「禊、早く始めなさい」
なんなのだ。この人間は。
この人間は、どうやっても意識を絶つことは出来ない。
理由は、この人間は、断絶に慣れている。
「禊!」
「……ああ」
心の迷いを断ち、カツカツと足音を鳴らしながら死刑囚の下へと向かった。
どこまでも愚かなものだ。
執行されるものは全て、生死を持つことを余儀なくされる。
それが神であろうとも、不死であろうとも。
「刑罰、執行」
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「うぐぅ……」
私は頭を抑えた。
何故かは分からないが、頭が痛いのだ。
先ほどまで、何をしていたのかも思い出せない。
じんわりと残っている記憶は、桜花と一緒にいた。
そのことだけである。
後日、桜花に何をしていたかを聞いてみるも、桜花も覚えていなかった。
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今日はなんの前触れもなく、宴会が開かれるそうだ。
私は八雲 紫に対して聞きたいことがある。
今日の宴会にあの妖怪が参加するかはわからないけれど、チャンスなのだ。
「彩葉ー!迎えに来たよー!」
「え?!もうそんな時間?!」
私は足早に桜花の下へと向かった。
山を降りると、皆が騒いでいた。
乾杯の音頭はもう取っていたようだ。
私は少し、周りを見回すと話したいことがある妖怪をすぐに発見することが出来た。
八雲 紫は人の良さそうな笑顔でひらひらと手を振った。
「彩葉!一緒に飲もう!」
「ごめん桜花。ちょっと紫さんと話したいことがあるんだ」
「紫と?」
桜花は不思議そうな表情を浮かべた。
そこまで、この子と紫さんはあまり接点がないはずだ。
桜花は分かったと言うと、霊夢や魔理沙のいる席に向かった。
それを確認してから、八雲 紫へと近づく。
「あら、どうしたのかしら?」
「貴女に質問があるの。ここで話していたら、貴女にとって不都合なことだと思う。だから、2人っきりでお願い」
紫さんは笑顔から真面目な顔へと、表情を変えた。
私の横には大きなスキマが現れた。
「この中なら、2人っきりになれるわよ。
そう言って、紫さんはスキマに私を飲み込ませた。
無数の目が私を見つめている。
狂気じみた風景だ。
「で、貴女が私に聞きたいことは?彩葉」
「決まってる。あの、処刑人のこと」
紫さんは大きく目を開かせた。
それもそうだろう。
本来であれば、あの時の記憶はなく、覚えていることなどないはずだ。
私が覚えている。その理由は、元々、私はあの処刑人と会ったことがあるのだ。
会ったことがあると言っても、私が魂のみの状態。
つまりは、私の前世の死んだ後に、会ったことがある。その時に、転生させたのはあの処刑人ということなのだ。
「貴女、誰?」
「それは、身体の名前?それか精神?」
紫さんは大きく悩んだような素振りを見せ、精神と言った。
ならば、答えは一つ。
「空音 いろは。20年前に、死んだ過去の人」
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なるほど。だからあの時、禊は困惑したような行動をとったのか。
あの時、この陽友 彩葉ではなく、空音 いろはの魂を知っているから。
幻想郷の元々の輪廻から外れた者を正すのも、処刑人の役目である。
空音 いろはは輪廻から外れた。
20年前。
1人の人間が死んだ。
その時、何が起きていたか、私はすぐに理解した。
「あの時の、解決者ね。禊を知っているなら、隠すことがもう出来ないわね。禊は、処刑人。元・人間のね」
「元?人間が妖怪になるのはこの幻想郷のルールにおいては禁止では?」
中々に知っている。
幻想郷のただの住民では、知ることのない知識。
それが幻想郷のルール。
このいろはは、ただの住民ではない。
そのことを認識させられた。
「禊は妖怪でもないわ。彼の能力は全てを断絶する能力。彼自身、この世からのしがらみを絶ったのよ」
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ならば、その断絶する能力で私があの世へと行くための何かを絶ったというわけだ。あの世のしがらみとか。
「聞きたいのはこれだけかしら?」
「……ええ。戻して」
急に視界が明るくなったと思えば、博麗神社の裏側だった。
そして、八雲 紫はいない。
今回の異変は、明るみに出されることはない。
幻想郷にとっても、八雲 紫にとっても、博麗の巫女にとっても、決して良くないことだから。
だから、処刑人は存在する。
幻想郷の闇は処刑人は全てを背負っている。
このことを記憶しているのは、八雲 紫と処刑人、そして私の3人だけだ。
この出来事は陽友 彩葉には伏せておこう。
彼女に伝えれば、幻想郷中に知れ渡るだろう。
「彩葉ー!ここにいた!」
さて、次世代の者に託すのは、そろそろなのかもしれない。
その中でも、私は生きていられるのだろうか。
その辺りはこの子に任せるしかない。
一つだけ、約束してほしい。
私の魂を持つ者として、友達は大切にしてね。
「彩葉!早く行こ!」
「うん!」