ちょっと質問なんだけども、君、彩葉が生きてる時って、あの頃からどのくらい経ってるの?」

「あの頃……というのは?」

「ああ、ごめんね。私の記憶をそっちに送れるかな?」

 

そう言って、いろはさんはムムムと唸り始めた。

数秒すると、いろはさんの記憶と思われる風景が頭の中に流れ込んできた。

そこに見えるのは、泣いた顔の霊夢さん。今と比べると格段に若い。今からだいたい20年ほど前の風景なのだろうか。

霊夢さんが何か言っているけれど、ただの映像として見えている私は何も聞こえない。

そして、いろはさんの記憶は途絶え、昨日の視点へと変わった。

 

「というところだけど、パッと見であれ何年前のこと?」

「パッと見だけだと、だいたい20年前あたりかと」

「ありがとう。そっかぁ、あの頃から20年ぐらい経ってたんだあ。それは霊夢も魔理沙も変わるよね。性格的な面で」

 

どういう意味なのだろう。

聞きたかったが、いろはさんは多分、私が抱いているイメージが崩れる可能性しかないから、という理由で教えてくれなかった。

この人たちだけの時間があったのだろう。私や桜花が知るべきではない時間があるのだろう。

そういう点には触れないでおこう。

 

「君の方から何か質問とかある?」

「では一つだけ」

 

ずっと、私が気になっていたこと。

今を生きている子供たちは知らないこと。

私が今、この人に1番近い。なら、ここで聞いておくべきことだ。

 

「いろはさん、あなたの音を聞かせてください」

 

いろはさんは驚いた顔をしたけれど、すぐにフッと微笑んだ。

 

「ごめんね。それだけはここでは出来ない。やろうとしたら出来るんだろうけど、君の身体に負担はかけたくないしね」

「大丈夫です。ここは私の夢の中、私が苦痛と感じれば負担はかかりますけど、あなたの音はそんなものではないですよね?」

「ふふ。結構言うね?じゃあ若干短めだけれど、どうぞ聴いてくださいね?」

 

『無音』

 

いろはさんがタイトルを言った瞬間、周りの音が消えた。

音なんて元からなかったのに、消えた。

そして、その消えた音から漏れ出てくるのはいろはさんのこれまでの記憶と感情。

私は今までにも無音を聞いてきた。ただ、これほどまでに優しく温かい感情を持った『無音』は聴いたことがない。

これが、いろはさんの音。

私の音と比べ物にならないぐらい、綺麗で温かみのある音。

 

 

 

 

 

 

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「……どうだった?」

「とても良かったです。あなたの音を出せるようになりたいと思ってます」

 

2分43秒。

これはいろはさん本来の音ではない。いろはさん本来の音はもっと長い。

 

私が思ったことは、いろはさんの音をまた奏でたい。その願望ただ一つだけだった。

そして、いろはさんを越えたい。


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